A Challenge To Fate

私の好きな一風変わった音楽を中心に徒然に綴ったページです。地下文化好きな方は見てやって下さいm(_ _)m  

THE FOOLS@阿佐ヶ谷 天 2015.7.19(sun)

2015年07月21日 00時15分15秒 | ロッケンロール万歳!


THE FOOLS【自由が最高裁】
シャバーフォーエバー2015




THE FOOLS
‏@FOOLSofficial
伊藤耕、最高裁上告は棄却!
二審判決懲役2年10ヶ月(未決7ヶ月)確定!
出頭日まで残すライブは後2本!

●7/19(日)阿佐ヶ谷『天』
17:30より整理券配布

●7/20(月祭)仙台バードランド
【自由が最高裁】ファイナル



1979年にリリースされたオムニバスLP『東京ニューウェイヴ'79』を聴いて、初めてライヴハウスへ観に行ったバンドがSYZE(アルバムではSEX名義)だった。1979年6月16日荻窪LOFT、対バンは東京2チャンネル、BOYS BOYS、美レイ。高校2年生の夏だった。伊藤耕(Vo)と川田良(g)が叩き出す硬派なロックにすっかり心酔し、6月23日吉祥寺マイナー W/ミラーズ、マリア023、7月13日マイナー W/フリクションと連続で通った。夏頃雑誌『ZOO』の投稿欄で知り合った女の娘と何処かの学園祭に観に行く約束をしたが待ち合わせ場所を間違えて会えず、やがてその娘もSYZEも疎遠になった。



一浪して大学に入学した82年には、興味は地下音楽やアヴァンギャルドに向いていて、SYZEをとっくに解散し、THE FOOLSとなった伊藤や川田を観に行くことはなかった。それ以来、一二度イベントでチラ見した以外は二人ともきちんと観たことはない。THE FOOLSのレコードやCDはチェックしたが、レゲエやブルース色の濃いサウンドは今ひとつピンとこなかった。去年の1月に川田の逝去に微かな喪失感は覚えたが、現実味のない過去の想い出の様だった。



ところが7月初頭にツイッターでTHE FOOLSのライヴ告知を見て突然無性に観たくなった。伊藤耕が何度も監獄と娑婆を出入りしていることは知っていたが、5度目の懲役の出頭期限が近づく今回は見逃してはならないという気持ちがした。実は7月9日高円寺稲生座に行くつもりだったが、所用で断念。諦めていたところに阿佐ヶ谷・天で追加公演の知らせ。36年ぶりの「生」伊藤耕である。



天は初めて行くが、思ったよりも狭くテーブルのあるライヴバー。昔ながらのファンやミュージシャン仲間で満員。「タバコを吸う自由」と言って普段禁煙の会場も喫煙可。"WARHEAD"Tシャツの伊藤は、歯が抜け滑舌が良くないが良く喋る、というよりとにかくアジる。高級な水、病院のクスリ、刑務所、政治、自由など良く聞けばどれも真摯で辛辣な言葉である。



福島誠二(b)、關口博史(g)、村上雅保(ds)、若林和也(sax)からなるバンドはとにかくグルーヴィー。伊藤の溢れ出る歌とキメの繰り返しでぐいぐい迫り、身体が自然に踊り出す。ファンクやソウルやブルースやレゲエ、どれでもいいが基本はロケンローに違いない。SEXやSYZEがパンクだったかどうかはともかく、その頃のレパートリーの「Hello My Pain」と「無力のカケラ」を含めた二部構成2時間強の生ライヴを体験して、伊藤耕の心と身体に染み付いているのはロケンローの根元にあるパンク精神に違いないと確信した。



塀の中
パンク野郎が
呼ばれてく



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