昔、昭和40年代の頃だろうか、写真といえば冨士フィルムとサクラカラーが日本を代表するフィルムメーカーだった。海外のコダックはなんとなくお洒落な感じがして仕上がりも綺麗に思えて、ちびっ子カメラマンの私としては、少し高額でもいざという時はコダックフィルムを買ったものだ。憧れがあった。 今や、そんなフィルム全盛の時代は終わりデジタルの時代となった。フィルムが完全に世の中から無くなることはないだろうが、 . . . 本文を読む

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ごく一般的な話である。今舞台で活躍されている能楽師の方々の大半は、若い時から稽古を始め、今に到っている。たぶん。 私自身、3歳で初舞台、120回の子方を経験して、舞台に上がった回数は6月現在、通算1132回だ。しかし反感を買うのを覚悟で言うが、能はいくら若い内に始めても、能の本質、能の魅力、能そのものを知ることが出来るようになるのは40代になってからだ。 40代は、異性のことも知り、親にもな . . . 本文を読む

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先代宗家喜多実先生から教えていただいたことはたくさんある。忘れてしまったこともあるが、若かったので身体に染み着いて覚えていることもある。 能に「合掌」という型がある。両手を正面に持ってきて指先を合わせるようにして拝む格好だ。 「明坊、両手の指先をくっつけてはだめだよ!」と実先生は教えて下さった。 「何故ですか?」とお聞きしたかったが、小学3、4年生の私はお恐れ多くて、聞けなかった。ただ「つけ . . . 本文を読む

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ある事件とは?のご質問にお答えしての投稿 小学生の時に音楽が嫌いになった原因はハーモニカだ。 小学三年生まで音楽の授業でハーモニカを吹かされた。息を吐いたり吸ったりするあの行為、己の息でも吸うのはいやだ、気持ち悪い。 音楽のテストは歌とハーモニカ奏法であったが、常に「ハーモニカ、忘れました」と嘘をつき続けた。先生は故意に忘れてくる私を叱ったが、それにもめげずハーモニカは家の机の中に放り込んだ . . . 本文を読む

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海の蒼は空があるから、は名言だ。 海は綺麗な青色だったり、時には緑色系にも変わる、それは空色の仕業らしい。海そのものが光り輝いているのではなく、空からの、つまり太陽が照らしてのこと。太陽のようにそれ自体が輝きを発っするものもあれば、他の影響で、お陰で輝くものもあるだろう。人間社会にも周りのお陰で・・・というのはよくあることだ。周りが優れていると、並のものも輝きはじめるから、周囲は大切にしたい。 . . . 本文を読む

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父の歌、父のカラオケを聴いたことはなかった。父はカラオケが嫌いだった。 「昔謡を習われた方が、近頃は皆カラオケに興じて…」と嘆き「カラオケは謡曲の敵」と吹聴していた。その影響なのか私も嫌いになった。正直に白状すると、小学生の時からある事件があって音楽自体が嫌いになった。その事件については後日お話するとして、音楽嫌いは子方時代の舞台にも影響した。長い変声期で高い声が出なくなったことや、舞台数が多か . . . 本文を読む

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月に一度をペースに「粟谷明生の能楽仕舞体験教室」を東京・五反田駅徒歩4分の池田山舞台でやっています。 能に興味がある方で、「ちょっと仕舞でも習ってみようかな~」と思われる方に一時間無料で仕舞の指導しています。扇はこちらで用意いたしますが、白足袋だけはご持参していただいております。 昨日は上田みゆきさんのフェイスブックのお仲間が集まって下さりました。皆さんお互いに、勿論私もお会いしたことの無い人 . . . 本文を読む

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『井筒』の終盤、シテが「業平の面影」と薄を払い除け井戸を見込む型はクライマックスだ。 『井筒』の題材は「伊勢物語」だが、その第六十三段「つくも髪」が実にいい。 もう一度男に抱かれたい、私を抱いてくれる情け深い男に出会いたい、と男との逢瀬を願う女がいた。世の男性諸君、はいはい私で良ければ、と相槌を打つのはいいが、そのお相手が老婆となると、さてどうするか。老婆の年令は百歳近い。 老婆は三人の息 . . . 本文を読む

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今日は息子・尚生が稽古能で『鵺』を勤めた。 『鵺』は頼政に射止められ絶命した化生の物の話である。 無事勤めてくれてひと安心。午後は明治神宮の花菖蒲が見頃だというので出かけた。 菖蒲(しょうぶ)菖蒲(あやめ)杜若(かきつばた)花菖蒲(はなしょうぶ)これらの区別は、ひとまず置いといて・・・。 「いずれアヤメかカキツバタ」 どちらも美しく区別が出来ないときに使われる言葉だ。 実はこれ源頼 . . . 本文を読む

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長い歴史の波に洗われ今に生きている能の面(おもて)。 能面(のうめん)は室町時代に創作期が起こり、それ以降は模写期となる。江戸時代は完全な模写の隆盛期で、よくもまあそっくりに真似して打てるなあ、と驚くばかり。 江戸期の名家は越前出目家、大野出目家、近江井関家などがあり、いずれも三代古元休満永、是閑吉満、四代天下一河内家重などの名手を生んでいる。 面打ちには形や彩色などに決められた約束ごとが . . . 本文を読む

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息子・尚生が稽古能で『鵺』を勤める。稽古能とは若手能楽師の研鑽の非公開の場のことだ。『鵺』のシテは鵺の亡霊であるが、鵺を射止めた源頼政の立場にもなって演じる。 『鵺』後シテ・粟谷尚生 下稽古にて 撮影 粟谷明生 源頼政の位階は正四位下。従三位からが公卿となるから、従三位と四位との違いは天と地、月とスッポン。70歳を超えた頼政は従三位への昇進を熱望していた。一門のためと銘打ちながらも自身 . . . 本文を読む

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20代から30代の頃、年に2~30番は、「すばらしい! 自分もこのような舞台に立ちたい!」と感動したものだ。時には舞台上で思わず涙も出るくらいに。 今、50代も後半になり、あのように感動することは少なくなった。誤解しないでほしい。すばらしい能役者がいなくなった、という意味ではない。単に私の感動興奮機が50年代ものと古くなり、相当刺激がないと針が上がらないようになってしまったからだ。 逆に「す . . . 本文を読む

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「昔の能役者はすごかったね。名人が多くて…」 と言われると、今現場にいる者として 「じゃあ、今はだめなの」 とすねたくなる。 確かに昔の能役者にはすごい上手がいて、素晴らしい名人が勤めた舞台は観客に感動を与えた。それは事実だ。が、しかし「昔の能役者」とか「名人」をひとくくりにして大雑把に言われるのは気に入らない。昔の能役者だって優れた名人もいれば、並な下手もいたはずだ。 「すごかったね」 . . . 本文を読む

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人の意見を聞くこと、言うは易く行うは・・・意外とむずかしい。 私は、山の神から時々お告げを受ける。 「あなたを心配して言っているんだから」 と愛に満ちた言葉で有難いことなのだろう。ご忠告が納得出来て「そうするよ」と言える時はいい。どうしても同意出来ない時がある。さてそのような時はどうするか粟谷明生のBLOGの投稿にも指摘が入る。 「お店や友人を紹介するのは人様のやっかみを買うだけ。やめな . . . 本文を読む

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三笠宮寛仁(ともひと)親王殿下が薨去されました。 ここに謹んで御冥福をお祈り申し上げます。 下記は広島護国神社の潮康史氏のフェイスブックへのご投稿、皆様にもお伝えしたく、ここに記します。 潮康史氏(広島護国神社にて・粟谷明生撮影) マスコミなどが「ご逝去」と報じているのは間違いで皇族がお隠れになられた時は、「薨去(こうきょ)」という言葉を使います。 皇太子は薨御(こうぎょ)、皇族の内の、皇 . . . 本文を読む

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