A Challenge To Fate

私の好きな一風変わった音楽を中心に徒然に綴ったページです。地下文化好きな方は見てやって下さいm(_ _)m  

生活向上委員会大管弦楽団2016@座・高円寺 2016.10.10(mon)

2016年10月14日 01時37分57秒 | 素晴らしき変態音楽

(写真の撮影・掲載については主催者の許可を得ています。以下同)

生活向上委員会大管弦楽団2016
10月10日 座・高円寺(東京)

ジャズ10月革命の予感。
生活向上委員会東京本部 始動!
生活向上委員会大管弦楽団2016

生活向上委員会東京本部
原田依幸(ピアノ) 梅津和時(サックス)
ゲスト:ドン・モイエ(ドラムス)



生活向上委員会のことを知ったのはラジオだったか雑誌の記事だったか、変な衣装で客席に乱入して大騒ぎするジャズオーケストラのことだった。当時高校のブラスバンドでバリトンサックスを吹いていたので、サックスの「掛け合い」と称してサックスのベルに水を入れて掛け合うという話に大笑いした。貸レコード屋で借りて来たアルバムは冗談粧(めか)したジャケットで、坂田明のハナモゲラ語やスネークマンショーと同質のニューウェイヴな冗談音楽のように思えた。当時彼らのライヴを観たことはなかった。唯ひとり、マイナー系のPUNGOやじゃがたらなどに参加して気を吐いていた篠田昌已の姿は地下音楽の現場でも目にすることはあった。



一方アート・アンサンブル・オブ・シカゴ(以下AEOC)の名前は、高校卒業〜浪人時代にのめり込んだフリージャズ関連の音楽雑誌や音楽本、レコードのライナーノーツなどを通じて親しむようになり、大学入学後通った渋谷のジャズ喫茶でレーザーディスクで彼らのライヴ映像を観て激しく心を揺さぶられた。84年4月の来日公演を五反田簡易保険ホールで観て、ヴィジュアルを含めたユニークな演奏と生きとし生けるものに捧げられる慈しみに心酔した。



それから30年強が過ぎて三者が一堂に会して公演を行うとは、公演フライヤーにあるようにタイムトンネル体験に違いない。特に袂を分かって久しい原田と梅津の再会は、日本の先鋭音楽史に記録すべき雪解けと言っていい。70歳のドン・モイエとの共演を臨んだのは原田らしいが、奇跡の立会人として70歳の重鎮の存在は頼もしい。演劇や講演会の舞台だと認識していた座・高円寺のB2のステージは、とても見やすく気持ちのいいスペースだった。当時からの初老のファンや、先鋭音楽好きな若いファンが集まり満員御礼。静かな熱気が会場に溢れる。



長身の外国人の前口上に続き原田と梅津が登壇、ピアノとクラリネットの鬩ぎあいは、互いのプレイを理解し尊重する熱意が籠っている。原田がモイエを召還し、三者のインタープレイが続く。即興音楽の一発触発の緊張感ではなく、深い情感と溢れ出る歌心に満ちた演奏は定型フォーマットには収まらないが、節度のある自由度に貫かれている。AEOC来日公演で感じた生き物の命の奔流が原田と梅津にも共有され、観る者の心臓の鼓動をエンファサイズ(強調)する。第二部後半で奏でられた「NOT SO LONG DON(さよならは言わないよ、ドン)」では梅津がサックスを吹きながら客席を練り歩き、30年前に耳にした伝説的パフォーマンスの片鱗を見せつけた。4人の女性シンガーを迎えたエンディングは、サン・ラ・アーケストラに通じる祝祭空間の出現だった。



音楽のパワー、音楽の享楽、音楽の本質を心から堪能する10月革命だった。

革命は
これだけじゃ
終れない

生活向上委員会 若い広場 演奏のみ (AUDIO ONLY)
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