二人のピアニストに思う

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昔の人に、また逢はめやも (1)『司馬遼太郎』氏

2005-04-25 21:34:04 | 独り言
Alps さんのブログ記事、「思い出のスチュワーデス」、に刺激を受けて、私も出逢いに就いての思いを、旧い私信{私の出逢った人}より転記して述べる。

若い頃に、下の句が「昔の人にまた逢はめやも」で終わる何首かの短歌を見た時に自分ではそれなりに理解した心算で居た。喜寿を越した今となると、全身を揺さぶる感動として、あの歌の読み手の思いが伝わってくる。
あの出会いをもっと大切にしておけば良かったと思う相手が既に鬼籍に入っている場合でも、「また逢はめやも」の想いがつのるのは、私が無意識に来世を信じ、来世での再会を思っているからだろうか。


司馬遼太郎という作家を私は尊敬しているのだが、実は昔、昭和31年の夏頃に、未だ無名時代の司馬(本名、福田定一)氏と擦違った事がありました。 京都、金閣寺のバス停で立ち話をしただけの、行きずりのご縁でした。

その時、氏は何を思ったのか知らぬが、私に興味を持ち、遊びに来いと誘って、新聞記者の名刺に連絡場所を書いて渡してくれた。当時、私の方は別に彼に関心を持たなかったので、そのまま放置した。

その数年前、1950年の鹿苑寺金閣の放火消失事件で、この福田定一記者がスクープをものにしたことなど、その時には私の頭に無かった。
まして、この人物のその後の仕事の素晴らしさなど知るべくもなかった。
今ならこちらからお願いしてでも、会って頂きたい相手なのに、私は彼の誘いを無視した。

私は司馬氏の作品が好きで書棚に何冊も並べているのに、氏にお会いしたことが有るとは、考えた事も無かった。 氏の死後に[1996.2.12 没]経歴を報じる記事を見て居る内に、あの金閣寺で会ったのが司馬氏だった事に、初めて気がついた。
残念な事をしたと思った時は、既に後の祭。 宝の山に入りながら、貴重な機会を生かせなかった己の愚かさを、後悔したのでした。

★何故、あのような優れた人物が、路上で立ち話をしただけの、行きずりの私などに関心を持ってくれたのか、今となっては全く分からない。
が、考えてみると氏と私とでは幾つかの共通点が有る。 そこで、特に意識しない私の発言の、何か特殊な部分に、共感する点を見て頂いたのかもしれないと思います。


共通点、と私が考える事項を、数え上げると
 ▲①自分が属す社会に安心して身を託していけない、という基本的な不安。
  日本は精神の重要な部分を荒廃、卑しい国になってしまった、と見る感覚
 ▲②人物を思想や業績でなく、志で評価する感覚
 ▲③「天に意思が有る」と感じて居た氏と、
  「人知を超えた超自然な力とか意思の存在を、否定できない気持」の私の感性
 ▲④厚情必ずしも人情に非ず、薄情の道忘るべからずという感覚、「人権屋」を信用しない点
 ▲⑤氏が英語の時間にN.Y.の地名の由来を質問し先生に意図的な授業妨害ととられた話は有名だが、 私も小学校時代に同様な体験が有る
    [YY文集「対談二次会」76頁]。 
 ▲⑥受験用の勉強を馬鹿にし、中学低学年迄の学校成績が良くない
 ▲⑦氏は速読の達人として知られて居るが、
私も若い頃の読書の速さは相当なものだった。
 ▲⑧氏も私も薬局の息子として生れ育って居る            ・・などが挙げられます。

これらの事項、例えば「▲⑧:家業が共通」など、他人が見ると意味ある事には思わないかも知れないが、私が別に書いた話:『血税』[YY文集13頁]の心情とか、次回に書く無名の母親の実話などは、生活体験に関係する事柄です。   尚、全くの余談ですが、メデイチ家の祖先も田舎の薬屋です。


以上の勘繰りは全く見当違いかもしれない。 それはどうでも良いが、若しも司馬氏との再会が許されたならば、お話したい話題ではある。
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反秀才論は御存じ? (Quasi)
2005-07-17 22:37:59
故柘植俊一博士の「反秀才論」は御存じでしょうか?

その中に司馬と海音寺の関係など面白いことが論じられていますネ。参考までに以下のものを紹介しておきますヨ。

柘植の「反秀才論」関連2

http://www.doblog.com/weblog/myblog/19256/772361#772361

柘植の「反秀才論」を読み解く

http://www.doblog.com/weblog/myblog/19256/576665#576665



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