二人のピアニストに思う

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バブル獄中記とO君(2)

2012-04-11 17:38:37 | 歴史
2010年1月から2月にかけて大阪地検特捜部は、
村木厚子厚労相局長の取調べ中に、被告を有罪に
持ち込むために、組織ぐるみで不正な方法で
 インチキな証拠作りをした。
 が、逆に被告の注意深さのために、不正が暴露し、
 担当した前田検事は証拠隠滅罪で昨年実刑が確定し、
 上司の特捜部長、副部長も本年12年3月30日
   には地裁で、有罪が言い渡された。 
.
最近2年ほどは、この事件の余波で、検察に対する
 疑惑も随分と世間では語られるようになった。
 然し、その前は、検察は正義の味方、という神話
 (迷信?)
 が、庶民の胸中に植え付けられていた。
.
       ★ ★ ★ ★ ★
.
私等部外者は、新聞で数カ月置きに報じられる
 裁判の経過を見て、法手続きの進行状況を知る
 だけである。
 当事者である被告が、その何百日かを、どのような
 環境で、どのような心理状況で過ごしているのかは
 私は考えたことが無かった。
.
今回読んだこの本で、私はそのことの重要さを、
 初めて理解
した。 この本を読むまでは、
 無実の罪を自白して服役し、何かの機会に冤罪が
 明かになった人物の報道を見ると、何故、被告は
 取調べ、乃至は裁判の過程で無実を、主張
 しなかったのかと、私は不思議に感じた ものである。
.
この本を読んで、その辺の事情が初めて理解出来た。
    この本の例では、若い時に中国の戦線で数年間
        に亘って死に直面した過酷な生活を過ごした長田氏
        だから、無罪の主張を取り下げずに頑張ることが
        出来たことが、良く分かった。
        本の内容は非常に多くの頁が、何も無い狭い独房で、
        ゴキブリや蚊との戦争に明け暮れ、1人過ごす様子
        や、心理の記述に費やされている。 しかし、

 この欠伸をしたくなるような部分の記載、が重要
 なのである。 

    丁度、『「▲映画「M・サッチャー」:[C-280]」、
           に書かれている、あの映画製作の手法』、と同じで、
         それを理解しフォロー出来ない人間には、あの
         アカデミー賞受賞映画の素晴らしさが分からなくて
         居眠りするのと同様に、

 この本の大切な部分が、
 蚊やゴキブリとの戦争」の記述、なのである。
.
       ★ ★ ★ ★ ★
.
このことが理解出来て、私は改めて、村木厚子
厚労相局長の偉さに感じ入った。 単なる学校秀才
のキャリヤー役人だと思っていたのは私の不見識だった。

90年に女児が殺害された「足利事件」の自白に支えられた有罪判決は
後にDNA型の相違で再審無罪が確定した。 02年に富山県で
少女が強姦された「氷見事件」の自白に支えられた有罪判決は
後に真犯人が犯行を供述して再審無罪が確定した。 1961年の
名張毒葡萄酒事件が51年経っても未だに決着しないのは、
裁判官に依り自白の信用性への評価が分かれるためで、
奥西勝死刑囚(86)に対する司法判断は、○一審の津地裁の無罪(64)、
●高裁の死刑判決(69)、○7次再審請求での高裁再審決定、
となったものである。 村木氏や河合氏の偉さを理解するのには、
それなりの見識が要るのである。

.
また、河合良成の偉さ、も同様である。
河合は学校秀才であり、長田は無学歴だが、良く似た
  人生を歩んだ人物なので若い人のために
  簡単に紹介すると、

   河合は戦後、第一次吉田内閣の厚生大臣であり、
         小松製作所の社長になり再建にあたった。 
         1952年に吉田茂の勧めで郷里の富山で立候補し
         当選するが、その際に、同じ町の出身でかつて
         河合を事務次官に取り立てた松村謙三の対抗馬
         として出馬する形となったために、故郷では
         激しく非難されたという。 
         1962年第一次訪ソ経済使節団団長、
         1966年訪中経済使節団団長として、共産圏との
         貿易拡大に尽力し、日経連、経団連の常務理事
         として財界を指導した。 1970年、84歳で死去。
.
     この河合は戦前、世に言う帝人事件に巻き込まれた。
         1934年、帝国人絹糸株の売買に疑惑があると
         マスコミで問題化され、少壮財界人や若手官僚が
         次々に検挙された事件である。  いまでは
         この事件は斎藤実内閣倒閣を目論んだ、司法部内
         の平沼騏一郎系ファッショ勢力による政治的謀略
         だったという見方が通説である。
       長田の郷党の先輩である小林中(開発銀行総裁)も
         この事件に巻込まれて獄中で遺書まで書いた話
         が出ている(176頁)が、結局全員無罪の判決
         だった。   この帝人事件の時に逮捕され
      獄舎につながれても、最初から最後まで一貫して
      罪を認めなかった被告は、河合1人だった、という。


この、河合1人が取調べに対して無罪の主張を貫いた
  話は以前から承知していたが、その本当の偉さは、
  今回の長田の本を読んで、私は初めて理解出来た

そして、河合自身も、帝人事件についての著書を
  存命中に、書き残している。

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