山崎幹夫の各種センサー

私のなかで常時稼働しているさまざまなセンサーがピクンとしたもの

ビクターGR-C1の思い出

2006年01月08日 23時31分41秒 | 映像制作ノート2006年
最初に保有して使ったビデオカメラはビクターGR-C1(VHS-C)。
写真はヤフオクでいま検索して出たもの。2つ出ている。出ていること自体が驚きだった。ちなみに画像をいただいた方は100円。どちらにも入札はない。
調べてみると、これは1984年の発売で、家庭用ビデオカメラとしては初の一体型だったそうだ。若い人は「一体型って何?」と思うだろう。それまでの家庭用ビデオカメラは、カメラ部と録画部が分かれていたのです。そういえば、携帯電話も出始めの頃は据え置き型のもののように、受話器と本体(そのほとんどはバッテリーだったのだろう)が分かれていた。携帯電話という言葉もなくて、肩に担ぐようなかたちだったので「ショルダーホン」とか言っていたなぁ。ま、それはともかく。
このカメラでおもしろがっていろいろ撮ったのだが、私の作品として残存している中では『食パンへぼ詩人』の多くの部分を占める「セル君のへぼパフォーマンス」の部分がそれだ。解像度の甘さはさほど気にならないが、驚くほど色が乗っていないのが逆に新鮮だったりした。
あと、たぶん1988年だったと思うけれど、ジャズ歌手の浅川マキが文芸坐ル・ピリエで1か月の長期公演をおこなったことがあり、そのうちの数日間をこのカメラで記録している。他にムービーカメラは入ってないので、マキさんが泉谷しげる、日野皓正、南正人、仲井戸麗市などとからんだ記録は私だけが持っているわけだ。昨年チェックしてみたら劣化が見えたので、全部miniDVにダビングしておいた。いつか、公開することもあるだろう。
フォーマットそのものが持つ映像の質感ってのは確実にあって、こと、この浅川マキ+文芸坐ル・ピリエに関してはVHS記録のどんよりした感じがよかった。マイナス要素である「色の乗りが悪い」という部分が、このケースに限ってはいい感じを醸し出していた。
ところでこのカメラは私は購入していない。じつはあがた森魚さんから撮影依頼がらみで預かったままになっていたものなのだ。そのあがたさんも何かの仕事のためにどこかの会社からもらったということなので、そのままいろんな記録撮影に使わせてもらった。しかしさすがビクター、耐久性には欠けていて、そのうちどうにもこうにもならないほど故障してしまったと記憶する。
数年を経て世の中はすでに8ミリビデオの時代に突入していたのだ。
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