ミャンマーと日本 (012.02.24.)
軍事政権だったミャンマーがテインセイン大統領に変わった事から、急激に民主政権に転換が行われ、それまでは世界からは“つま弾き”状態で、中国だけが付き合っていた。
当然日本も付き合いは無かったが、国名が「ビルマ」と言われた時代ではアジアに於ける親密な関係があり、特にビルマがイギリスの植民地から独立運動していたころは、日本は独立を助ける側に回って、ビルマの独立運動を支えて居たのである。
軍事政権下では「独立の父」と言われたアウンサン将軍を父に持つ、アウンサンスーチー女史が自宅軟禁を強要されて、民主化運動の指導者としての活動が全く封じられていたのである。
それが、昨年政権が変わり、多くの政治犯も釈放され、スーチー女史も1989年以降の軟禁から解放され、国民から大きな歓迎で迎えられている。
国際的にも今までの“つま弾き”から一挙に国交を正常化させ、日本に於いても昨日藤村官房長官が軍事政権いらい25年間凍結していた円借款を再開する事を明らかにした。
アメリカもアジアに於ける、ミャンマーの国際的発言力を重視して、民主国家に成ったことを歓迎し、今後のASEAN会議での活躍を期待している。
ミャンマーは国民の識字率は高く、日本と同じ仏教国で、其の遺跡も多く、観光国として有名であるが、今後は高い経済発展が期待されている国として、日本からも多くの企業が進出する可能性の高い国である。特に親日的であるだけに日本としては両国の更なる発展につなげたい所である。
スーチーさんも京都大学で客員研究員として日本に住んだこともあり、日本に対しては特別な思いが有る筈です。 今度の大震災にも見舞いのメールに込められている、政局が落ち着いた頃に、是非一度来日されたら、日本人も大いに歓迎するのではないでしょうか。
(えびなたろう)
軍事政権だったミャンマーがテインセイン大統領に変わった事から、急激に民主政権に転換が行われ、それまでは世界からは“つま弾き”状態で、中国だけが付き合っていた。
当然日本も付き合いは無かったが、国名が「ビルマ」と言われた時代ではアジアに於ける親密な関係があり、特にビルマがイギリスの植民地から独立運動していたころは、日本は独立を助ける側に回って、ビルマの独立運動を支えて居たのである。
軍事政権下では「独立の父」と言われたアウンサン将軍を父に持つ、アウンサンスーチー女史が自宅軟禁を強要されて、民主化運動の指導者としての活動が全く封じられていたのである。
それが、昨年政権が変わり、多くの政治犯も釈放され、スーチー女史も1989年以降の軟禁から解放され、国民から大きな歓迎で迎えられている。
国際的にも今までの“つま弾き”から一挙に国交を正常化させ、日本に於いても昨日藤村官房長官が軍事政権いらい25年間凍結していた円借款を再開する事を明らかにした。
アメリカもアジアに於ける、ミャンマーの国際的発言力を重視して、民主国家に成ったことを歓迎し、今後のASEAN会議での活躍を期待している。
ミャンマーは国民の識字率は高く、日本と同じ仏教国で、其の遺跡も多く、観光国として有名であるが、今後は高い経済発展が期待されている国として、日本からも多くの企業が進出する可能性の高い国である。特に親日的であるだけに日本としては両国の更なる発展につなげたい所である。
スーチーさんも京都大学で客員研究員として日本に住んだこともあり、日本に対しては特別な思いが有る筈です。 今度の大震災にも見舞いのメールに込められている、政局が落ち着いた頃に、是非一度来日されたら、日本人も大いに歓迎するのではないでしょうか。
(えびなたろう)










