ぶらっと 水戸

水戸の見て歩き

水戸の馬場

2016-12-24 21:31:53 | 地域紹介

城東の馬場
 旧町名も馬場といわれた馬場が、城東二丁目、今の城東保育園と城東児童公園のところにあり、隣には桜川が流れていたそうです。水戸藩初代藩主・徳川頼房時代からあったそうですから、古いもののようです。幕末の地図にもありますので、長く続いたということなのでしょう。写真の赤沼町の碑は、道向かいの地をさしています。

 

 

田見小路の馬場
 今の北見町にあるクリエートパソコン教室の少し気象台信号よりあたりから、大坂の道の信号までのところのようです。かつてこのあたりには、今の水戸八幡がありましたが、元禄7年(1694)徳川光圀によって那珂西に移されて、そのあとに馬場と矢場がつくられたのだそうです。この馬場も幕末まであったようです。写真奥に信号が見えます。

 

弘道館の馬場
 徳川斉昭によって創設された弘道館には、馬場が2本つくられていたそうです。ひとつは、濠に沿った北の馬場で、140間(約250m)、もうひとつは三の丸庁舎西南の梅林あたりにあった南の馬場で、120間(約250m)あったそうです。写真上は北の馬場あたりで、車の並んでいるラインをのばした一帯のようです。写真下は南の馬場あたりです。

 

 外にも吉田神社で流鏑馬(やぶさめ)が行われた馬場が、藤柄町にあったようです。水戸八幡では今も流鏑馬が行われているそうです。それらは、武家のものではありませんから、小さな規模のものだったのでしょう。写真は藤柄町です。

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