日々の細道

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武道の必修化とは・「菊次郎とさき」第10話「学問のススメ」

2007年09月07日 | Weblog
覺信に公碑(大谷本廟)

 台風9号は、今日未明、小田原市付近に上陸、関東地方を縦断、東北地方を北上して、北海道をに達する見通しとか。強風や大雨で土砂災害や河川の氾濫などを惹起、交通機関もかなり乱れてしましました。

 濁流渦巻く、多摩川など、河川の中継を、テレビ画面で見ていて、今にも溢れはしないか、心配しましたが、台風が遠ざかるにつれて、水位が下がり始め、安堵しました。しかし、台風の爪痕は生々しく残ったことと、案じます。

 こちらは、台風一過、青空が拡がりました。気温も、朝から上昇、33度と、暑い一日でした。昨日、ハッスルし過ぎたのか、昨夜、就寝しても、興奮冷めやらず、頭と身体がアンバランスのようで、熟睡できませんでした。

 でも、早朝、今日は、弁天社にお供えの日だと気付いて、眠っている、家内を起こしました。家内は、弁天社から、戻ってきて、起こして貰って、良かったと喜んでいました。私は、いつも、家内のことを考えていると、この際、ええ格好を。

 6日の産経新聞、論説・【主張】、「武道の必修化 国柄の再生に大きく寄与」を読みました。

 学習指導要領の改定作業を進めている、中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)の体育・保健部会は、中学校の体育の授業で武道を必修化する方針を決め、早ければ、平成23年度にも実施されることに。

 論説は、「昨年12月に改正された教育基本法に盛り込まれた『伝統文化の尊重』を受けたもので、必修化によって武道が中学生に、より身近なものとなろう」と。

 「現行指導要領では器械運動、陸上、水泳、球技などが必修で、武道については1年生がダンスとのいずれか1つを選択、2、3年生がダンス、球技とのいずれか2つを選択することになっている。」

 「指導要領に定める武道には、柔道、剣道、相撲が掲げられているが、地域の実情に応じてなぎなたや弓道を取り入れているところもあるという。」

 「必修化されると、武道はダンスとともに中学1、2年で全員が履修することになる。」

 「終戦直後、軍国主義や愛国主義教育を排除するために、連合国軍総司令部(GHQ)は、学校における神道教育の禁止や修身、日本史、地理教育の停止などとともに、武道の禁止を指令した。日本武道の伝統にとって不幸な時代だったが、昭和26年の指令解除によって全日本剣道連盟など各種団体が再建され、復興の道を歩みだした。」

 このGHQの指令のために、私たちの世代は、学校で、修身、日本史、地理教育と武道から、引き離されてしまいました。小学5年生の頃、学校で、柔道、剣道、相撲の授業がありました。

 学校には、用具がないので、各自持参、私は、出征した父の柔道着と黒帯を借りて、柔道の受け身や掛け技、袈裟固めなどの寝技などを稽古しました。短期間でしたが、それなりに腕を上げていただけに、敗戦後、中学で禁止され、伸びる芽を摘まれてしまい、痛恨の極み、残念でたまりません。

 剣道も、柔道以上に好きでした。防具を着けていても、「小手」を打たれると、痛みが全身を走りました。「突き」だけは、卑怯な技として、皆避けましたが、子供には、危険過ぎたからでしょうか。

 相撲も、水泳と同じ、6尺褌をして、砂場で稽古しました。各自、当時の人気力士、玉錦、双葉山、男女川、前田山、照國、そして、郷土出身の安芸海らの名前を名乗り、組み合いました。砂場なので、寄り、押し、突き出しなどの技よりも、上手投げ、下手投げ、すくい投げ、内無双、首投げなど、投げ技にこだわっていました。吊り出し、はたき込みも良くやりました。

 論説は、「武道は礼に始まり礼をもって終わるといわれる。近年はスポーツとしての勝敗にこだわる傾向も見られないではないが、武道本来が持つ精神修養面の重視の姿勢はいまだ衰微していない。公徳心が低下し、公共マナーの乱れが目に付く今日にあって、武道の必修化はまさに『健全なる精神は健全なる身体に宿る』次代を担う青少年の育成に貢献するだろう」といいます。

 この「武道本来が持つ精神修養面の重視の姿勢はいまだ衰微していない」という考えには、異論があります。自身の身を守るための武芸を、江戸末期から明治にかけ、コーティングしたのが、武士道で、虚像の一つにすぎません。武士道の本質は、清貧、公正の価値観であって、美化されるような存在ではない。

 また、「健全なる精神は健全なる身体に宿る」というのも、いただけません。よく言われるように、健全なる身体をもっていても、健全なる精神をもたぬ輩も多いし、一体、健全なる精神とは、どういうことなのか、百家争鳴。健全なる身体というのも、同様。よもや、「若い血潮の予科練」の若者が、念頭にあるのではないかと、勘繰ってしまう。

 そして、「武道場の整備されていない公立中学が半数強あることや、武具や道着をそろえなければならないこと、また指導教員をどう育てるかなど、必修化へ突破すべき関門は多い。しかし、武道教育から得られるものの貴重さを考えれば、それらを乗り越えるのは困難のうちには入るまい」と主張、最後に、「青少年の間に武道が根付いて、しっかりと根を張るならば、礼節を重んじる日本の国柄の再生に寄与するところは決して小さくないはずだ」と結んでいます。

 いずれにしても、武道の好きな児童、生徒には、悦ばしいことです。ただ、強制はいけません。昔、私たちは、自分が好きで、武道を教わりましたが、これも、「鬼畜米英」のスローガンのもと、軍人への道を誘導する国策でもありました。価値観多様化の今、一律に、右へならへは殺生というもの。子供たちの選択の自由は、認めてあげて欲しい。

 GHQの指令で埋没し、その後、再出発の武道は、剣道が竹刀競技として、復活したように、過去の後ろめたさを引きずりながら、スポーツ武道に変身しました。武道の「心・技・体」を学ぶことも、教えることも、簡単ではありません。時間が掛かっても、有能な指導者をまず養成してから・・・。

昨晩も、●21:00⑥「菊次郎とさき」第10話「学問ノススメ」を見ました。

 字の読み書きの出来ない、菊次郎(陣内孝則)が、学校で、武の先生、湯川(ダンカン)から、読み書きの授業を始めることになった。

 菊次郎が、字が読めないのは、幼い頃、継父に虐げられ、学校に通わせてもらえなかったからで、さき(室井滋)からその話を聞き、湯川は、美智子(佐藤江梨子)を使って菊次郎を学校へ呼び出し、読み書きの授業を始めたのだった。
 最初は嫌がっていた菊次郎だったが、少しずつ読み書きができるようになると、すっかりやる気になって、酒も飲まずに帰宅、覚えたての自分の名前をノートに書き出し、得意顔で披露する。

 だが、まだ濁音を教えてもらっていなかったので、「きたのきくしろう」になってしまい、武(大和田凱斗)にバカにされてしまう。

 翌朝、濁音の「じ」も覚えた菊次郎は、自分の名前を玄関に大きく書き、さきや小五郎(梨本謙次郎)らを驚かせるが、周囲の驚きをよそに張り切って読み書きの勉強をするのだが、心配になったさきは教室を覗きに行き、思わず口を出し、菊次郎とけんかになってしまう。

 一方、武は、夕食後、友達とカブトムシやクワガタを取りに出かける。武は、みんなに先駆け、カブトムシのオスを見つけたのだが、友達のひとりから、「父ちゃんが学校でひらがなの勉強していることをバラさない代わりに、オスとメスを交換しよう」と言われ、武は、「絶対にバラすなよ。みっともなくて学校行けなくなっちまうからさ」と、仕方なくオスを差し出した。

 そんな武たちのやり取りを、菊次郎は、偶然にも聞いてしまい、一杯ひっかけて帰宅すると、読み書きの勉強をやめると言い出す。突然の菊次郎の変化に、家族一同は驚いたが、ただ武だけは「みっともないからやめた方がいい」と言う。
 それを聞いたさきは、思わず武の頬を打つと「読み書きのできない父ちゃんはみっともないかもしれない。だけど、それを克服しようとしている父ちゃんのどこがみっともないんだ!」と言い放つ。うし(吉行和子)になだめられても、さきの怒りは収まらなかった。

 玄関に書いた、自分の名前をひとり眺める菊次郎に、さきは、優しく声をかけた。「もうやめる」そう自分に言い聞かせるように呟く菊次郎に、さきは、昼間買ったという、帳面と鉛筆を差し出した。帳面の表紙には『北野菊次郎』と書かれていた。「もう用なしだね」というさきに、菊次郎は、記念に欲しいといって、帳面と鉛筆を受け取る。その夜、家族が寝静まる中、菊次郎は、ロウソクの灯りの下で、帳面の表紙を手本にして、何度も何度も、自分の名前を書き連ねます。

 数日後、北野家の前で映画の撮影が始まった。だが、北野家の玄関に大きく書かれた「きたのきくじろう」を発見した監督は、「この落書きを消せ!」と怒り出す。さきは、助監督らに消して欲しいと懇願されるが、せっかく、菊次郎が書いた名前を消すことは出来ないと断る。しかし、気の弱い菊次郎は、自ら消し始めた。そんな菊次郎の姿を、家族一同は、複雑な思いで見つめた。

 撮影が始まり、同じシーンの繰り返しに、集まっていた見物人たちは続々と減り始めるが、武だけは飽きもせずに夢中で撮影に見入っていた。だが、武もさきに引っ張られて、家の中へ連れ戻されて行った。後の北野武監督誕生を暗示するシーン。双葉は・・・芳しというわけか。

 今回のお話は、菊次郎の読み書き挑戦ですが、武にバカにされながらも、さきのサポートによって、漢字で自分の名前が書けるようになりました。家族が寝静まったあと、蝋燭の暗い灯の許で、さきがくれた、帳面の字をお手本にして、一心不乱に、反復練習する、菊次郎の姿は、これまでにない姿で、感動的でした。誰によらず、真剣に挑戦する姿は美しい。

 武が、「みっともないからやめた方がいい」と言った途端、さきは、武の頬を打ち、「読み書きのできない父ちゃんはみっともないかもしれない。だけど、それを克服しようとしている父ちゃんのどこがみっともないんだ!」と言い放ち、さきの怒りは、うし(吉行和子)になだめられても、収まらないという。

このシーンをみて、さきが、夫菊次郎に対して、深い愛情をもっていることを認識しました。日頃、口汚く罵りあう、菊次郎とさきの二人ですが、たけしに輪をかけ、さらに、菊次郎をバカ呼ばわりすることはせず、逆に、父親をバカにした武を激しく叱責しました。

 それが、親子のケジメということでしょう。世の奥様方、よもや、息子や娘たちと一緒に、父親をバカ呼ばわりしたりしてはいませんか。間違った息子や娘の頬を打つことが出来ますか。

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