朝ドラ「おひさま」の,8/8の場面に、「仰げば尊し」
の歌唱のシーンが出て、半世紀前までの卒業式に歌われた
あの歌を、想起するときの、我々世代の感動を思った。
★ ★ ★ ★ ★
今週の週刊ポスト誌(8/19.26号)の吊り広告に、
「テレビよ、さらば」、と大きな文字があって、
「また一つの時代が終わった」、
「見たい番組が一つもない」、などの
副題が付いているのが、目に付いた。
テレビを、一般大衆が見限ったのは、最近ではない。
それは21世紀に入っては、広告業界の常識であり、
業界のカネの流れに具体的に表現されていることは、
▲ 既存メデイアとネット:[A-127]、
にも書かれている通りだから、
週刊誌の取上げるまでもない、旧い話題である。
が、敢えて週刊ポストに異論を立てるならば、
「見たい番組が一つだけある」。 それが
私の前回の記事に取り上げた「おひさま」である。
前回記事にMariko様から頂いたコメントに、
その視聴率の凄さが書かれている。
★ ★ ★ ★ ★
そのMariko様のコメントにあった通り、
あのドラマの素晴らしさの、最大の功労者は
脚本を書いている岡田恵和(よしかず)氏だが、
ドラマの主人公の陽子が教師生活を卒業する
8/8の場面に、「仰げば尊し」の歌唱のシーンを
持ってきたのは、流石だと感心した。
終戦後も暫くの期間は、歌い継がれていた
「仰げば尊し」を旧い道徳観念の名残り
と感じて、止めさせた、社会党と文部官僚が、
今日のわが国の知的荒廃、を齎したし、
昔の小学唱歌「ふるさと」などを
“懐かしのメロデイ”から消し去った、
放送関係者が、現今の
日本の情感の浅薄さを産んだ。
そして21世紀になって、遂には
明治以来最低の、恥知らずの総理大臣を
誕生させることになった。
その論理的必然の歴史経過、
を見てきた我々老人は
「おひさま」のこの日の場面を作った
ドラマ制作スタッフ一同に、特に岡田恵和氏に、
拍手喝さいを贈りたい気持である。
の歌唱のシーンが出て、半世紀前までの卒業式に歌われた
あの歌を、想起するときの、我々世代の感動を思った。
★ ★ ★ ★ ★
今週の週刊ポスト誌(8/19.26号)の吊り広告に、
「テレビよ、さらば」、と大きな文字があって、
「また一つの時代が終わった」、
「見たい番組が一つもない」、などの
副題が付いているのが、目に付いた。
テレビを、一般大衆が見限ったのは、最近ではない。
それは21世紀に入っては、広告業界の常識であり、
業界のカネの流れに具体的に表現されていることは、
▲ 既存メデイアとネット:[A-127]、
にも書かれている通りだから、
週刊誌の取上げるまでもない、旧い話題である。
が、敢えて週刊ポストに異論を立てるならば、
「見たい番組が一つだけある」。 それが
私の前回の記事に取り上げた「おひさま」である。
前回記事にMariko様から頂いたコメントに、
その視聴率の凄さが書かれている。
★ ★ ★ ★ ★
そのMariko様のコメントにあった通り、
あのドラマの素晴らしさの、最大の功労者は
脚本を書いている岡田恵和(よしかず)氏だが、
ドラマの主人公の陽子が教師生活を卒業する
8/8の場面に、「仰げば尊し」の歌唱のシーンを
持ってきたのは、流石だと感心した。
終戦後も暫くの期間は、歌い継がれていた
「仰げば尊し」を旧い道徳観念の名残り
と感じて、止めさせた、社会党と文部官僚が、
今日のわが国の知的荒廃、を齎したし、
昔の小学唱歌「ふるさと」などを
“懐かしのメロデイ”から消し去った、
放送関係者が、現今の
日本の情感の浅薄さを産んだ。
そして21世紀になって、遂には
明治以来最低の、恥知らずの総理大臣を
誕生させることになった。
その論理的必然の歴史経過、
を見てきた我々老人は
「おひさま」のこの日の場面を作った
ドラマ制作スタッフ一同に、特に岡田恵和氏に、
拍手喝さいを贈りたい気持である。









