二人のピアニストに思う

gooニュース、注目のトピックスで「フジ子ヘミングがNHK斬り」を見て自分でもブログを作り、発言したくなった。

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船旅のご報告(2)

2007-05-10 07:52:27 | 旅行
クルーズ船の常で、船内シアターで毎日映画が上映される。  今回も同様であったが、1940年代の、往年の名画が数多く上映されたのは、嬉しかった。

「ローマの休日」、「カサブランカ」、「哀愁」、「風と共に」、
等等が上演されていたシアターには、これ等の名画が話題になった時代に青春を過ごしたに違いない年齢の、老人達ばかりが多く居た。

映画が終わり、室内が明るくなって退席する時に、歩きながら遠慮がちに抑えた声で、連れと感想を囁き合っているのが、聞こえてくる。
その感想が、全く私にも共感出来る内容である。

最近の世相の中で、自分ひとりが随分と周囲と不協和な意見の持ち主だ、と感じさせられている日常なのに、この集団の中では私も全く平均値的な存在なのだ、と思うと、妙に安心する。

私はこれ等、往年の名画を非常に高く評価し、これ等に比べると最近の映画やTVドラマ作品は例外なく、駄作・凡作であり、とても比較できるものでない、と思っている。

 ★ ★  ★ ★  ★ ★ ★ ★

何故、その様なことになったのであろうか。
フイルムはカラーになり、音質は・・、画面の加工は・・、と、製作技術は大変な進歩をした。
脚本なども手書きでなく、ワープロからパソコンへと、書き易くなり、原稿修正が容易になり、改善が楽に行えるようになった。
なのに、何故、作品が昔の様な感動を呼ばなくなったのだろうか、と不満に思っている。

今迄、私はこの現象を、それに係わる人々の質の問題だ、と考えていた。
テレビドラマ等でも、草創期の関係者には、「志」があった。
新しく生れた媒体を使って、どの様な作品を作り出そうかと、真剣に考え、取組んでいたのが、傍目にもよく理解できた。
其処には「志」があるのが、畑違いの人間にも、感じられた。

しかし、製作現場の担当者が世代交代し、・ →二代目→三代目→、と遷るのに連れて、
製作の動機は、「話題作り」、「視聴率稼ぎ」、へと変質し、「優れた作品を、世に問う」、といった志は影を潜めた、


 と私は理解していた。

 ★ ★  ★ ★  ★ ★ ★ ★

約十日間のこの様な映画鑑賞を重ねて、この様な思いを反芻している内に、一つ、気の附いた事がある。

昔の作品に共通している事の一つは、
其処に描かれているストーリーは、主人公にとって、
  人生でたった一度の、決定的な出来事である

という話になっている事である。

「ローマの休日」では、最後のシーンでアン王女が記者会見を終わる場面で、グレゴリー・ペック扮する新聞記者・ジョー・ブラッドレーを見る一瞬に、王女の全人生が篭められている。

「カサブランカ」の最終場面も同様である。
その最後の数分間の、リック(ハンフリー・ボガート)と、イルザ(イングリッド・バーグマン)の思いが、この二人の全人生なのである。
その場面を造る為に、一時間半の説明が用意されたのである。

勿論、「ローマの休日」も、「カサブランカ」も、話題になった名場面、名セリフ、が数限り無く有る。
が、その全てに生命を吹き込んでいるのが、ラストシーンである。

「哀愁」の冒頭のウオーターロー・ブリッジでの回想場面で、これから第二次世界大戦に向かうクローニン大佐(ロバート・テーラー)は、ある意味で「人生を終えた亡き骸」、なのである。
「生涯」は未だ終わらない亡き骸が、嘗て本当に生きた「人生」を回想しているのである。


往年の名画「会議は踊る」の主題歌で、リリアン・ハーベイが謳う

Das gibt's nur einmal.
Das kommt nicht wieder,
denn jeder Fruhling hat nur einen Mai.


が、あの時代の人生観を、端的に表現している。
そして、「人生に、恋は唯一度」、を信じて「人生」を生き、廃墟となっていた戦後の日本を復興してきた老人達が、この船のシアターで感動し、青春を回想しているのだ。


 ★ ★  ★ ★  ★ ★ ★ ★

これら往年の名画に較べて、
現代のドラマに描かれているストーリーは、
  人生80年の中の一ヶ月の出来事、である


現代物では、男と女が好きになり、一緒になり、そして別れる。
一年後にはまた別な相手と、好きになり、一緒になり、また別れる。


 毎日3度の食事の様なもので、感動が伴わなくても当然である。


今回私が気付いた事は、観客の「人生観」の変化、である。

「苺は春、林檎は秋」 
    「苺も、林檎も一年中、何時でも食べられる」
「1年に、春は唯一度」 
    「季節に無関係に快適な暮らしが可能」
 「人生に、恋は唯一度」  「恋は、年に一度」

と変化した世相の変化が、映画やTVドラマの変貌の原動力ではないか、という事である。

ドラマ制作者の質の低下ではなく、人間社会を形成する大衆の意識の変質が、ドラマの中味を
  「人生に、恋は唯一度」 → 「恋は、年に一度」
と変えたように思える。

 ★ ★  ★ ★  ★ ★ ★ ★

食うもの、着る物、に何不自由が無く、豚の様に生涯を過ごせる現代の人々に、言葉の通じないもどかしさを感じる世代、この船のシアターに集まった老人たちは、
あの「哀愁」の冒頭で、出陣に先立ってウオーターロー・ブリッジに立寄るクローニン大佐の気持で、自分の人生を回想していたのだろう。
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Unknown (Alps)
2007-05-10 15:10:12
望郷、モロッコ、外人部隊、美女と野獣、霧の波止場、禁じられたあそび、戦火の彼方、自転車泥棒、失われた週末、オーケストラの少女、東京物語……思い出しただけで懐かしくなる映画。あの頃は見るほうの感受性も今より強かったかも知れないが、今見ても同じような感動を催すに相違ない。
あの頃の映画は見た後に余情・余韻があった。その場限りで後は何も残らないようなものは少なかった(西部劇などは範疇の違う映画だがそれさえも余韻があった)。
訴えかける焦点が絞られ、それを通して作者の生き方さえも感じられた。焦点を絞り、全部を言い切らずに見る人に考える余地を残していたのは、俳句と何か共通点を感じる。
往年の名画 (mugi)
2007-05-10 22:40:40
TBありがとうございました。

クルーズ船では映画も上映されるのですね。
紹介されました4本の映画は、私も全て見ております。まさに「往年の名画」に相応しい作品でした。
これらの名画には往年の大スターが主演してますが、現代の映画に風格のある大スターは残念ながら見かけなくなってしまいました。
何でもインスタントの時代らしく、スターも即席になってしまい、入れ替えが激しすぎる。
余韻の残る文化とは (kaetzchen)
2007-06-07 02:41:05
トラックバックをありがとうございました.今晩はなぜか救急搬送もなく,暇潰しにノートパソコンを開いたら,あれあれと,政治記事ばかりでうんざりしてた自分にも「文化」を語る御方がおるのだなと,ありがたく思いました.(このところ政治的ないやがらせにうんざりしていたので……)

私は今は視覚障害者なので(視野狭窄),あいにく映画やビデオを鑑賞することができませんけれど;学生時代,日曜などに街へ出て,安い映画館で名画を見まくったのを覚えています.東京は本当に映画館が多いですね!

往年の大スターというと,私はなぜか映画でなく,70年前にコロンビアから発売された歌謡曲のコロンビア=ナカノ=リズム=ボーイズ「山寺の和尚さん」を思い出します.この曲自体は実は中山晋平の「証誠寺の狸ばやし」が既にあったから受けた部分もあるでしょう.しかし「ダガジグ,ダガジグ,エイ・ホ・ホー」というかけ声はまさに当時の米国の大スターのミルス=ブラザーズのコピーである.作曲者としての服部良一は天才としか言い様がない.

私は映画というと洋画しか見ていないような気がします.忙しくて平日土曜が必須の講義や実習で埋まってたせいもあるのだけど,アンジェイ=ワイダ監督の映画を見ていた時,流れるポーランド語がドイツ語とロシア語とのちゃんぽんだったことに気付いたとき,既に目はスクリーンに貼り付き,台詞はそのままで理解していた記憶があります.やはり,テロップの翻訳には限界があるということを知りました.あの時,ドイツ語とロシア語をやっておいて良かったと思いましたよ.

そうそう,引用されたドイツ語の歌詞ですけど,

Das gibt's nur einmal.
Das kommt's nicht wieder,
denn jeder Fruehling hat nur einen Mai.

でしょうね.Das は目的語で,主語の es (王侯≒神)が省略されて動詞の次についてたはずです.それと Jeder を大文字で使う場合は普通,命令形で Jeder fuer sich!「それぞれ自分で努力するように!」という場合でしか使われなかったような気がします.名詞的に Jeder とする場合は Fruehling をつけると文法的におかしいでしょうね.

それでは失礼します.またちまちまとお邪魔するかも知れません.最後はうるさいことを言ってすみませんでした.
コメントを有難う御座いました (二人のピアニスト)
2007-06-07 07:41:56
コメントを有難う御座いました。 また、先日(5/22)は、キャズ君の{美しい国・・(3)}の方に、TBを送って頂き、有難う御座いました。
私の、{ブログ記事の記述法(2)}にもあるような考え方が根底にあるものだから、我々の仲間は記事の公表が少なくて、張り合いがないと思いますが、今後も宜しく。あそこに晩秋氏がコメントしていた様に、年齢のせいだけdもない、とも思います。 キャズ君だって、R君だって昔は、もっと沢山書いていましたから。
「会議は踊る」の歌詞へのご注意を有難う御座いました。第一行に(’)が落ちてしまってたのと、第3行のjが大文字になっていたのは、訂正しました。
私が分らないのは、第二行もあれでは、いけないのですか?
1945年以後には、ドイツ語を使ったのは、たった一日、ベルリンの壁が未だ健在であった頃に東ベルリンで友人と過ごした時だけで、現在では完全に忘れていますので、分らないのです。
尚、余事ですが、その時に私が会っていた東ベルリンの指導的立場にあった人物が、東西ドイツが合体して後で分って見ると、実は西側の人物と極めて親密な関係を維持していたのを知り、驚きました。
貴重なご体験だと思います!! (東郷 幹夫)
2007-06-12 14:27:53
二人のピアニスト様
5月10日の小生の記事へのTB有難うございました。クルーズ船でのご体験は、山あり谷ありであったであろう長い人生を、ご夫妻揃って乗り越えて来られたという貴重なご実績があってこその結果であろうと思います。映画の中の情景や出来事は、そのようなご実績の中のご体験と重ね合わせることによって本当に実感出来るのではないかと思います。貴重なご体験をお喜び申し上げます。、
コメントが遅れまして (kaetzchen)
2007-06-14 21:54:11
「会議は踊る」の2行目ですけど,テキストが見つかりました.私の聞き違いだったようです.つまり 's =es は必要ない,という訳です.おっちょこちょいですみませんでした.
有難う御座いました (二人のピアニスト)
2007-06-15 02:33:44
Kaetzchen様、
気楽にいい加減なことを書いておいたのを、ご指摘頂いたお陰で、前回、第一行と第3行を修正しました。
その時に、第二行目は一寸納得が行かなかったので、そのままにしたのですが、その後も不安が残り、気懸かりでした。
何しろ、半世紀の間、ドイツ語と無縁で過ごしてきているのですから、勉強家のKaetzchen様のご指摘とあっては、不安が当然です。
ドイツ語どころか、英語でさえも、変人キャズ君が:「海外旅行(1)」([2005/10/29]):に書いている通り、あやふやな年代です。
それを、Kaetzchen様に、矢張りあれで良いのだ、と言って頂くと安心できます。 有難う御座いました。
それにしても、映画そのものが、大変に古いものなのに、よく、テキストが見付かりましたね。 まず、その事に敬服します。そして、更に、近頃ではブログに限らず、発言に責任を持たない輩が非常に多いのに、わざわざ、ご連絡を頂いた事に、それ以上に、感動します。
バブルの時に、「北海道の土地を買わないトヨダの経営者はバカだ」なんて発言し、煽っておいて、バブルが消えても、平気で、テレビで発言し続ける評論家T氏に、Kaetzchen様の爪の垢を煎じて飲ませたいです。
クルーズ (Alps)
2011-03-02 11:29:42
先日Y社のOBであるT君から、去年行ったカリブ海1週間クルーズの写真と共に説明を聞きました。船内シアターの話は出なかったが、楽しい思い出をご夫婦で交々語ってくれた。
そういえば私の旧友Y君は2003年3月21日から6月28日まで世界一周のクルージングに行ったことを思い出した。
恐らくピアニストさん同様、船内シアターで名画を楽しんできただろうと推測する。
名画の話と外れたコメントですがご容赦を。

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