山さんの竹やり三段

現在興味のあることや趣味・日常の感じたことをなげやり形式に紹介

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ある人の話

2006年10月08日 13時34分16秒 | Weblog
今日は趣味の、真面目なお話。

「平和な世界ってどんな世界だと思う?」

例えば、こう聞かれた時、自分ならどう答えるだろう。
これは最近、わたしがある人から聞かれた言葉。

「愛で満ち溢れた世界でしょうか?」

わたしは咄嗟にこう思った。
すると彼女は笑顔を浮かべた。

「それはいいことね。何かがあることをいえるのはとても大切」

どういう意味だろう?
きっと表情に表れていたに違いないそんなわたしの言葉を彼女は汲み取ってくれたようだった。

「同じ質問をした時に、なにかがない状態を答える人は意外と多いのよ。例えば、戦争のない世界、貧困のない世界、差別のない世界……」

ああ、確かにそうだ。たまたま、先ほどはああ答えたが、こう答えることだって十分にありうる。だって、今と比べて何かがなくなればそうでないものになれると思ってしまう。それも間違ってはいない。
少し思案顔のわたしを見つめつつ、彼女は続ける。

「人は何かに対して不満や不服や不足していることをあげるのはとても上手。だって現在そういった状況を少なからず感じているのだから。でも、それが取り除かれた時、ないことを見つける人は、また不満の種を見つけて数えだすの。
ああ、あれがなければもっといいのに、やれこれが邪魔だっていう風にね。わかる?」

ええ、なんとなく……。わたしは小さくうなずいた。しっくりとはこないため、いささか眉根はよっていただろう。

「世界平和っていう大きなカテゴリーだとわかり辛い?じゃあ、例えば、あなたにとって幸せな状態は?こう聞かれたときも一緒。残業がなくなれば、仕事をやめられれば、あの上司がいなくなれば、……。どう?」

私「では、給料があがればっていうのは、ある状態ですか?あるいは素敵な恋人がいればっていうのも」

「そうみえるわね。でもそれは給料が今足りない。足りないからあがればいいと思うのよ。素敵な恋人がいないから、だからいればいいと思うのも一緒」

私「それでは最初の質問も同じですよ?世界に愛が足りないから愛があればいいと思う。なんだか言葉のあやのような気が……」

「こうなれればいいって思うのは、すべてはそうでないからなの。だから現状と比べて可能な範囲で考える。自分にはそれ以上は望めないから、無理だから。自分の身の丈にあった?範囲で考える。でも、そうなったらまた不満を言う。なぜなら本当にあなた自身が望んでいるものはそうじゃないから」

私「なんだか、哲学っぽくてわけがわからなくなってきました」

「…。あなたは、愛で満ち溢れた世界になればいいと思った。それは真実ね?でも、そんな世界が存在すると思っている?実際は思ってないでしょう。でも、現実と比べていれば戦争のない世界と答えていたかもしれない。ただ、たんなる言葉の違いってだけではなく、それは大事なことなのよ。ありえそうもない、でも本当の望み。でも、あなたがそれを口にする瞬間は、それは真実存在することになる。たとえそれがあなたの心の中でだけあっても。」

私「つまりは?」

「なにかを望む時は望むのではなく、そして制限するのでなく、真に心から思い描くことを考えなさい。こうなりたいのではなく、こうであるのが普通である自分を。なにかを抑制するのでなく」

それならば、なんだかわかります。こんどは大きめに頷く。

「わたし達が幸せに生きていくコツは、なにかをある状態を常に考えていくことなの。だからって、現状で満足しなさいってことではないの。例えば、わたしには目もあり、手もあり、丈夫な体もある。両親も恋人も、暖かい家もある。十分じゃないか?何が不満なんだ!だって無理に満足しようとすれば、ほら、また何が不満なんだっていう不満がでてくる」

確かにそのとおり。それでは今以上に向上はない。
そして彼女は最後に言った。

「問題は今あるもののなかから何かを取り除いたり、切り取ることではなく、あなたが何を望むかなの。なにがある状態を望むか。そしてそれを望み続ける状態を維持しつづけるか、それとも望ましい状態となるかは、すべてはあなたの思考しだいなの」

私に正確な記憶力と理解力と文章力が備わっていれば…・・・。これは、とてもいいお話だったにも関わらず、わけのわからないことになってしまいました。

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指名手配なセーター

2006年10月07日 15時54分05秒 | Weblog
先日原宿で、ロカビリーな茶色のセーターを買った。
所々破れた?(だってなんて表現すればいいかわかんないんだもん。布ならかぎ裂きっていうところだけれど……)そのセーターは最近のわたしのお気に入りで、よく着ている。
「そう、そんなにお気に入りのセーターみつかって良かったじゃない」
良心的な人ならそう思うかもしれない。
一方、手厳しい人ならこういうだろう。
「だから?」

確かにセーター一枚、寝ておきたらそれが魔法の痩身スーツになるわけでもなし、まして金塊や美男子にかわるわけでもなし、ただのセーターだ。

では、どうして話題に乗せる必要があるのか?だれも欲しいともいっていないのに、ただの一方的な自慢か?それとも自己満足か?

いや、それのどちらでもない。
深層は闇の中……。ではなくてー、問題はこのセーターがばあに狙われたことにあるのだ。

我が家のばあは、激動の昭和を生き抜いてきた女だ。艱難辛苦にに耐え、自分の信念を貫き通す。
そのばあが、今、わたしのセーターを狙っているのだ。
もちろんこのロカビリーなセーターをばあが着るわけではない。

そう、彼女はこのわざとデザインされたセーターの穴……、もとい裂け目・ほつれを縫ってしまいたいのだ。

彼女は先日のたもうた。
「ねえ、そのモヘア、やぶけて大変。おばあちゃんが継ぎしてあげる」
すべては、この一言から始まった。
「これはこういうデザインなのよ。大丈夫」
しかしわたしははっきりと断った。

以来、わたしがこのセーターをきて彼女の前を行き来するたび、彼女の視線がまとわりつく。ああ、もしかして、わたしは寂しがりやで、ばあに注目されたいがために、セーターを縫わせないのではないだろうか?と思い込んでしまいそうなほどにはその視線は熱い。

虎視眈々と狙われている。かれこれもう1週間は経過する。段々と距離は近ずいてくる。今日などは、裂け目の大きさを手で測り、毛糸の太さを確かめているではないか!!

追うものと追われるもの、その戦いはまだまだ続く……。


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うちの池

2006年10月06日 02時58分33秒 | Weblog
先日、池を覗いたら、漁口密度があがっている。
本来は2匹の緋鯉しかすまない我が家の池。ある朝覗けば5匹になっていた。
イッタイゼンタイドウシタトイウンダ!!
この非常事態に、家族会議を開いた。
決して、単に今日の夕食の話題に昇ったということではない。

わたし:「まさか、あの二匹がつくったの?でも年だし、ありえない」
    わたしは天ぷら油に火をつけながら振り返る。
父:「そんなことないだろう、年だって大丈夫じゃないか?」
    なにが大丈夫なんだろう……。わたしは動揺を押し隠し、鍋にコロッケを    投入する。しまった、油はまだ10度にもなってはいない。
母:「あれは、鯉じゃない。緋フナよ」
    するどい切り込み、スナップの効いた口調。元バレー部のアタックは強烈    だった。
父:「はーん、緋フナか」
    わからなかったくせに、おとなって、おとなって……。父の知ったかぶり    にいささか憤慨し、愚かなわたしは、さらにコロッケを投入した。

わたし:「緋フナ?そんなものが一体どこから?もしかしてコウノトリが?」

    ちょっとした冗談だ。鯉の老夫婦?にサプライズな贈り物。シャ○イーの
    サ○ダ館では見つけられないサプライズだ。
    ユーモアの通じる父・母ならばきっと笑ってくれるはず……。そんな淡い    期待をこめていた。
    しかし、わたしは忘れていたのだ我が家のファースト・レディーを。

祖母:「鳥なら食べる」
    すかさず言い放ったのは、バーバこと我が家の良心だ。
一同:「……」
     バックには天ぷら油のぱちぱちと跳ね上がる音がする。

祖母:「池につながる川から流れてきたんだよ。そしていついてしまった。ただ、    それだけのこと……」

まるで火サスのラスト30分、崖から日本海を見下ろし、事件の自白をするうらぶれた女のような口調に、場は一層静まり返る。

わたし:「そうね、いいじゃない。池は広いんだもの。気に入ったんなら間借りさ     せてあげましょうよ」

母・父・祖母がそれぞれに頷く。
かくして我が家に新しいメンバーが増えた。
緋フナの、緋なちゃん、節子、タオスだ。
元気に育てよっと満足そうにわたしは微笑んだ。見下ろした手元には菜箸、ごーっという腰付近には……天ぷらなべが……。しまった…。もう少しで、ナイト・オブ・ファイアー・イン鍋となる所ダッタヨ。

なべから黒く炭化したクリームコロッケを取り出す。
背後で怒気を含んだ母の鋭いまなざしを感じる。
振り向くな、振り向くな。証拠隠滅だ。
わたしはその黒い物体数個を口に含む。1個・2個・3個……苦しい。
もう、入らない。りすのように頬袋があればよかったのに。

わたしは、このとき、生まれて初めてりすになりたい、っと心から思ったのだった。
    
    
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私のコンビに事情

2006年01月15日 20時53分31秒 | Weblog
 1月15日、今日も一日、体も心も清く過ごせた。そんな夕方に、事件は起こった。場所は某○Kコンビ二。無事仕事を終え、「ふーやれやれ、手土産でもかって帰るか」などど入店した私は、早速いつものごとくに店内をうろついた。本棚に目ぼしい物がないことを0.5秒で流し見ると、冷凍庫・パスタ・おにぎり、お茶、カップ麺と巡視する。ところどころで、これぞという品々を優雅な手つきで籠に乗せると、満足げに頷く。声にこそ出さないが、心の中では「うむ、よい」などと5万石の国主のごとき台詞が繰り返される。
 入れたいだけ放り込み、合計2000円ほどとなった頃、ここからが合戦の始まりだ。今度は、ルートを逆に戻り籠の中身の吟味を始める(最低の客だ)。お茶のコーナーへ行き、籠の中の1リットルボトルとショーケースの500mlのお茶をみくらべ、戦うに値しない敵であったと立ち去る。
次、パスタコーナー。トマトスープスパ260㌔カロリーという文字が幾度となくショーケースの中でちらついたが、籠の中におわす600㌔カロリー明太子パスタの神々しさには勝てず、不本意ながら快勝。
次、おにぎりコーナー。籠の中身は鮭おにぎり186㌔カロリー、対するはショーケースのえび太巻きセット(仮)550㌔カロリー。これはなかなかに競り合った。大量に網にかかる海老のうちの二匹か…グリズリーが川で必死に掬い投げたかもしれないシャケ1匹の数十分の一か。迷う。どうしても迷う。その時、ふと人の気配がして斜め後ろを振り返る。帽子に黒ぶち眼鏡にパーカーの推定年齢23歳の男。彼の目は海老セットに注がれている……。い、いかん。このままでは、海老はこの眼鏡君に奪われてしまう。危機的状況に瀕した戦国武将の本能というべきか。獲物を捕獲するカメレオンの舌よりも早い手つきで、私は海老を狩ることに成功した。あっけにとられる青年に笑顔で会釈一つ返し心の中で「この世は弱肉強食なんだよ。若者」とほくそえんだ。
次、冷凍庫と言う具合に、各地で戦いを終えた私はレジにむかった。
 いうなれば戦国時代、群雄割拠のはびこる中ようやく勝ち抜き京の都にたどりついた。店長よりの「こちらは暖めますか」との言葉は商品を選び抜き疲弊した心には染み渡った。「はい、お願いします」私は力一ぱい答えた……。ここまではよかった。
私は、店長が手にしようとしたパスタを手前に引き戻し、海老の寿司まきセットを指先で店長がわへおしやった。
一瞬沈黙する店長。
店長:「パスタをあっためるんですよね?」
当然だろ?という口調。
私:「いいえ、海老のほうです」
店長:「寿司ですよ」
私:「はい、寿司です」
ここまでいいきれば暖めるだろう。私は、思った。しかし、流石は店長。無駄な光熱費は使いたくないのか、悪魔でこだわる。
店長:「寿・司・です」
私:「パスタは結構です。寿司を温めてください」
おのれ、店長、早くあっためい(怒)!!
店長:「寿司は普通あっためません」
普通の寿司って。だってこれは海老天ロール。普通の寿司じゃない。王道じゃない。もはや市民権を得たと言っても歴史は浅い。ならば暖めたっていいじゃない。
よし、そういってやる。
私は決意し店長の顔を見据えた。
私:「……」
店長は某金融業者アイフ○のチワワCMでおなじみの中年俳優にどことなくにているではないか。スカウターで測定したらば、スーパーサイヤ人並みの戦闘能力はあっただろう私のパワーは一気にしぼんでしまった。
この人もきっといろいろあるんだ。妻は出て行き、娘は一緒に洗濯したくないなどといい、愛犬だけが待っている。そんな生活かもしれない。この人と戦っちゃーいけない・・・。
そうして、私は海老天を暖めることは断念した。 






私:「……」
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ブーツの踵、つまりはヒール

2006年01月14日 23時53分06秒 | Weblog
新年早々、まったくどうでもいいことだが、ブーツの踵に穴が開いた。いや、待て、それはどういうこったい。踵は折れるものでは?そうおもうっしょ。しかし、それはピンヒール。ピンでなくそこそこ踵の大きなヒールは、しかも、安物は踵が空洞になってたりするのだ。そこにうまい具合に、誰が仕組んだのか、小石が入り込んだ日にゃあ、そりゃ、カランコロンなりますよ。まるで某ゲゲゲの○太郎のげたのように鳴る鳴る。
一人の時ならばそれも乙だなどど自分をごまかしてみたりもできよう。しかし、人通りでは目だってしょうがない。だから、わたしは決心した。石をとってやるのだ。先ずは、ブーツを裏返し、あちらこちらへと傾けて、「石よ出ろ」と念じてみる。が、石は頑として出てはこない。
石:「けっ、出せるもんなら出してみろ」
私:「おのれ、ここであったが100年目。必ず引きずりだしてみせるわ」
敵はなかなかに手ごわい。それでも、私は負けない。
約5分間にも及ぶ熾烈な戦いのあと、ついに石がコロンと床に落ちた。
私:「っしゃあ。正義はカーツ」
意気揚々とブーツを履く。
力強く1歩・2歩と進みだす。
「かこーん、かこーん」
私:「なんか、変な音がする……」
心なしか先ほどより音が大きいではないか。これは一体どういうことか。
私は後ろ向きに足をけりだし、底を確かめた。
す、すると、ブーツの底がめり込み、実質底というものはなくなっていた。踵という名の枠はある。普通にたつ分には問題ない。しかし、底辺がない。うーんわかりにくい。私なりにわかり易く言うならば、セルクル?あるいはクッキーの型のような物をヒールとして、上に靴がのっかってる感じ?
とにかく、かこーん・かこーん、さっきより凄まじい。
私は小石との勝負に勝って、踵を失った。でもこのブーツの色落ち・履き心地はそう簡単に手放せるものではない。なにより、三足しかないブーツのうち、体内水分の貯留により変幻自在な私のふくらはぎについてこれるのはこいつだけだ。
私は考えた。それもすぐに解決できる方法を。
空を見る、星を見る、道路を見て、行き交う人を見る。どうやら、すぐには踵をどうにかしてくれそうな物も人材も見当たらないようだ。
ああ、困った。今度は花壇を見る、そして石を見る。石・・・、嫌、だめだ。大き目の石を詰めてみようなんて、そんなことは絶対に認められない。
では、何をつめよう、重くなく、手を汚さず、隙間なくジャストフィットする物体。
新年早々難問だ。その時だ。はあーっと、ため息をついた私のりんごのような頬に、冷たい雪が舞い落ちる。
私:「そうだ雪だ」
雪があった。踵に雪をねじりこむ。アスファルトで余分な雪をそぎ落とす。
即席、完全なる踵の出来上がりだ。
音はない。若干のすべりはあるものの、重さもさほど気にならない。
ああ、私よ万歳。雪よ万歳。すべての生きとし生けるものに万歳。
私は、文字通り、足取りも軽やかに家路についた。
翌日、ブーツの雪が溶け出した下駄箱が多少水っぽくなっていたことは、まだ家人の誰にもばれてはいない。
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空が飛たーい・・・

2005年11月17日 00時33分19秒 | Weblog
 兼ねてより、思っていたことだが、私は空が飛びたくて飛びたくてしょうがない。とはいっても、別に自殺癖があるわけではない。ただ、純粋に空が飛びたい。要は、パラグライダーなるものをしてみたいのだ。しかし、一人でスクールに通うのも億劫、休みも不定期な仕事ではまともに通えやしない。よってかれこれ二年近くこの野望は果たされていない……。
 やりたいことは沢山あるのに、どれもこれも中途半端、なんだかジレンマな今日この頃だ。ちなみに他にやりたいことはと言うと、四国八十八箇所めぐり、これは20歳ころからやりたくていまだ実現できない。他には、ドイツやイタリア旅行、これも長期休みがなくていけない。インドでマザーテレサの家へ行く、これは来年夏には実行予定だ。
 それなりにそれなりで凄く嫌いな人もなく、愛する家族・愛すべき友人がいて、それほど現状に不満はないはずなんだけど・・・というのはありふれた三流エッセイのようだが、まあ事実だ。
 これっていう楽しいこと何か知ってる人がいたら教えて頂戴!!

 あっ…今日ってなんだか比較的まとも?最近知り合いに変っといわれて落ち込んだ私は、これから普通を目指します。
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秋・石油・マハティ2世

2005年11月07日 20時30分49秒 | Weblog
前回の投稿は9月20日、なんと一ヶ月半もたっているのだ。パソコンを立ち上げるのも一ヶ月ぶり。そんな私の10月は特別多忙であったわけでもなく、単にサボり癖ゆえに、ブログ投稿をサボっていたのでした。
 しかーし、もう季節は秋、いよいよ家に篭るシーズンが到来したのです。この時期に日記を書かねばいつ書くというのだ……。そんなわけで、今から冬の間は引きこもることに決めました。(
 
 元来、躁鬱のような私は、ひどく引きこもり一人になりたい時期と、とにかく人と騒ぎたい時期があります。根暗で根明…なんだかとっても難しい。でも、自分ではごくごく普通の人間だと思っております。まあ、そんな自分紹介はどうでもいいとして、本日は秋について考えてみようと思います。

 秋から連想するものといえば、なんだろう?私はまずは熟女を連想する。妙に熟れて美しい官能的な響きの一方で、寒々とした冬に向かっていく乾いた感じ。もう、たまりません。
では、他には、そうねー、アラブの石油王かしら。なぜかといえば、秋と言えば、暖房機器が必要になってくるシーズン、電気ならぬ石油ファンヒーター大好きな私が石油の香りに触れ始める季節なのです。実際には業者の兄ちゃんが我が家の石油タンクを満たしていってくっれるわけですが、それじゃあつまりません。私の頭の中では見事なまでに自分本位な脳内変換が行われ、その結果、石油は浅黒い肌に真っ黒の瞳で白い民族衣装を身に纏ったマハティー2世が届けてくれるのです。
 マハティー2世はアラブのとある国の王位継承者であるが、教育は英国で受けており、とてもジェントルマンな人物、そんな設定なのです。
 
 午後のティータイム前になるとマハティー2世がどこからともなく現れる。
マハティー2世:「やあ、僕の子猫ちゃん。健勝だったかい?」
サンチャ(私):「まあ、マハティ様。どうなさったの」
マハティー2世:「昨夜、夢に木枯らしに震える君の姿が出てきてね。いてもたってもいられなくなったのさ
サンチャ:「嬉しい、マハティ様ちょうど寒くて寒くて凍えそうだったの」
 マハティーは突然サンチャを抱きしめる。
マハティー2世:「本当だ。君の体は氷のようじゃないか。早くファンヒーターを付けよう。セバスチャン、早くヒーターのスイッチをいれてくれ」
サンチャ:「お待ちになって。マハティー様……。じつは、石油がもう・・・もう、ないのよ。近頃の原油価格の高騰で、我が家にはもう石油を買うお金がないの」
マハティー2世:「ふふ、マ・シェリ(フランスにも留学していた)。なんのために、私が今日ここにきたと思っているんだい?そして私を一体誰だと思っているんだい?」
サンチャ:「ああ、全身から立ち上る馨しい石油の香り。あなたはマハティー2世、唯一絶対のあたしの原油王だわ」
マハティー2世:「そのとおり。だから何の心配も要らないよ。ほーら、そうこうするうちに、もうセバスチャンがスイッチを押した。時期に暖かくなるよ。これからのことだって心配ない。ほら、外を見てみな」
 庭にあるタンクにはマハティーのサーバントたちによりナミナミと石油が供給されている最中だ。
サンチャ:「嬉しい。石油タンクまでいっぱいにして下さるのね。やっぱり私には石油・・・・いえ、あなただけ、どうお礼をしていいのか」
マハティー2世:「お礼は君の入れてくれた一杯の紅茶だけで十分だよ」
サンチャ:「まあ、なんて馬鹿な・・・いえ、欲のない方」

なーんて感じに石油をくれる石油王が現れるかもしれない・・・という予感をさせる思わせぶりな季節が秋なのです。

なんだか妄想しているうちに支離滅裂、分けわかんなくなってきたので、今日はこれにて、じゃ
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パチンコ!決別!乙女心!

2005年09月21日 15時42分05秒 | Weblog
今日もまたパチンコ会社からDMが届いた。「絶対使える攻略法限定50名様に」なんて、謳い文句つきで、カラーのチラシ。挙句、株式会社。実に堂々としたもんだ。その風体といったら、AVビデオの通販チラシよりよっぽど、胸をはっているのだ。
 私は、大学の頃からちょろちょろとパチンコをしていた。その頻度と言えば月に一・二回行く程度。一回の資金は五千円以内。実に細々としたもんだ。学生だし、金がなかったんだろうと言われるかもしれないが、別にそういうわけではない。いくつものバイトを掛け持ちし、自宅での内職?までやっていた私は、結構リッチな学生だった。金持ちのご子息にはかなわねど、最近流行の「年収○百万で一家4人暮らす方法」系の本で提示されている○百万位の稼ぎがあった。
 もちろん、それらの金はどこえ行ってしまったのか、気づけば家出してしまっていた。まあ、ここで何が言いたいのかというと、パチンコにのめり込もうと思えば、遊ぶ金が少しはあったということだ。しかし、私はそれほどのめり込みはしなかった。年中スケジュールが入っていて多忙だったこともあるが、第一はギャンブルとしてのパチンコより、ゲーム感覚だったのだ。

 ところが、昨年は違った。パチンコ暦数年にして、いよいよはまってしまったのだ。スロット北斗の拳に始まり、大ヤマト2。そしてハマッタ素人の行く先は、ズバリ攻略法に手を出すことだ。金額はオフレコだが、私結構、いろいろな攻略法に手を出しました。内容ははっきりいってお粗末。ただ、全部が全部まったく偽者でもなかった。ただ、難しすぎて使えないのだよ。
 以前5千円投資時代は、大抵勝っていた。3千円位で確変ひいて少し連チャン。大体、2万円平均勝ち。あたらなければやめるため、損をしても五千円。
 もちろん今の機種の方がギャンブル性が高い分、はまると投資金額が高くなることも多いのは知ってるけれど、あたるかわかんない攻略法までに1万円以上使う(前フレでは3千円とかいってる)のでは私的に割に合わないのだ。だって、まれにあたっても、その後も永久連チャンする攻略法はなかったのだから。
 
 そういいいつつも、ひどく損はしてない私は、ギャンブル性より「羅王を倒す」とか「艦長リーチが見たい」という欲望のため、パチンコ付けの日々を送った。

 最初はスカートにブーツ、化粧していた私も、段々変化していき、気づけばアディダスのジャージにニット帽、足はなんとセッタだ。知り合いに会った時ように、黒枠眼鏡も持参だ。女?女っていったい何?そんなものとうに忘れちまったよ状態の日々。
 開店前から、列に並び、開店と同時にもうダッシュ。意中の台をキープする。さながらスーパーの特売に我先に争って進むおばちゃんのようだ。嫌、おばちゃんならまだいい。彼女達は、家族のため、ひいては家計のために必死なのだ。しかし、私はどうだ?そんな疑問が時々頭をかすめたものの、パチンコ通いは止まらなかった。
 ところが、ある日曜日、事件が起こった。なんと、あの味気ない高校時代、神様の悪戯か、はたまた天変地異か、私に愛の手を差し伸べてくれた先輩が、隣の台にいたのだ。これは運命か!!私の心拍数は跳ね上がる。
 声を掛けるべきか掛けないべきか、私は迷った。そう、文字通り迷った。(ひつけーよ!!)
 と、その直後、タバコの煙に包まれながらあの有名な「うちゅーう、戦艦。やーまーとー」の歌が流れてきた。予告もプレミアリーチも何もない、奇跡の単発大当たり、私は引いてしまったのだ。私は突然我に返った。
 「ここはパチンコ屋だー。彼に声は掛けられない。ましてや、存在を知られたくない」
 すっかり女を忘れてしまった私の中に、突然乙女の風が吹き荒れる。急いで眼鏡を掛ける。横目で彼を見れば、彼は私の台の当り画面を見ていた。
 しまった。目があってしまう。
 ……しかし、彼は気づかなかった。
 ほっとしたような、悲しいような。とにかく気分は早くここから立ち去ろうモード全開だ。
 しかし、そんなときに限って大当たりは続く。店内放送も流れる、流れる。私の代にはおめでとう10連チャンのプラカードが!!運悪くその日の大ヤマト2のしまには、まだ私ほどの大当たりはなく、嫌がおうにも目立ちまくる。
 頼む、お願い、お願いだから私を帰らせてよ!!
 パチンコで確変を引かないように願ったのは、後にも先にもこの1回だけだ。
その願いが通じたのか、次の回で確変は止まった。
 ほっと胸をなでおろして、店員呼び出しのボタンを押したその時だ。
 「もしかして、高校の時、新体操部(仮)だった富士子さん(仮名)?」
 なんと、彼は気づいていたのだ。どうしよう、どうしよう。認めたくなーィ。
 「はっ?」
 私は、卑怯なだめ人間です。咄嗟にしらばっくれてしまいました。
 「あっ、すいません。人違いですね」
 あなたは悪くない、悪くないの。心の中で100回土下座しながら、大量の出球を運び出す店員と共に、私はその場を後にした。

 以来、数度、パチンコに足を運んだが、もうすっかり打っていても面白くなくなってしまった。なんでこんなことしてるんだろう?虚しくなった私は、その後、パチンコから足を洗ったのだ。
 
 最後にいまでも、DMを送りつけてくる攻略会社様。

 「もう、私はその世界に戻ることはございません」

 と、声高らかに決別宣言いたします。 
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ジョルジュと禁じられた遊び

2005年09月20日 23時04分19秒 | Weblog
 最近なかな忙しくて遠のいていた、ブログ。久々の投稿になりやす。
だからといって、今日は特に何もない。

あえて言うなら、毎週欠かさず見ているテレビ番組を見忘れてしまったことだ。
毎週毎週、月9よりも大河ドラマよりも楽しみにしている「ピアノ・レッスン」。
見事に寝過ごしてしまったのよ。
もう、そんな自分どうしてくれよう。
この番組は19時30から教育テレビでやってるもので、30分間ピアノのレッスンをしている番組。先生のイタリア?フランス人?はたまたオーストリア人?なる愛称(私が勝手に命名)ジョルジュがピアノのレッスンをしまくる番組だ。

ジョルジュ「はい、歌うようにそう、それでいい。ああ、そこは、こう。もっと情熱的に激しく。ノン、もっと愛を囁くように。追いかけて追いかけて。優しく」

 レッスンの間のジョルジュはいつも激しく、甘く、官能的で切ない。(たとえ、家の母ちゃん曰く、ゲイっぽいやさ中年だろうと、私にとっては満点だ)
生徒は男であったり女であったりかわるがわるだが、ジョルジュだけは毎週出てくる。実に私のつぼを心得た番組である。まあ、先生なのだから当然か・・・・

 それにしても、ショパン大好きのジョルジュは実に楽しそうにレッスンしている。私は、ピアノを8年間以上していたが、はっきり言ってレッスン嫌いだった。そもそも、指が短いのに運指法を見に付けようというのが、間違いだったのだ。白い鍵盤の上に指を乗せると、いつも指が悲鳴をあげていた。でも、苦しみと快感は髪一重。自分を、そして指を、騙し騙し、それに気づくのに8年もかかった。
 当然そんな状態だから、うまくなるはずもなく、発表会も含めてトータル○百万は投資されただろう私のピアノの腕前は、非常にお粗末だ。唯一弾ける2曲が、「禁じられた遊び」と「アラベスク」というのが、その証だ(なぜ、この曲なのかというと、単に好きだったからだ)。まあ、どこかで披露しようにもどうにもならない。だって、たとえば誕生会で、

私:「ジョルジュ君、43歳のお誕生日おめでとう。今日は私からピアノのプレゼントがあるの。あなたへの気持ちを込めるわ。タイトルは”禁じられた遊び”。では、聞いてください」

 なんて弾き始めたら、ジョルジュには振られてしまう。友達の座さえあやういだろう。なんて使えないんだ。

 ちなみに参考までに……私、「猫踏んじゃった」は弾けない。
 
 まあ、だから、ジョルジュが楽しそうにしているのは凄く面白い。普通この手の番組はレッスンを真剣に学ぼうとする人か、なにかしながらのバックミュージックおよび、ながら作業の一環として見られとくのが常だけれども、私はテレビの前で正座してみている。その間、ヨガやストレッチもしないし毛抜きやパックもしない。ただただ、ジョルジュを凝視している。もう、絶対彼の一挙手一投足を見逃してなるものかと、真剣だ。
 彼には絶対その価値がある。最近クラッシックブームだけれど、私は、絶対近いうちに「ジョルジュブーム」なるものが到来するに違いないと踏んでいるのだ。

 
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行って来ました、カンボジア!!②

2005年09月08日 21時21分23秒 | Weblog
 旅行日程二日目。今日からはいよいよ観光が始まる。
 私達四人は早朝アンコールワットの朝焼けを見るために早起きした……にも関わらず、集合時間に10分遅れた私とNは早速ガイドのセインに大顰蹙を買うこととなる。

 セイン:「遅いよ。五分前行動っていったでしょ!朝焼け見れなくても知らないよ」
 私:「ほんっと、すいません」

 最近の日本の若者よりも余程流暢で達者な日本語を話す現地ガイドセインと、申し訳なさでなんだかたどたどしい喋りの私は、しばらくこのやり取りを繰り返した。
 
 そうして、車に揺られること10分ほどだろうか。徐々にアンコールワットがその姿を現す。アンコールへと続く道は滑らかなアスファルトで、子供の頃テレビで見た光景とは随分違っていた。
 だが、だからといってがっかりしたわけではない。こんなに見事に道ができたんだと思うと、別に昔訪れたことがあるわけでもないのに感動したのだ。(私が子供の頃、アンコールへの道を作ろうというボランティアがあった。沢山の地雷が埋められ、それを撤去することから始まり、何段階にもわたりようやく道が整えられた。)

 アスファルトに降り立つと車窓一枚隔てたのとは打って変わって、生の膨大な石造りの塔が私にせまってくる。抗いがたい凄まじい引力で持って私の心を引き付ける。

 私:「……」

 旅はまだ始まったばかりなのに、気分はすっかりハイライトだ。

 セイン:「アンコールワットっていうのは、日本語で言うと<寺の都>という意味ですね。これは日本で言う1192作ろう鎌倉幕府くらいの頃に……」

 セインの解説はそっちのけで、私は歩き始める。モットーは「ゴーイングマイウェイ」だ。単独行動もなんのその。友人たちすら置いて突き進む。

 五分程歩いて、ようやくビューポイントとも呼べる場所に行き着く。辺りを見回せば、どこからこんなに湧き出たんだという位の日本人。ここは、異国、カンボジア。なのに、このまったりと妙にしっくりくる感じは?まるで正月のご来光登山の頂上にきた感じ?居心地いいけど、なんだかやだ……。
 いや、待てよ私。もしかしたらアジア人でも日本人ではないのかもしれないじゃないか。明らかに「きっれーィ」と飛び交う言語は、母国の人々のそれだったが、私は自分をマインドコントロールすることにした。この言葉は日本語じゃない、日本語じゃない……。おばあちゃんも言っていたじゃないか、補聴器と違って人間の耳は自分の聞きたいことだけを聞くことができると。そしておばあちゃんは立証したじゃないか、都合の悪いことは聞こえなくなるということを。
 私は偉大なる我が祖母に倣い、「都合の悪いことは聞こえなくなるの術」を実践することにした。
 すると、あーら不思議。私の耳には鳥の囀りのみが伝わってくる。
 心の静寂を取り戻した私は再び、アンコールワットをみつめる。
 地平線のむこうが、赤や黄色、橙、青、すべてを内包した神秘的で神々しい色に染まっていく。嗚呼ー、これぞ美。これぞ、愛。これぞ、……。
 たった一人でどこまでも行ってしまいそうな私、でも、それでもいいの。

 そんな変態ともいえる私をいきなりセインが引き戻した。

セイン:「朝日を見たがるのは日本人だけですね。カンボジア人はみません。欧米人は夕日の方を好みます。他のアジア人もそんなに見たがりませんね。だから、ここに集まってるのはほとんど日本人。たまに手を合わせてる人もいますよ、おもしろいですね。ほら」

 ほっといてくれればいいのに、わざわざ至近距離でよりによって私に振るセイン。スマイル全開、歯は白し。無下にはできない日本人な私。

 私:「セインさんも手を合わせてみたらどうです?そうして、「ありがたや」っていうんです」
 セイン:「ありがたや?」
 私:「そう。二回繰り返せばなおよしです」
 セイン:「あっそう」

 セインはこの旅で「あっそう」という合づちをよく打つ。これは日本で使われているほどにあっさりと突き放した感じの意味ではなさそうで、「はい」とか「へー」的な意味合いで使用しているようだった。しかし、対外興味のない時に使われているようでもあったので、私はなんだか悔しくなった。

 私:「次のガイドの時にこれを言うと、きっと日本人は驚きますよ。よくそんな言葉を知ってるねって」

 彼に恋してるわけではないが、妙に彼の注意を引きたくなった私はいやらしい技を使った…嘘はついていない。

 セイン:「えっ。本当?えーっと、ありがたや、ありがたや?」
 
 セインの喰らい付きは凄く良かった。

 私:「そうそう、手をあわせながらやるともっといいよ」
 セイン:「どういう意味?」
 私:「うーん、意味としてはめったにないほど素晴らしい、って感じかな?気持ちとしては、そんなめったにない素晴らしい物?事?に対しての感謝を込めてる」
 
 なんだか違うような気もするが、取りあえず堂々と言い放つことで、それはひどくもっともらしく響いた気がする。

 セイン:「ありがとう」
 
 セインがあまりにも素直に微笑むから、なんだか後ろめたくなってしまった私。

 神聖なご来光が、私を浄化してくれますようにと願いつつ、帽子を取って首を垂れたのである。

 
 

 

 
  
 
 
 
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