まるめがね

インスピレーション

「BANBANBAN2006」の巻き

2006-01-01 23:25:55 | Weblog
 昔から大晦日の夜の電車がすきだ。

 静まりかえった車内で、いつもとなんらかわりはないのに、何かが違う。
 「良いお年を」というコトバが見知らぬ人をつなげていく。

 何年たっても変わらない

 
 昔から元旦の町並みがすきだ。

 普段にぎわっている道が静まり返り、普段は溢れかえるほどの車が一台も見えない
 すべて時がとまってしまったみたいだ

 最近では元旦から店がOPENするので少し変わってきたけれど

 我が家の元旦も25年変わらずある。

 朝8時に起きてきて、新しい洋服を着て、家族5人で祖母の作ったおせちと雑煮をいただく。黒豆は祖母特製料理の一品。唯一私が受け継いだ味。

 「ぴんぽーん」とチャイムがなる

 正月早々誰が来たんだと皆がざわざわする
 
 あたしと妹はそわそわする

 届いたのは小さな小さな小包

 中身は母へのお年玉

 日ごろの感謝を込めて母が行きたくて行けなかったS○APのツアーDVD
(ウチのママンあんな顔でひそかにファンなのです)

 ゆえ

 今年の元旦は5人で酒を片手にノリノリだった
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「川の流れのように」の巻き

2006-01-01 03:26:45 | Weblog
 まさか大晦日のこんな一年の最後の最後にマスカラが全部落ちてまぶたがはれ上がるまで泣くとは夢にも思っていなかった。

森山良子の声が耳に入ってきたときから心のつっかかっていたものが外れかけた。息子と二人で、60年前の沖縄の人を、戦争を体験し苦しみ悲しんだ人への想いを切に歌い上げる姿に、胸がしめつけられていた。

「おとうさんとよびたかった」ついに栓が外れた。あのガマの中で何かを確かに感じて、何も感じることができなかった自分に失望したことを思い出し、家族を、ゼミ生を琉球大学の友を沖縄の地を思い出す。

ハナミズキが聞こえてきた。

訪れたこともない異国の地で、突然に目の前で崩れた二つのタワーがずっと自分の人生と重なり合っていたのは、これからも重なり合っていくのは、2001年まさに妹が病気になり、私の家族が崩れた時と同じだったからだ。決して崩れることのないもの、そうなるはずがないと思っていたものがあっという間に崩れさり、目の前が真っ暗になってから、かつては暖かかった家に帰るのが辛すぎた。友達の家で夜ごはんをおよばれして、楽しそうな団欒は私の心を締め付けた。小さな子供の手を引く家族の姿を見るたびに、電車だろうと店の中だろうと、昔のことを重ねて泣き続けた。

あの日から私はよろいをかぶった。
弱い自分を守るために必死で強くなろうと戦った。

家に帰ると、福井から帰宅したおとんとおばーちゃんと、おかんと妹がテレビをみて笑っていた。げらげら笑っていた。げらげらげらげら笑っていた。さしてそんな特別おもろいことでもなんでもないのに、さして普通のことなのに、嬉しくてしかたなかった。

この5年間確かに時間は流れ、止まることなく、動き続けていたことを確かに今実感し、また泣いた。

それもまた人生。ゆるやかにこの身を任せていたい。

そういう風に生きていきたい

君と好きな人が100年続きますように

そういう風に願っている



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持ち越しそばの巻き

2005-12-31 09:30:40 | Weblog
部屋の片付けも終わることなく、卒論の片付けも終わることなく、今年最後のアルバイトにユキマス☆そして電車がなかなか来ないので焦っています。来年もヨキ出会いヨキ出会いこれが全てのハジマリ☆皆様ヨキ出会いを
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「お家に帰ろう」の巻き

2005-12-28 16:38:21 | Weblog
ここから見る景色は多分何も変わらないのに。知らなくていいこと、見なくていいことがこの世にはあることをたった今学びました。
間違いなく。卒論はあたしを追い込んできたぞー!!カモッン!
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クリスマスなんて大嫌い!なんち

2005-12-23 18:39:26 | Weblog
ホーリーナーイっと☆今日はエンペラーの誕生日☆我が家でパーテーパーテー 明日はイエスの誕生日前夜祭☆パーテーパーテー 明後日は誕生日本番☆パーテーパーテー この祝いに後ノリしていくはずやったのにぃ
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「あまのじゃく」の巻き

2005-12-22 23:16:40 | Weblog
 小さい頃から本棚に本が溢れるほど溢れ返っていた。小さい頃から部屋に本がたくさんあることに、やっちゃんやしーちゃんが関心して、近所のおばちゃんがほめるもんだから、一度も読んだこともなければ開けたこともないのなんて言えずにいたわけで。ただ、部屋に本が溢れるているそういう空間が雰囲気が好きなのである。「耳をすませば」はまさに私のあこがれそのものだった。それは今になってもあまり変わらずにいる。(アメリカに関する本も英書もいっぱいあるが開けてぱらぱらめくってすらない)

読み出したら止まらないのもまた変わっていない。

ちまたでは卒論というものに奮闘しなければならない時期なのに、その時に限って本が読みたくなる。またあの言いようのないむくむく感が漂ってくる。テスト前に普段しない部屋の片付けが非常にしたくなるアレと同じ感覚である。

今回私をとりこにさせ1週間寝不足にさせた3冊はこちら。

「博士の愛した数式」小川洋子(来春公開)
80分間しか記憶がもたない数学学者とシングルマザーの家政婦と息子√のお話。人とのつながりはそこに確かに流れる時間の重さに比例し、過ぎていく時間の長さに相反するものであり、時間という数字は平等であるということを新たに考えた。そして、未だに未解決なクイズはいくつも転がっており、というよりまだまだ解明されているものなど、存在するものに比べたらほんの鼻くそくらいしか解明されておらず、まだまだこの世も捨てたものではないのだな、という言葉がちょっと恥ずかしいと思える作品。

「みずうみ」    よしもとばなな
本の装丁に魅かれて手にとるとばななさんだった。彼女の作品は夢の中にいるような気分になるので、読み終わったあと雲をつかみたくてつかめない気持ちにさせられる。今回もリアルな話題のはずなのに浮世離れした感じ。あまりに巧みな文章にまたまた胸ぐらをつかまれた感じ。ゆえコメントがこんな感じになってしまう。小説のおもしろさってこういうものだったよなあと久しぶりにエッセイ以外のものを読んで思いました。登場人物はいつもおいらの直球ド真ん中なんだよなー。

「タッチ」     ダニエル・キイス
うってかわってこちらはもろ現実問題をどーん突きつけられる作品。以前の改訂版として出版されたのだが。テーマは工場から漏れた放射能に被爆した若い夫婦があらゆる内面の葛藤にさいなまれるとてつもなく苦しい作品。もともと子供が授からないことで、夫婦間がぎすぎすしていたところでの被爆で、まさに泥沼となるのだが、心理学者としてのキイスが描く人間の性質は人事ではなく背筋が凍ってしまった。

明日こそ書き上げるんだから。例のモノ
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「雪にまつわるエトセトラ」の巻き

2005-12-22 22:15:10 | Weblog
朝寒くて目が覚めたら目が真っ白だった。慌ててごしごし目をこすったらコンタクトが汚れているのではなく、雪が積もっていた。

この町に雪がこれほど積もったのは記憶が正しければ(覚えている限り)中学3年の受験を控えた頃ではなかろうか。

たこやたけちゃんやしーちゃんやさやぶーといつものごとくぎゃーぎゃー言いながら学校から帰る途中駐車場が一面真っ白になっていた。真っ白さに驚き4人は走りながらその真っ白な空間にダイブした。あの衝撃は忘れない。歯が飛んでいかなかっただけでも感謝である。その後血まみれのまま4人で我が家に帰宅。

この町に雪が降り積もっても、北国の雪には勝てないということを身をもって知った。

大学1年の11月に学校を自主休講にしてよーこと北海道に旅立った。寒さが半端ではなく、特に知床あたりは海が荒れて吹雪になりバスが止まった。このまま蟹を食べずに北国の海で死んでいくのかと思うと本気で身震いしたことを覚えており、その横で、昨晩も彼氏とラブラブというかけんかというかなんというかで、一睡もしていないようこがさっきからずっとぐーぐー寝ている。おらあ本気でむかついて何度もほっぺたつねった(それでも彼女は起きない)

話はそれるが、私の数々の珍道旅行の相方はまっすんとよーこに始まり終わったというても罰は当たらないと思われる。ただ、まっすんとよーこは一回しか会っていないのに、互いによく覚えているはずである。まっすんとは特によく西側を攻めたように思う。四国を回り自転車で四国から中国を結ぶしまなみ街道を渡り、鈍行列車に揺られながら、芭蕉気分で温泉探しながらあちこちを回ったり、岡山のたった一枚の記事を手がかりにこれまた鈍行で温泉発掘しにいったり、帰りに鳥取砂丘に寄って泥まみれになり、やはり鈍行で温泉を探し歩いた。彼女とは何かしら好奇心旺盛さや身軽さにお互い通じるものがあり、(連絡をなかなかよこさず、メールを返さないところもそっっくりである。ちなみによーこは私以上に連絡がつかない)
一緒に去年の夏ショートフィルムを真剣に1ヶ月かけて撮影した。出来上がりは色々な意味で笑かしてくれるのだが(別にコントではない)二人は真剣だった。普段温厚な私達も黒澤あきらVSビートたけしばりの引き下がらない根性をお互い初めて見た。彼女とのことを書き出すと日が暮れるのでまたの機会に紹介したいと思う。

そんなこんなで、よーことは逆に東を攻めた。別段狙っていたわけではないが自然と彼女とは東に足を運ぶ事が多かった。12時間かけて伊豆の下田に向かった時も彼女は11時間30分寝ていた。私一人で景色を、音楽を、地図を楽しみ、しまいには隣のおばさんや若いカップルと会話を楽しんだ。彼女が気持ちよくぐーぐー寝ている顔をみて本気で「むかっ」ときた瞬間である。皆が私をどのように見ているかは知らないが、私はほんとは気が小さいのであまり人に対して怒ったことがない。(仕事はべつだに)ただ、彼女にはほんと何度もはらわたを煮え繰り返され私は彼女との旅行でずっとにこにこで怒らなかったことがただの1度もない(笑)

そんな彼女との北海道もやはり毎日私はぷりぷりしていた。だけど不思議と彼女がにこにこしながら「えりちんみてごらんよこの雪!!!すごいねえ」ときらきらした瞳で指を指す先を見れば自然と口がほころんだ。

そういえば、彼女とは雪に縁があるのだやっぱり。コロンビア大雪原で私を苦しみから救って手を差し出してくれて笑いながら風呂敷を広げてくれたのはいつもあたしを怒らせていたよーこちゃんあなたなのです。それが彼女と最初で最後の海外旅行となる。

実は知り合って二年半にもなるのに今頃気が合うことが判明し、みょーに最近よくつるませていただいている中川親衛隊かつまさよしを影ながらサポートする彼女と新たな雪の想い出を2月に作りにいくこととなる。ここは後にも先にも最強の雪景色だろう。生きて帰ることができるのかちょっと軽く本気で心配
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「雪月花」の巻き

2005-12-22 22:12:49 | Weblog
雪だーと家を飛び出す。ママンが危ないからはしゃぐのやめなさいと言った矢先にママンが転んだ。毎日雪なら絶対毎日早起きできるのに。自信あるのに。
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朝帰りの巻き

2005-12-16 06:25:05 | Weblog
あと何回楽しい朝帰りができるのでせうか。あと何回チャリンコ二人乗りでこけたりするのでせうか。
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「盛者必衰のことはりをあらわす」の巻き

2005-12-13 00:37:52 | Weblog

パン屋さんをあとにし、ここに行こうねとそもそも私達が再見するに到った目的地へと急ぐ

惜しくも2009年に取り壊される。ことを知ってそこに入っている喫茶店に行こうと誘っていただいた。その名も「ダイビル」

彼女はわたくしと同じ年で、母の大学時代の親友の娘さんである。ひょんなことから仲良くなり、逢うたびにドキドキわくわくした気持ちになり、こんがらがっていたものがすーっとほどける感じにいつもなるのです。そんな彼女はただいま「植物やさん」でお仕事をするかたわら大学でラウンドスケープを学んでいる。

大阪もかつて栄えていた頃があり、人や物や何もかもが繁盛繁盛という時代があったという。人はその時代「大大阪」と呼び、ダイビルもそのゆえんで名づけられたという。よもや数十年後にはその象徴が壊されるとは誰も想像だにしなかっただろう。(ハ〜ビスが壊されていく日も来るのだろうね)偶然にもわたくしの祖母が○紅に勤めていた頃「ダイビル」の3階で仕事をしていたらしい。なくなることを告げると「そうなのか。これは一度見ておかないと」と言っていた。

喫茶店の看板娘さんが「ダイビル」の歴史本を見せてくれた。ぱらぱらめくると行ったことも見たこともない「鹿鳴館時代」を彷彿とさせる写真で懐かしい気がした。大阪は一体どこに向かっているのだろう。ダイビルを取り壊した後の完成予定のビルの予想図を二人で見ながら二人でつぶやいた。彼女曰くこれからはいかにビルと植物を融合させていくかが鍵らしい。確かにビルの前に植えられた木々は何とも虚しい気分にさせられる。どこかの絵画コンクールで10代の少女がグランプリをとった。未来の都市はビルと植物の共生というのが彼女のテーマだった。まさにそうなんだ。

大阪の行く末をあーだこーだと小さいながらも言い続けていく事がやっぱり大事なのだ。それにはまだまだ知らないことが多すぎる。

そうそうその喫茶店には大阪の貴重な資料がたくさんありましてん。中に小さな紙の絵本で「おおさかがあぶないねん」というECOの物語は特にもう一度みてみたいです。

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