ぶらっと 水戸

水戸の見て歩き

水戸の銅像(2)

2016-10-23 21:45:58 | 地域紹介

 JR水戸駅北側の上市台地にある銅像です。

 


徳川頼房
 大手橋を渡って二の丸跡に入った左側。
 水戸徳川家の初代で、城下町水戸の多くをつくった人だそうです。家康は「宝としてたいせつにして、これを抜いてはいけない」とその性格を評したそうです。

 

徳川光圀
 大工町交差点交番脇
 市内に光圀の銅像は8つもあります。元服の時、3代将軍徳川家光から光の字を与えられたそうです。ともに、徳川家康の孫になります。

 

 

徳川慶喜 
 南町3丁目交差点(みずほ銀行側)
 最後の将軍です。子供のころ、寝るときに、顔の両側に剃刀を立てられ、寝相が悪くならないようにしつけられたということを語っています。市内の銅像の数は、光圀が8つ、斉昭(単独像)が2つ、慶喜(椅座像 単独像)が1つです。外に、斉昭、慶喜の父子像が1つあります。

 

本間玄調
 三の丸小学校前
 華岡清洲やシーボルトに師事した、水戸の藩医です。城に向かう途中、苦しんでいる乞食に、駕籠(かご)からおりて治療を施したという逸話もあるそうです。

 

豊田芙雄(ふゆ)
 大町2-2-14(水戸第二高校)
 日本の保母第一号。父は郡(こおり)奉行桑原信毅(のぶたか)、母は藤田幽谷の次女、夫は彰考館総裁・豊田天功の子、小太郎だそうです。水戸第二高校の教師にもなったそうです。この高校は共学だそうですが、男子はひとりもいないそうです。

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