ひとり座禅のすすめ

自分ひとり、坐禅(靜功)を日常生活の中で取り入れていくと今までと違った感覚を覚えていく。

原発事業を内外で推進して来た東芝の経営陣の迷走の結果が現れて

2017-03-21 04:29:18 | 社会・経済

私は娘が1歳になった時に、多摩ニュータウンに引っ越して来ました。 娘が毎日、牛乳を飲む関係で、当時、牛乳を届けてくれる生協に入会しました。

5月過ぎからの梅雨時に、新しい畳からダニが発生し、ヨチヨチ歩きの娘のことを想い、その怒りからダニ対策委員会を作る、住民闘争を行うことになりました。 そんなお世話をさせてもらう中で、協力してくれた生協の理事を、設計事務所に勤めながら、1ヶ月に一度の理事会に参加することになりました。

本来はノンポリの自分ではありますが、生協の活動を通して、素敵な方々との出会いがありました。 そんな時に仲間から、「東京に原発を」広瀬隆著を紹介され、読む機会を得ました。

広瀬さんは、当時の自民党や原発事業を推進している企業が云うように、原発が安全であると云うなら東京に原発を造れば良いのでは、と云う内容の告発本でした。 

そんな知識を持ちながら、3.11の東日本大震災を迎えました。 大きな津波により海岸線に位置する原発が被害を受けて、爆発することになりました。 幸いにメトルダウンによる大爆発まで至らなかったものの、拡散する放射能により、近隣市の方々は避難する事態になりました。

その過程で、それまでの自民党政権下で、原発の安全性の確保のための施作を、経済的な理由で取りやめてしまっていたのです。 不幸なことに当時は、原発に批判的な民主党政権に変わっていました。 原発事故直後の癇癪持ちの菅直人首相の対応の不味さや、内部構想の敵失によってまた直ぐに、自民党政権に戻ってしまいました。

3.11の大震災から6年経っても、放射能の半減期の長さから、未だに原発の近隣の住民の方々は、家に戻ることは出来ません。

小泉純一郎さんは、自分が首相の時には分からなかった原発企業や、自民党内の虚偽の数値を再考し、3.11の原発事故は、原発産業を止める良い時期であると、主張し始めました。

更に日本の内外で原発事業を推進して来た東芝が、経営陣の度重なる粉飾決算んと、買収した米国の原発企業の倒産寸前の状態の中で、東証二部の監理ポストに入る体たらくです。 

私は、原発事業を縮小する良い機会だと思うのですが。 4つの大陸プレートが日本の国土の下に入り込んでいる地勢からかんがえれば、当然の帰結だと感じております。 活断層があるかないかではなく、大陸プレートが動く中で、何時どこに断層が動くか分からないからですが。

 

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