雨が降っている。
窓を開けた。
隣家の屋根越しに、桜の小森が、雨にけぶっている。
こんもりした、桜花の小森。
お赤飯みたいに、紅白まんじゅうの赤いまんじゅうみたいに、薄紅色に染まっていた。
桃色一色。濃いピンク。
白色が入る隙が全くない薄紅色だ。
青空の下では、小森は、白くも見え、ピンクにも見える。
特に、霞みか、雲か、の白い空の下では、白っぽく、いや、白く見える。
のに、水を含んだ桜の花は、お赤飯みたいな色だった。
薄紅色。淡紅色。桃色。ピンク。淡いかすかな薄い紅色。
「薄・うすい、淡・あわい」 とは、「しつこくない。あっさりしている。はかない。」と国語の辞書にあった。
散り際の、雨に濡れた桜の花を見ると、僕は、悲しい思い出に、胸が痛む。
20数年前の、4月だった。
42才の僕の妹が、夫と、3人の子供を残して、自ら死を選んだ。
子育て、家事、家計、自営業の夫のサポートに、疲れたのか・・・。
兄弟の中で、一番しっかりものだった妹。
気丈なたちで、頑張り屋さんだった。僕の自慢の妹だった。
高校、大学の時は、家に遊びに来た僕の友達が、皆、妹を好きになった。
妹は、恋をした。
僕の友達ではなかった。
「二十歳の集い」と云う市民サークルで知り合った青年と。
中学を卒業して上京。企業に就職。企業内高校を卒業し、その市民サークルの「会長」をやっていた青年だった。
NHKの「青年の主張」に出て、自分の体験を発表したんだよ、と話してくれた妹。
妹は、そのサークルにはいり、「副会長」をしていた。
父が倒れた。
母が、生命保険の外交員を始めた。
僕が、高校3年。妹は、中學3年。
母が、風邪を引いて、仕事ができない時は、僕と妹で、集金をしたものだった。
僕が、大学生で妹は高校生の頃だ。
妹は、家事を母がわりに よくやった。
大学生だった僕と、高校生だった妹は、一家を支えようと思った。
中学生の弟、小学生の妹が、いた家族6人。
その頃の僕は、長男らしい長男だった。期待の星でも、あった。
が、大学を卒業して、しばらくして家を飛び出した。
妹は、二十歳に集いの青年と結婚。
素敵な家庭を作った。
風来坊の僕は、駆け落ちして、失敗し、別れ、ひとり暮らし。
「男はつらいよ」の寅さんと、と、さくら夫婦、みたいな関係の、僕と妹だった。
やっと僕は、人並みに所帯をもって、生活を始めたのが42才だった。
一番喜んでくれたのは、妹だったかもしれない。
妹は、高校生、中学生、小学生の母親だった。
「お兄さん、よかったわ」
さあ、これから、妹と、家族同士、いっぱい楽しい時間を、作ろう、と僕は胸を膨らませた。
しかし、2年後の春、桜が散るころだった。
妹が、電車に飛び込んだのだった。
僕は、その知らせを聞いて、腰が砕けた。
葬儀は、僕がしきった。泣きながら。
僕の書斎に、20巻の「世界の名著」と云う本が並んでいる。
妹が、高校を卒業して、銀行に務めた。
僕は、大学を出て、高校の先生になった。
毎月、妹が、一冊、本を給料の中から買って、僕に、「お兄さん、勉強して」と言ってくれたのだった。
20箇月。20冊。
妹に、なんにもしてやれずに、妹は逝ってしまった。
ばかもの!
悔しくて悔しくて、悔しくて・・・・・。
二十歳の集いの青年を、僕は、仰ぎ見て、憎んだ。
が、妹の死から、23年が経った。
彼は、高校生だった長女、中学生の次女、小学生の息子、を一人で育てあげた。
皆、結婚して、家庭をもち、彼は、6人の孫を持つ グランドパパ、になった。
彼への、憎しみは消えた。そして、また彼を、見直した。
けれど、悔しい思いは、悲しさは、消えない。
淡い、紅色の、桜の花。
あの夜。
今にも散りそうな桜の花が、通夜の降りしきる雨に打たれていた。
「母より先に逝きし、雨に散る桜、悲しき」
告別の時、通夜の夜に母が書いた句を、僕は、棺の前で読んだ。
はかない。
はかない、淡紅の花びら。
通夜が終わって、静かになった頃、二十歳の集いの青年が、
「お兄さん、すいません、子供たち落ち込んでいます。
なんにも食べないんです。連れ出してなにか食べさせて下さい。ほんとうにすいません」
と言った。
僕は、3人を、近くの開いていたお店、食堂兼スナックのようなお店に入った。
僕は、何をしたらいいか、とにかく、カレーライスを頼んだ。
帰り際、ふと心に浮かんだことがあった。
カラオケがあったのだ。
「お母さんに、おじさんが今歌ってあげたい歌があるから、聞いてな」
と僕は、3人に言って、
さだまさし、の 「妹」を歌った。
♪妹よ、ふすまいちまい 隔てて今・・・・・・
今、開けた窓の外は、雨が降っている。
書斎の本棚に、妹が、お兄さん、はい!と言って、毎月くれた本が、並んでいる。
妹よ。
しつこくない。さっぱりしている。はかない。
淡い紅色の妹よ。
♪「いつか」と云う、僕のオリジナルが1曲がある。
2番は、妹のことを歌った曲だ。
この悔しさを、絶対忘れない。