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パール判事と東京裁判

2015-06-30 | 学校では教えない歴史など。

"戦後70年談話"を発表する予定の安倍首相。
90年代に競うかのように出された、「河野談話」と、「村山談話」、
大東亜戦争で日本軍が慰安婦を強制連行したと認めたり、日本がアジア諸国を侵略したと謝罪した。
この趣旨を踏襲するかのか、しないのか、という点で注目されたりする。

安倍首相は、政府の公式見解とする閣議決定を見送るという報道もありますが、
「河野・村山談話」の底流に流れ、また、多くの日本人が、
大東亜戦争では日本が悪いことをしたと思い込まされた「東京裁判」とパール判事のコトを
簡単に紹介したい。

ま、とにかく、日本人からすれば問題だらけの東京裁判。
東京裁判の正式名称は、「極東国際軍事裁判」といいます。
この裁判では、戦前・戦中の日本の指導者28人が「主要戦争犯罪人(A級戦犯)」として裁かれました。
最終的には、25人がA級戦犯として判決を受け、そのうち東條英機元首相など7人が絞首刑となりました。

で、何が問題かと云うと、東京裁判では、被告たちを「平和に対する罪」
「人道に対する罪」などで起訴しています。
平和に対する罪とは、
「共同謀議を行って、侵略戦争を計画・実行し、世界の平和を乱した」とかいうもので、
人道に対する罪とは、
「一般市民(非戦闘員)に対して、大量殺戮や捕虜の虐待を行った」というものです。

でも、当時、こうした行為を犯罪とする国際法は存在しませんでした。
日本やドイツが負けてからつくられた「事後法」です。
法はさかのぼって適用しないという法治主義の原則を踏みにじるモノです。

で、次に、東京裁判の判事(裁判官)は、
すべて戦勝国、もしくは戦勝国の植民地から選ばれたってコトです。
東京裁判では、判事11人のうち中立国や敗戦国からは1人も選ばれませんでした。

構成した国は、連合国として日本と戦った、アメリカ、イギリス、ソ連、フランス、
中国、オランダ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの9カ国に、
アメリカの保護国だったフィリピン、イギリスの属領だったインドを加えた11カ国でした。
フィリピンとインドは当時、完全な独立主権国家ではなかったんです。

早い話しが、戦勝国による「復讐儀式」、いわゆるリンチみたいなモン。

で、この裁判のポイントが、日本の「共同謀議」を証明できなかった件です。
東京裁判は、戦前・戦中の日本の指導者が
「世界征服を企んで、侵略戦争を行った」ということを証明し、
世界中にPRするために開かれたようなモノだったのですが、証明しきれませんでした。

結局このメインテーマを立証できずに、うやむやにしたまま、
A級戦犯として被告たちを死刑にします。
まぁ、ほかにも、日本の弁護側が提出した証拠書類の多くが不正に却下されたり、
「侵略戦争」の定義があいまいなまま審理が進み、裁判とは名ばかりのモノとなっていました。

しかし、この裁判で25人の被告に、唯一「全員無罪」の判決を下したインドの判事パール博士は、
1952年、日本での演説でこう語っています。

「彼ら(戦勝国:編集部注)は、日本が侵略戦争をおこなったということを、
歴史にとどめることによって、自己のアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、
日本の過去の十八年間のいっさいを罪悪であると烙印することが目的であったにちがいない」

(田中正明著『パール博士の日本無罪論』)

ちなみに、11人の判事のうち、国際法の専門家はインドのパール博士だけでした。
公平な裁判であれば、本来、民間人の大量殺戮を意図的に行ったアメリカの原爆投下や、
都市への空襲なども裁かれるべきで、もちろん、日本が行ったことが、全て正しかったか、
と云えば、そうではない。
けれども戦後70年の今年、もっとも反省が必要なのは、戦勝国の側であり、
特に、アメリカです。

パール判事が全員を無罪とした理由のひとつに、
「既存の法がないならば、犯罪の処罰はありえない」というものがあります。
平たくいえば、後から作った法律で裁いてはいけないということです。

東京裁判で扱われた「人道に対する罪」も「平和に対する罪」も、
日米開戦時にはありませんでした。
アメリカが1944年秋から1945年の8月にかけて整備した国際法で、
初めて犯罪規定として登場しています。

また、教育や産業振興策、貿易などあらゆる日本の施策が、「侵略戦争の準備」とされ
「共同謀議」として裁かれました。
パール判事はこの点についても、「世界のいたるところで同様のことが行われていた」と指摘。

パール判事は裁判中、他の判事たちが観光旅行や宴席に出ていた間もホテルにこもって、
2年半の間に資料を4万5千部、参考書籍を3千冊読み、
判決文を超える1235ページの意見書(パール判決文)を提出します。

パール判事は、インド・ベンガル州の貧しい家の生まれで、苦学して大学に進学しました。
在学中の1905年、日露戦争での日本勝利の報に接し、
「同じ有色人種である日本が、北方の強大なる白人帝国主義ロシアと戦って
ついに勝利を得たという報道は、われわれの心を揺さぶった」
「インドの独立について思いを致すようになった」といわれています。

もともとは数学を専攻していたパール判事が法律家になった理由は、
当時、イギリスの植民地だったインドでイギリス人と対等に発言できるのは法律家だけだったため、
インド独立を志向する母に励まされてのコトでもありました。

パール判事は、ネール・インド首相に指名されて東京裁判に参加します。
結審が近づいた1948年8月には、夫人が危篤に陥ったため帰国しますが、
当の夫人に「あなたがこの大切な使命を果たされるまでは、私は決して死にません。
どうぞご安心くださって、すぐ日本にお帰りください」
といわれて日本に戻ります。
実際に、夫人は東京裁判が終わり、パール判事が帰国して間もなく亡くなりました。

パール判事の判決について、同じ東洋人を同情したためだと解釈する向きが、
日本にもありましたが、裁判後に来日した時に、パール判決文について感謝されたパール判事は、
「私は日本の同情者として判決したのでもなく、西欧を憎んで判決したのでもない。
真実を真実と認め、これに対する私の信ずる正しき法を適用したに過ぎない」
と語りました。

その一方で、広島平和記念公園の碑に、
「あやまちは繰り返しませぬから」と書いてあるのを見て激怒し、
「いったい、誰が何を繰り返さないというのかね?」
「この町に原爆を落として破壊したのは、アメリカだったではないか」と指摘してもいます。

パール判事はあくまでも正義を追求し、
人種差別をなくすという使命感を感じながら、被告の無罪を主張したことが伺えます。

ですから、公平な目で見て、東京裁判に正義はなかったといえます。
東京裁判を事実上主催したGHQ司令官マッカーサーも、朝鮮戦争が始まって
ソ連や中国共産党という共産主義の脅威に接し、1951年、日本の開戦について、
「大部分が安全保障の必要性に迫られてのことだった」と米上院軍事外交委員会で証言しています。



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おい、おい、いつでも民主主義は平和的なんか。

2015-06-29 | 「兄さん政経塾」

議論が進んでいるのか、いないのか、日本という国を考えてか、考えずにか、
ま、なにわともあれ、現在、安全保障法制の議論が行われています。
野党などの反対派は、"戦争法案" とかで、レッテルを貼り付けて、
「安倍政権は民意を無視」しているとか、等々。
民意を持ち出し、民主的ではないと批判、と云うか上げ足とりを繰り返します。

おい、おい、民主主義はいつも必ず平和的なんか。
民主主義国家は民意が求めた戦争は止めるコトが出来んのを判ってコトか。

民意を盾にした主張は、平和的なイメージで捉えられますが、
「好戦的な民意」で、戦争が起きたフォークランド紛争はどうよ。
これは民意が求めた戦争に間違いない。

1982年、イギリスが実効支配していた南米の最南端に位置するフォークランド諸島を、
アルゼンチンが同島の領有権を主張し、武力で占領したため、これに反撃した。

イギリス軍は当初、同島の戦略的価値や部隊の展開能力などを分析した結果、
「奪還は不可能」として反対していましたが、
サッチャー首相の意向や奪還作戦を求める世論(8割~9割が支持)などに後押しされ、
機動艦隊を送り、フォークランド諸島を奪還した経緯がありました。

ま、当然、フォークランド紛争に正当性があったか、どうかは、別途議論もあるかも知れん。
でも、早い話し、民意で選ばれた政治家の意向や「好戦的な世論」により、
戦争が起きるってコトです。
しかも、イギリスは成熟した民主主義国のハズ、なのに戦いを避けることが出来ていません。

この他にも、民意が求めた戦争は、1853年のクリミア戦争とか、
最近では2003年のイラク戦争も同様の事例です。
ですから、歴史を振り返れば、「民主主義は平和的」と断言できるのかどうか疑わしい。

だいたい世界には、100カ国程度の国が、民主主義を導入していますが、
未だに対立はなくなってないコトを、どう野党が説明するのか聞いてみたい。
民主主義という外見に囚われるのではなく、民意の中身を問うべきでしょ?

さて、安保法制や憲法改正の議論で出てくる「立憲主義」の源流の一つに、
13世紀のイギリスでつくられた法典「マグナ・カルタ」(大憲章)がある。

1215年6月15日に英国王ジョンと諸侯との間に結ばれたマグナ・カルタは、
王の権限を限定し、英国民の権利を定めたもので、今年はその800周年。

マグナ・カルタは、西洋では国民の自由の保障、民主主義、法の支配などの礎となり、
国連の世界人権宣言や米国憲法などの基礎になったとされているが、
西洋の民主主義思想のもとになった「マグナ・カルタ」は、どのような経緯で生まれたのか・・・。

中世前期、イギリスのジョン王は、
フランス王フィリップ2世との戦いに続けて敗れ、深刻な財政難に陥ったらしい。
で、ジョン王は戦争継続のために、国内で重税を課すなどして、諸侯の対立を深めた。
それで貴族の不満が爆発し、退位か処刑を迫られたジョン王は、
「王の権限の制限」を定めた文書「マグナ・カルタ」を承諾することで事態を収拾。

こうして制定されたマグナ・カルタは「国家権力から国民の人権を守る」ものでした。
これは近代立憲主義の「憲法は国家権力を縛るもの」という考え方につながってしまいます。
要するに、マグナ・カルタの根本には、
「強大な権力を持つ者は、悪事をなす可能性があるため、権力を制限する法が必要だ」
という考え方が蔓延っていると云うコトです。

ここで比較のために登場するのが、日本精神の根源となる聖徳太子の「十七条憲法」
マグナ・カルタから600年以上も前につくられた「十七条憲法」の中には、
民主主義と仏教的精神がフュージョンされ、いかほどに民度が高いかを垣間見れる。

簡単に云うと、国家権力については、
「偉大な権力には、必ず偉大な責任が伴うため、徳のある政治家が国を納めなければいけない」
という徳治主義の考え方。
まぁ、マグナ・カルタには、
「力のある者は悪事を犯すので、国民の権利のためには、憲法で権力者を縛る必要がある」
という性悪説的な考え方があるのに対し、
十七条憲法には「権力者には、神に選ばれるような『徳』のある人が選出され、
徳治政を行うことで国民の幸福が守られる」という性善説的な考え方の違いがある。
ここには、民主主義の良さを生かしながら、徳をもって国民を正しい方向に導く政治が、
求められているワケです。

ですから、現在、聖徳太子の時代に比べ、
どれだけレベルの低い議論が展開しているのかが判ると思います。
現代の政治家も、主権者である国民一人ひとりも、
戦後の日本が忘れてしまった「宗教的精神」を取り戻す必要があるんじゃないの。


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マスゴミ

2015-06-28 | 時事ネタ

自民党の若手議員が立ち上げた「文化芸術懇話会」という"勉強会"、
この会合に出席した議員から、
「マスコミに広告を出している企業に働きかけ、マスコミ規制をすべき」などの意見が出た、
と、朝日新聞なんかが、いつものようにワーワー騒いでます。

記事によると25日、この "勉強会" で、
「マスコミを懲らしめるには、広告料収入がなくなるのが一番、経団連に働きかけてほしい」
「悪影響を与えている番組を発表し、そのスポンサーを列挙すればいい」などの意見が出たそうです。
(ま、民放だけの問題ではないけどね)

講師として招かれた作家の百田尚樹(ひゃくた・なおき)さんも質疑応答で、
普天間基地問題などをめぐって政府を追及する沖縄の地元2紙の件で、、
「沖縄の2つの新聞は潰さないといけない、あってはいけないことだが、
沖縄のどこかの島が中国に取られれば、目を覚ますはずだ」と語ったと報道されています。

この自民党の勉強会で「報道規制」発言が出た問題について、自民党は27日、
会の代表を務める木原稔青年局長を更迭しましたが、
民主党は処分に至った理由などを国会で引き続き追及していく考えを示したそうです。

どこまでアホかは知らんが、身内の会話を盗聴か取材か判らんけど、
それを「どう喝」呼ばわりされて更迭するって、逆と違うか、自民さん。

まぁ、朝日や毎日や、沖縄タイムスと琉球新報には報道しない自由と捏造の自由があるようなので、
そんなもんかと思います。
で、問題視された後の、産経ニュースに掲載された百田さんの質疑応答の一部を紹介すると、
下記の内容。

  vvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvv


 -今回マスコミの取材を受けたのは

ぼくは取材は拒否したことない。
ただ、ちゃんと書いてもらったことはほとんどない。
分かってもらおうと誠実にしゃべるが。


 -沖縄の2紙への発言にどういう思いを込めたのか

軽口に対して、あまりコメントしたくない。
本音でいうと、沖縄の新聞は嫌いですよ。
ただ、圧力かけてこらしめたらというのは断固否定した。

なぜだめか。
ぼくは、朝日も毎日もつぶれたらええと思っているが、圧力をかけてつぶすもんやない。
書くことむちゃくちゃで、こんな新聞読んでられへんと多くの人が思ったときに、
発信元はつぶれる。
百田尚樹の書く本なんかあほらしくて誰も読んでられへんと思ったときに、自然に消える。


沖縄タイムスと琉球新報2紙が足並みをそろえて、
どっちが中韓寄りに書けるか、反日的に書くか、反政府に書くか、反米で書くかというのを、
まるで競い合っている。
米兵が事件を起こすと、喜んで書く。
でも、米兵がええことしても書かない。やりかたがおかしいやろうと思います。


 -言論の自由は守るべきと

もちろんです。私も言論人ですから。

 -勉強会での発言について

問題の2紙がつぶれたらいいのにというのは、細かくは覚えていないが、
沖縄の人たちの考え方も非常に中国寄りである、みたいなことを言って、
そして沖縄の新聞の論調はという話になったと思う。
そのときに笑いながら、沖縄の2紙はつぶれんとあかんよねといった。
それで終わり。
その後、沖縄2紙についての話は出ていない。


沖縄の中国に対する危機感がない、意識を変えるのはどうしたらいいかと聞かれた。
これは難しいと、そのときに、絶対あってはならないことだけれど、
あくまで仮定の上での話だが、沖縄の島が中国にでもとられたら、
島民の意識も一気に変わるであろうなと、これは、もちろんあってはならない仮定の話ですと。
ところが、沖縄の島が乗っ取られたら気分変わるやろうと(書かれた)。
そんな言い方はしていない。


  vvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvv

マスコミにはハッキリとした権力がある、あやふやにしてるだけ。

朝日新聞や沖縄タイムスなんか、この"勉強会"について「言論弾圧」と批判報道。
与党内でも懸念され、石破茂地方創生担当相のパ~プリンも記者会見で、
「われわれは政権の側におり、権力を持っている、
言論の弾圧と受け取られかねないようなことには、心していかなければならない」
と語り、
マスコミ規制論に釘を刺す始末。

確かに、憲法が保障する「表現の自由」を考えればマスコミに政治的圧力をかけるのは極論ですが、
では、「政権は権力を持っており、マスコミは持っていない」とも読み取れる石破の見方は正しいのか。

例えば、数十万部の週刊誌が、政治家の小さなスキャンダルや事件を報じれば、
それだけで大臣の首が飛ぶ。
これにより、内閣崩壊につながった事例は数多い。
これは、立法・行政・司法の三権に並んで、マスコミは「第四の権力」とも云われる所以。

そもそも、マスコミは世論をミスリードして、国益を損ねる報道をしたとしても、
経営陣や編集局長などが責任をとるようになっている訳ではない。
さらに、自社の論調や経営方針に不都合な情報であれば報道しない、
という黙殺権を行使し、国民の知る権利に奉仕していないという問題もあるハズ。

マスコミは、まるで"現代の神"に成り代わったように世論を牽引し、
強大な権力を行使しているかのように見える振る舞い。
マスコミについては、自浄作用や外部のチェック機能をどう働かせるかについて、
それこそ、議論を深めるべきで、もっと日本人は興味を持っていいと思う。

とにかく、沖縄の沖縄タイムスと琉球新報は、朝日新聞が、
右よりにみえるくらい偏向報道がひどい。
沖縄の2紙を擁護する野党は、沖縄のコトなんて考えてはいないし、
安倍政権への攻撃の手段として使ってるだけ。

それに百田さんは民間人で、民間人の言論の自由は保障されるべき。
それを、問題視する野党こそ言論の自由を犯してるコトに気がついてないのか。

ま、以前、民主党政権時に、菅直人は、「議会制民主主義は、期限付きの独裁性」と語ったが、
マスコミは、問題視せずにスルーさせた。
マスごみと自民にいいたいが、
コトの重大性に気付いてないのか、民主政権だったからなのか、それは、知らんが、
今回の件を問題視するなら、再度、これも取り上げてからにしてくれんかな。



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うっ! 泣ける。

2015-06-28 | 音楽のコト。



Ann & Nancy Wilson (Heart) Stairway To Heaven Live HD




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ビタースウィ~トサンバでコケたぁ。

2015-06-28 | バンド

土曜の夜はリハでした。


ビタースウィ~トサンバでコケたぁ。



この動画は昨晩のコケっぷりを記録したモノです。

18日までには、ま、なんとかなるか・・・・。

それより、ごんちゃん、ビールありがとう!
旨かった(^^)、ごちそ~さま~~。

って、そっちかい!


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