原発事故の際、
やたら安全を振りまく専門家や政府のことが印象に残っている。
いまだにそれは続いているように思える。
これまで科学者とか専門家、という言葉には弱かったが、被曝については専門家によって答えが全く違うし、「科学」の範疇と「理屈」の違いを知らされた。
普通どんな事故でも、「時間」との勝負が第一で、「悠長」な対策は存在しないと思っていたが、日本の国だけは、どうも違っていたようで、
その「悠長」な対処をしている。
とんでもなく長い時間をかけている。
素人にはおかしいと思う裁判所の判断があったり、
外に放置してあった藁を喰わせた牛が被曝していたことが大きく報道されていたわけだから、
外にあったものは、すべて放射線が付着していることは誰にでも推測できたはずなのに、
コンクリートにつかう石は汚染されていない、あるいは気がつかなかったとは、言えないだろう。
住民だけが損害を被る構図は昔と同じだ。
消滅することのない放射線は絶対に除染などはできないのに除染除染と言ったり、
除染した瓦礫や土の「行き場」はないだけではなく、そのままだし、
国の指示に従って避難すれば、地元には戻れないのに、行政の手続きは進まず、
書類一枚作成するのに、一般人が危険区域にわざわざ入って家屋の倒壊状況を調査したり、
事故現場には、東電の下請け、下請けで、しかもピンハネ横行でも、問題にしないし、
今の世の中を、国民がバカをみている部分を映画のように明確に映し出している。
短期間だから、実感できるが、長い時間をかけられたら、実感できないし、気がつくこともできないだろう。
迂闊以外のなにものでもない。
いまだに魂をとられた従順な羊の群れのようだ。











