教育落書き帳

教育とは何か…子どもの視点を尊重し、親、伴走者、市民の立場から語ります。子どもを語ることは未来への信頼と希望を語ること。

「不登校支援」から「障害者収容」ビジネスへの転換?

2017年03月29日 | NPO教育・二コラからのお知らせ

▼金の流れと教育の流れ
 「悪貨が良貨を駆逐する」ということは、この資本主義の世の中では頻繁に起きている。その心構えのないことは鍵を掛けずに外出するようなもので愚かだとされる。”Follow the money.”(「金の流れを追え」)ということが言われる。世の中は金で動いているという訳である。
 しかし、それは商業の世界でのことかと思うと、教育もまた然りであるようだ。東大に合格するには金と地位と勉強に適した環境の保証が不可欠だとか。進学塾も有名校への進学実績が決め手だし、保護者に安心・確実を売るチラシ等の宣伝も花盛りだ。そしてそれは不登校支援においても同じようだ。

▼対症療法に過ぎない行政の不登校対策
 自慢にもならないが、不登校支援の分野では随分古株になってしまった。1990年代当時、不登校の数は公称で全国的に7~8万人であったがその後13万人台のピークを迎え、公的な不登校支援もあって一時は下降線を辿るがその後再び増加に転じ、今は12万人台を維持している。何のことはない、公的な支援の掛け声だけは各地で広がったが、実質的な成果はないに等しかったと言えるかもしれない。
 それは何故かというと、教育行政の対応は「モグラ叩き」と同じで、すべて対症療法に過ぎなかったからである。日本の教育が不治の病に冒され、その病巣が依然として体内に残っているのに、応急の手当てばかりがなされて来たからである。

▼ビジネスチャンスで参入した後発の新参者
 不登校支援は以前から民間が主導である。しかし、義務教育段階の子どもたちでありながら、学校をはなれた子どもたちには経済的フォローは一切行わないできた。不登校の当事者やその保護者も「それはおかしい」と声をあげては来なかった。中には教育支援だけじゃなく経済的支援も得られない中で、子どもは家に引きこもり、保護者もまたそういう子どもの面倒を見られる余裕がなかったこともしばしばあったにもかかわらずである。日本では「教育を受けること=学校へ行くこと」という図式が成り立つ。
 そういう中、そんな惨状を見かねて、言わば徒手空拳で頑張ってきた私達のような団体があると同時に、そこに新たなビジネスチャンスを見出して不登校問題に参入してきた新参者たちがいる。彼等は私達が敷いたレールの上に乗ってきたわけだ。最初はそこに姿も形もなく、すべては我々から得たものであった。ところが、どこかで我々が使っていた用語がまるでオリジナルのように他で使われることがしばしば起き、あまつさえ自分たちこそその専門家であるかのような言われ方をするまでになった。

▼誤解する本人や保護者たち
 それを一概に否定はしない。その後の研究で新たな成果を得られたこともあるだろう。しかし、科学的であろうとするならば、データの跡付けは必要な作業だろう。ところが、残念なことに後から不登校になった本人やその保護者はそういう歴史を知らないことが多い。心の余裕もないことも多かろう。そうすると、現実に「気を付けよう 甘い言葉に 暗い道」に相当することが起きてしまう。そしてさらに、そういう罠にかかって苦しんだ経験のある人たちは、良貨も悪貨も一緒くたに、「ここもそうだろう」の思いで見てしまう。
 実際にビジネス目的でやっているところはそれも織り込み済みで、その対策も用意しているだろう。しかし、そういう用意をしていないところがそう見られたら大変な事態が起きる。まして、我が子の不登校に思い違いでもしていれば尚更だ。

▼教育行政による不登校の再取り込み
 実際のところ、不登校問題の今後は不透明だ。アスペルガー症候群という言い方が廃止されたと思ったら、新たな自閉症ビジネス等も起きている(ギフテッドもこの関連で語られる)。アメリカの精神医学会に猛烈な批判が起きており、トランプ大統領もワクチン業界が自閉症の子どもたちを作り出していると舌鋒鋭い。
 日本でも、この少子化の中でも障害児対策の学級や学校だけは次々と新設されている。そして、生き残りをかけて頑張っている不登校支援団体や教育機関に資金援助を条件に文科省の配下に置こうとする動きさえ起きている。「教育行政に従えば費用はタダだ」と言って、学校をはなれた子どもたちを再びその配下に封じ込めようとする動きも起きている。不登校になった子どもたちはそこが文科省下の学校ではないから通うことができていたのに。

▼「高校資格付与」ビジネスから「障害者収容」ビジネスへ
 そういう文科省からの働きかけになびく支援団体や教育機関も多い。民間の教育機関は私学助成のような支援もなくやっているわけだが、実際のところ教育だけで運営を成り立たせることは難しい。だから、そういう支援機関は早くから「高校資格取得」を掲げたビジネスを展開してきたわけだが、次第に「障碍者収容ビジネス」に移行してきている。言葉は「不登校支援」と聞こえはいいが、言わば手のいい「障碍者収容ビジネス」である。だから、言い方も「元気になれ」ではなく「いつまでいてもいいよ」となる。
 そこに、運営の裏付けを得たい民間の業者と既存の民間の教育機関や団体を配下に置きたい文科省を頂点とする教育行政との思惑が一致して、一つの不登校対策の転換が安倍政権下でなされようとしている。

※次回は「ぱいでぃあでの学び 学校・フリースクールの枠を超えて」を予定しています。

※3/30に部分校正を行いました。大意に変化はありません。


 

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