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8月13日(日)更新 『天国に入り損なう人たち』ー 山上の説教を読み解く

2017年08月13日 23時13分10秒 | 山上の説教の考察

(忙しさのあまり、しばらくブログを更新できないでいました。それにもかかわらず、時々 当ブログを訪れて下さっておられた皆様、ありがとうございます。)

 

 

 『天国に入り損なう人たち』 - 山上の説教を読み解く

 

 

主イエスは山上の説教の中で、次のように語られました。


わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。」(マタイによる福音書7章21節)

 

これは端的に言うと、“私は主イエスを信じています”と信仰を表明しているクリスチャンだからと言って確実に天国に入れるというわけではないということです。

 

自分は仏教徒でもなく、イスラム教徒でもなく、ユダヤ教徒でも、無神論者でもない。イエス·キリストを神の子、唯一の救い主であると信じ、そのように長年にわたって信仰告白をしてきた。聖書もよく読んだし、主イエスの名によって父なる神に祈りもささげてきた。教会での礼拝にも毎週参加してきたし、奉仕活動や伝道活動にも積極的に参加してきた。だから、自分は最終的に天国に迎え入れられるはずだ。このように、多くのキリスト教徒は考えているかも知れません。

 

ところが、主イエスは天国に救われる条件について、山上の説教をよく読む限り、そんな風には述べておられません。主イエスは、「ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである」と、はっきりと言われたのです。

 

天にいますわが父の御旨を行う』というこの唯一の条件を満たしているならば、誰であっても天国に救われるのであり、逆にこの条件を満たしていないならば、これまで主イエスと共に歩んできたはず(?)のクリスチャン達がこれまでやってきた努力がすべて無に帰してしまうことにもなりかねないというわけです(マタイによる福音書7章22節~23節を参照)。

 

ところで、「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」(ルカによる福音書23章43節)と主イエスに宣言された“十字架にはりつられていた犯罪人”は、この世における自らの人生が閉じられようとしていた直前に天国に迎え入れられたわけです。これは、彼が十字架刑を受けていた時に、その隣におられた救い主イエスにたまたま遭遇できたという幸運に恵まれたので天国に迎え入れられた.....ということではないのです。なぜなら、もう一人の犯罪人も、彼と同じような状況にあったにもかかわらず、天国には迎え入れらることがなかったからです。これら二人の犯罪人を比べると、実に決定的な違いがあったのです。

 

天国に迎え入れられた犯罪人の方は、実に、山上の説教の中で主イエスが語られた『天にいますわが父の御旨』にかなった対応を取ったからこそ、救われたと言えるのです。

 

たとえ聖書の多くの知識を持っていたとしても、キリスト教の教義を熟知していたとしても、聖書の神を頭で(=マインド的に)よく知っていたとしても、あるいは、聖書の中で推奨されている善行をたくさんやってきたとしても、神に熱心に祈ってきたという実績を持っていたとしても、もし主イエスが山上の説教の中で説かれた『天の父なる神の御旨』を知らなかったり、あるいは、それにかなった生き方をしていないならば、最終的に天国に入り損なうおそれがあります。

 

では、山上の説教の中で主イエスは、確実に天国に救われるためのノウハウ、つまり、『天の父なる神の御旨』というものをどのように語られたというのでしょうか? 


今回のブログでは、この重要なポイントを読み解いていきたいと想うのです。これまであまり評価されてこなかった山上の説教の説教におけるイエスの教えの醍醐味を、これから皆さんと共にぜひ味わってみたいのです。

 (2017年8月4日 金曜日 更新)  (2017年8月13日 日曜日 改訂更新) 


山上の説教の中で、「だれも二人の主人に兼ね仕えることはできない。······神と富に兼ねことはできない」と主イエスは言われました(マタイによる福音書6章24節)。


ここで“神とサタン(=悪魔)に兼ね仕えることはできない”とは、イエスは言われなかったという点に私は注目しています。

 

”か“サタン”かの二者択一ではなくて、“”か“”の二者択一という選択なのだ・・・と、主イエスはなぜ言われたのでしょうか?


皆さんは、このような視点から捉えたことはあるでしょうか? 聖書は、いろんな角度から、様々な視点から観ていくことがとても重要なのです。 過去の伝統的な考え方に囚われることなく、いったんこれまで蓄えられた情報や知識をゼロリセットした上で、読み返してみるというわけです。そうしないと、イエスにある真理に触れることは難しいと想います。


さて、話を戻します。

 

”か“”の二者択一という選択なんだと語られるのに先立って、主イエスは、天にこそ宝を蓄えるべきであって、地上に宝を蓄えるべきでない.....ということを強調しています(マタイ福音書6章19節~20節を参照)。

 

このような『神 vs 富』という対比構図は、言い換えれば、『天に蓄えられた宝 vs 地上に蓄えられた宝』という対比構図でもあります。そして、人がどちらの人生、あるいは、生き方を選ぶかということが、実は、その人が天国に入れるか、あるいは、天国に入り損なうかを左右してしまうことになるというわけです。

 

「えっ、つまり、これはどういうこと?」と、主イエスが言っている意味が掴みどころがない・・・、まだ腑に落ちない・・・、このように想われるかと想います。

 

“富に仕える生き方”、あるいは、“地上に宝を蓄えるという生き方”をしていると、天国に入り損なうことになる・・・・という場合、結局、主イエスは何を言わんとしているのでしょうか?


“富”、あるいは、“地上に蓄える宝”という場合、もちろん、お金や資産も含まれると想います(ヤコブの手紙5章1節~6節、マタイ福音書19章21節~24節を参照)。


でも、主イエスのこの山上の説教におけるニュアンスは、もっと広いのではないか・・・・と、私は観ています。つまり、単に物質的な(=金銭的な)富だけではなく、“地上でその人が蓄えてきたすべてのもの(肉眼で見えないものも含めて)”であると、主イエスは言いたかったのではないか······。そのように、私は想うのです。

 

このような視点から、「主よ、主よ、······」と言いながらも、天国に入り損なってしまう“キリスト教信者たち”が主に向かって語った言葉を読み直してみると、なんと実に興味深い事実が判明してくるのです。


「主よ、主よ・・・」と言っている多くの“信者”が主イエスに実際に申し述べていた言葉というのは、以下の通りです。


わたしたちはあなたに名によって預言したのではありませんか。また、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの力あるわざを行ったではありませんか。」(マタイ福音書7章22節)


つまり、彼らは、自分たちがこの地上において過去から現在に至るまで実際に積み上げてきた(=確立してきた、=築き上げてきた、=手に入れてきた)実績、成績、功労、名声、栄誉、輝かしい活動状況などをリストアップしているわけです。彼ら全員が『天の父なる神の御旨』であると思い込んでいたために、自分たちが実際に『天の父なる神の御旨』を行ってきたことの裏付けというか、証拠を一つ一つ示して、自分たちは天国に入れる条件を満たしているはずだ・・・というわけで、主イエスの抗議しているのです。実に、これは『自分の義を立てようと努めていること』そのものなのであって、決して『信仰による神の義』ではなかったのです(ローマ人への手紙10章1節~4節を参照)。


実は、このような考え方、生き様、生き方こそがまさに『地上に宝を蓄える』ことであったことに、彼らは気づけなかったのです。これこそが、天国に入り損なうキリスト教信者における“致命的傷”となってしまうのです。


この地上におけるその人の生涯においてどんな立派なことをやってきたか、如何に立派な人生を送ってきたかということを思い起こして、それをリストアップして『天の父なる神』に示すことによって、天国に入ろうとする試みはすべて失敗してしまう・・・というのが、イエスが山上の説教における教えそのものなのです。


言い換えれば、人が過去から現在に至るまで蓄えてきた宝(=いかなる輝かしい業績、実績、善行、宗教的活動、奉仕活動、立派な行いなど)に頼って、天国に入ろうと試みるならば、「あなた方を全く知らない。・・・・行ってしまえ」(マタイ福音書7章23節)と言われて、間違いなく天国から閉め出されることになる・・・・と、主イエスは教えたのです。


(8月13日 日曜日 改訂更新) ・・・続く・・・お楽しみに

 

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