虚空を観じて

今感じたことを書くことは、年取った脳みそにいいんじゃないかと考えて認めています。日常の風景から、過去の記憶まで。

禍根を残す

2017年02月22日 | Weblog

沖縄の新聞二紙は、かなりヒドイということを動画知ったが、

沖縄の人々は、これまでも、これからもそれを読むんだろうか。

新聞とは名ばかりで、どこかセクトの機関紙のようだ、という。

新聞は、読まなくとも、別に困らないが、単に一種、習慣なのだろうと思うが、

沖縄県人はどう思っているんだろうか。

 

韓国の反日憎悪教育、韓民族優越教育のヒドサは、動画でもかなり指摘されているが、

これを何十年も続けていれば、狂ってしまうのも無理からぬことで、日本との冷静な話し合いなど成立しない。

朴大統領が、韓国5000年歴史の優越性や、1000年変わらない憎悪発言は、これをよく表している。

そこには羞恥心などかけらもない。

一種の拷問が韓国では行われている、そう思う。

 

ペルーに日本人が移住したのはもう100年以上も前で、過酷な苦労をしたという。

ブラジルより10年も早い。

ペルー人から、日本人の評価を聞くと、正直、勤勉、まじめ、よく働く、信用できる、などをあげる。

何万人もいれば犯罪者だっているだろうに、そう評価を受けるまでは、それなりの積み重ねが要る。

ペルーは大部分がカトリックで日曜日には休む。お店をしない。

ところが、カトリックとはいえ、日本人は休まない。休まなければ、周囲の人には便利だ。

政情が安定していれば、それでも、いいが、ペルー人の店からは非難を受ける。

もちろん、このごろは全く違って、日曜日でもどこでもお店はやっているが、当時は、まだ牛肉は月の半分しか販売してはいけない貧しい国の時代だった。

 

ペルーは、貧富の差が激しい。公務員は給料が安い。

先生、警察官、労働者がストをうつ。デモを行う。

デモになれば、大衆は店を襲う。

襲う相手は日系の店が多かったという。

この頃はないが、それでも、ストでは、かなり暴力的だ。

つい最近の反トランプ大統領デモでも店を破壊している。

現代の、先進国アメリカでも、デモ隊は、まるで関係のない店を破壊する。

 

現代でも、日本人に対する評価は変わっていないが、一つ条件が付いている。

仲良くしているペルー人いる。

日本にも来ている。大きな畑をもっている。今は引退しているが、先日訪問した時、自家製のワインをいただいた。

彼に、同じ質問をした。

「日本人は、本当に正直、勤勉、嘘をつかない」

などと、歯の浮くようなことを言ったが、

「ただし、日本から日本人だ」

そう言った。

 

放置は将来に禍根を残す。

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頭と経験は違うよ

2017年02月18日 | Weblog

死刑制度に賛成とか、反対とか、自分の身に起こらなければ、なんとも言えないが、

それぞれの状況に差がありすぎて、かなり難しい。

 

あいつ嫌いだから、自分の地位を脅かすとか、おかしなことを主張しているとか、利用価値がなくなったとか、

こんな理由でやっちまえ、なんていう国が存在するのは、

なんとかならないかと思う。

 

金正男が暗殺されたらしい。

報道では、詳細は不明だが、ご本人は殺されると思っていたというから、注意はしていたのだろうが、

そうそう四六時中緊張ばかりはしていられない。

いつかは隙は生まれる。

どこの誰がどんな理由で、いまどき暗殺だなんて、と思う。

 

昔、ペルーで生活していたころ、強盗にあった。

両替所、米ドルを現地通貨にかえるところだが、同じ場所をつかっていた。

一度におおくはかえない。

200ドル程度だ。

両替所は、かなり頑丈にできていて、日本のパチンコ屋の隣あるあんな大きな窓などはない。

確認して出ようとすると、他の客が入ってきた。

ピストルをもっている。

おかしなもので、ピストルとはわかっているが、自分が狙われたなどとは思わず、そのまま帰ろうとすると、

無言で押し返され、そのときはじめて、ああ、こいつら強盗だなと理解した。

それだけ、状況判断がボケボケだったと、思い知らされた。

頭で理解することと、実際に分かることとでは、天地の開き、まるで異なる事象だと、あらためて思った。

そうなれば、相手の顔を見ず、壁に向かって両手をあげて、好きにさせる。

お金より、車をとられることを心配したが、幸い、というか、車を奪うことはしなかった。


当時のペルーは、ドロボー天国で、警察はドロボーと組んでその上前を撥ねる。

それだけ治安が悪かったし、貧富の差や、経済状況がヒドイ状態だった。

抵抗しなければ、殺されることはなかったし、暴力を受けることもなかった。

まず、殺してからゆっくり奪うやりかたは、いってみればアメリカ型で、残酷だが、

ペルーの強盗は、当時はまだ情けというか、おとなしかった。


戦後の復興は、奇跡だろうと思う。

太古の昔から積み上げてきた日本の伝統や文化、精神性は、自分たちが思ってる以上に、

外国の人々には驚異だろうと思う。

安心安全もその一つで、

安心安全は、だれもが望むものだと思うが、現代では、そうではない人々もいる。

ひたすら日本が混乱、困る、苦しむことを目的としていると、考えざるを得ない政党がある。

気が付いたときに、手遅れ。

そうならないように、できることをしなくちゃと思う。

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桜が咲いている

2017年02月15日 | Weblog

仕事しているマンションのごみ置き場の前にある桜が咲いている。

満開だ。

観光客が眺めて、写真に撮っている。

いい光景だ。

 

この頃の左翼知識人やコメンテーター、民進党の発言や行動には首をかしげる。

以前は、好感のもてる主張もあったと思うが、最近は、論理すら言わなくなった。

実態が白日化してきたのか、余裕がなくなってきたのか、あるいは国民がおいそれと、簡単には信じてくれなくなったのか、

焦っているような印象がある。

あるいは在日の反日、というか日本を批判する主張には、気の毒させ覚える。

思想の柔軟性は、言葉では大事だが、それまでの言動を考慮すれば、おいそれと

「はい、いままでの思想を棄てました」

などとは簡単には言えないだろう、とは思う。

ニュース女子の問題は、騒がなければ、それで終わったものを、わざわざ自分たちの恥部というか、負の部分を知らしめているような気がする。

 

日本の左翼思想家は、どういった国家を理想としているのだろうか。

共産党は、未来の絵を描いて示してくれないから、全く不明だし、

民進党だって、何をどうするって具体案を言わないし、国会質問はどうでもいいことだけに終始している。

共産党は、マルクス主義を棄てたのか、明言していない。


大学の教授、というだけでその主張には一種の権威や正確さを信じたものだが、

もうそれすらなくなった。

頭の中では知ってはいたが、

勉学と人間性、知識の量と、知識はなくとも知恵との違い、それらを、実感のレベルで感じてしまう。

 

観光客であっても、自分が毎日生活する範囲に、電車で大声出したり、前を歩いている人がタンを無造作に吐いたり、

たまたま行ったレストランで、難癖をつけたり、同じ生活区域でゴミの出し方を守らなかったり、

そんな人がいたら、憂鬱になる。

昔、ロスに駐在していた友人がいたが、彼によると、

普通のアメリカ人は、ルールを守らない移民に対して、

「そこに住んでも、何も言わないが、どうか我々の生活範囲には入ってこないでくれ」

こんな感じで眺めている、と聞いたことがある。

つまり、生活習慣が異なり、「鬱陶しい」ことこの上ないが、無言の抵抗というか、何か言えば、やたら差別だと叫ばれることに辟易していたという。

移民や不法滞在が一つの地域でどの程度を占めれば、彼らの言い分が力となり、鬱陶しくなるのか、その割合が分からないが、

知っている人は、よくわかっているだろうと思う。


昔の日本人は糞尿の売買をしていたという。

それで、街中が汚染されることはなかったという。

肥やしにするって知恵だが、日々の生活の中で、情緒を無意識に求める日本人の精神文化でもあったろうと思う。

世の中には、先進国であっても、ほんの少し以前の時代であっても、糞尿を街中に捨てていた国もあったという。

イギリスやフランスでもそうだと聞いた。

朝鮮半島の街中の糞尿まみれの話は、動画で知った。

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情緒

2017年02月11日 | Weblog

食べ物の好みは、それぞれ。

このラーメンはうまいと感じる人、いやあっちのほうが好きだという人だっている。

うまいことを説明しようがない。

カレーはどのように盛り付けても、情緒がない。

素人でも、一流ホテルでもたいした違いがない。

情緒について深く考察した本があるかもしれないが、

日本人の情緒って、意外と世界には役に立つかもしれない。

 

日本人は、おおかた、すべてとは言わないが、清潔な場所を好む。

道路にゴミは少ないほうがいいし、食べ物は衛生管理が行き届いたものを欲する。

他人に不快感を与えるより、好感を持たれるほうがいいと考えている人が多いだろう。

お店の店員さんは、不愛想より丁寧なほうがお客だっていいだろうし、

お客だからと横柄な態度はまずいだろうと、おおくの日本人が思ってるだろう。

こういったことは、世界共通で、当たり前だと思いがちだが、どうも違うような気がする。

 

外交は、難しい。

人類みな兄弟、って本当なら、もともと国内で争いなど起こらないだろうし、

人権を大切にする社会なら、母国を棄てることもないだろうし、

つまるところ、他国の政情不安を、別の国が引き受けるという単純な図式になる。


人権意識を高め、貧富に格差をなくし、文明を積み上げてよりよい社会を築き上げていく、これができれば、問題などは発生しても国内で処理できるだろうに、

世界はそうはならない。

それができている国は、少数だろう。

世界の金持ち8人の財産は、36億人に匹敵するという報道がされたが、資本主義社会では当然の結果なのか、あるいは歪みなのか、わからないが、

それで、人権が大事だとか、争いはいけないだとか、難民は受け入れないだとか、それは通らない理屈のように思える。

 

執拗に追いかける、執拗にこだわるってことは、時に、大切な精神だと思うが、

日本にある水に流す精神も、時に大事なような気がする。

これのお陰でどれだけ人生が豊かになるか、

知らないことは、一種の不幸だろう。

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市場原理

2017年02月05日 | Weblog

絵画を描いているブログを時々訪れる。

この方の絵画は、なにかこっちに迫ってくるので、面白いというか、奇妙な感覚になる。

有名ではないだろうと思う。

絵画は、結局市場原理というか、なにか権威のようなものが作者にないと、世に出ることはないだろう。

多くは、だれか売る人がいて、初めて成立するんだろう。

ド素人の僕では何も価値はないが、

この方の作品のように、世の中には、とんでもない芸術作品が埋もれているんだろうなと思う。

 

芸術って、人の心に伝わってくるのが早い。

言葉は、通じないことが多いが、芸術は何かしらこっちに向かってくる。

これは、しかし、見る側も精神や心を開いているからだろうと思う。

これが言葉だと、一方通行が多い。つまり、言葉は役に立っていないことになる。

 

在日韓国人や朝鮮人は、日本に長い間生活しながら、一部なのか大部分なのかわからないけれど、

その主張では、事態はよくならないと思うことが多い。

あの大学の先生の話でも、何を言っているのか、いいたいのかわからないことがあるが、

それでは、無駄な議論だし、主張だけして、それで終わりになる。

今までは、それでも通じたし、日本も応じている。

お金だってたくさん出しているし、謝罪だってしている。

今はもう今までのやり方では、通じないだろうと思う。

河野談話の河野さんだとか、蓮舫さんだとか、昔の舛添さんだとかが政権をとっていれば、

何を要求しても通るだろうが、

今は無理筋だろう。

 

芸術は双方が、作者と鑑賞者が、心を開いているから、通じるのだろう。

誤解はあっても、そこには悪意は存在しない。

鑑賞者が、頓珍漢な解釈をすることだって、分不相応な理解をすることだってあるだろうが、

それが問題になることはないだろう。

 

民進党って、存在感がまるでない。

頭脳明晰な議員がたくさんいるだろうに、質問している発想は、つまるところ、嫉妬心に帰結する。

だから、なにをいっても、こっちに響かない。


不思議なのは、それほど多くはないが、なんであんな人が当選してくんだと思う。

実に不思議な現象だ。

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ありがたいお天気

2017年01月28日 | Weblog

この頃、暖かい、というか寒くない。

ありがたいお天気だ。

 

30年以上も前だが、

ペルーのリマに仕事で行ったときは、とにかく臭かった。

ニオイは、オシッコが強烈だった。

当時は大道商人が所狭しと店を並べ、公衆トイレがなかったので、その辺りで用を足すのだろう、とにかく異様だった。

さらに、大道商人たちは、スーパーマーケットがそれぞれの分野に分かれての個人商店なので、食材を油で揚げて売っているお店も結構あった。

その油が、日本のような植物から取り出したものではなく、魚由来だから、とにかくこちらも異様なにおいだった。

そのうえ、ゴミは散乱し、雨が降らいなので、ほこりだらけ。

街並みは、ひどいものだった。

それが、フジモリさん以来、大道商人は整理され、道路に店を並べることはなくなった。

油も、品質のよいものが売り出され、においもなくなった。

さらに、街並みは、専門の清掃員が毎朝きれいにし、最近は、ゴミなどは落ちてはいない。

きれいな街なみだ。


普通は、人類はより清潔、より秩序、より快適などの方向に進んでいくものだが、

韓国の現状を見ると、以前に比して退化しているのではないかと思う。

哲学にしろ、道徳にしろ、日常の常識やマナーなんども自然と進んでいく。

李氏朝鮮は、それまでの過去の時代より退化している。

今の韓国が、まるで同じような感じだ。

普通とは違う現象だ。


今日は暖かい。

年月が経てば、衰えていく。

運動能力は落ちる。

人生とはなんだ、と考える時期はとうの昔に過ぎた。

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もういいです

2017年01月22日 | Weblog

1月になって、初めて自分が自由にできる日曜日。

のんびりしたい。

 

韓国との関係がおかしい。

テレビのニュースだけでは、面白いとは言ってられないが、ネットをみればバカみたいな話になっている。

話し合いはおろか、条約や約束事まで成立しない隣国だから、駄々っ子とかわりないだろう。

いくら面白くても、おかしくても、

もうこれ以上は、韓国人や在日による犯罪や、税金をかすめ取られることのないよう、してもらいたいと思う。

このままでは、なんの保護もない一般国民だけがバカを見るのは勘弁してほしい。

もういいよって、素直に思う。

 

アパホテルの話も面白い。

歴史修正主義者とか、いう前に、20万しかいないのにどうして30万殺害できるか、一月後に25万になるのか、

そこをしっかり説明しなくちゃいけないだろうに。

なんというか、一般商売人はお客が共産主義だろうが、右翼だろうが、自分の主義主張と真反対だろうが、

とにかくお金を落としてくれるのは歓迎だろうから、本来なら、政治色などはお店には持ち込まないだろうと、想像するが、

アパホテルって、素直に凄いなあって、感じてしまう。

 

テレビに出て、左翼的な主張をするコメンテーターって、ホントにそう考えているのか、本音を聞きたいと思う。

韓国の話題になるとよく出演している、日本語尾の達者な金なんとかさんという女性コメンテーター。

自分でも何を主張しているのか理解しているのか、聞いているほう何を言っているのかよくわからない。

この方なら、おそらく日本人が主張する歴史をよく知っているだろうから、

「むなしくないですか?」

そう訊いてみたい。

もういいです、腹いっぱいです。

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本年もよろしくお願い申し上げます

2017年01月14日 | Weblog

2日から、友人知人に不幸があって、ちょっと元気もなかったのですが、

今年初めてPCに向かうことができました。

本年もよろしくお願い申し上げます。


あわただしい新年となりましたが、感謝して日々生活をおくるのが、やはり大切だなと思います。

国際情勢、というか、お隣の国も混沌としていて舌戦を繰り広げています。


NHKで、どこのお寺かわかりませんが、仏像の年代が、江戸時代と言われていたのが、研究の結果、1000年ほど前の朝鮮半島だろうと、変わったと放送があったということです。

金属の含有割合などを調べると、どうも1000年ほど前だという。

1000年も前の朝鮮半島は、かなり文明や技術が進んでいたと思われる。

その後、この技術は後代に伝えられることなく、李氏朝鮮時代には、1000年前より退化ししてしまうことになるが、

文明や文化が退化するというのは、かなりおかしな現象だろう。


次代に繋げるとか、伝えていくというのは、やはり大事なことで、

文化になるには長い年月がかかる。

よき習慣になる、素晴らしい伝統になるのも同じで、ながい期間が必要だ。

一つの文化が失われるのは、現象だけではなく、その文化とともに育んだ心や精神まで失うことになる。


こうしてまた、駄文を連ねることができて、よかったと思う。

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どちらさまも

2016年12月31日 | Weblog

よきお年をお迎えください。

今年もありがとうございました。

 

この前、面白いことを聞いた。

「朝」という感じは、10月10日と書く。

とつきとおか、つまり妊娠期間を指す。

朝を迎えれば、昨日の自分とは違って新しく生まれ変わるから、また新たな気持ちで、生きようということだ。

これが事実かどうかは知らないが、なかなか言いえて妙な感じだ。


どなたが読んでくださるのか、わかりませんが、今年もありがとうございました。

来年もよろしくお願い申し上げます。

どちらさまもよきお年をお迎えください。

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はねかえり

2016年12月18日 | Weblog

昨日、駅に着いたとたん、特急電車との人身事故が発生した。

ホームには、すでに多くの乗客が係員に指示されて行動していた。

タンカが運ばれ、十数人でブルーシートで覆い、人目から遠ざけている。

この駅は、東京でも事故率の高い駅だ。

不幸などは長続きしない。

イヤなことだって永遠に続かない。

 

 

時間の経過は早い。

あっという間に過ぎる。

やり残したこと、なんていうほど真剣に生きてきたわけではないが、後悔は人並み感じている。

あんなことしなきゃよかった、逆にやっておけばよかった、あの時謝罪しとけばよかった、など様々、

このごろ考えることが多くなってきた。

いいことも、悪いことも、これまで、そほど長くは続かなかった印象がある。

 


かつては、つい最近までは、

権威と言えば、マスコミだった。

大学の教授だの、なんとか専門家だの、マスコミの前では吹き飛んでしまう。

そのくらいマスコミの発信力は強烈だった。

それがネットの発達で、マスコミの偏向報道や、報道しない姿勢、あるいはひどいときにはねつ造まで、ネットで知り得る社会になった。

もう簡単には、マスコミに扇動されることはないだろう。

 

教育を受けた人間の欠点は、活字を信じやすい、というか疑わない傾向がある。

雑誌なり、本なり、とにかく活字になっていれば、そこに書いてあることを受け入れる。

左翼系の歴史学者が書いた本が、昔、本屋さんにたくさん並んでいた。

左翼系なのか、なんのかそんなことは分からなかったが、

高校時代、教科書を使わずに、左翼系の書いた本をもとに、日本史を教えてくれた東大出身の先生がいた。

知らないうちに随分と影響を受けただろうと思う。


マッカーサーは、公に、日本は侵略ではなく、自衛のための戦争だったと主張していることなど、

高校時代は知らなかった。

しかるに、侵略戦争だと、言い張る学者や識者や政治家がいる。

大戦が「歴史」になったのか、どうなのかは知らないが、

あと何年経過すれば、歴史的な評価、判断がつくだろうか。


高校時代、だから、もう40年以上も前だが、

ガソリンはあと40年か50年で底をつくと言われていた。

すでにその時間は経過したが、一向に油はなくならない。


カジノ法案で、依存症を言う政治家がいるが、なんにしても、依存症は一定数いるだろう。

避けがたい事実。

お酒への依存、あれほど喫煙の害を発信しても、まだまだあちこちに吸い殻が落ちている。

パチンコも同じ。

昔、パチンコにプリペイドカードが導入されたとき、そのカードで殺されたと、トイレで自殺したパチンカーがニュースになった。


依存症は、本人も、家族も周囲も、エライ迷惑を被るが、

韓国のように日本を憎悪、貶める、見下す内容と、自分たちの優秀性を教え込む教育の弊害は、

自分は苦しまないが、日本がエライ迷惑を被っている。

これは、しかし、まだ日本だけが迷惑を被るだけだが、

そのうち、韓国自身に跳ね返っていくだろうと思う。


 

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本音

2016年12月11日 | Weblog

昔、アメリカに家族旅行に行った友人がいた。

彼は英語が達者で、ホテルでちょっとしたいざこざがあった。そのとき、彼は、

「あなたは俺を黄色だと、差別しているだろう」

と言ったそうだ。

すると、その一言で、問題は解決したと、自慢して話してくれたことがあった。

実際には差別でもなければなんでもないのだが、差別という言葉を使うと、相手は、かなり嫌がるという。

まあ、これを逆手に取ったわけだが、

自慢話を聞いて、イヤな感じだった。

 

作家の百田さんの発言が、ヘイトスピーチだとかレイシストだとか言われているけど、

それほど大騒ぎするほどのことかなって、思う。

どちらかというと、ヘイトだ、アカウント中止だとか、そんなことを主張する側のほうが、おっかない。

なんというか、普通を異常と受容するその精神感覚にひいてしまう。

おそらく、大方の一般人は、口に出さないだけで、そう思うだろう。

 


集団強姦罪を犯した連中の名前を警察が発表しないなら、推測するしかないだろうと思う。

推測も、民族だとか、〇〇人だとか、特定しているわけではない。

テレビだったか、忘れてしまったが、

殺人現場を検分すると、犯人像は、日本人なのか外国人なのか、ある程度わかるという。

これは結局経験から割り出されるものだろう。

警察が発表しないのは、いくつか理由があるだろうが、そのいくつかのうちの一つを推測したに過ぎないのではないかと思うが。

 

 

大げさに取り上げて、人類愛に満ちた発言をするのは、

実は、人間を普通にやってきていれば、そっちのほうがはるかに信用できないのは、経験的に知ってしまっている。

世の中にいっぱいある詐欺行為、政治家の言葉、学識豊かな大学の教授、優しそうな口調のコメンテーター、もう、お腹いっぱいで、ゲップの出る言葉などは、

口に出さないだけで、信用はされないだろう。

一般人は、賢いのだ。


 

詰まれば、差別だのヘイトだのと騒ぐのは、すでに一つの手段になっている。


昔、ロスに駐在した友人から聞いた話だが、結局議論は成立しないから、

あなた方がそこに居るのは、自由だが、どうかこちら側の世界には入ってこないでください、

これが、本音だろう。

 

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一言で

2016年12月03日 | Weblog

国連まで行って、日本を貶めることに躍起になっている人々がいるという。

日本を困らせることに人生をかけている人々がいる。

最近は、動画にいろいろアップされ、このような人々を批判している、というか、指摘しているものがたくさんある。

                                                                                                                                                                                                  

国会の質疑をみていると、質問者の言葉や言い方が、少々気になる。

敬語を使うべきだと思うが、時に、総理や大臣を揶揄したり、バカにしたり、している。

国会の場だからそうなのか、わからないが、

どこかのパーティーか、なにかで、たとえば総理と会って、立ち話などをしたとき、

同じような口の利き方をするだろうか、とふと疑問に思った。

 

温暖化に対して、トランプさんは疑問をていしている。

どうも、これは結論はでていなくて、専門家の間でも、意見が分かれるという。

なのに、温暖化は事実として報道され、そのように世界が動いているような印象を持たせる。

これによって、誰かがうんと得するんだろうか。


教育費を国が負担するってことは、国民にはありがたいことだ。

スエーデンが、そうだという。

スエーデンに駐在していた友人が、教育費がタダなら、それを求めて外国人がたくさん来たと、聞いた。

そのため、結局、異人種との問題が発生している。

そりゃあそうだなと思う。それまでいやというほど税金を払ってきて、それでやっと掴んだ政策を、

昨日今日来た外国人も同じだとなれば、文句の一つもいいたくなるだろう。


こんな動画があった。

ひき逃げをし、逃避し、それで在留期限が切れ、強制送還というのは当然のことのように思うが、

どこかの裁判で、これと同じ状況でも、強制送還によって家族と離散するのは気の毒だ、みたいな判決で、

結局強制送還を免れた外国人がいる。

加害者より被害者に手厚くしてほしいと思うが、裁判や弁護士先生の加害者好きには、困ったものだと思う。

 

 

外国人には、日本のいいところや、わるいところ、いろいろあるだろうが、

総じて観光しやすい、あるいは生活しやすい環境だろうと思う。

昔の、ペルーでの生活は、困ることが多かったが、

友人に恵まれれば、けっこう生活はしやすかった。

行政手続きは、どれだけ友人知人をしっているかが勝負で、知り合いがいないと、一向に手続きは進まない。

賄賂が一般的で、賄賂でたいていのことは、問題なく済む。

車の免許取得、交通違反、入国審査など、すべてにわたる。

笑ってしまうくらいだが、生活の知恵だろうか。

結構気に入っている。

 

昔のペルーでの出来事。

アラン ガルシア政権の時、友人が10年前の交通事故で、ある日突然警察が訪ねてきたという。

どうせ小遣い稼ぎだろうと思っていたが、署まで連れていかれ、奥さんが飛んできた。

すぐ、友人に電話すると、

友人は、大統領官邸に電話をかけ、

10年前に解決している事故を説明し、何とかならないかを相談すると、あっという間に釈放された。

一言で済んだ。

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待つのがいい

2016年11月26日 | Weblog

トランプさんが当選して残念なことが一つある。

ヒラリーさんは、UFO情報を、当選の暁にはすべて発表すると公約していた。

トランプさんでは、それはないだろうと思う。

これを期待した人も多かっただろうと思う。

 

ネットが発達する以前は、マスコミから流れてくる情報だけで、それを素直に信じたものだが、

現在は、ネットのお陰で、マスコミ情報だけがすべてではなくなった。

ありがたい社会になっている。


動画で、韓国100人のデモがうらやましい、なぜならそれが最高の民主主義だし、

日本では、総理のやり方が気に食わなくても、デモすらおきないから、と意見を言った知識人がいたという。

以前なら、こんなバカげた意見でもマスコミに載れば、それなりの信ぴょう性があったものだ。

今は、へ馬鹿にされるほうが大半だろうと思う。


文明や精神文化は進化するものだと思っていたが、どうもそうではないようだ。

進化するのは、すくなくとも、以前より住みやすく、安心安全に暮らせるって、ことだろう。

ところが、先進国と言われる国はごく僅かで、圧倒的に少ない。

同じように歴史を経ているのに、この少なさはなんだろうと思う。

目にする範囲は進化を実感できるが、精神の進化は実感できない。


一度書いたことがあると思うが、

穴の開いたジーンをはいている若者がいる。

あれを着こなすのは、身体のプレゼンテーションがものをいう。

ペルーでも流行しているが、

あれを白人が身につければ、ファッションだと思うが、ペルー人がはいたら、貧しくて、家もない人だと思われ、

そばには近づけない、そんなことを聞いたことがある。

なるほどと思う。

これは退化ファッションだろう。


正確には覚えていないが、

咲き乱れる朝顔を切り落として、一つだけ残す。

それを愛でながら、お茶を飲む。

これに侘び、寂びを感じるというもので、理解に苦しむ内容だったが、そんなことをしなくても、自然に枯れるし、自然に落ちるだろう。それまで待っていればいいだけの話だと思う。

 

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困難だががんばるか

2016年11月20日 | Weblog

このごろバイトが忙しくて、ブログもなかなか更新できないが、

脳みその退化を少しでも遅らせるように、頑張ろうと思う。

素人が書き続けるなんて、困難だがなんとかなるだろう。

 

稗田阿礼は暗唱していたというが、稗田阿礼に教えていたのは誰だったのか、と思う。

誰かが同じように記憶していたのだろうか。

昔のものは、次代に繋げるって、大切なことなんだなと思うが、

これって、伝えようって意思というか、価値というか、なにかなければ、伝えようがないだろうと思う。

この意味で、当時の列島人って、かなり思考能力が高ったと推測できる。


トランプ次期大統領のニュースが大量に流れてくる。

選挙運動中は、激しいことを発言していたが、サロンの話題というか、陰に隠れてこっそり会話する内容をそのまま大声で話したんだと思う。

普通に自分たちの習慣、ルール、流儀で生活をおくっている中に、

まるで違う習慣や文化で生活する人々が入ってい来れば、そうりゃあ文句も言いたくなるだろうと思う。


以前、ロスに住んでいた友人がこんなこと言っていた。

仕事は、事務職だったが、少々大きな建物で、集会ができるほどだったので、近所の人たちが、パーティーで使いたいというので、

気軽に貸していたそうだ。

白人系というか、典型的なアメリカ人の場合は、使用後、取り立てて文句を言うほどでもないが、

中南米出身者に貸すと、便所から壁から、なんでこんなところが汚れるんだというほど汚くなっているという。

結局、日常の些細な出来事で、イメージや先入観が形成されるわけだから、同じような感覚をもっているアメリカ人は多いだろうと想像できる。

ところが、現代社会では、こんなこというとすぐ差別だの卑下だのと騒がれるので、

黙っているが、どうかこっちの世界には来ないでくれって、感じなのだろうと思う。

一定数を超えると、そうも言ってられないって、ことだろうか。


この感覚は、日本も、お隣の国民に対するものとまるで同じではないかと思う。


精神、心の進化はなかなか進まないが、今日、世界から高い評価をされる日本の習慣、文化、社会生活のルールなどは、

稗田阿礼からの次代に繋げようという環境や思考が、たぶん、あったんだろうと思う。

 

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大切なもの

2016年11月13日 | Weblog

積み重ねが大切なことは、経験的によく理解できる。

次代に繋げることの価値観が共有できないと、文明や文化、あるいは精神は発展しないだろう。

驚くことの一つに、古事記がある。

古事記の内容は、稗田阿礼が暗記していたというが、これが次代に繋げるための手段だろうと思う。

どうでもいいことなら、忘却の彼方だろう。

歴史でも、なにかの技術でも、なんでも、太古の日本人は積み重ねをしてきたのだろう。

積み重ねの大切さ、あるいはそれを共有する社会のありかた、など環境の整備があったことが推測できる。

そのおかげで、現代日本には、伝統、文化、習慣、目に見えない精神構造まで、伝えられているだろうと思う。

これは、考えてみれば、得難い宝物だろう。

 

インカ帝国は、文字を持たなかったという。

キープと呼ばれる紐を縛って、ある種の意味を伝えていたというが、現代に至るも解読はされていないし、

残されてるキープの現物も少ないらしい。

キープに保存できる量は少ないだろうと、想像はできるが、それがインカ帝国の限界だったかもしれない。

インカ帝国の、その前の遺跡からも、武器の遺物は出てこない、というか極端に少ないという。

それだけ争いごとが少なかったことが想像できる。

おそらく、インカ帝国は、社会自体は、かなり幸せな、平和的な環境だったろう。

遺跡からは、卓越した染色技術をもっていたことがわかる衣服や土器がでてくる。

博物館を巡れば、今でもその色鮮やかな衣服や土器を見ることができる。

これを千年も以上も伝えるのは、それなりの社会構造や、価値観があったと思われる。

 

アフリカやアマゾンには昔から変わらぬ生活をしている民族が存在する。

食物の取り方は、動物とさほど変わらず、何代経過しても同じだ。

いわば、自然の摂理とともに生きていることになる。

電化製品にあふれた人間には、もう戻れない社会だが、人間の本質を問えば、いいとか、わるいとか、善悪だとかは、

まるで言えない。


先進国の定義は知らないけれど、

電化製品に囲まれた社会なのか、水道をひねれば温水が出てくることなのか、民主主義社会なのか、自由な社会なのか、

理屈を言えば、わからない。

先進国の要素をあげてみれば、限りない。

先進国の国際会議があるが、それに参加するのは、ごくわずかだろう。


残念ながら、人間は、便利な生活や、それなりの裁判制度がある社会、公共のルールがある程度存在する社会から、

不便な生活、裁判のない社会、あってもお金でどうにでも判決が変わる裁判、治安不安、そんな社会には、戻れない。

ところが、

便利な生活ができる、安心な社会を構築するには、一朝一夕には、できない。

日本では2000年も必要だった。

これを大事にしないで、なにを大事にする価値があるんだろうかと思う。

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