面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「月光ノ仮面」

2012年01月15日 | 映画
敗戦の傷跡も生々しく残る昭和22年のとある満月の夜。
ボロボロの軍服を着て、顔のほとんどを包帯で隠した一人の復員兵(板尾創路)が、寄席の前に立った。
笑い声に誘われるように中へと入っていった男は、いきなり高座に上ると座布団の上に座り込む。
出演者の噺家達が寄ってたかって男を引きずりおろそうとするが、男は頑強に抵抗して動こうとしない。
最初は訝しがっていた観客も、その様子を面白がってヤンヤの喝采を送り始める。
「頑張れ!兵隊さん♪」

多勢に無勢で、寄席小屋の勝手口から叩き出された男は、倒れた拍子に御守を落とした。
そこに通りかかった、大ベテランの噺家・森乃家天楽師匠(前田吟)の一人娘弥生(石原さとみ)は、その御守を目にして驚きの表情を見せた。
「…うさぎさん?」
男が落とした御守は、弥生が結婚の約束を交わしながら出征していった森乃家一門期待の人気噺家うさぎに、戦地へ赴く前に手渡していたものだったのだ。
戦死の知らせを受けていた弥生は、戸惑いながらも男を家へと連れて帰る。

森乃家うさぎは、落語界の将来を背負って立つ逸材として期待されていた。
彼が高座に上るだけで客は大喜びし、得意ネタの「粗忽長屋」は彼の代表作としてファンに愛されていたのである。
死んだと思っていた婚約者が帰ってきた弥生は喜んだのだが、男は何もしゃべらない。
どうやら、戦場での苛烈な境遇や大ケガを負ったことが原因なのか、記憶を失くしている様子だ。
出征前にうさぎが使っていた部屋を与えられ、森乃家一門として暮らし始めたものの、男の口からは何も語られない。
しかしうさぎの弟弟子から、かつてうさぎが様々なネタを書き付けていたという帳面を見せられたとき、男は不意にうさぎの十八番「粗忽長屋」を、まるで呪文を唱えるように呟き始めた。

記憶は失っていても、得意ネタの「粗忽長屋」は覚えていた。
師匠の天楽は、男に「森乃家小鮭」という新しい芸名を付けて、寄席の高座に復帰させることにする。
最初は全くウケなかったものの、徐々にその個性的過ぎる芸風が人気を呼び始めた頃、再び一人の復員兵(浅野忠信)がやって来た。
戦場で喉に大ケガを負って、声を出せなくなっていたその男は、自らを岡本太郎と名乗る。
その姿を見た弥生は激しく動揺した。
岡本太郎とは、出征前に弥生が結婚の約束を交わした将来有望な若手噺家・森乃家うさぎの本名だったのだ!

混乱する森乃家一門。
先に現われた男は一体誰?
その男と無言で語り合う太郎だが、二人の関係は一体?
そして、激しく動揺する弥生の思いと、突然巻き起こった不思議な三角関係の行方は…??


「板尾創路の脱獄王」で映画監督デビューを果たした板尾創路が、監督・脚本・主演を務める第2弾。
今回は古典落語「粗忽長屋」をモチーフに、戦争から復員してきた記憶を失くした噺家とその恋人の運命を描く。


闇夜に大きく輝く満月。
月の光が人間に影響を及ぼすとは、昔からよく言われている。
曰く、満月の夜は神経が高ぶる、新月の夜は犯罪が起こりやすい、云々…。
そんな妖しい月の光が降り注ぐ夜に“事件”は始まる。
そして“事件”の間中、夜空には満月が輝き続けている。
敗戦後の混乱も収まりきっていない日本で、まだまだ混沌の中に暮らしていた人々に、満月の光が放つエネルギーが更なる混乱を引き起こす。
婚約者を見間違うという、まず有り得ない状況も、月光のパワーのもとでは十分に有りうることかもしれない。


顔中包帯だらけでミイラのような形相で、発する言葉は「粗忽長屋」のセリフだけという異様なキャラクターを中心に繰り広げられる“混乱劇”。
未来からやって来たというドクター中松(本人登場!)や、トンネルを掘り続ける肥満系の遊女。
摩訶不思議なキャラクターに、観念的なシーンの数々で、板尾ワールドが炸裂する。
そんな板尾ワールド全開の中で、石原さとみ演じる弥生の“逡巡の瞬間”や、板尾と浅野の“Wうさぎの無言の友情”の描き方には、グッと心をつかまれた。
この辺りの味わいをまた別の作品でも観てみたいと思わされるのは、板尾ワールドに巻き込まれた証拠かもしれない。

板尾監督が最も撮りたかったというラストシーン。
颯爽と現われる森乃家うさぎの姿は、芸人にとっては正にそうありたいと願う理想像だ。


舞台挨拶で板尾監督も観客からの質問に答えて、どのシーンをどう感じてもらっても、それでケッコウです、それがいわば回答であると。
一種独特の世界観に浸って、自分の思うままに見る「感じる映画」。


月光ノ仮面
2012年/日本  監督:板尾創路
出演:板尾創路、浅野忠信、石原さとみ、前田吟、國村隼
ジャンル:
映画
キーワード
ドクター中松 板尾創路の脱獄王
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