NHKの朝ドラ「おひさま」は、久々の名作である。
朝ドラとしてだけでなく、私が今までに見た全ての
テレビドラマの中でも、最も優れたものの一つ
だと思って、感動して見ている。
ヒロインの陽子(井上真央)と、親友の真知子(マイコ)、
育子(満島ひかり)を中心に、周辺の人達との
関わり合いをを描いてドラマは進行する。
登場人物同士が、声に出してモノを言わなくても、
相互の気持ちの動きが克明に、そして微妙に
視聴者に伝わってくるのは、演出が上手なのか、
監督が腕が良いのか、その辺は知らないが、
本来、ドラマとはこういうものだろうと思って、
満足して見ている。
毎日、少なくとも2回、多い日には4回、別チャンネルで、
同一のものの再放送を見ている。
これに比べて、出演者が無闇に大声で怒鳴って
走りまわるだけの、多くのドラマの作者は無能だ。
★ ★ ★ ★ ★
信州人の私には、「おひさま」は、信州の言葉や
生活習慣を、再現してくれて懐かしいし、
今から半世紀前の私の生まれ育ったころの
人々の人情、情感を伝えるので、
私の年代の者には本当に嬉しい。
ドラマは、太平洋戦争が既に敗色濃厚となって、
内地にも空爆が来襲して死傷者が出る場面に
差し掛かっている。
ドラマに出た3月12日の松本の空襲は、私にも記憶
があり、その時の爆弾の破片は手にしても見た。
昭和19年の前半では、そば屋は短時間だが営業する
ことがあったが、後半にはそれが無くなったのも、
ドラマは忠実である。
私は名古屋の大空襲の凄まじさを体験して見ているので、
ドラマの中で陽子の父親が名古屋に行くことに
なった時に、あの地で空襲にやられるのかと、
はらはらして見ていたが、どうやら無事に
松本に戻ってきて、ホットした。
だが、このドラマに付いて話をすると、
一回り若い世代の人には、
どうしても理解してもらえない部分がある、
のが、気になる。
結局、人間は自分に与えられた時代に
生きていくことしか出来ないのかなあ、
と思ったりすることもある。
★ ★ ★ ★ ★
周囲の人に中々理解してもらえないが、でも諦めて
しまわずに、何とか分からせたい、と思った時、に、
人はどのようなことを考えるだろうか。
こう思っているときに、ふと、
私の頭を横切ったことが有った。
▲地震と台風の思い出話:[A-132]
に、沖縄出身の知花くらら(29)が、
上智大学教育学部で哲学を勉強したのに、突如
ミスユニヴァースに応募して日本代表になり、
2006年のロスアンゼルス大会で第二位になり、
民族衣装部門では日本代表として初の最優秀賞
を獲得したが、・ ・ ・ 応募動機は
“目的でなく、手段として有名になりたい”
思いがあった、という話、を引き合いに出した。
あれを書いた時にも、そして今でも、何故彼女に
その様な「思い」があったのかは知らない。
ただ、先週の新聞で知ったことが有るので、
此処に書いて置く。 (これが、本当にその「思い」
に結びつのかどうかは、分からないが)。
知花くららの祖父、中村茂(82)が彼女に
戦争体験を初めて語ってくれたのは、
戦後62年目(2007年)のことだった、という。
茂は沖縄県鹿留間島の出身者だが、島には
1945/3/26日に米軍が上陸し、その日
住民の三分の一にあたる、53人が集団自決した。
茂は3歳年上の姉と防空壕に逃げ、姉の首を
絞めて殺したが、自分は死にきれなかった。
くららは、小学生の時に沖縄戦を知ったし、
以後、記念碑とか報道とかは見てきたが、
祖父が集団自決の生存者であることは、
2,007年7月に民放のニュース番組で、
祖父と一緒に鹿留間島を訪れるまで
知らされなかった、という。
▲一戦中派の感慨:[A-4]
▲他者の苦しみへの鈍感さ:[A-135]
に紹介した人達の話、と似ている。
知花くららは、祖父の思いを公知する為の手段として、
“有名になりたい”と思った、・ ・ ・
と取るのは、私の穿ち過ぎ、だろうか。
朝ドラとしてだけでなく、私が今までに見た全ての
テレビドラマの中でも、最も優れたものの一つ
だと思って、感動して見ている。
ヒロインの陽子(井上真央)と、親友の真知子(マイコ)、
育子(満島ひかり)を中心に、周辺の人達との
関わり合いをを描いてドラマは進行する。
登場人物同士が、声に出してモノを言わなくても、
相互の気持ちの動きが克明に、そして微妙に
視聴者に伝わってくるのは、演出が上手なのか、
監督が腕が良いのか、その辺は知らないが、
本来、ドラマとはこういうものだろうと思って、
満足して見ている。
毎日、少なくとも2回、多い日には4回、別チャンネルで、
同一のものの再放送を見ている。
これに比べて、出演者が無闇に大声で怒鳴って
走りまわるだけの、多くのドラマの作者は無能だ。
★ ★ ★ ★ ★
信州人の私には、「おひさま」は、信州の言葉や
生活習慣を、再現してくれて懐かしいし、
今から半世紀前の私の生まれ育ったころの
人々の人情、情感を伝えるので、
私の年代の者には本当に嬉しい。
ドラマは、太平洋戦争が既に敗色濃厚となって、
内地にも空爆が来襲して死傷者が出る場面に
差し掛かっている。
ドラマに出た3月12日の松本の空襲は、私にも記憶
があり、その時の爆弾の破片は手にしても見た。
昭和19年の前半では、そば屋は短時間だが営業する
ことがあったが、後半にはそれが無くなったのも、
ドラマは忠実である。
私は名古屋の大空襲の凄まじさを体験して見ているので、
ドラマの中で陽子の父親が名古屋に行くことに
なった時に、あの地で空襲にやられるのかと、
はらはらして見ていたが、どうやら無事に
松本に戻ってきて、ホットした。
だが、このドラマに付いて話をすると、
一回り若い世代の人には、
どうしても理解してもらえない部分がある、
のが、気になる。
結局、人間は自分に与えられた時代に
生きていくことしか出来ないのかなあ、
と思ったりすることもある。
★ ★ ★ ★ ★
周囲の人に中々理解してもらえないが、でも諦めて
しまわずに、何とか分からせたい、と思った時、に、
人はどのようなことを考えるだろうか。
こう思っているときに、ふと、
私の頭を横切ったことが有った。
▲地震と台風の思い出話:[A-132]
に、沖縄出身の知花くらら(29)が、
上智大学教育学部で哲学を勉強したのに、突如
ミスユニヴァースに応募して日本代表になり、
2006年のロスアンゼルス大会で第二位になり、
民族衣装部門では日本代表として初の最優秀賞
を獲得したが、・ ・ ・ 応募動機は
“目的でなく、手段として有名になりたい”
思いがあった、という話、を引き合いに出した。
あれを書いた時にも、そして今でも、何故彼女に
その様な「思い」があったのかは知らない。
ただ、先週の新聞で知ったことが有るので、
此処に書いて置く。 (これが、本当にその「思い」
に結びつのかどうかは、分からないが)。
知花くららの祖父、中村茂(82)が彼女に
戦争体験を初めて語ってくれたのは、
戦後62年目(2007年)のことだった、という。
茂は沖縄県鹿留間島の出身者だが、島には
1945/3/26日に米軍が上陸し、その日
住民の三分の一にあたる、53人が集団自決した。
茂は3歳年上の姉と防空壕に逃げ、姉の首を
絞めて殺したが、自分は死にきれなかった。
くららは、小学生の時に沖縄戦を知ったし、
以後、記念碑とか報道とかは見てきたが、
祖父が集団自決の生存者であることは、
2,007年7月に民放のニュース番組で、
祖父と一緒に鹿留間島を訪れるまで
知らされなかった、という。
▲一戦中派の感慨:[A-4]
▲他者の苦しみへの鈍感さ:[A-135]
に紹介した人達の話、と似ている。
知花くららは、祖父の思いを公知する為の手段として、
“有名になりたい”と思った、・ ・ ・
と取るのは、私の穿ち過ぎ、だろうか。










その「おしん」では後継ぎの出来が悪くて晩年に家を飛び出し、「何か大事なものを忘れてきてしまった気がする」なんてことを呟くはめになる。 陽子がそのようにならないと良いが、と環あたしは心配です。