今月、与那原恵さんの「まれびとたちの沖縄」 (小学館101新書)が発行されたので読んでみようと思っている。内容は次のようなもので面白そうだ。
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近代沖縄の苦悩のなかで生まれた「沖縄学」。その父といわれる伊波普猷に決定的な影響を与えた新潟出身の国語教師・田島利三郎。幕末、西欧諸国の思惑と琉球王国の危機に揺れる時代に滞在したユダヤ人宣教師・ベッテルハイムの葛藤。琉球に源為朝がやってきたという「偽史」はいかにして生まれ、固定化したのか。江戸期の琉球ブームをときあかし、「異国琉球」が「日本」に取り込まれてゆく過程を描く。また沖縄芸能は本土でどう受容されたのかを丹念に追う。刺激的な日本/琉球・沖縄論。
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与那原恵さんの著書は下記の「美麗島まで」というのがよかった。7年前に書いた読書録である。
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■2002/12/29 (日) 辺境の歴史を考える
「美麗島まで」:与那原恵、文藝春秋、2002年発行
著者は東京生まれの東京育ちだが、両親が沖縄出身である。著者が小学生の頃、母親を失ったが、母親から植民地時代の台湾の街が「夢のような街」だとよく聞かされていた。
台湾で暮らした沖縄人である祖父と母親の足跡を追って台湾に渡り、彼らの時代を知り、忘れ去られたような辺境の土地の歴史を語ってくれる。
著者の祖父は医師であり、台北の街で開業して、医院が文人などのサロンの役割をしていた。祖父の知人に著名人が多いのに驚く。森鴎外、古波蔵保好、池間栄三、比嘉春潮、金関丈夫、川平朝申、安里積千代、火野葦平など蒼々たる人物。さらに祖父の弟は画家であり、山之口貘、藤田継治、伊波普猷、伊波南哲などと関わっている。
著者は、まず海路で台湾の港町基隆を訪れ、植民地時代のことを取材する。沖縄人は社寮島というところに大勢住んでいたという。終戦時、台湾にいた日本人はなんと48万人、そのうち沖縄人は約1万人いた。
台北を訪れた著者は、市街地に祖父の医院がそのまま残っているのを偶然発見し驚く。
基隆や台北では日本人街を形成して、本土の地方都市よりも繁栄していた様子も興味深い。
石垣島へも台湾人の移住者の取材に行く。彼らは、植民地政策で大資本が大規模なサトウキビ栽培を始めたので、土地を失って仕方なく石垣島に移住し、土地を開墾したのだ。そのとき、水牛を台湾からもたらし効率的な農耕を行えたという。
戦後の与那国島が台湾などとの密貿易の基地になり、物資と人であふれて不夜城のように賑わった様子も描写している。
著者は旅を終えて、幼いころ、母親が語ってくれた台湾のことがしみじみと本当のことだと感じた。
祖父と母親の足跡を追い、様々な人を登場させることで辺境の歴史を少しだが接近させてくれたようだ。戦前と現在をつなげてくれたといってもいい。
異民族支配とは何か、差別とは何かについても考えさせられる。差別意識の端緒は経済格差なのかもしれない。
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近代沖縄の苦悩のなかで生まれた「沖縄学」。その父といわれる伊波普猷に決定的な影響を与えた新潟出身の国語教師・田島利三郎。幕末、西欧諸国の思惑と琉球王国の危機に揺れる時代に滞在したユダヤ人宣教師・ベッテルハイムの葛藤。琉球に源為朝がやってきたという「偽史」はいかにして生まれ、固定化したのか。江戸期の琉球ブームをときあかし、「異国琉球」が「日本」に取り込まれてゆく過程を描く。また沖縄芸能は本土でどう受容されたのかを丹念に追う。刺激的な日本/琉球・沖縄論。
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与那原恵さんの著書は下記の「美麗島まで」というのがよかった。7年前に書いた読書録である。
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■2002/12/29 (日) 辺境の歴史を考える
「美麗島まで」:与那原恵、文藝春秋、2002年発行著者は東京生まれの東京育ちだが、両親が沖縄出身である。著者が小学生の頃、母親を失ったが、母親から植民地時代の台湾の街が「夢のような街」だとよく聞かされていた。
台湾で暮らした沖縄人である祖父と母親の足跡を追って台湾に渡り、彼らの時代を知り、忘れ去られたような辺境の土地の歴史を語ってくれる。
著者の祖父は医師であり、台北の街で開業して、医院が文人などのサロンの役割をしていた。祖父の知人に著名人が多いのに驚く。森鴎外、古波蔵保好、池間栄三、比嘉春潮、金関丈夫、川平朝申、安里積千代、火野葦平など蒼々たる人物。さらに祖父の弟は画家であり、山之口貘、藤田継治、伊波普猷、伊波南哲などと関わっている。
著者は、まず海路で台湾の港町基隆を訪れ、植民地時代のことを取材する。沖縄人は社寮島というところに大勢住んでいたという。終戦時、台湾にいた日本人はなんと48万人、そのうち沖縄人は約1万人いた。
台北を訪れた著者は、市街地に祖父の医院がそのまま残っているのを偶然発見し驚く。
基隆や台北では日本人街を形成して、本土の地方都市よりも繁栄していた様子も興味深い。
石垣島へも台湾人の移住者の取材に行く。彼らは、植民地政策で大資本が大規模なサトウキビ栽培を始めたので、土地を失って仕方なく石垣島に移住し、土地を開墾したのだ。そのとき、水牛を台湾からもたらし効率的な農耕を行えたという。
戦後の与那国島が台湾などとの密貿易の基地になり、物資と人であふれて不夜城のように賑わった様子も描写している。
著者は旅を終えて、幼いころ、母親が語ってくれた台湾のことがしみじみと本当のことだと感じた。
祖父と母親の足跡を追い、様々な人を登場させることで辺境の歴史を少しだが接近させてくれたようだ。戦前と現在をつなげてくれたといってもいい。
異民族支配とは何か、差別とは何かについても考えさせられる。差別意識の端緒は経済格差なのかもしれない。
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