地域の「魅力」とは何か・・・・田舎の人には笑顔がある

2014-10-21 10:57:26 | 近時雑感

モズがけたたましく啼いています。モズの高啼き75日、という諺があるとのこと。
モズの初啼きから、75日後には霜が降りる、ということだそうです。冬が近い・・・。
木守りになる前に、食べられてしまうかもしれないシブガキです。


魅力度ランキングというのがあり、茨城県は、例年、最下位。その県が、人びと一般にどの程度認知されているか、どんなイメージを持たれているか、行ってみたくなるようなところがあるか、・・・などなどを数値化して決まる、要は、「ブランド」としての「評価」のことらしい。
「ブランド」とは、昔、罪人に押した焼印、烙印のことを指す語であったとのこと。転じて、有名デザイナーの制作品やいわゆる銘柄品(上級の品、特製の品として通用するとされる「名前」のある品物)のことを言うようになったらしい。
これをして「不名誉」なことだと思う方が、結構居られるようです。
もちろん私は、まったくそう思わない。むしろ、そういう「観点で一顧だにされない」、ということは、大変誇らしいことだ、と思っています。
「ブランド(品)」=高級(品)、上級(品)、優秀(品)、などと見なしてしまうことは、先回触れた「法令の定める基準」=「公理」という思い込みに通底する、「本質」を確かめない「思考停止の判断?」にほかならないからです。だからこそ、「偽ブランド」が生まれるのです。
行ってみたい、訪ねてみたい、などと思われない方が平穏だ、と私は思います。動物園の人寄せパンダでもあるまいし・・・(パンダさん御免!!)。毎日を平穏に過ごせることぐらい素晴らしいことはないのです。

茨城地域は、一部の都会の住人やブランド好きの方がたからは、いわゆる「田舎」と見なされているようです。
「田舎」の字義から言って、これは間違いではありません。
辞書には、田舎:①田畑が多く、人家が少ない所。⇔都会、②大都会から離れた地方(の都市)・・・とありますが、一般的には、「都会」に比べ、あらゆる点で劣る、というニュアンスが含まれているようです。
劣るか劣らないかは、判断の「物指」次第です。「都会」を高位に置く物指で計れば、田舎が低位になるのはあたりまえ。魅力度ランキングなどというのは、この物指で計ろうという試み、と言ってよいでしょう。
しかし、ある地域の本当の「魅力」というのは、そういう「物指」で測れる訳がありません。

私は、今暮している場所に、満足しています。
もちろん、《件のランキング》の指標とする「魅力」が備わっているからではありません。
ここは、「都会」へ通じる鉄道の「最寄駅」へは、車で15~20分、駅までのバスは、一日数本のコミュニティバスだけ。ここでは車は必需品。役場も郵便局・銀行も、診療所も、スーパーもコンビニも農協の農産物直売所も、ホームセンターも、クルマで5~10分の範囲にあり、20分も走れば大型のショッピングモールもあります。それゆえ、ガソリンが枯渇すると大ごとになります(東日本大地震のとき、一時、そういう状態になりました)。
   都会に比べると、一人暮らしの高齢者は少ないようです。二世代、三世代で暮している場合が多いからです。
   また、「デマンド型乗合タクシー」という制度があり、それを使うこともできます。高齢者は料金200円で、予約制。
   走行ルート、乗降場所が決まっていますが、だいたい何処へでも行けます。
   また、最近は、生協の宅配サービスも増えています。農協もやっているようです。[文言補訂]

しかも、上下水道完備です(農業集落排水という名の下水道が在るのです。霞ヶ浦の農業用排水(養豚などの屎尿の流入)による汚染を防ぐための策です。

家のまわりは、畑地と山林。
新緑も紅葉も、わざわざ遠出をしなくても身近で満喫できます。今、そろそろケヤキが黄葉の季節になってきました。
家の前の公道は、幅6メートルの舗装道路。クルマ通りが多い朝7~8時、夕方5~6時でも、数えるほどしか車は通りません。昼間は、時折営農のトラクターや軽トラが通るだけ。
   住まいは公道から25メートルほど引っ込んだ場所にあります。
   そのアクセスの道は幅5メートルほどで、緩い下り坂、正面に筑波山が見えます。これはまったくの偶然で、暮すようになってから気付きました。
車通りが少ないので、朝夕の散歩も公道の真ん中を歩いています。
何よりも「静か」です。先日来られた客が、その静かさに驚嘆していました。言われてみると、たしかに鳥の啼き声や、虫の声も鮮明です。そう言われて、日ごろ慣れてしまって、気付いていなかったことをあらためて実感しました。今は、梢ではモズがけたたましく啼き、藪ではコジュケイがあらそって啼いています。相変らずキジも時折顔を見せます(そろそろ歓迎されないハンターが現れる季節です)。
夜、カサコソと藪をかき分け現れるのは、どうやらタヌキやウサギらしい。その音で犬が騒ぎます。さすがにイノシシはいない(昔は出たそうです)。

夕方の散歩のとき、よく、学校帰りの子どもたちとすれ違います。
学校は、私の暮すあたりからだと3~4キロ。子どもの足だと40分~50分ぐらいはかかるでしょう。
子どもたちは、10数人連れだって、遊びながら帰ってきます。最初にすれ違ってから10分ほどたって、戻ってみると、相変わらず、最初にすれ違ったあたりを歩いていたりします。時には、道に円座に座り込んで何かしています。虫か何かを見ているらしい。典型的な道草です。多分、帰り道は1時間以上かかるのでしょう。私が家に帰りついてしばらくすると、子どもたちの大きな声が聞こえてきます。家に帰った子どもたちが、今度は、カバンを家に置いて、近くで遊んでいるのです。
こういう状景は、つくばの街中にいたときには、ついぞ見たことがありませんでした。
この地に暮すようになって、最初にこういう子どもたちの姿に接したとき、「懐かしいな」という思いと同時に、この子たちは幸せだな、と思ったものでした。
「懐かしいな」と思ったのは、私の子どもの頃の学校の行き帰りも、こうだったからです。唯一違うのは、私の頃は、特に疎開先では、道の脇に拡がる田んぼや小川も道草の対象地だったのが、ここの子どもたちは、道端だけの道草で、田んぼの方には行かないこと(中学生、高校生になると、君たちこんな所まで来るの?と思うくらい遠回りをして帰ってくるのに会ったりします。自転車通学だからです)。

こういう学校の行き帰りで知らず知らずのうちに子どもたちが身に付ける「知恵」が、大人になって重要な意味を持ってくるであろうことは、容易に想像できます。唐木順三氏の説く「途中」の「価値」です*。しかし、件の「魅力度評定」には、こういう「価値」についての「計測・判定」は入っていないはずです。
   * 唐木順三氏のエッセイ「途中の喪失」

先日、TVで、都会の仕事をやめ、生まれ育った土地:「故郷:田舎」に戻ってきた青年が、田舎の人たちには笑顔があることにあらためて気付いた」と語っていました。そう言われてみると、確かにそうです。散歩のとき、時折、見知らぬ人とすれ違うことがありますが、当然のように、皆、笑顔で挨拶を交わします。時には、二言三言話をしたりもします。何の会釈もない、などというのは、かえって不気味です。すれ違う軽トラなどでも、あれは誰々さんだ、と分りますから挨拶します。これが日常。
しかし、こういうのは、都会に暮し慣れた人にとっては、鬱陶しいことかもしれません。「評価・評点」は低いでしょう。

ときどき、宗教団体(キリスト教系?)の方がたが、グループで布教の案内に来ることがあります。大方は女性の集団です。直ちにそれと分ります。何故かというと、服装が地元の女性たちと違うからです。皆スカート姿。しかも、どう見ても歩きにくそうな恰好。靴も踵が高い!このあたりの女性でスカート姿は皆無です。多くはスラックスだし、高齢の方の中にはモンペ姿の方も見られます。大概、エプロン掛けです。足元はスニーカー。皆、働いているからです。買い物なども、そのままです。このあたりでは、その方が様になるのです。過ごしやすいことが一番なのです。

私どもが、この地を住処に選んだとき、生活上のいわゆる利便性は特に要件には入ってはいませんでした。専ら、環境:surroundings が、選定の基準であったと言ってよいでしょう。
ところが、利便性という点では、先に触れたように、車さえあれば、思いのほか便利だった。これはまさに「想定外」。
環境:surroundings の点では、文句の言いようがない。
農家の方たちの暮し方、子どもたちの日常は、どれも、この環境:surroundings で暮すときの必然的な姿にほかなりません。つまり、往時の人の暮しの姿なのです。
これは、都会では決して目にすることがないであろう立派な「文化」なのです。「魅力」なのです。それが、当たり前のこととして身の回りにあるとき、人はそれに気付かないのです。
これに気付いた時、都会に「憧れ」、「都会化」を望む必要など、まったくないのです。「田舎の人には笑顔がある」と気付いた青年のように、いずれ、多くの若い世代の方がたが、この「事実」に気付いてくれるだろうと、私は思っています。

   もちろん、当地にも、悪しき様態がないわけではありません。
   あからさまな買収など未だに茨城ではあたりまえの選挙の姿などは、その一つ。
   しかしこれは、昨今の大臣の辞任騒ぎを見ると、都会でも同じらしい・・・。これは、田舎、都会に関係ない、日本の「政治の世界の特性」なのでしょう。

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