A Challenge To Fate

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【私のB級サイケ蒐集癖】第10夜:B級サイケは身を助ける「アリス・クーパー」

2017年08月13日 02時02分25秒 | 素晴らしき変態音楽


アリス・クーパーをB級と呼んだら怒られるだろうが、ここではサイケデリック本気度に於けるB級と理解していただきたい。数多あるサイケ本では初期二,三作は紹介されるが、大ヒット作『スクールズ・アウト』以降は完全無視されている。魔王フランク・ザッパの庇護を得て、野人キャプテン・ビーフハートのレーベルメイトであるにも拘らず、ワールドワイドなサイケ再評価熱が始まった80年代後半のアリス・クーパーは、全米ネットTVの司会を務めるセレブ芸能人だったので、地下音楽に属するサイケワールド憧れ系住民からは、嫉妬混じりで裏切り者と呼ばれるのが常だった。更にパンクが異を唱える商業主義的メジャーアーティストリストの筆頭でもあった。その一方で「教師を殺せ」(スクールズ・アウト)、「すかした野郎はいらない」(ノー・モア・ミスター・ナイス・ガイ)など反体制の歌を歌っていたのもアリス・クーパーだった。果たしてアリスは裏切り者か、はたまた地下大王からメジャー界に送り込まれた刺客なのか。

それは兎も角、筆者がロックのかっこよさに痺れた最初のアーティストのひとつがアリス・クーパーであった。中学生になって手に入れたラジカセでエアチェックしたFM番組でかかったのが「ガチャガチャガチャガチャ」の「俺の回転花火 Under My Wheel」だった。荒削りなギターロックはキッス、エアロスミスなどのハードロックよりも、徐々に紹介され始めたパンクロックに近く聴こえた。

Alice Cooper - Under My Wheels (Old Grey Whistle Test Vol. 1)


ガチャガチャが収録されたアルバムは71年の4thアルバム『キラー Killer』であるが、筆者が最初に手に入れたのは5th『スクールズ・アウト School′s Out』(72)だった。1980年1月3日に吉祥寺TONYレコードで購入したそのアルバムは組み立てるとスクール机になるジャケットで、レコード盤がパンティを履いていた。高2男子はちょっとエッチなワクワク感で夢中になった。重厚なハードロック「スクールズ・アウト」やパンキッシュなシャウト「パブリック・アニマル・ナンバー9」がカッコいいのは勿論だが、ミュージカル風組曲もあり、単なるハードロック野郎では無い知性を感じ、パンク以降オルタネイティブロックやレコメン系プログレに惹かれていた筆者の心に訴えかけるものがあった。今思うとそれが僅かに残っていたサイケデリックの最後の閃きだったのかもしれない。



73年の7th『マッスル・オブ・ラヴ Muscle of Love』を最後にメンバー総入れ替え。それまではバンド名でもあったアリス・クーパーを、個人名に限定したことで、アリスはスター街道まっしぐらの「芸能人/タレント」化を加速する。ライヴステージは演劇的要素を取り入れ女子供向けのエンターテインメントに堕し、テレビ司会者としてお茶の間の人気者となり、曾ての反抗心は毒舌芸に成り下がった。80年代ニューウェイヴに乗り遅れ時代遅れのポンコツカー扱いされるが、逆にそのお陰でヘヴィメタルの元祖・父親としてリスペクトを集め、90年代見事に復活。以来現在までロックビジネスの成功者としてシーンに君臨する。アリスはサイケを捨てたことで名声と地位を獲得した。つまり「B級サイケは身を助ける」という諺の正当性を主張するのがアリスの言い訳なのだ。

最新アルバム Alice Cooper "Paranormal" Official Lyric video


アリスから
アリストテレス
アリエ無い



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