[記述追加:6月3日7.28AM]
上掲の図のうち、上段は通称「鴻の巣(こうのす)」と呼ばれる柱への差物の仕口である。非常に手の込んだ仕事で、普通はここまではやらないと思われる。
しかし、これを詳しく見ると、仕口の理屈、工人たちが何を考えてこのような仕口を案出したか、がよく分る。
それを要約すると次のようになろう。
① 横架材は柱に堅固に接合されなければならない。
そのために、横架材の端部に長い枘(「竿」)をつくり出し、
柱を貫通させ、反対側の横架材に差してシャチ栓で締める。
シャチ栓は、シャチの道に引き勝手:打込むと互いの材を引き寄せる:が
付けてあるため、栓を打つにしたがい柱の両側の横架材が柱に密着する。
これは、木材の持つ弾力性と復元性を応用した方策である。
② 横架材の垂直方向への移動を防ぐため、柱に「懸かり」を設ける。
上段の図では、柱を横架材の丈分を柱径の1/8の深さ(柱が4寸→5分)で
全面を欠きとる「大入」であるが、普通は下段左のA図のように、
「胴突」を設け、柱全幅を欠きとることはしない。
註 「胴突」の呼称は、人によって異なるようだ。
③ 木材は、乾燥した材でも常に一定の水分を含み、吸放出を繰り返す。
それにより収縮や捩れ:狂いを起すことがある。
これを防止するため、横架材の端部に、
枘のほかに短い出の部分を設ける(通称「目違い」)。
④ 上段の図では、桁行の横架材を架ける前に、
梁行横架材を差し、枘穴の中で枘に「込み栓」を打ち、
さらに枘の根元に(ほ)の切欠きを設け、ここに桁行の「竿」を通し、
念には念をいれて梁行横架材の抜け出しを防ぐ。
この(ほ)の方策は、普通はやらない。
もちろん、こういった仕口は、一挙に生まれたのではなく、ここまでくるには長年にわたる幾多の試行錯誤がなされており、しかもそれは、机上ではなく現場で蓄積されたことに留意する必要がある。
一般に、近世までに考案された各種の仕口で組むと、柱と横架材は一体に組まれ、架構全体は「半ばラーメン状の架構」に組み上がる。
そして、このように「一体に組み上げること」が、近世までに体系化された工法の最大の特徴と言ってよい。
あるいは、長い現場での経験を通じて、そのように組み上げることが必須である、との結論に達した、と考えた方がよいかもしれない。
それはなぜか。
一つは、そうすることで、一材ごとに異なる木材の性質が相殺され、全体として安定を保てること、また、そうすることで、日本では避けることのできない地震や風の影響をも減殺することができることを知ったからである。
そして、継手・仕口は、その目的のために考案・工夫されたのである。
この考え方の根底には、「木材は一材ごとに異なってあたりまえ」、それを集めて堅固な一体の架構にすることが建物づくり、という認識があったと考えてよいだろう。
註 一材ごとに異なることを欠陥と見なす現在の考え方とはまったく逆。
また、常に、架構全体を見渡す想像力に富んでいた。[記述追加]
下段のA図は、最近の教科書にも載っている一般的な「四方差」の図。その理屈は、先の「鴻の巣(香の図)」の原理を簡略化したもの。
B図は、この理屈・原理を維持したまま、機械加工全盛の今の世の中で通用する方法はないか、と考えた結果の一案。
柱を彫る量、つまり、大方の人が心配する《断面欠損》も少なくなる。何よりも、単純な作業でできることが利点。