今年は父の七回忌、父のお弟子様方とのお付き合いも6年目に入った。
能楽師の友人から
「親が亡くなり本当に落ち着くのは、5年経ってからだよ」
と言われたが、まさにその通りだ。
父の東京、大阪、広島の社中の皆様にもお世話になり、深く感謝している。
東京と大阪という対極的な両社とふれると、いろいろな違いの発見がある。
言葉のイントネーションからはじまり、食文化、そして物事への取り組み方、生き方そのものの違いを実感する。
まずは言葉
大阪の女性はなんでも「ちゃん」を付ける。
飴は「飴チャン」。
「なんで、飴にちゃんをつけるのか?」と不思議だが、
「まあ、そんなこと、どうでもいいや」と軽く流してきた。
大阪出身の東京のお弟子さんが
「センセー、前回は、なな(七)ページのおワキさんのところまでしていただいたので、今日は、おシテさんのところからですわ、お願いします」
と稽古する個所を教えて下さる。
東京育ちの私は、あまり大阪弁は馴れないので好まないが、嫌いにならないように、と努力はしている。
が・・・しかし。
いちいち、ワキに「お」と「さん」を付けるのには、これ大阪風なのですか?
ちょっと、気に入らないのである。
ご注意しようと、思ったが、
「どこが悪いん?」
「なぜあかんの?」
と反論されたら・・・・、その理由が見つからない。
なので、いまのところは我慢。
どこかに正統な反論がないか?と捜している。
「そんなん、ありゃしまへんがな〜〜〜」と、西から聞こえてきそうだが、
今年57歳になるというのに、拙い投稿だが、お応えがあれば、と思い、思い切っての投稿。
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たとえば大阪の文楽で師匠からキビシイ稽古を付けられる弟子の言葉遣いはどうなんでしょう?と思い付きました。
理はともあれ、文楽の稽古の世界でも昔からそうなら・・・・・
ただし、「お◯◯さん」というの、京都(が本場)かと思って居りました。
あっ、文楽より、京観世の方々が稽古での遣り取りはどうなんでしょう。
明生師は(親しみを持たれてるのかも知れんが)ナメられてるんで、おワキさん(どこの女性?)なんて言う弟子は居ないとか(笑、もちろん冗談です。)、或いは師匠もおワキさんと言ってるとか・・・・・
こんど関西に行かれました折に、関西の能楽師の面々から訊かれましたことをお教え願えましたらマコトに幸甚でございます。
落語の世界は顕著だと思います。上方落語と江戸人情話と言われる東京落語の違い。上方落語という一つの分野を作っている。
最近でこそ 情報化社会で 東京も大阪もなくなりつつあるけれど 伝統芸能の世界は違っていてこそいいのではないかなぁという思いもします。
お能はどうしても 武士の式楽ということですので 質実剛健という側面があるかもしれないけれど・・・
今は京都にお家元がいらっしゃる金剛流は 能楽師の方のお能の解説の時ですら おをつけて説明されてます。それがなかなか 雰囲気が有って 金剛能楽堂で拝見するお能は 又違った感があります。見所の雰囲気も はんなりですし お能もなんとなく はんなりです。
同じ演目でも 観世会館 ・金剛能楽堂・大阪能楽会館・喜多能楽堂・宝生能楽堂・それぞれ全然違います。だから いまでは 東奔西走
それは 流派の違いと思っていましたが・・・
それぞれの見所の文化の違いなんだなぁと 考えさせられました。
お能を見る側のすそ野が広がった分 今まで予期しなかった人にまで対象が広がったのだということではないでしょうか?
「気にいらない」とおっしゃらず。私のような関西の熱烈おばちゃんファンも受け入れていただいて お能のあたらしい有り方を模索していただけたらなぁと思う次第です。
BACKYARD様
コメント有難うございました。
「お能」と呼ぶようになったのは明治時代ぐらいでしょうか
私は出来る限り能には「お」つけないようにしています。
配役については、三役の方々は「おシテ」と話されていますし、シテの私たちは「おワキ」「お狂言」と言いますので問題はないのですが
「お」よりも、「・・・さん」
「・・・さん」が質実剛健な喜多流の風情に合わないのかもしれませんね。
以前母親に問うた
「八百屋の『お』つけるんか?」と・・・
コメント有難うございました。
八百屋に「お」は〜つけるべき。
おや、おや、の野菜は旨きかもよ
(笑)