gooブログ「脳トレ紙芝居」開始です!

今回から「数楽絵草紙への招待」という脳トレ紙芝居です。モットーは数で驚き、図形で楽しみ、算数でリード。数学オンチ卒業。

霧の玉手箱3

2017-04-20 09:29:48 | 数楽絵草紙

C.T.R.ウィルソン(Charles T.R. Wilson, 18691959

スコットランドで生まれマンチェスター大学そしてケンブリッジ大学で学んだ。気象学に興味を持ち1893年に雲とその性質の研究を始めた。しばしばベン・ネヴィス山の気象観測所で雲の発生の観察を行った。その後ケンブリッジのキャベンディッシュ研究所で1896年、霧の研究のため、空気中に核となる塵などが無い条件で霧を作る装置を製作した。

このとき霧箱中の飽和水蒸気量の4倍以上の水分を含むと、塵などが無いにもかかわらず、水分が水滴となることを発見した。密封した容器に湿った空気をいれて、急激に減圧(断熱膨張)させることによって霧を発生させ、その霧にイオンや放射線の飛跡が発生することを示した。

折しも1895年末、ドイツのレントゲンによってX線の発見があった。ウィルソンはこの霧の発生の現象の原因を明らかにするため、霧箱にX線をあててみた。すると、X線をあてた場所の霧が濃くなることが分かった。X線が周囲の空気をイオン化することはすでにレントゲンが発見し、J.J.トムソン、ラザフォードによって研究が進められていた。そこでウィルソンは、ほこりがない水蒸気中ではイオン化した空気が水分を引きつけると考えた。この考えは、1898年、トムソンによって証明された。

その後トムソンは霧箱に極板を置き、それに電圧を加えた状態でX線を当て、箱の容積を膨張させた。すると極板のない場所では霧が発生したのに対し、極板のある場所、つまり電場のある場所では霧が発生しなかった。これにより、霧の核となる物質は電場中で移動する、つまり電荷を帯びていることが分かり、この正体はイオンであることが確かめられた。トムソンはこの結論を利用して、霧の水滴の数からイオンの電荷を求めようとした。

1911年にウィルソンはさらに霧箱を改良して、初めてX線、アルファ線、ベータ線の飛跡を写真撮影して1912年に発表した。1927年、「霧箱による荷電粒子の軌跡の研究」によりノーベル物理学賞を受賞した。

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