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消費税と年金と - 2

2016-11-12 | 「兄さん政経塾」

年金と増税は表裏一体で、増税はやむを得ない、という疑問についてのつつぎです。

以前、橋下徹・元大阪市長は、「(年金制度は)根本的に変えないといけない、ねずみ講そのモノ」
「現役世代に対する完全犯罪、継ぎはぎの、ばんそうこうの手当てみたいなやり方では絶対に持たない」
と、いっていました。

「そもそも消費税を上げても税収が増えない」
「仮に税収が少し増えたとしても、年金は2040年前後に底をつく」

との思いがあったからだと思います。

これらに必要な根本治療は、諸悪の根源である年金の「賦課(仕送り)方式」をやめてしまい、
「積立(貯金)方式」に移行すれば良くなるハズです。

"あなた方の払った保険料は、引退世代に『仕送り』されずに、
あなた方の将来のために積み立てられることになりました"

と、運用というか政策変更すれば良いだけです、これで、次世代の若者は大丈夫。

ところが、現役世代の払った保険料が使えなくなると、政府の年金積立金も底をつくコトになり、
多くの国民にとっては、「では、今まで払った年金はどうなるの?」となる。
政府が「賦課方式」という"事業"を止めるにしても、そこに国民に対する多額の"負債"が残るワケです。

この"負債"の処理が、年金改革の最大の難所。

で、払い込んだ年金は「国債」で返す。

(1) まず、年金支給がなければ生活できない方には、今までどおり年金を支給します。
  一般的な、生活保護のイメージ、これは主に、今まで保険料として集めてきた年金積立金の残りを使用。

(2) 老後資金があったり、養ってくれる家族がいる方には、今まで払ってきた年金を、
  現金ではなく、「国債」を発行して"お返し"ます。
  この国債は、普通の国債のように「10年で返す」といった期限がない「永久国債」とします。
  「永久国債」にあたるものが発行された前例は、18世紀のイギリスや、江戸時代の薩摩藩、
  明治時代の日本にもあります。

  「返済期限のない国債なんて誰がほしいのか!?」と思うかもしれませんが、利子をつけたり、
  「年金国債を持っていたら相続税が安くなる」といった条件をつければ、子孫に資産を残したい方や、
  一部の企業は利用価値があると判断するハズです。
  そのため、「年金国債」を現金に換えたい人は、そうした個人や企業などに売ることもできます。

(3) とはいっても、現金で払ったものが、現金でないもので返ってくるわけなので、
  一定の「怒り」を免れることはできない。
  そのため、払った年金を事実上、消滅させてしまった政府・役所関係者を処罰して、罪を償ってもらいます。

世論への説得も、実行も難しいですが、日本の置かれた将来を考えると、
これくらいのプランがなければ、ムリでしょ。

ということで、こんな話しを実行するのは大変ですが、「年金をどうにかする策」というものは
他にも、考えようによっては存在するハズです。
ま、ただいずれにせよ、短期的には「消費税を上げても年金問題は何も解決しない」のは事実です。

経営学者のドラッカーは1969年の時点で、『断絶の時代』という著書のなかで、
「福祉国家は失敗した」と断言しています。

「いかに立派な仕事をしていても、福祉国家なるものは、
せいぜいが活力と創造性に富む保険会社並みの存在にすぎないことが明らかになった。
誰も保険会社のために命を投げ出すことはしない。
福祉国家に期待できるものは凡庸な成果だけである。それさえ得られないことのほうが多い。
民間の保険会社なら許しえない仕事ぶりである」


そして、
「19世紀に家族から政府に任されるようになった仕事の数々を、非政府組織に委ねなければならない」
と提案した。
非政府組織というのは、宗教団体や民間の病院、赤十字、ボーイスカウト、ガールスカウトなどのコト。
この時点で、ドラッカーは、福祉国家の次の国家モデルのイメージをはっきり持っていたといえます。

1995年の『未来への決断』では、
「今日、必要なことは、自立や能力や責任を生み出すように、福祉の方向づけを変えることである。
すなわち、福祉は機能しうる。
しかしそれは『貧しい人たちにとって必要なものは金である』という考えから、
『貧しい人たちにとって必要なものは能力である』という考えに頭を切り替えたときである」

「福祉を行うべき理由は、今日の福祉国家が当然のこととしているように、能力のない不運な人たちには、
金銭的な支援を受ける権利があるということであってはならない。
そのような人たちには、能力や誇りや自立を取り戻す権利があるということでなければならない」


今までの福祉国家は「依存、無能、自己嫌悪」をもたらす援助だったと厳しく指摘。
そのうえで、「貧しい者が自らの能力に自信をもち、自らを発展させる力を高めることこそ、
豊かな者、すなわち民主主義国家の利益にかなうことである」
と力説。

まさに、神的名言。
貧しい者というのは、経済的にだけではなく、国の為といいワケをする貪りの心を持った、
政策指揮をする人達も含みます。

福祉国家の本来の姿というものは、国(政府)が金銭的になんとかするものではなく、
「魚の食べ方より、釣り方を教えろ」というのが福祉であり、出来るようになれば、
自信も生まれ、能力や誇りや自立を取り戻す権利があるコトを思い出させる。

とにかく、愚策は止め、日本の将来を判断する者たちの"アマエ"を断たないと、
この問題は収まらないようです。


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