cogito、ergo sum ブログに
、▲ある年賀状
というエントリーが掲載された。
その文面の殆ど全部は、ブロガー、Alps氏の従兄弟であるK.H.さんの手紙のコピーである。
K.H.さんのことは以前からAlpsさんのブログで承知していて、
K.Y.君の叔父のN氏とよく似た人生を生き、よく似たお人柄の方だと、
御目に掛かったことはないながら尊敬申し上げていた。
今回のエントリーでも冒頭のところに、Alps氏がK.H.さんのことを書いた従来の記事のリストが紹介されているので、
私はもう一度以前に読んだそれらの記事を読みなおして、
改めてK.H.さんの人間性に感服した。
★ ★ ★ ★ ★
私はcogito、ergo sum ブログにコメントを送ろうと思った。
が、上記の、K.H.さんのことを書いたAlps氏の従来の記事に全て私のコメントが入っていて、既に其処に書いたこと以上には、私の感動を書けない。
別のエントリーではあっても、同じAlps氏のブログに同じ文章を書くのは野暮である。
しかし、今回のエントリーを読んでの私の感慨には、
K.H.さんの人柄の素晴らしさの感動、とは別の部分がある。
このような有能な人物が、誠実に生きてきた晩年に、
このような手紙を書くような社会にしてしまったのは、何故だろうか。
これに付いての私の思いを書き始めれば500ページくらいの本は直ぐに書ける。
但し、それをブログの一つのエントリーに纏めるのは私の筆力では出来ない。
キャズ君ではないが、一年くらいの時間をかけても恐らく不可能で、私の能力的な限界を超えているであろう。
前回にも書いたとおりである。: →
(▲ Alpsさんの記事を見て:[A-38])
★ ★ ★ ★ ★
丁度一年前に、N氏夫人であった私の血のつながった叔母が亡くなったので、
田舎のその葬儀に参列し、N夫妻の周辺の何人かの人たちと60余年ぶりに再会して、親しく話し合う機会があった。
その時に私が感じ取ったものが、
N氏が晩年に感じていた “己の人生を振返っての想い”
は、こうではなかったろうか,・・・ との推測である。
それが、今回のK.H.さんの手紙に書かれている内容、
とまさに同じなのである。
あの戦争を知る世代が努力して築いた筈の日本の国は、なぜ現在の姿になったのか。
何時の日にか、私はこの主題での記事を書くことを目指す心算である。
なお、間もなく、阪神大震災15周年の日を迎える。これに関連して、2年前のエントリーがあることを、ここに書いておく
:▲ 教師、生徒とその父: [A-82]:[2008/3/28]
、▲ある年賀状
というエントリーが掲載された。
その文面の殆ど全部は、ブロガー、Alps氏の従兄弟であるK.H.さんの手紙のコピーである。
K.H.さんのことは以前からAlpsさんのブログで承知していて、
K.Y.君の叔父のN氏とよく似た人生を生き、よく似たお人柄の方だと、
御目に掛かったことはないながら尊敬申し上げていた。
今回のエントリーでも冒頭のところに、Alps氏がK.H.さんのことを書いた従来の記事のリストが紹介されているので、
私はもう一度以前に読んだそれらの記事を読みなおして、
改めてK.H.さんの人間性に感服した。
★ ★ ★ ★ ★
私はcogito、ergo sum ブログにコメントを送ろうと思った。
が、上記の、K.H.さんのことを書いたAlps氏の従来の記事に全て私のコメントが入っていて、既に其処に書いたこと以上には、私の感動を書けない。
別のエントリーではあっても、同じAlps氏のブログに同じ文章を書くのは野暮である。
しかし、今回のエントリーを読んでの私の感慨には、
K.H.さんの人柄の素晴らしさの感動、とは別の部分がある。
このような有能な人物が、誠実に生きてきた晩年に、
このような手紙を書くような社会にしてしまったのは、何故だろうか。
これに付いての私の思いを書き始めれば500ページくらいの本は直ぐに書ける。
但し、それをブログの一つのエントリーに纏めるのは私の筆力では出来ない。
キャズ君ではないが、一年くらいの時間をかけても恐らく不可能で、私の能力的な限界を超えているであろう。
前回にも書いたとおりである。: →
(▲ Alpsさんの記事を見て:[A-38])
★ ★ ★ ★ ★
丁度一年前に、N氏夫人であった私の血のつながった叔母が亡くなったので、
田舎のその葬儀に参列し、N夫妻の周辺の何人かの人たちと60余年ぶりに再会して、親しく話し合う機会があった。
その時に私が感じ取ったものが、
N氏が晩年に感じていた “己の人生を振返っての想い”
は、こうではなかったろうか,・・・ との推測である。
それが、今回のK.H.さんの手紙に書かれている内容、
とまさに同じなのである。
あの戦争を知る世代が努力して築いた筈の日本の国は、なぜ現在の姿になったのか。
何時の日にか、私はこの主題での記事を書くことを目指す心算である。
なお、間もなく、阪神大震災15周年の日を迎える。これに関連して、2年前のエントリーがあることを、ここに書いておく
:▲ 教師、生徒とその父: [A-82]:[2008/3/28]










N様の生き方とK.H.氏の生き方に共通点があるとのご意見を拝聴して、お会いしたことも無かったN様の生き方が想像されます。
「草の分際」にある「ものは心を食う」も共通したものでしょう。
恐らくK.H.氏からの正規の賀状はこれで終わりかと思います。彼とはこの手紙に就いて、電話でお互いに想いを語り合ったのですが、今度信州へ行ったら会って来ようかと思っています。