本日は、第91回・粟谷能の会のチケット発売日です。
10時より粟谷能の会ホームページのショップ、
または粟谷明生のブログ(右チケット申し込み)からお申し込み頂けます。

今回勤める『景清(かげきよ)』について演者自身から鑑賞手引きを投稿いたします。

少々、マニアックな(笑)内容となってしまいましたが、ご覧いただきまして「では行ってみようかな~」と思っていただけると嬉しいです。

写真は昭和55年11月23日 シテ粟谷菊生・ツレ(右)粟谷明生です。

「鑑賞手引き その1」

能をご覧になって、ほろっと涙が出てくる悲しい曲といえば『隅田川(すみだがわ)』『鬼界島(きかいがしま)』(他流は『俊寛(しゅんかん)』)と『景清』の三曲が挙げられます。

「『蝉丸(せみまる)』も入れては?」
というご意見もあるかもしれませんが、私は先に挙げた三曲を思います。

『隅田川』『鬼界島』は死をイメージさせる絶望的な別れで、曲の構成・作風そのものが自然と涙をそそるような仕組みになっているので、演者は敢えて泣かせるような動きを意識しなくてすみます。

しかし『景清』は違います。

私は涙の「な」の字も感じない『景清』をたくさん観てきましたが、逆に周りに恥ずかしいほど涙が出て来てしまう『景清』もたくさん観てきました。

『景清』で涙を誘うのは能役者の演技力次第です。
特に最後の親子の別れの場面は、シテ景清とツレ娘人丸の心を込めた動き無くして成立しません。

ふと見落としてしまうほどの小さな動きが、涙腺を緩める大きな鍵になります。

細かな伝承を自分も体得し、また同時に次世代にも伝えていきたいと思い、ツレは未熟ではありますが、息子・尚生に配役しました。



そしてなによりも涙を溢れさせるに不可欠なのは、情の込められた地謡力だと思います。
今回は第87回『定家』シテ・粟谷明生で好評を得ました、長島茂君を地頭に次の時代を担う若手の方々にお願いして大曲『景清』に挑みたいと思います。

その2へ、つづく

皆様のご来場を心よりお待ち申し上げております。


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