虚空を観じて

今感じたことを書くことは、年取った脳みそにいいんじゃないかと考えて認めています。日常の風景から、過去の記憶まで。

蚕食

2017年03月18日 | Weblog

頭脳明晰でも、考え方におかしさを感じてしまうことがある。

東大の立派な先生が言うと、無条件になるほどと思いがちだが、

それもなくなった。

学者でも、テレビに出るコメンテーターでも、時にバカなこと言っているなあ、と思うことがたびたびある。

日常でも、人柄に左右される。

自分が気に入った人柄の人に、好感を抱く。

話をする、付き合いをする、結局は、そういった人々になる。

 

北朝鮮やチャイナの軍事的な脅しは脅威だ。

戦争放棄でも、とばっちりを喰らうのは勘弁してほしい。

国会での質疑は、なんか、どうでもいいことだけにこだわっている。

思い込みも時には大事だが、大所高所から日本をみてほしいな、と思う。


民主党政権時の、あの大災害。

ヒドイ対応だったと思う。


教育勅語のどこがいけないのか、と主張する識者もいれば、批判するコメンテーターもいる。

意見を聞いていても、批判の意見は、どこか間抜けな感じするし、僻んでいるように聞こえる。


外国から多くの労働者が日本に来たり、難民が来たり、あるいは観光客が訪れたり、

にぎやかだが、

一つの村なり、町なりが、特定の民族のほうが多くなったら、ややこしくなる。

欧米ですでに証明されている。

同じ間違いを日本が繰り返すのは、愚かだろう。

 

ペルーを征服したのはスペイン人だ。

スペイン人たちは、多くの子孫をインディオとの間に残した。

つまり混血だが、その混血が現代のペルーを代表する人々になっている。

侵略とかいうが、これがホントの征服だろうと思う。


普通に考えても、例えば、

A国人がB国に移住して、B国で一つのコミュニティーを作り、あるいは一つの村や町を形成し、

そこで、母国A国のために「なにか」運動されたら、B国には鬱陶しいだろう。

蚕食のようにじわじわ食い荒らされていく。

これがヨーロッパで問題になっている事態だろう。


日本で在日朝鮮人、韓国人が、やれ人権だ、差別だのと叫んでいるのは、

鬱陶しい。


民族が異なれば、習慣も文化も、ものの考え方も違う。

違えば、不必要な争いになる。

争いは、時に大きくなり、憎悪と暴力を生む。

食事に、ナイフを使うか、箸をつかうか、こんな程度の違いなら問題ないが。

何も好き好んで、自分たちの都合だけで、こんな状況を呼び込むこともないのに、と素朴に思う。

どだい違う文化、習慣を「尊敬」するなんてことはできないし、

ましてやすぐ隣に住んでいる異文化を尊重するなんてことは、できないだろう。

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ニオイ

2017年03月11日 | Weblog

ペルーにいたとき、熱心なクリスチャンがいた。

彼に、生きる上で何が一番大切か、と聞いてみた。

「神の愛です」

と当然のごとく答えた。

ペルーに行く前、注意されたのは、「政治の話と宗教の話」はしてはいけない、ということだった。

なるほどと、思う。

話し合いだとか、議論だとか、それが成立しないからだ。さらに、後味の悪さだけが残るし、下手すれば恨まれてしまうし、

変人扱いされてしまう。

 

しかし、よく考えてみれば、なにも宗教や政治だけの話でもなく、同じ日本人でも、話し合いなどできない人が周囲には存在する。

相手を論破しようとか、なんとか説得しようとか、そんなことは無理なことで、

声の小さいほうが、適当なところで「そうですね」で終わりになる。

よく、「聞く耳」がなければ、何を言っても無駄というが、全くその通りで、自分に置き換えてみればよく分かる。

 

それぞれの家庭には、なにか特有のにおいがある。

日々の習慣がもたらすニオイなのだろう。

ニオイが違えば、そりゃあ、毎日の生活の考え方もやり方も、異なるだろうと想像がつく。

違う者同士が、分かり合える、もっといえば、「許す」ことができるのは、困難なことだろう。

 

都市でもにおいが違う。

東京はどぶ臭いと感じる場所が時々ある。

 

お隣韓国の大統領の弾劾がきまった。

別段、日本が悩むことでもないだろうと思う。

話し合いなど、はなから成立しないのだから、お互いがどこに妥協点を見つけて、物事の約束をするか、

これが外交で、連続性が前提となっている。

 

ニオイは、鼻から上がいい。

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妄想妄想また妄想

2017年03月04日 | Weblog

今日は穏やかな一日だった。

このように、日本も世界も穏やかならいいものを、と思う。

 

北朝鮮のあの珍しいヘアースタイルの人、それにしても随分肥えている。

大食漢なのか、病気なのか、ストレスなのか、なんだかわからないが、残酷な性格なんだろうか。

著名な作家が、南京大虐殺はあった、と主張しているというが、

単なる有無じゃなく、根拠を明確にしてくれなければ、意味がないだろう。

小説の世界ではないのだから。

 

動画を見ていると、偏向報道を指摘するものがある。

TBSはよく取り上げられている。

ホントかなと思うが、ちゃんと事実関係を示しているので、間違いはないだろう。

報道しているアナウンサーやコメンテーターのなかには、意に反してしゃべていいる人もいるだろう。

 

それにしても、ネットの威力というか、お陰というか、ちゃんと調べて情報を発信してくれるから、報道のとらえ方もいままでとはまるで違う。

ありがたい。

ある動画で、今の政権の韓国に対する「偏見」を棄てなければならないと、有名な識者が発信しているのを見た。

どの部分が偏見なのか明らかにはなっていないが、具体的にどの部分が偏見なのか言及してくれないと、素人には分からない。

素人には反論はできなくとも、

現代は、識者というだけで、学者というだけで、大学教授というだけで、あるいは専門家というだけで、

簡単には信じてはくれない環境になっている。

よく韓国の政府筋が、日本の政権がなにか気に入らないことを発言すると、すぐ「妄言」というのに似ている。

どの部分が妄言なのか、指摘しなければならない。

 

沖縄の新聞に、亡くなった方の欄があるかどうか知らない。

ペルーには、「ペルー新報」という日系の新聞がある。

まだ存在するかどうかわからないけれど、一枚だけで、スペイン語の部分や日系社会の出来事、日本の新聞からの転載であった。

なぜ新聞をとるのか訊ねたところ、この亡くなった方の欄が気になるから、という答えだった。

 

どこか都合のいい部分を取り上げて、それを膨らませて、日本憎悪教育、民族優越教育を行っている韓国は、

もう何十年にもなるだろう。

他国のことだから、どうでもいいが、こんな教育で成長すれば、どうなるか既に結果が出ているし、証明もされている。

根拠なき憎悪や優越は、妄想を生む。妄想はさらに妄想をもたらす。

妄想は、いつしか大海のごとく大きくなって、制御不能になる。

結局は、自らの思考が自らを苦しめることになる。

と、普通は考えるが、どうも隣国の人々は違うようだ。

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恐怖の国

2017年02月25日 | Weblog

失いたくない文化や習慣、国民性がある。

男系で継承されている天皇も同じで、大切な伝統だろうと思う。

現代的な考え方を当てはめるには、慎重になるべきだと思う。

 

文明や文化、よき習慣や味わい深い伝統などは、積み重ねの上に成立するもので、長い時間がかかる。


文明は少し概念が違うが、これらに共通した条件は「時間の経過」で、その長さによる。

人々に受け入れられないものは廃れ、いいものだけが次代に伝えられていく。

最初は、誰かがはじめてのだろうか、それが流行になるのだろう。これまでに生まれた流行は数知れず、今日まで生き残って、文化になり、伝統になり、習慣になる。

ミニスカートが、高校生のころに流行した。

もう、半世紀も前の出来事で、お菓子のポッキーのような足に、短いスカートをはいたツイギーが有名だった。

これは廃れることなく、今日までしぶとく残っている。

短いスカートは、習慣の範疇に入るだろうと思う。

 

北朝鮮による日本人拉致事件は、憲法9条が、一つの原因だろうと指摘する識者がいる。

一方、そんなことはないと否定する識者、議員もいる。

素人はどちらだろうかなと思うが、

何をしても、日本は外国に武力を行使できないとなれば、「安心」して、なんでもやるだろうと想像する。

憲法9条は拉致の原因ではないとする意見の理由を聞きたいが、それを述べている人がいない。


それにしても、同胞を次々殺害するって、恐ろしい国が存在する。

またこれを擁護する考えの人もいるってのが、さらに恐ろしいと思う。

恐怖の国、北朝鮮。

ほんの少し前、この国を賛美したマスコミがあった。

 

 

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禍根を残す

2017年02月22日 | Weblog

沖縄の新聞二紙は、かなりヒドイということを動画知ったが、

沖縄の人々は、これまでも、これからもそれを読むんだろうか。

新聞とは名ばかりで、どこかセクトの機関紙のようだ、という。

新聞は、読まなくとも、別に困らないが、単に一種、習慣なのだろうと思うが、

沖縄県人はどう思っているんだろうか。

 

韓国の反日憎悪教育、韓民族優越教育のヒドサは、動画でもかなり指摘されているが、

これを何十年も続けていれば、狂ってしまうのも無理からぬことで、日本との冷静な話し合いなど成立しない。

朴大統領が、韓国5000年歴史の優越性や、1000年変わらない憎悪発言は、これをよく表している。

そこには羞恥心などかけらもない。

一種の拷問が韓国では行われている、そう思う。

 

ペルーに日本人が移住したのはもう100年以上も前で、過酷な苦労をしたという。

ブラジルより10年も早い。

ペルー人から、日本人の評価を聞くと、正直、勤勉、まじめ、よく働く、信用できる、などをあげる。

何万人もいれば犯罪者だっているだろうに、そう評価を受けるまでは、それなりの積み重ねが要る。

ペルーは大部分がカトリックで日曜日には休む。お店をしない。

ところが、カトリックとはいえ、日本人は休まない。休まなければ、周囲の人には便利だ。

政情が安定していれば、それでも、いいが、ペルー人の店からは非難を受ける。

もちろん、このごろは全く違って、日曜日でもどこでもお店はやっているが、当時は、まだ牛肉は月の半分しか販売してはいけない貧しい国の時代だった。

 

ペルーは、貧富の差が激しい。公務員は給料が安い。

先生、警察官、労働者がストをうつ。デモを行う。

デモになれば、大衆は店を襲う。

襲う相手は日系の店が多かったという。

この頃はないが、それでも、ストでは、かなり暴力的だ。

つい最近の反トランプ大統領デモでも店を破壊している。

現代の、先進国アメリカでも、デモ隊は、まるで関係のない店を破壊する。

 

現代でも、日本人に対する評価は変わっていないが、一つ条件が付いている。

仲良くしているペルー人いる。

日本にも来ている。大きな畑をもっている。今は引退しているが、先日訪問した時、自家製のワインをいただいた。

彼に、同じ質問をした。

「日本人は、本当に正直、勤勉、嘘をつかない」

などと、歯の浮くようなことを言ったが、

「ただし、日本から日本人だ」

そう言った。

 

放置は将来に禍根を残す。

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頭と経験は違うよ

2017年02月18日 | Weblog

死刑制度に賛成とか、反対とか、自分の身に起こらなければ、なんとも言えないが、

それぞれの状況に差がありすぎて、かなり難しい。

 

あいつ嫌いだから、自分の地位を脅かすとか、おかしなことを主張しているとか、利用価値がなくなったとか、

こんな理由でやっちまえ、なんていう国が存在するのは、

なんとかならないかと思う。

 

金正男が暗殺されたらしい。

報道では、詳細は不明だが、ご本人は殺されると思っていたというから、注意はしていたのだろうが、

そうそう四六時中緊張ばかりはしていられない。

いつかは隙は生まれる。

どこの誰がどんな理由で、いまどき暗殺だなんて、と思う。

 

昔、ペルーで生活していたころ、強盗にあった。

両替所、米ドルを現地通貨にかえるところだが、同じ場所をつかっていた。

一度におおくはかえない。

200ドル程度だ。

両替所は、かなり頑丈にできていて、日本のパチンコ屋の隣あるあんな大きな窓などはない。

確認して出ようとすると、他の客が入ってきた。

ピストルをもっている。

おかしなもので、ピストルとはわかっているが、自分が狙われたなどとは思わず、そのまま帰ろうとすると、

無言で押し返され、そのときはじめて、ああ、こいつら強盗だなと理解した。

それだけ、状況判断がボケボケだったと、思い知らされた。

頭で理解することと、実際に分かることとでは、天地の開き、まるで異なる事象だと、あらためて思った。

そうなれば、相手の顔を見ず、壁に向かって両手をあげて、好きにさせる。

お金より、車をとられることを心配したが、幸い、というか、車を奪うことはしなかった。


当時のペルーは、ドロボー天国で、警察はドロボーと組んでその上前を撥ねる。

それだけ治安が悪かったし、貧富の差や、経済状況がヒドイ状態だった。

抵抗しなければ、殺されることはなかったし、暴力を受けることもなかった。

まず、殺してからゆっくり奪うやりかたは、いってみればアメリカ型で、残酷だが、

ペルーの強盗は、当時はまだ情けというか、おとなしかった。


戦後の復興は、奇跡だろうと思う。

太古の昔から積み上げてきた日本の伝統や文化、精神性は、自分たちが思ってる以上に、

外国の人々には驚異だろうと思う。

安心安全もその一つで、

安心安全は、だれもが望むものだと思うが、現代では、そうではない人々もいる。

ひたすら日本が混乱、困る、苦しむことを目的としていると、考えざるを得ない政党がある。

気が付いたときに、手遅れ。

そうならないように、できることをしなくちゃと思う。

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桜が咲いている

2017年02月15日 | Weblog

仕事しているマンションのごみ置き場の前にある桜が咲いている。

満開だ。

観光客が眺めて、写真に撮っている。

いい光景だ。

 

この頃の左翼知識人やコメンテーター、民進党の発言や行動には首をかしげる。

以前は、好感のもてる主張もあったと思うが、最近は、論理すら言わなくなった。

実態が白日化してきたのか、余裕がなくなってきたのか、あるいは国民がおいそれと、簡単には信じてくれなくなったのか、

焦っているような印象がある。

あるいは在日の反日、というか日本を批判する主張には、気の毒させ覚える。

思想の柔軟性は、言葉では大事だが、それまでの言動を考慮すれば、おいそれと

「はい、いままでの思想を棄てました」

などとは簡単には言えないだろう、とは思う。

ニュース女子の問題は、騒がなければ、それで終わったものを、わざわざ自分たちの恥部というか、負の部分を知らしめているような気がする。

 

日本の左翼思想家は、どういった国家を理想としているのだろうか。

共産党は、未来の絵を描いて示してくれないから、全く不明だし、

民進党だって、何をどうするって具体案を言わないし、国会質問はどうでもいいことだけに終始している。

共産党は、マルクス主義を棄てたのか、明言していない。


大学の教授、というだけでその主張には一種の権威や正確さを信じたものだが、

もうそれすらなくなった。

頭の中では知ってはいたが、

勉学と人間性、知識の量と、知識はなくとも知恵との違い、それらを、実感のレベルで感じてしまう。

 

観光客であっても、自分が毎日生活する範囲に、電車で大声出したり、前を歩いている人がタンを無造作に吐いたり、

たまたま行ったレストランで、難癖をつけたり、同じ生活区域でゴミの出し方を守らなかったり、

そんな人がいたら、憂鬱になる。

昔、ロスに駐在していた友人がいたが、彼によると、

普通のアメリカ人は、ルールを守らない移民に対して、

「そこに住んでも、何も言わないが、どうか我々の生活範囲には入ってこないでくれ」

こんな感じで眺めている、と聞いたことがある。

つまり、生活習慣が異なり、「鬱陶しい」ことこの上ないが、無言の抵抗というか、何か言えば、やたら差別だと叫ばれることに辟易していたという。

移民や不法滞在が一つの地域でどの程度を占めれば、彼らの言い分が力となり、鬱陶しくなるのか、その割合が分からないが、

知っている人は、よくわかっているだろうと思う。


昔の日本人は糞尿の売買をしていたという。

それで、街中が汚染されることはなかったという。

肥やしにするって知恵だが、日々の生活の中で、情緒を無意識に求める日本人の精神文化でもあったろうと思う。

世の中には、先進国であっても、ほんの少し以前の時代であっても、糞尿を街中に捨てていた国もあったという。

イギリスやフランスでもそうだと聞いた。

朝鮮半島の街中の糞尿まみれの話は、動画で知った。

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情緒

2017年02月11日 | Weblog

食べ物の好みは、それぞれ。

このラーメンはうまいと感じる人、いやあっちのほうが好きだという人だっている。

うまいことを説明しようがない。

カレーはどのように盛り付けても、情緒がない。

素人でも、一流ホテルでもたいした違いがない。

情緒について深く考察した本があるかもしれないが、

日本人の情緒って、意外と世界には役に立つかもしれない。

 

日本人は、おおかた、すべてとは言わないが、清潔な場所を好む。

道路にゴミは少ないほうがいいし、食べ物は衛生管理が行き届いたものを欲する。

他人に不快感を与えるより、好感を持たれるほうがいいと考えている人が多いだろう。

お店の店員さんは、不愛想より丁寧なほうがお客だっていいだろうし、

お客だからと横柄な態度はまずいだろうと、おおくの日本人が思ってるだろう。

こういったことは、世界共通で、当たり前だと思いがちだが、どうも違うような気がする。

 

外交は、難しい。

人類みな兄弟、って本当なら、もともと国内で争いなど起こらないだろうし、

人権を大切にする社会なら、母国を棄てることもないだろうし、

つまるところ、他国の政情不安を、別の国が引き受けるという単純な図式になる。


人権意識を高め、貧富に格差をなくし、文明を積み上げてよりよい社会を築き上げていく、これができれば、問題などは発生しても国内で処理できるだろうに、

世界はそうはならない。

それができている国は、少数だろう。

世界の金持ち8人の財産は、36億人に匹敵するという報道がされたが、資本主義社会では当然の結果なのか、あるいは歪みなのか、わからないが、

それで、人権が大事だとか、争いはいけないだとか、難民は受け入れないだとか、それは通らない理屈のように思える。

 

執拗に追いかける、執拗にこだわるってことは、時に、大切な精神だと思うが、

日本にある水に流す精神も、時に大事なような気がする。

これのお陰でどれだけ人生が豊かになるか、

知らないことは、一種の不幸だろう。

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市場原理

2017年02月05日 | Weblog

絵画を描いているブログを時々訪れる。

この方の絵画は、なにかこっちに迫ってくるので、面白いというか、奇妙な感覚になる。

有名ではないだろうと思う。

絵画は、結局市場原理というか、なにか権威のようなものが作者にないと、世に出ることはないだろう。

多くは、だれか売る人がいて、初めて成立するんだろう。

ド素人の僕では何も価値はないが、

この方の作品のように、世の中には、とんでもない芸術作品が埋もれているんだろうなと思う。

 

芸術って、人の心に伝わってくるのが早い。

言葉は、通じないことが多いが、芸術は何かしらこっちに向かってくる。

これは、しかし、見る側も精神や心を開いているからだろうと思う。

これが言葉だと、一方通行が多い。つまり、言葉は役に立っていないことになる。

 

在日韓国人や朝鮮人は、日本に長い間生活しながら、一部なのか大部分なのかわからないけれど、

その主張では、事態はよくならないと思うことが多い。

あの大学の先生の話でも、何を言っているのか、いいたいのかわからないことがあるが、

それでは、無駄な議論だし、主張だけして、それで終わりになる。

今までは、それでも通じたし、日本も応じている。

お金だってたくさん出しているし、謝罪だってしている。

今はもう今までのやり方では、通じないだろうと思う。

河野談話の河野さんだとか、蓮舫さんだとか、昔の舛添さんだとかが政権をとっていれば、

何を要求しても通るだろうが、

今は無理筋だろう。

 

芸術は双方が、作者と鑑賞者が、心を開いているから、通じるのだろう。

誤解はあっても、そこには悪意は存在しない。

鑑賞者が、頓珍漢な解釈をすることだって、分不相応な理解をすることだってあるだろうが、

それが問題になることはないだろう。

 

民進党って、存在感がまるでない。

頭脳明晰な議員がたくさんいるだろうに、質問している発想は、つまるところ、嫉妬心に帰結する。

だから、なにをいっても、こっちに響かない。


不思議なのは、それほど多くはないが、なんであんな人が当選してくんだと思う。

実に不思議な現象だ。

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ありがたいお天気

2017年01月28日 | Weblog

この頃、暖かい、というか寒くない。

ありがたいお天気だ。

 

30年以上も前だが、

ペルーのリマに仕事で行ったときは、とにかく臭かった。

ニオイは、オシッコが強烈だった。

当時は大道商人が所狭しと店を並べ、公衆トイレがなかったので、その辺りで用を足すのだろう、とにかく異様だった。

さらに、大道商人たちは、スーパーマーケットがそれぞれの分野に分かれての個人商店なので、食材を油で揚げて売っているお店も結構あった。

その油が、日本のような植物から取り出したものではなく、魚由来だから、とにかくこちらも異様なにおいだった。

そのうえ、ゴミは散乱し、雨が降らいなので、ほこりだらけ。

街並みは、ひどいものだった。

それが、フジモリさん以来、大道商人は整理され、道路に店を並べることはなくなった。

油も、品質のよいものが売り出され、においもなくなった。

さらに、街並みは、専門の清掃員が毎朝きれいにし、最近は、ゴミなどは落ちてはいない。

きれいな街なみだ。


普通は、人類はより清潔、より秩序、より快適などの方向に進んでいくものだが、

韓国の現状を見ると、以前に比して退化しているのではないかと思う。

哲学にしろ、道徳にしろ、日常の常識やマナーなんども自然と進んでいく。

李氏朝鮮は、それまでの過去の時代より退化している。

今の韓国が、まるで同じような感じだ。

普通とは違う現象だ。


今日は暖かい。

年月が経てば、衰えていく。

運動能力は落ちる。

人生とはなんだ、と考える時期はとうの昔に過ぎた。

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もういいです

2017年01月22日 | Weblog

1月になって、初めて自分が自由にできる日曜日。

のんびりしたい。

 

韓国との関係がおかしい。

テレビのニュースだけでは、面白いとは言ってられないが、ネットをみればバカみたいな話になっている。

話し合いはおろか、条約や約束事まで成立しない隣国だから、駄々っ子とかわりないだろう。

いくら面白くても、おかしくても、

もうこれ以上は、韓国人や在日による犯罪や、税金をかすめ取られることのないよう、してもらいたいと思う。

このままでは、なんの保護もない一般国民だけがバカを見るのは勘弁してほしい。

もういいよって、素直に思う。

 

アパホテルの話も面白い。

歴史修正主義者とか、いう前に、20万しかいないのにどうして30万殺害できるか、一月後に25万になるのか、

そこをしっかり説明しなくちゃいけないだろうに。

なんというか、一般商売人はお客が共産主義だろうが、右翼だろうが、自分の主義主張と真反対だろうが、

とにかくお金を落としてくれるのは歓迎だろうから、本来なら、政治色などはお店には持ち込まないだろうと、想像するが、

アパホテルって、素直に凄いなあって、感じてしまう。

 

テレビに出て、左翼的な主張をするコメンテーターって、ホントにそう考えているのか、本音を聞きたいと思う。

韓国の話題になるとよく出演している、日本語尾の達者な金なんとかさんという女性コメンテーター。

自分でも何を主張しているのか理解しているのか、聞いているほう何を言っているのかよくわからない。

この方なら、おそらく日本人が主張する歴史をよく知っているだろうから、

「むなしくないですか?」

そう訊いてみたい。

もういいです、腹いっぱいです。

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本年もよろしくお願い申し上げます

2017年01月14日 | Weblog

2日から、友人知人に不幸があって、ちょっと元気もなかったのですが、

今年初めてPCに向かうことができました。

本年もよろしくお願い申し上げます。


あわただしい新年となりましたが、感謝して日々生活をおくるのが、やはり大切だなと思います。

国際情勢、というか、お隣の国も混沌としていて舌戦を繰り広げています。


NHKで、どこのお寺かわかりませんが、仏像の年代が、江戸時代と言われていたのが、研究の結果、1000年ほど前の朝鮮半島だろうと、変わったと放送があったということです。

金属の含有割合などを調べると、どうも1000年ほど前だという。

1000年も前の朝鮮半島は、かなり文明や技術が進んでいたと思われる。

その後、この技術は後代に伝えられることなく、李氏朝鮮時代には、1000年前より退化ししてしまうことになるが、

文明や文化が退化するというのは、かなりおかしな現象だろう。


次代に繋げるとか、伝えていくというのは、やはり大事なことで、

文化になるには長い年月がかかる。

よき習慣になる、素晴らしい伝統になるのも同じで、ながい期間が必要だ。

一つの文化が失われるのは、現象だけではなく、その文化とともに育んだ心や精神まで失うことになる。


こうしてまた、駄文を連ねることができて、よかったと思う。

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どちらさまも

2016年12月31日 | Weblog

よきお年をお迎えください。

今年もありがとうございました。

 

この前、面白いことを聞いた。

「朝」という感じは、10月10日と書く。

とつきとおか、つまり妊娠期間を指す。

朝を迎えれば、昨日の自分とは違って新しく生まれ変わるから、また新たな気持ちで、生きようということだ。

これが事実かどうかは知らないが、なかなか言いえて妙な感じだ。


どなたが読んでくださるのか、わかりませんが、今年もありがとうございました。

来年もよろしくお願い申し上げます。

どちらさまもよきお年をお迎えください。

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はねかえり

2016年12月18日 | Weblog

昨日、駅に着いたとたん、特急電車との人身事故が発生した。

ホームには、すでに多くの乗客が係員に指示されて行動していた。

タンカが運ばれ、十数人でブルーシートで覆い、人目から遠ざけている。

この駅は、東京でも事故率の高い駅だ。

不幸などは長続きしない。

イヤなことだって永遠に続かない。

 

 

時間の経過は早い。

あっという間に過ぎる。

やり残したこと、なんていうほど真剣に生きてきたわけではないが、後悔は人並み感じている。

あんなことしなきゃよかった、逆にやっておけばよかった、あの時謝罪しとけばよかった、など様々、

このごろ考えることが多くなってきた。

いいことも、悪いことも、これまで、そほど長くは続かなかった印象がある。

 


かつては、つい最近までは、

権威と言えば、マスコミだった。

大学の教授だの、なんとか専門家だの、マスコミの前では吹き飛んでしまう。

そのくらいマスコミの発信力は強烈だった。

それがネットの発達で、マスコミの偏向報道や、報道しない姿勢、あるいはひどいときにはねつ造まで、ネットで知り得る社会になった。

もう簡単には、マスコミに扇動されることはないだろう。

 

教育を受けた人間の欠点は、活字を信じやすい、というか疑わない傾向がある。

雑誌なり、本なり、とにかく活字になっていれば、そこに書いてあることを受け入れる。

左翼系の歴史学者が書いた本が、昔、本屋さんにたくさん並んでいた。

左翼系なのか、なんのかそんなことは分からなかったが、

高校時代、教科書を使わずに、左翼系の書いた本をもとに、日本史を教えてくれた東大出身の先生がいた。

知らないうちに随分と影響を受けただろうと思う。


マッカーサーは、公に、日本は侵略ではなく、自衛のための戦争だったと主張していることなど、

高校時代は知らなかった。

しかるに、侵略戦争だと、言い張る学者や識者や政治家がいる。

大戦が「歴史」になったのか、どうなのかは知らないが、

あと何年経過すれば、歴史的な評価、判断がつくだろうか。


高校時代、だから、もう40年以上も前だが、

ガソリンはあと40年か50年で底をつくと言われていた。

すでにその時間は経過したが、一向に油はなくならない。


カジノ法案で、依存症を言う政治家がいるが、なんにしても、依存症は一定数いるだろう。

避けがたい事実。

お酒への依存、あれほど喫煙の害を発信しても、まだまだあちこちに吸い殻が落ちている。

パチンコも同じ。

昔、パチンコにプリペイドカードが導入されたとき、そのカードで殺されたと、トイレで自殺したパチンカーがニュースになった。


依存症は、本人も、家族も周囲も、エライ迷惑を被るが、

韓国のように日本を憎悪、貶める、見下す内容と、自分たちの優秀性を教え込む教育の弊害は、

自分は苦しまないが、日本がエライ迷惑を被っている。

これは、しかし、まだ日本だけが迷惑を被るだけだが、

そのうち、韓国自身に跳ね返っていくだろうと思う。


 

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本音

2016年12月11日 | Weblog

昔、アメリカに家族旅行に行った友人がいた。

彼は英語が達者で、ホテルでちょっとしたいざこざがあった。そのとき、彼は、

「あなたは俺を黄色だと、差別しているだろう」

と言ったそうだ。

すると、その一言で、問題は解決したと、自慢して話してくれたことがあった。

実際には差別でもなければなんでもないのだが、差別という言葉を使うと、相手は、かなり嫌がるという。

まあ、これを逆手に取ったわけだが、

自慢話を聞いて、イヤな感じだった。

 

作家の百田さんの発言が、ヘイトスピーチだとかレイシストだとか言われているけど、

それほど大騒ぎするほどのことかなって、思う。

どちらかというと、ヘイトだ、アカウント中止だとか、そんなことを主張する側のほうが、おっかない。

なんというか、普通を異常と受容するその精神感覚にひいてしまう。

おそらく、大方の一般人は、口に出さないだけで、そう思うだろう。

 


集団強姦罪を犯した連中の名前を警察が発表しないなら、推測するしかないだろうと思う。

推測も、民族だとか、〇〇人だとか、特定しているわけではない。

テレビだったか、忘れてしまったが、

殺人現場を検分すると、犯人像は、日本人なのか外国人なのか、ある程度わかるという。

これは結局経験から割り出されるものだろう。

警察が発表しないのは、いくつか理由があるだろうが、そのいくつかのうちの一つを推測したに過ぎないのではないかと思うが。

 

 

大げさに取り上げて、人類愛に満ちた発言をするのは、

実は、人間を普通にやってきていれば、そっちのほうがはるかに信用できないのは、経験的に知ってしまっている。

世の中にいっぱいある詐欺行為、政治家の言葉、学識豊かな大学の教授、優しそうな口調のコメンテーター、もう、お腹いっぱいで、ゲップの出る言葉などは、

口に出さないだけで、信用はされないだろう。

一般人は、賢いのだ。


 

詰まれば、差別だのヘイトだのと騒ぐのは、すでに一つの手段になっている。


昔、ロスに駐在した友人から聞いた話だが、結局議論は成立しないから、

あなた方がそこに居るのは、自由だが、どうかこちら側の世界には入ってこないでください、

これが、本音だろう。

 

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