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メディアの片隅に生息する新聞記者OBが、独断偏見勝手気ままに綴ります※文中はすべて敬称略。

辰吉47歳&名門ジム64年で終幕へ

2017-05-15 | ウェブログ

きょう5月15日は辰吉丈一郎47歳のバースデー。
初めて出会った17歳からはや30年。
夏には初孫誕生の知らせもあった。

いまだ本人は引退宣言はしていない。
ジョーは低迷ボクシング界の救世主だった。


人気劇画の「あしたのジョー」と合わせたようなカリスマ性。

その少し前。
ヨネクラジムがボクシング黄金期を支えた。
その名門ジムが今夏8月閉鎖する。

寂しい限りだ。
経営難、というより米倉健司会長の健康が優れないためだ。
82歳。

報知新聞の評論家だったガッツ石松ら世界王者を育てた。
今日のような団体乱立の時代ではなかった。
それだけに、その米倉会長の功績は輝く。


米倉会長は、56年メルボルン五輪代表。
プロでは世界に2度挑戦したものの失敗。
日本フライ級王者にとどまった。
当時は矢尾板貞雄、F原田、海老原博幸、青木勝利、田辺清、関光徳ら軽量級は黄金時代だった。

引退後のジムでは世界王者5人、東洋(現東洋太平洋)王者8人、日本王者31人を輩出。
屈指の名伯楽となった。

▼5人の世界チャンピオン▼

ガッツ石松(WBCライト級)。
柴田国明(WBCフェザー級、WBA・WBCスーパーフェザー級)
大橋秀行(WBA・WBCミニマム級)
川島郭志(WBCスーパーフライ級)
中島成雄(WBCライトフライ級)

ガッツ石松はヨネクラジムに居たからこそ世界王者になれた。
22歳ころ、東洋ライト級王者だった石松の武勇伝があった。
逮捕劇ともなる暴力事件を起こしている。
3つ下の弟がチンピラ15人に囲まれている、と聞き、駆けつけた。
片っ端から殴り倒した。
双方ともブタ箱に放り込まれた。

今ならライセンス没収だ。
しかし、米倉会長が手厚く保護。
石松は立ち直って世界のテッペンで5度も防衛。
今日あるのは米倉会長あってのこと、と言い切る。

最近も愛弟子が暴力沙汰。
JBCから厳重処分の方針が出されたが米倉会長は解雇をしなかった。

ボクシングが男の生き方を正す。
ボクシング界の健さんともいえる。
高倉健とは同郷でもあり、明大同窓でもある。

愛弟子の大橋秀行は東の大橋ジムは隆盛を誇る。
井上尚弥、八重樫東ら世界王者を次々生み出している。

米倉健司(よねくら・けんじ)1934年5月25日、福岡・直方市生まれ。福岡高ー明治大。メルボルン五輪フライ級代表、3回戦敗退。24歳の58年プロデビュー。5戦目で日本フライ級王者(当時の最短記録)。60年、東洋チャンピオンで5度防衛。フライ級でパスカル・ペレス、バンタム級でジョー・ベセラと世界挑戦2度(いずれも敗退)。62年、28歳で現役引退。翌63年、ヨネクラジム設立。世界王者5人、東洋太平洋王者8人、日本王者31人を輩出。協会会長。

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