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10年前のフアン、フメイ

2017-05-12 04:15:00 | 日記


>不安がありますか
2006年05月12日05:39

あれこれ思い悩み不安に思うことはいつもある
それを解決するために生きてきたようなものだ
生老病死を悩みぬいたら釈迦の境地も得られる
生にかかわって若いころの不安は何によるか

その前にこの2日、わたしの記録がなかった
コレこそフアンの状態でいたため解決に時間がかかった
時間割のバッティングの件についての扱いが不適切であったと事件を認めたような発言で、一応、問題が見えた
まだほかにも同じようなことがあり、これは不安を解決するのにさらにその種を作ったことになる

開き直りとも取れる進め方はいつものパターンだが、その結果を自らの責任におくことのない、とりようによっては他へ転嫁する手法で、責任があると言うなら、と、まるで他人事のように自らの所業を説明する
言い回しはほとんど政治家ふうだ
そして不適切な扱いとは何かを明らかにはしない
これではまた誤解を起こしたまま、歴史が証明することにゆだねられる

と、声があって、その意見について言えば、もうこれまで5年も付き合っているわけだから、その被害から言うと、いいのではないと言える
もちろんそう囃し立てたに過ぎないだろうが、これは頭がいいとすれば、知恵を身につけたカシコい例なので、そのまえに、ずるいをつけるとわかる、あるいはわるいが付く場合もある、というのは、先刻、みんなが承知だ

ああいえば、こういって、いったことをたがえてしまっても、またああなればこうで、結局、不明へと追い込まれても、平気なので、付いて回るほうは、ひっぱりまわされることがしばしばだ
社会はごまかせても、自分はごまかせないから、こういう人は悩みっぱなしだろうかと思うと、それはそうではないらしいし、未来ある若者をだましているようなことでもなんともおもっていない、むしろそうして生きてきたことを教訓めいて言い続ける、ひとつのことをしなさいとか、ほかの人と違うことをしなさいとか、言っているその中身が実は、事実と実態として全く違うのである
そうして地位も名誉も作り上げるためしは枚挙にいとまなく、いずれ落ちるときに落ちていってしまう
そういう人は社会をまた一方で構成するので、寛容にならなければならないと偉人は教える

この2日の不安は解決のためのスタートについたばかりで、ちょっと話してみた
そこで、これも不安の本質がなんであるかを如実にしている
若い時代の不安に付きまとうものは
それは不明ということである

状況把握や進路を明確にするのに不安を持つのは、それこそ誰にもありうることだ
そしてそれを解決する、問題を解決する、その問題そのものがわかれば解決の方法は、わかりよくなる
しかし若いことをもって将来に託す夢があるときそれは解決できる問題ではなく挑戦することになる
意思と勇気がいるのである

不安の本質を考えるとき不明と言ったのは、わからないことがある、先が見えない、将来することの実現がわからない、見通しが立てられないということによる
それはあくまでも生きていくための真剣な思いであるので、わからないということが不安になるから、当然のことだ
それでも不安を解決するとしたらどうするか
わかるか、わからないか、それを疑問に思ってしまうと不安が募るのである

日本語助詞の、か、は疑問に使われると説明する
いきなり助詞でびっくりかもしれないが、じつはこの、か、はもともと、不安なこと、不明なことに用いる
つまり不安は疑問とともにあると日本語では捉えられる
助詞の話で不安、不明、そして疑問を結びつけて考えてみる

不安は気持ち、不明は事実や現象、これは双方は互いに作用しあう、そこになぜ疑問があるか
若いときは不安だらけ、それは高齢でも同じでもっと不安だらけ、しかし不明なことの時間量が違ってくる
若いときの将来の時間の長さは、高齢者の不安材料の量の多さに匹敵するから、それぞれを乗じれば人間が持つ不安は不明と反比例にはなるかもしれない
その不安と不明が解決できれば安心で明快なわけだ

すると、どうすれば、それが得られるか
疑問を作って解決できると良い
ことばになったとき、か、を用いているのは、ことばとしては、それが表現になると、次の言葉を探るからである

はい、でも、いいえ、でも、どちらか答えが出るか、それで疑問文がまず、でてくる
言ってきたように問題のありかがわかれば解決の方法は見つかる、それは疑問を立てて、答えを探すからである
とりあえずわからない、つまり、いいえ、になっても、それは次の解決をつかむステップではある
不安を幾つかの疑問にして、自らの答えを与えていく、もちろん、疑問のままでもそれは、解決へつながる

将来が大きいと、それだけに不安もまた、大きい
可能性へのチャレンジは自分にできるか出来ないか、それを自問自答し続ける
それは準備があってのこと、計画があってのこと、思いつきとアイデアがあってのこと
何よりもそのときに持つべきものは自分に対するおおらかな心だ、それは人から見れば落ち着きと秘めた情熱と強い意思の現れとなっている

また、悩めば、不安になったら、なかまと議論すればいいよ


>2006.05.12 XML
20060512 2006年世界競争力
カテゴリ:思い遥かに

ビジネススクールがまとめた2006年世界競争力年鑑によると、日本は17位だった。
2005年は21位だったので4つ繰り上がって、台湾18位、中国19位の上になった。
中国は2005年の35位と、順位を落としていたのが、日本に近づいた。
スイスのIMD、経営開発研究所、本部ローザンヌ、61の国と地域のマクロ経済性、政府の効率性、ビジネスの効率性、インフラの4分野312項目の統計や調査を集計している。

1位は米国、2位は香港、3位はシンガポール、4位はアイスランドと、2005年と変わらない。
5位にデンマーク、6位にオーストラリア、7位にカナダ、8位にスイス、9位にルクセンブルグ、10位にフィンランドだった。
日本の順位で、インフラは2位になり、マクロ経済は15位になり、ビジネスの効率性は23位だった。
ブロードバンドの安さ、景気回復や企業収益の改善、生産性の高さなど、それぞれ要因が挙げられる。
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