石川 博雄(記憶の作り方) Hiroo Ishikawa (How to make the memory)

その時々のお気に入りのカメラを持ってぶらぶら歩く 時々シャッターを切り 再び歩きだす それだけで ありがたい幸せなのです

5月15日(月)

2017-05-15 | 独り言

岐阜の街へ通いだしてから5ヶ月ぐらいになる。

先日、いつも昼飯は蕎麦屋ですませて、さてお腹がいっぱいになると、どうも写真を撮る気が失せてゆくので

ぶらぶらしながら帰ろうかと6車線の交差点で信号待ちをしている時、なにげなく振り返って傾きかけた家を覗くと窓には陶器が一杯並んでいた。

値札も付いているので陶器店というよりギャラリーのようだ。

しかし店内といっても四畳半程度なのだが店番はいないようだ、不用心な!

まぁでもちょっと家の中へ入ってみると、こりゃ実用食器というより陶器のアート作品のようだ。

ねこのマグカップが気に入ったのだが、ここは無人ショップなんだろうか?・・・どうも奥に二階への階段があるようなので

「すいません!泥棒ですけど誰かいませんか!」と呼んでみた。「は~い!」と女性の声がして、「靴を脱がずに、そのまま上がって来て!二階にも作品があるから」

CASIO EX-ZR4000
一人しか通れない階段を上がってゆくと畳がひいてある。

「そこからは靴を脱いでね」とマスクをした女性が顔を見せた。

二階の六畳二間つづきの壁際にも陶器の作品が並んでいた。

オイラは、こういうなんだか訳の分からない奇妙な小物には弱いのよね・・・実用的ではないのだけど・・・

そこで、猫のマグカップ(妻への誕生日プレゼント)と箸置きを1セット(5個)買った。

体重=59.0kg


そして昨日の事、昼飯を食べて、今日はちっとも写真が撮れないので、もう帰ろうと6車線の交差点にくると傾きかけた家のギャラリーが気になって覗いてみた。

一階は、やっぱり無人で不用心だ。

オイラは二階へ上がってゆくと女性がいた40代ぐらいかなぁ先週とは違うようだ。

「先週はありがとうごあいます!今日も岐阜の街を撮影ですか?」と挨拶された。

どうして?先週の店番と違うような・・・

「いえいえ!私しかいませんよ!違う人は店番はしません!」

そうなんだ。オイラはどうも顔を覚えていないようだ。最近はどうも顔が覚えられないようなのだ。

そこで毎週、岐阜の街を写真を撮っていると言ったら

「岐阜の街の何を撮っているのですか?」と問われた。

さて、当然「岐阜のこれこれを撮っている」と言えるのが当たり前なんだが・・・オイラは言葉に詰まるのよね・・・

「でも毎週来ているという事は何かに惹かれてくるわけでしょう?なにも無ければ来ないでしょう?」

そうなんですけどね・・・

「今まで写真を撮ってらして、写真展とか発表はどうしていたんですかね?」

「コンセプトとか何も無ければ作品は作れないでしょう?写真はシャッターを押すだけですけど、選別する眼は必要でしょう?」

ギャラリーを主催しているだけあって、なかなか厳しい本質的な事を聞いてくる。

困るのよね・・・もともとコンセプトなど無い処から始めたわけだから・・・継続することによって見えてくるものがあるのではないかと考えたのだが

それは、大きな間違いで撮れば撮るほど、拡散してゆくばかりで収拾がつかないことになってきたのだ。
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