碧川 企救男・かた のこと

二人の生涯から  

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明治の山陰の文学巨星 「杉谷代水」 (42)

2016年10月29日 14時58分30秒 | Weblog

 ebatopeko


 

      明治の山陰の文学巨星 「杉谷代水」 (42)


 

 今や忘れられつつある、鳥取の明治文学巨星「杉谷代水」について思い起こしてみたい。参考にしたのは、杉谷恵美子編『杉谷代水選集』冨山房、昭和十年(1935.11.12)、山下清三著『鳥取の文学山脈』(1980.11.15)、鳥取市人物誌『きらめく120人』(2010.1.1)などである。直接図書館などでのご覧をお勧めします。 

          

   杉谷代水愛嬢佐々木恵美子 『妻の文箱(ふばこ)』 
 

 平成12年(2,000)六月、杉谷代水の愛嬢佐々木恵美子は『「妻の文箱』をまとめた。

 これは、杉谷代水が妻の壽賀などに宛てた手紙、葉書の保存されたもので、壽賀子が大事にしていたのを平成12年(2,000)に愛嬢の恵美子がまとめたものである。

   この『妻の文箱』が境市立図書館にあることを知り、閲覧した。残念ながら「禁帯出」である。

 

 生前、杉谷代水は妻の壽賀などに対して宛てた葉書や手紙などをマメに送った。

 それを貴重なものであるので、次に紹介したいと思います。

 

 

 

  杉谷代水は明治四十四年(1911)十二月、宮田脩氏の媒酌により粟田壽賀子を迎へ逗子に新家庭を作り長女恵美子をあげた。父母はこの初孫をよろこばれたという。

 しかし、結婚生活もわずかに三年の短さで、病は篤く覚悟をしていた彼は家族を枕頭に集め、遺言をなし、静かに合掌しつつ永遠の眠りに入ったのであった。

  
  

 愛嬢の佐々木恵美子はあまり知られていないが、戦後まもない昭和26年(1951)から昭和39年まで13年間つづいた、ラジオ東京の開局ラジオドラマで、長寿番組となった「茶刈夫人と宇刈夫人」の原作者の一人であった。

 ドラマの内容は、茶刈夫人と宇刈夫人そして両家をめぐる町内会の動きが、「横山エンタツ」、「柳家金語楼」、「清川虹子」、「森繁久弥」らを交えた交流が実に楽しいものであったという。


 映画化もされ、新東宝から翌年に渡辺邦男監督のもとで「チャッカリ夫人とウッカリ夫人」の題名で製作された。俳優陣は、久慈あさみ・田崎潤・折原啓子・田中春男などであった。

  テレビドラマとしては、「チャッカリ夫人とウッカリ夫人」として1965年から一年間放映された。出演は佐伯徹・姫ゆり子・藤田圭子などであった。

 

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