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人生で悩んだら先ずこれを読みなさい 第一部

2017-04-21 03:29:32 | 人生の勝利者となる

主題       人生で悩んだら先ずこれを読みなさい! 

作者 遠賀三郎

 人生で悩んだら先ずこれを読みなさい。誰もが知っている、

しかし今まで誰も気づくことの出来なかった知識がここにあります。

その知識は世界中のあらゆる百科事典を寄せ集めても到底立ち向かうことも出来ない膨大なものです。

 まさしくその知識は大英博物館はおろか人類が営々と築いてきた世界中の博物館、図書館すべてを合わせてもとても太刀打ちできるものではありません。

まさにその知識は地球に乗せることさえ出来ないほど豊かに埋蔵されています。

その知識が及ぼす計り知れない影響力について、わたくしがこれからお知らせで

きる事柄を例えて言えば氷山の一角あるいはエジプトのピラミッドを見学される

皆様の足元にある一粒の砂にも満たないものであります。

あなたは温泉にゆっくりとつかり心身ともに癒されるのがお好きですか。

 この知識は温泉地にある間欠泉のように時々噴出するものでなくあなたが真剣

に求められるのであれば滾々と湧き出る泉のように何時でも何処でも汲み出す事が出来るのです。

 それは無尽蔵にあるので御座います。

 あなたがこの知識を本当に受け入れる事がお出来になるのであれば、

 真の意味でご自身に活用する事がお出来になれば、人生に於けるどんな問題で

も必ず解決する事が出来ます!わたしは数十年、真実に40年以上の研究を重ね

た結果この知識そのものに絶対的な信頼と確信を得る事が出来ました。

それはそこはかとないもの(なんとなく、そう思われる)ではありません。

 この知識を積極的に活用することの出来た人々は地球上あらゆる国の人々、一

般にはほとんど知られていない少数民族からなる部族に至るまで、そうです世界

中で活躍している識者諸兄はもちろんあらゆる年代層の男性、女性からなる人々がその価値を認め優れた有益性を実感しておられす。

 敬虔な生活を心より望む人々がこの知識を自らの生活に取り入れる事でその

有益性からなる事実を認め異口同音に讃辞を与え称賛の声を発しておられます。

 それは今や世界中に木霊しその行く手を阻む為にどんな努力を傾けるとしても、生きとし生ける人々はおろか強力な力を持つ何人であれその目的を達成する事が出来ずいたずらに月日を経ているにすぎないのでございます

 結論としてわたくしははっきりと申し上げることが出来ます。

 あなたが地球上のあらゆる人々が自ら経験し認めているこの知識を取り入れその有益性を実感し賛同されることを心から願います。そうすれば必ずあなたの望む豊かな生活を現実のものと出来るでしょう。

 識者諸兄(学識や著名な人々を指しているのではなく、聖書の価値を認め識別しそれに固く付き従いたいとの意欲を強く保つ人々)やわたくしと共に同じ識見ならびに確信を持つ事がお出来になれば、今まであなたが歩いて来た幾年月あるいは幾十年もの長期に亘る人生経験で直面して来た御しがたい問題、解決不可能、克服出来ない事案と思えた事柄でさえ氷解することは勿論、今までの人生で教えられて来た事柄(人生は短くはかないもの、人間は必ず死ぬ)と誰もが信じて疑わないある意味で事実と信じられてきた事柄など推し測ることのできない永遠に続く幸福と安心感を御自分のものとする事がお出来になれます。

 あなたが真の幸福、しかも永遠に続く幸福を本当に望まれるのであれば、今わたしと同じように行動されることを心から強くお勧めいたします。

 わたしがこれほどまで、絶対的ともいえる確信を持って語ることが出来るのはなぜだろう?と疑問に思われる方がおられるのも当然であると承知しての発言で御座います。

 しかもそれは世界中の人々が幸福になる為に真の知識に基づく知恵を探求し真剣に活動しておられる博識ある大多数の人々にも甚大なる影響を及ぼして来た事実は勿論、一部の識者、一般社会人並びに知識吸収力旺盛な学生諸君(この場合は学識、著名さが関係している)の一部にもあえて反論し攻撃される方々がおられる事を十二分にも承知の上で発言しております。

 さて、ここでほんの少し一考をお願いしたい点がございます。

 現在社会的にどのような立場についておられる方にしても次の事実を深遠にご考慮かつご推察願えればこの上ない幸せでございます。

 これから述べる言葉のひとつひとつは限られた、幾十年かの年月を経る事しか出来ない単なる人間による知識、知恵によるものでは御座いません。

 勿論一個人としてのわたくしが考え出した言葉でも御座いません。

 たとえば、徳川政権隆盛時期の江戸時代に大岡越前の守なる知恵のある奉行の活躍が日本のテレビで人気番組として長く放送されておりました。伝えられている事柄が真実だとしても、彼も人間としての短い一生を費やしただけに過ぎず彼から益を受ける事が出来たのも彼が月当番で奉行職を務めている時期的にも地理的にも限られた人々に対してのものでしかありませんでした。なぜならその裁きが今日のわたしたちに至るまで影響を与える事は出来ていないからです。

 一方、聖書の中に出てくるソロモン王もやはり人間としての短い一生を送りましたが彼の残した箴言は三千にも及びそこに記されている知恵については単なる人間の能力で考え出されたものではないことをうかがい知ることが出来ます。なぜならソロモン王の言葉が書き終えられた西暦前717年から西暦2017年の今日、私たちの時代に至るまでの二千七百年という長い歴史上で数多くの人々が共感し活用する事のできた真の知恵で満ち溢れているのです。

 あなたがソロモン王の残した箴言と聖書全巻の言葉に真摯に立ち向かい従う時にこれまでの人生で抱えておられた幾つもの難題も解決の糸口を見い出すことが出来るでしょう。

 これからの人生をバラ色に変えることも可能であることは数多くの人々の実証された経験で明白に実証されています。それはソロモン王の知恵が人間としての彼自身から出たものではなく、もっと高い次元から出されたものであることをお知らせしなければなりません。事実ソロモン王は私たちが理解できる人間の言葉として伝えるため全能の神に用いられたに過ぎず、いわば神の代弁者であることを付け加えておきます。 

 しかもこの書物、聖書全巻を書くのに用いられたのはソロモン王を含め約40人ほどの人々がその時代及び将来、実に数千年のときを越えて私たちの時代に至るまでの教訓と励まし、導きである事から神ご自身が語られたと断言できるものであります。

 数多くの約束、その成就に関する予言など人知をはるかに超えた多岐に亘る事柄が記されています。しかもこの聖書は完成までに約千六百年の期間を費やしております。それら聖書筆記に関する割り当てを受けた人々は等しく次のことを口にしておられる事柄から読み取れることとして、これらの事柄が果てしなく高い次元から導き出された言葉の代弁者として筆記者として用いられたにすぎない事が次の言葉からわかります。

 

聖書の預言は、すべて己がままに釋くべきものにあらぬを。聖書の預言は・神によりて語れるものなればなり

ペテロ後書 第二章二十~二十一節

 聖書の預言はどれも個人的な解釈からは出ていないということです。 預言は・人間の意志によってもたらされたものではなく,によって語ったものだからです

ペテロ第二 一章二十~二十一節

 ここに示されている己がままに・・個人的な・・から解るように彼ら人間自身による知識、知恵によって書かれたものでない事はあきらかとなっています。

 この事から人間が筆者でない事が証明されております。

 又その事を証しするものとしては書かれているその書物の内容が予言などの場合には特に書いた本人にとって理解できない部分が多数含まれていることを率直に認めている事も挙げる事が出来ます。

 彼らは人がその言葉を理解できるように用いられた器に過ぎません。

 なぜならそこには単なる人間としては計り知る事の出来ない知恵が埋蔵されているのです。

 これから人生の諸問題の解決策を論じていくに際しその糸口を与える言葉は人間による知識、つまり死にゆく単なる人間による知識、智恵ではなくその導きに従うならば永遠に続く幸福を勝ち得る事が出来る偉大なる源から発信されていることを皆様が正しくご理解していただくことを切に願い筆をすすめてまいります。

 重ねて申し上げておきます。悲しい事実ではありますが、現状としてはどんなに偉大な人間でもその人生の大半を費やし成功に導いた結果を最終的には子孫や他人に引き継ぐ事しか出来ておりません。また彼らを通して益を受ける人々も限定されたものとなっております。これから申し上げる人生に於ける諸問題の解決策はそのような限られた知識や経験とわずか70年から80年の寿命しか持つことのできない人間によってもたらされた知識、知恵でないことをお含み戴けるように、その事を重ねて申し上げて置きます。

   

人生に山積されている諸問題。

  恋愛、結婚、出産、子供の成長、友達関係、進学、就職、師弟関係、会社に於ける上司部下との関係、退職、老後そして死、将来の計画などなど、ではこれから地球上のあらゆる人種国籍にかかわりなく全ての人々の人生に直接あるいは間接的に影響を与える山積しているあらゆる問題にどのような解決策が教示提案されているかその答えを探して行く事にいたしましょう。

 

 

恋愛 (思春期の若者に)

 

 人は誰でも大人へと成長する段階で必ず悩み苦しむのが男女間の恋愛と言えます。

 古くはロミオとジュリエット、現代ミュージカル映画ではウエストサイド、ストーリー。

 これらの物語は愛する二人に彼等を取り巻く周りの日常的、非常識的な風習、慣行、慣習が愛し合う二人に甚大なる影響を及ぼし、更には加速度的に幾多の試練と関係する人々のおもわくなどの行き違いも増し加わり、最終的には望むべくも無い悲劇的な結末を迎える事となります。

 若い二人はこの難局を乗り切ることも避けることも出来ず、また逃げ道を見つける事も出来ず出口のない狭い路地へと追い詰められて行く事となります。やがて愛し合う二人が選ばなければならない唯一の解決策として死を受け入れること以外に二人の愛を完成させる手段を見出す事が出来ない悲劇の物語となっている事は皆様すでにご存じであると思います。

 あなたは[愛と死をみつめて]この事実に基づき構成された物語をご存知ですか。入院している病室でたがいに挨拶を交わすうち急速に芽生えてきた若い二人の愛はとても真剣であり二人の愛を分かつことはとてもできそうにないことがだれの目にも明らかとなって行きます。   

 

 ここでどうして二人が分かたれなければならない事と述べているのでしょう。どうして二人を取り巻く人々はいずれふたりの愛は結婚へと導く事が出来ないとあきらめているのでしょう。

 唯一の理由としてあげられているのは初めて恋の喜びを知ったその女性が当時の医学では、今日に至るまでまだ完治させる事の出来ていない死の病に冒されていたからです。

 彼女の両親も彼自身も医学の進歩を待ち望みいずれ元気に退院し結婚して二人で明るい家庭を築く夢を語り会い、その日が来るのを一日千秋の思いで待ち続けていたに違いありません。

 こうした状況下で、現代の医学の進捗を見ても彼女のご両親やその兄弟が、又彼自身がどれほど二人の愛を永遠のものにしたいと望んでおられたかは察して余りあるものがあります。

 しかしそれは叶える事の出来ない夢である事を受け入れなければならないものとなります。

 やがて死を迎える不治の病に冒された身体は徐々にしかも確実に後戻りのできない一方通行とも言える死への道を歩み続けて行くのです。

 幸せな結婚生活を夢見て一日も早く二人が一つの身体になることを望んでいました。

 まさしくその時までは大岩のように成長させる事が出来ていた二人の愛を打ち砕くくさびは容赦なく小槌で一寸、又一寸と割れ目を拡大して行きます。

 最期には大ハンマーが打ち込まれ遂には微塵に砕かれてしまいました。

最終的に愛し、愛されている二人は女性の死という形で引き離されてしまいます。

 純粋に二人の幸せを願う愛のステージに幕が下ろされてしまいます。

若い二人が夢見ていた幸福な結婚生活、明るい家庭を築き子供たちとの楽しいひと時を送る夢は永遠に引き裂かれました。

 

一見不可能とされる、これら結婚関係で起きる諸問題の解決策について順を追って紹介して行く事に致します。

 

(思春期の若者に)

 

「斯る故に人は父母を離れ

 

その妻に合ひて二人のもの一體となるべし」

 

マタイ19章5節(文)

 

「このゆえに、人は父と母を離れて自分の妻に堅く付き、二人は一体となる」と言われたのです。    

マタイ19章5節。(新)

   父母を離れ・・男と女が出会い、結婚を意識しての交際が続いてくるとその先に父母と離別しなければならなくなる時が来る事を真剣に考慮して於かなければなりません。

 それは父母と同居しての新婚生活を送る場合でも同じです。

 結婚する二人だけでこれからの家庭を築く必要があります。

 どんなに小さなことでも夫婦で考え、決定を下さなければなりません。

 そこに父母の意見を取り入れるように何らかの圧力が加わる事もあります。

 しかし最初にその圧力に負けると徐々に受け入れる事の難しい問題に関してさえも大幅に許容し続けなければならない圧力となる事があります。

 最終的には夫婦関係が壊滅させられる恐れも生じる事もあります。

 残念なことですが事実そうした事例を数多く見て来ました。

 一方で父母からの離別を真剣に取り入れてきた夫婦は共に白髪の生えるまで幸福に、仲睦まじく一生を過ごす事ができています。

 ここで早合点されると大変困りますので一言、説明を付け加えておきます。

 父母との離別とは親子の縁を切るなどという物騒なものではありません。

 夫婦が話し合い、決定しなければならない課題に於いてはたとえ父母や兄弟、親族、知人などの意見で夫婦関係が脅かされる事態をもたらすのであれば、そのような意見に左右されて夫婦として歩まなければならない路線からの逸脱が生じる事のないようにしなければならないという事です。

 一体となる・・結婚の取り決めは男と女が、それまでの数十年間それぞれが経験してきた事柄とは全く異なる文化のふれあいであり、いわば異次元の世界に飛び込むことにたとえる事も出来ます。

 父母の教え、幼少期から大人になるまでの交友関係、二人がそれまでに抱いてきた人生における目標、目的も現実的に考えると海と山ほどの違いがあります。

 結婚を意識した二人はこれまでの食生活、教育方針、交友関係、娯楽や趣味などありとあらゆる面に於いて異なる生活環境を過ごして来ました。

 その二人が結婚することによって一つに結ばれるのですから一体となる事がどれほど難しいものであるかを十分に考慮しておく必要があります。

 それまで別々の生活環境で過ごして来た日々がどれほどこれからの夫婦生活に甚大な影響を及ぼすかを真面目に考慮し、かつ真剣に夫婦として融合する、一体となるとはどんな事かを二人で探し続けなければなりません。

 これらの事を真剣に考慮し改善の道を探し続ける事が求められています。そのようにしなければその結婚は現代に多く見られる破局への道、つまり一つの身体が生木を引き裂かれるように破砕され、粉砕される事になります。

 一昔前に成田離婚と言う言葉が流行した事があります。

 これはどんな理由に基づいていますか。

 結婚する前に二人が真剣に一体となる事を話し合っていなかった事ガ大きな原因であると思われます。

 一般的に離婚するカップの多くは意見の食い違い、相性が合わない、共稼ぎなどすれ違いの生活環境によるものなどが考えられますが成田離婚の場合には最悪の事例として新婦には新郎とは別の男性による新しい命が宿っている事がありました。

{これは出国時に於ける新婚カップルに対するある空港関係者あるいは旅行会社のサービスによって判明したものです。帰国時にそれら関係者から妊娠と胎児がすくすくと成長している事を記した診断書を受け取り、新郎はその事実がないことから成田離婚が取りざたされるようになりました}

 あるいは新郎、新婦のどちらかが本当は別の女性又男性との結婚を真剣に考えていたが親から反対され仕方なく望んでいない結婚を承諾し新婚旅行までは両親や親族あるいは取り巻く種々の原因を加味してとりあえず責任を果たすことにしたが帰国と同時に責任の放棄に走る。

 あるいは新婚旅行先のホテルから母親に初夜の手ほどきを得るため長距離電話をかける新郎のマザーコンプレックスの代表とも言える実態を見聞きして、ウーマンリブの信奉者ならずとも新婦の側に将来を託す気持ちのなえた事なども報道されていました。

 結婚とは本来好きあった二人が共に助け合い、支えあって結婚生活を喜びに満ちたものとするため最大の努力を互いに惜しみなく注ぎ合わして初めて幸せを噛みしめる事の出来るものです。

 やがて新婚生活の喜びを増し加えるためにも結婚したふたりで新しい命を生み出し家族を創る事を意識して臨むことが出来ます。

 性格の違いや互いの利害が一致しないなどの理由で離婚に至ると言う事は重ねて申し上げますが言語道断であり結婚に対する神聖さの欠如と言えます。

 離婚する多数のカップルについて、これらは改めて説明する必要もなく彼らはまだ成長した大人、結婚適齢期に達していないと感じざるを得ないのです。

 そのような結婚はするべきではありません。

 これから結婚を考えておられる若い男女のみなさん。

 結婚する前に二人が一体となる事の意味を真剣に考慮される事を望みます。

 愛する二人が選ぶべき道は二人が一體と成る事です。

 決して親兄弟そして親族などのしきたり、情に負ける事があってはなりません。

 最近は若年層のデート、結婚を対象としない、深い交際が頻繁に行われているようです。

 この点に関しては次の言葉から教訓を得ることをお勧めいたします。

 

(思春期の若者に)

すべての人、婚姻のことを貴べ、また寝床を汚すな 

 ヘブル13章4節(文)

結婚はすべての人の間で誉あるものとされるべきです。また結婚の床は汚れのないものとすべきです。 

ヘブライ13章4節(新)

 思春期は異性への関心、興味が次から次へ津々と湧き出る泉のようになります。

 早くは小学生の頃から女の子は生理が起きるようになり将来子供の出産に対応できる身体へと変化していきます。

 男の子はあご鬚が生え、のど仏が出て声変わりを経験するとそれまでいつも一緒に遊んでいた相手を異性として意識し一定の距離を置くようになっていきます。

 これは誰もが必ず経験するもので男性も女性も幼少から青年になるまで自分の身体の変化成長に絶えず驚嘆を覚える事となります。

 この頃おそらく十代の初めころには自分がすでに大人になったのだと勘違いするようになります。女の子は生理や乳房の変化を経験して立派な大人、一人前の女性に成長したと自他共に過信を引き起こしてしまうようです。

 しかし、ここで次の事を忘れないようにしなければなりません。身体の成長は将来あなたが立派な大人として、家族を形成する為の準備段階を初めて歩み始めたばかりであるという事です。

 残念な事ですが今日どれほどの若者がこの事実を認識し行動しておられるでしょうか、むしろ身体の成長が十分だとの錯覚にとらわれて身体の欲するままに深く考える事もせずに行動し不道徳な行動を取る若者を多々見受けるようになりました。

 結婚はすべての人の間で誉れあるものとされなければなりません。

 結婚もせず結婚適齢期に達してもいないのに寝床に入る事は身体的にも精神的にも即座にそして将来に亙りあなたに悪影響を及ぼす事になる事を認識して置かなければなりません。

 私の母は結婚するまで異性の手を握ることさえしないようにと口を酸っぱくして絶えず述べておりました。

 小学五年生の時にフオークダンスの練習がありましたがこれは男女が二重に輪を描き互いに逆方向に踊りながら交互に交差し手をつないで踊るものです。

 しかし、母が述べたのはこのような場合とは異なるもの、結婚前における親密な関係を求めて愛情を交わすものとなる事のないように戒める目的で手をつなぐ事のないようにと教えてくれたのです。

 それで一つの結論が出ました。

 体の成長は十代の初めから急速に始まり少年少女時代にあなたはすでに自分が一人前の大人に成長したように思えてきますが、それはあなたが結婚対象者として十分に成長したわけではなくその準備段階をようやく歩み始めたばかりであるということを理解しておく必要があります。

 何事も完成されたものでなければ使用に際して重大な支障をきたすことについて述べておきます。あなたがプラモデルを作っているときに完成時の姿を見るため仮に組み立てたもの、たとえば飛行機や船にエンジンやモーターを取り付けてそのまま試運転を行えばどうなりますか。

 結果は目に見えて明らかです。

 飛行機は空中分解を起こし、船は池の真ん中でばらばらに壊れ池の底に沈んでしまいます。同じようにあなたの身体も今は完成品とはなっていない事を認めなければなりません。

 無理に大人の真似、結婚した夫婦にのみ許されている性欲を満たす事柄を独身の身で行うならば結婚の床を汚す事になり間もなく失速して墜落する模型飛行機や沈没する船と同じ結果を刈り取ることになります。

 一昔前まで、結婚は親の薦める相手の顔を見る事も無く、式場で初めて顔合わせをした話を良く耳にしていたものです。

 それから、見合い、友人の紹介などを介しておつきあいが始まり結婚へと進んで行きます。

 このように恋愛と結婚観は時代の変化と共に多種多様に様変わりしてきました。

 さてあなたは思春期をどのように過ごしておられますか?

 

(結婚希望者に)

エルサレムの女子等よ我なんぢらに獐と野の鹿とをさし誓ひて請う愛のおのづから起こるときまでは殊更に喚起し且つ醒すなかれ 

雅歌2章7節、 3章5節、8章4節。(文)                    

エルサレムの娘たちよ、わたしはあなた方に雌のガゼルや野の雌鹿をさして誓いを立てさせました。愛がその気になるまでは[わたしのうちに]それを目覚めさせたり、呼び起したりしない、と。 

ソロモンの歌2章7節 3章5節、8章4節。(新) 

 あなたには今、意中の相手がおられますか。

その人と本当に結婚し一生をかけて一つの身体になりたいと願っておられますか。

一般的に、人は年頃になると結婚願望が必ずと言って良いほど湧き上がるものです。

そのときに備えて今からとても大切な条件を考慮しておかなければなりません。

あなたが選ぶ配偶者となる方はあなたを心から愛してくれますか。

愛している、心から好きだよと何度も繰り返しているその言葉は真実のものですか。

あなたはどうですか。

本当に彼あるいは彼女を愛していますか。

ここに揚げられている野の鹿ガゼルは生涯伴侶を替える事が無いとされています。

もし片方が死ぬと残された方は生涯を独身で通します。

もちろん結婚を前提に交際しているときはすべてが夢心地であり生涯をこの人と添い遂げるとの固い決意をされておられることでしょう。

しかし、もしあなたが選んだ配偶者となられる方が結婚して早ければその日に、あるいは数日もしくは数ヶ月以内に事故や病気に見舞われ、長期入院などで一生看病しなければならなくなった時に耐える決心がついておられますか。

誕生して数十年、二人が出会うまでお互いに別々の異なった生活環境のもとで暮らしてきました。

当然の事ながらお互いの思考や目標、行動規範は異なっているはずです。

結婚を急ぐ若者はそのような予期していない突発的に不幸な出来事などに直面すると往々にしてこんな筈ではなかったと結婚したことを後悔することになります。

しかもその多くは別居あるいは離婚の道を早急に{本人達は真剣に悩み、苦渋の選択と決断をせざるを得なかったと述懐されるものですが}決断されるかも知れません。

あるいはこの時に一番助け合わなければならないこの時期にどちらかのご両親や親族が善意の気持ちからあるいはなにかしら別の目的を含めて離婚を勧めるようになります。

いずれにせよ夫婦として一番力を合わせなければならないその時に早急に離婚する夫婦は真実の、本当の愛を抱いていなかった、わたしにはそのように思えるのです。

やはり彼らの結婚に対する認識や責任遂行能力は欠如しているとしか判断することが出来ません。

一つの身体を無理矢理に自分で引き離し、引き千切る事になる離婚を選んだのですから。

あなたは一生後悔しない、そんな結婚を選び真の知恵を示さなければなりません。

そのように正しく思慮深い決定の元になされた結婚は共に白髪が生えるまで、否、もしも本当に望まれるのであれば共に永遠に楽しい結婚生活を送ることが出来るようになります。

ところで、愛がおのづから起こる・・愛がその気になるまで・・とはどんなことを意味していますか。

ロミオとジュリエットのものがたりでは仮装舞踏会で、ウエスト・サイドストリーでも二人の男女は美しく着飾った大勢の華やかな人々の中にいるという意識を持つことができません。

永久の愛を分かち合う相手が舞台の中央で自分を待っているのです。

周りの世界がすべて二人のためにお膳立てされているのとの喜びで満たされています。

初めて互いを意識したその瞬間、互いの家族同士が、その組織が敵対していることに気づきます。

この愛をなにものにも壊されたくないふたりの目が合ったその瞬間に二人は強く結ばれることを願い一つの身体となり蝶が優雅な舞でその場を魅了するように包み込んで行きます。

永久の愛を誓い合うまでに長い時を待つ必要はなく急速に心のうちに噴き出す感情をとどめる事が出来ません。

しかし、互いの立場を考えると激しい葛藤にも苛まれ、言い知れぬ不安と焦燥に駆られる事になります。

なぜなら愛し合うようになったその二人の家、また組織はそれまで長い歴史の中で憎しみと殺し合いが繰り返される敵対する関係なのです。

二人の愛が深海の奥深く、大空の果てまで遠大なものとしても、ここから果てしなく報われる事の無い悲劇が延々と引き起こされて行くのですが私がここで引き合いに出したのは悲劇の物語りを続けて話すことでなく、この二人の愛がその時に初めて自分の分身を見つけたこと、はじめて二人が一つに結ばれることを強く願い意識し初めた事について述べていきたいと思いましたのです。

それであなたが生涯の伴侶を得たいと真に心から願っているのであれば、家の為、子孫を生みだす為などと尤もらしい口実などでいたずらに結婚願望を言いふらし手当たり次第に見合いをして、甘い言葉を掛け合う事や、贈り物攻めで結婚を超特急で決断する事のないようにしなければなりません。

また性欲を制御できないからとにかくだれでもよいので結婚しようなどと浅はかで愚かな考えに支配されることに陥る事のないようにしなければなりません。

これがどういう事を意味しているか説明しておきます。

結婚したい!ただそれだけで結婚を決意している人は残念ながら性欲の発散出来る相手を求めているだけであると言えます。

そのほかの事例も考えられますが正しい結婚の道とは言えません。

結婚は二人の愛がその気になったその時にのみ行うべきであることを重ねて申し上げておきます。

 

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