私を見つけに行こう。

寂しさと不安で弱虫の私が失敗や落ち込みを
繰り返しながらカウンセリングやセラピーを通して送る日々。

私のうそ

2007-01-22 16:14:10 | Weblog
私は本来嘘つきだ。
隠す、逃げる、避ける、もう三拍子揃い踏み。

怖いからだ。人が、トラブルが、リスクが、、、。
力もないし、キャパがないから、パニくるし、冷静な判断なんかできはしない。
本来いらない子だから、やることなすこと全部否定されて育った。
存在そのものが「いらない」のだから、いい子にして当然、問題など
起こそうもんなら、その原因など聞かれたこともなく、一刀両断で切られる。
それが怖くて何も無かった振りをして、いい子ぶる。
頭が悪い分、頭隠して尻隠さず、で全部丸見えで、馬鹿丸出し。

その私をカウンセラーはしっかり見破ってくれる。
隠していることも、分からず無意識に相手を攻撃する。
隠している「罪意識」がそうさせる。
厄介な自分。しつこいこの自分。
「周りにどんなに嘘をつこうが、隠そうが、私にそうしたらアンタの人生は
 なくしてしまうのだよ。」とカウンセラーが言う。
そのとうりだ。そのために貴方(カウンセラー)がいる。
私という人間を映し出す「鏡」である「貴方」がいる。

生まれてきたときから病んでいた自分がそう簡単に回復はしない。
どんなにいつも自分を偽っていきているか、
仕事はとくにそうだ。やりたいこと、本当に言いたい事などちっとも
言わないで、生活のために働いている。
そんなことは生活のために働いていかねばならない現実では当たり前だ。
たくさん、たくさん隠しながら生きている。
そんなこと、あんなこと、思い切りしゃべった、カウンセリング勉強会。
もうないか?もうないか?隠していること。
そう自分の心を探らないと、危ない、危ない自分。

他にどんなに隠して、嘘をついても貴方の前では正直でいたい。
でないと私の人生が亡くなる。
そう言いながら泣けてきた・
私は私を失いたくない。私の人生を亡くしたくない。どんなに
ひどかろうと、もともと病気の自分、これ以上ひどくはならない。
それでも、何かにしがみつくんだなあ、、。

これ以上、これ以上悪くはならない。
生まれた時以上にはね。
そこが原点、そこが始まりなのだから、、。
あんなに病んでいても人は生まれるんだなあ、、、。
あの時私は何にあんなに頭が下がったのだろう?
何にあんなに感動したのだろう。
何にあんなに泣けたのだろう。

この次のブレスはそこから、、、。

 
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裸になれない。

2007-01-18 15:11:10 | Weblog
裸になれない。心を裸にして、何も色をつけず、何もまとわず、何も隠さず、
そんな自分に到底なれない。

怖い、当たり前だ。誰も守ってはくれない。
何一つ身につけてこないで、ただ心臓だけが動いていた自分だ。
その私がそんな無防備になれるわけがない。
注意深く、相手をジットみて、注意深く、動くしかないではないか。
生まれたときから病んだ自分が今も
しっかりと浮かぶ。

あーあしかし疲れるなあ、、、。
こんなに、防御して、こんなに裸になれず、こんなに小さく縮んだ自分なんて
もう疲れたなあ、、、。
力が入っているから、背中も腰もコチコチで固く、痛い。

しかし、それ以上何ができるのかなあ、、、。
これでこんなに長く生きてきた自分に、、、。
なんにもできないかも。
やっぱりできないかも。



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本当の母、本当の自分。

2006-12-30 08:28:44 | Weblog
昨年の秋には宮崎に帰っていた。
母、兄、姉と今生きている自分の家族に会っていた。
姉は私への嫉妬と寂しさで喋り捲り、兄は糖尿で病んでいた。
兄と姉の傷は自分と同じで痛々しい限りだが、本人の自覚がまったくないだけに
話すことすらできなく、疲れきって帰ってきた。

母は只、黙って、一言も話さず、遠くを見るように、何かを飲み込むように
生きていた。90歳という年齢。果たしてそれだけだろうか?
あの母がこの一年ずっと私の心に住み着いた。
自分の事をやるたびに母が分かってきた。決して表面からは分からなかった
母の心が実感として感じれられた。そのたびに母親と繋がっていった。
母親がとてもいとおしく、懐かしく、自分がどんなにか母を求めいたかを
知った。
「死を待つ母」ずっとずっと死にたかった母。
表面は忙しく働かなければならなかった母、生活があった。
それを止めたら、母は本当の自分でいる、鬱のように、いや、鬱そのものだ。
何も動かず、何も感じず、何も言わず、生きている。
それが母だ、本当の母だ。90歳でも元気な90歳はいる。

本当はそうやりたかったのだ、二人の子供が死んだときから、その母がずっと
いたのだ。もっと深く探れば、もっともっと幼い時から、、。
その母にヒステリックに怒る、兄、姉。
わからないから、そうなるしかない。深い心を知らなければ、そうなって
そうなる自分が又落ち込む。それを繰り返し、姉は電話をかけてくる。

母はやっと本当の自分でいられるようになったのだ。それだけだ。
そうさせてあげられない兄と姉がいる。
私もそうだ、閉じこもりたい自分がいる。外側でガンガンというエネルギーには
ほとほと疲れる。自分のエネルギーで自分の持てる力で生きていたい。丁度、私の子供たちと同じように、、。
結果など、そう問題ではない。その自分で生きているかどうかのほうが自分にとっては大事だ。
本当の自分は本当の母だ。母と私が違うの私は自分のエネルギーの根源を知っているということだ。それはあきらめでもなく、限界でもなく、私が私であることの所以をしり、そして私でいることを確かめながら生きているということだ。

母さん、良いんだよ。今のままで。
やっと鬱になり、静かに、本当の自分でいられるんだから、、。
どんなにか無理をして、がんばって生きてきたか、、。良く知っているよ。
又、会えたら二人で日向ぼっこをして過ごそうか。
何も話さなくても、わかるよ。何もかも、あなたのことが、、。
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私の怒り

2006-12-20 10:28:15 | Weblog
友人の息子のことで昨日話をした。
その友人は寂しがっている。たった一人しかいない息子と心を開いて話せないことに、そしてそのまま家を出る息子に、何もできない自分に。

全体の話では彼の息子は怒っている。
寂しさで怒り、認めてもらえなかった寂しさで、彼特有の理論武装で
押し捲る。そんなものが今の親子にとってお互いの理解や心の交流に何の役にも
立たない。
むなしいだけだ。そんな空しさが親である彼の雰囲気から伝わる。
誰が聞いても見当違いの「怒り」をこれまた見当違いの人に出す。
一番弱い、そして出しやすい人にだしているだけで、その怒りの本質が
すこしもわかっていないとそうなるのは当然だ。

話しながら私の怒りは何かを言葉に出して言うことができた。
私の怒りは全く欲しくない私を産み、意識すらなく、放置して育てた
母親へのものだ。実際にはおっぱいもあげて、着せて、生きていくだけ
のことはしてくれたので、今こうやって生きてはいる。
「心」はどうだ。水をやり、肥料もやり、太陽の光もあてて、慈しむように
心を育てたか?人間として外側の身なりはあるが、心は生まれた時から
病んだ赤ちゃんの私だ。
そのことが全くわからない母親に傷つき、苦しんできた。
その母親に宇宙のように果てない怒りの根源がある。
一方でそうとしかできない、それしかできない母親の悲しみと
母も又、怒りながら、恨みながら生きてきたそれも分かる。
その両方が私にはわかる。

母の怒り、私の怒り。母の悲しみ。私の悲しみ。
目の前で話す彼の息子の「怒り」が私には手にとるようにわかり、又自分に響く。
彼の息子がそこにいつ気がつくだろう。
彼の母親はいつその息子に気がつくだろう。
果てなく遠いが、自分を見ようとさえ思えばすぐそこにある。
私が目の前の彼に言えることは自分の怒りが何かをみれば、あるいは自分の息子の
怒りが少しは見えるかもしれないということしかない。

頭で理解することも大事だが、それを超えて実感しなければ
何も変わらないだろう。
腹でわかり、「心」で感じなければ、本当に分かったことにはならない。

母親に愛されなった怒りは人でも平気で殺す怒りだ。宇宙のように果てなく、
鋭く、激しい。
本当にわかっていないと、事件は起きる。
目の前にいる彼に欠けているものは頭の理解ではなく、
腹でわかり、感じる「心」を取り戻す作業を彼自身がやることだ。

それしか息子を救えない。





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寂しいなあ、、、。

2006-12-11 10:46:29 | Weblog
寂しさが身にしみる。
寒し、暗いし、広さが気に入って借りたマンションの広さがやけに広い。
誰かと一緒にいたい。誰でも良いと言う訳にはいかないが、、、。

来年はいろいろありそうな年だ。
丁度来年の今頃は計画では引越しをして、ある老人と住む予定だ。
お付き合いをしている人の父になる人だ。
長男も夏には家をでるらしい。次男は私が住む近くにアパートを借りて
一人暮らしを体験する予定。

3人が自立の一歩になる為に借りた今のマンションが、事実そのとうりに
なってみんなそれぞれに歩きだす予定。
生きていたら私の父親の年齢の人と一緒に暮らす。
父親には単純に可愛がられた思い出がある。
ガンコでわがままで、明治生まれそのものの父。
できなかった父親の老人介護をやる気分だ。今なら母親と暮らすことも
できなくはないかもしれない。

大切にしたい。
自分が大事にされなかった寂しさと悲しさがある分高齢の父を
見守るように、できればと思う。
そう長くはない人生を、残りの時間を人間として大事にされたって
良い。
私の父のようにガンコであろうその人に沿ってみよう。
どれだけできるか怪しい。
しかしやってみたい。今ならわかること、今だからできる事も
あるだろうと思う。
少しでも少しでもできれば何より私自身がどんなに満足するだろう。

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許し その後

2006-11-29 14:07:59 | Weblog
あのTVで自分のことに触れて大泣きした日から3日過ぎた。
単にTVなのにあんなに自分の内側に触れたのは、前回のブレス
のやり残しかもしれない。

前回のブレスのあと、この先がありそうなんだよね、、、。と思った。
それが今回の事かどうか分からないけれど、自分の「命」に触れたことは
間違いない。
大泣きして目を腫らして、翌日はそれでも仕事はした。
オフィスで一言も喋らず、黙々と仕事をこなした。
でるのは大きなため息ばかり。大きな呼吸をする度にそれは私の心に
深く深く打ち込まれていくようだった。

今日で3日、少しづつ体が軽くなっていく。
久しぶりに晴れた空が気持ち良い。
朝通勤の電車を待っている間に空を見上げた。そこに自分がいた。
なにか、清々しく心地良い。
自分の「命」の真実を見た気がする。
あれほど深く頭を下げたことはない。
生きてること、生まれたことを許して欲しいと深く深く母に頭を下げた。
そして、生まれたことを詫びた。

生きて生まれた、この私の存在がどんなにか母を苦しめたであろう。
私には母の気持ちがあまりにも分かった。
詫びるしか、頭をさげるしか無かった。

こんな「命」もある。
私はずっと私の「命」を追いかけてきたような気がする。

私のようなこんな「命」もあるのだ。

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許し

2006-11-27 09:39:15 | Weblog
昨日の夜テレビで「氷点」を見た・
ずっと昔にこれを見たことがある。
陽子という主人公が自殺を図るシーンで、「私を許してください」という
シーンで思い切り泣けてきた。

それは自分の傷に思い切り触れて、いつの間にか私の思いになり、
私自身になり、いつしか母に深く深く謝っていた。
「生まれてきてごめんなさい。生きていてごめんなさい」
二人の子を同時に亡くしたあとに生まれた私。
母にとって、「生きている私」がどんなにか疎ましかっただろうか。
ただ生きているというだけで、どんなにか憎かっただろうか。
ここは以前のセラピーでやったところだ。
又蘇ってきた感覚。
その母の私への憎悪、怒り、私には分かりすぎる程に、悲しくなるほどに
わかる。何故なら私が母そのものだから、、、。

ただ生まれてきたことを、生きていることを詫びるしかなかった。
それでも私は55年も生きてきた。
ただ許しを求めて、、、。
34歳のとき私はキリスト教の洗礼を受けた。
あの時も「許し」を求めてそうした。大いなるものの許しが欲しかった。
あの時のことを忘れてはいない。
しかし、それはもっと身近な母親からの許しであったような気がする。
「生きていていいんだよ。生まれてもいいんだよ。」という私の命そのもの
の根源をその胎内に宿した人の許し。
そのことが今分かる。
それはづっと果てしなく続く宇宙の許しだ。

原罪というのが現実にあるなら「生まれてきたことそのものが罪」とも言える
私の罪。
許してあげたい。誰より私自身が、私を、、。
生まれてすぐにあの病んだ赤ん坊を私が抱いてあげたい。
涙で腫れた目で今日も仕事をする。
こんな日が何度も何度も繰り返しながら、私は私をさらに知っていく。
セラピーで何度もの何度も味わった感覚を又、何かが私の心に火をつけたように
響き、思い起こすようにやってくる。

そう泣き足りない。その思いを知り足りない。
だから、足りないものを補うように、反応するのだ。
書きながらそのことに気がつく。
さあ、仕事しよう。一日を終わろう。


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そして今。

2006-11-16 09:49:06 | Weblog
土曜日のセラピーから6日が過ぎた。
落ち着いては来た。 

今でもあの自分を思い出すと病んでる自分を自覚する。
生まれてすぐにあんなに苦しんでいる。
あんなにもだえ苦しむ自分。
何が何だか訳が分からず、苦しんでいる様子に見えるが、実は何でも
分かっていて、言葉にできない、表現できないだけなのだ。
途中、異言のようなものが出てきた。
日本語でもない、何を言っているのかわからないが、何かを言おうと
している、赤ちゃんの言葉だ。

大人のように苦しんで、それを自分の言葉で表現してるかのようだ。
その苦しむ状態を今の自分がみて、泣ける。
私は深く、深く頭を下げた。その赤ちゃんに、、。

手を合わせた、その赤ちゃんに、、。まるで拝むように、とても崇高なものを
見るように、まるでその赤ちゃんはすべてを分かり、そして生まれてきたことに
尊厳をみる思いだった。

終わったあと、私はすべてに頭を下げたかった。
この自分をみたブレスルームに、共にいてくれたセラピストに、
何かにすべて深く頭が下がった。

天地が私に見させる。そう書いてあった。
確かに、確かに、私が本当に見たかったものを、そして本当の自分を
何かが私に見させる。

見ることが出来て良かった。
見させてもらって良かった。
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やってくる不安

2006-11-09 10:34:23 | Weblog
どうも今の職場で正社員は難しいということがわかった。
契約も3月でどうなるか怪しい。
理由は年齢にあるらしいが、どんな理由でもつけられるので、用は気にいらない
のだろう。それはそれで仕方ない。

これは直属の上司ではなくもっと権限のある人の意向のようなので、どうにもこうにもなら無い感じもする。
まあ、どうなるかわからないが、自分は自分の仕事をやるだけだ。
と少しは思えるようになったが。

この少しまでにどれだけの不安がやってきたことか。
生きていけない不安だ。常に付きまとう私の根源的なものだ。
この不安から逃げて逃げて、、、、。
その逃げるときの自分がいつものように、訳が分からず逃げまくり、まるで狂ったように、逃げまくる。

フト正気に戻ると、アーア又だ。とガッカリして、逃げまくった後始末に追われる。
そんなに生きたいのか、やっぱり生きたいんだな。だから逃げる、訳がわからず逃げるんだな。母と一緒に死んだんじゃなかったのか。死んでしまう不安に居られない。
確かに、確かに、母に殺される至福の時、そしてあの心音。
今でも確かにこの手に残る感覚。

生きてる私はいつも自分の根源的な傷にまだ振り回される。
そういえばカウンセラーが言ってたなあ、。
男に負けないという自分の傷が多額の投資をしてビジネスをやらせた、、と。
私はそうはっきりとしたものではないが、不安で買い物をしたり、パチンコをしたりする。必要ではないものを買ったり、お金をもうけようとしたり、
どれも、そう大きな金額ではないが、やっていることは何かから逃げようとしていることには間違いがない。
どれも以前よりずっとしなくなったし、又経済的にも出来なくなった。
しかし、この生きてく不安に響くと、又やりだす。
特に先が見えないという状況は私をいっそう不安にさせ、混乱する。
表面は落ち着いているようにみえるだろうが、心は不安定そのものだ。

つくづ自分の病巣の深さにため息だ。
母親がノイローゼで子供にまったく意識がないということは
こんなにも、その子供を深く病ませるのかと思う。

病気の私をさらに自覚するしかない。
そんな自分を自分が理解できることが唯一の救いだ。
何故?こうなのか。
理解はしていても、やってくる不安にいられない、まだまだだ。
セラピーも近くなってきた。
この時とばかり、自分のことが浮かびあがる。

まるで初めてのセラピーにいくような、自分の問題をさらに自覚して
セラピーにいく、そんな気分だ。
あと2日、その前に先日会社の健康診断で尿蛋白がでて再検査を受けに
いく。結果だ出たときは驚いて不安もでたが、それ以上にこの今の自分の
方がもっと重い。もう始まっている、、、。心が何かを求め、
何かに触れようとしている感じがする。


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懐かしい音

2006-11-02 14:09:28 | Weblog
前回のブレスで懐かしい音を聞いた。
「心音」 お母さんと子供をつなぐ音。
それまるで初めて聞いた感じ、遠い昔にいつか聞いた感じで
私を癒してくれた。
こんなに、懐かしい心音を初めて聞いたような気がした。

私は胎内体験が良くない、当たり前だ、母は私がお腹に居るときには
死にたいばかりのノイローゼなのだから良い訳ない。
その中に居る私の恐怖、不安は半端じゃない。
母と共にいつ死んでもちっともおかしくないのだから、、、。

お腹に居るときに聞いた母親の心音もどこか恐怖と不安に満ちていたことだろう。
この心音を聞くたびに私はボケて訳がわからなくなる感じで、頭を抑えて
ボケ老人のようになった。訳わからなくなって自分をごまかすのだ。

ところが最近はその心音が妙にに懐かしいのだ。
あのボケなくてはっきりとどこか力強くさえ聞こえ、暖かくもある。
あのセラピーの最後で聞いた心音は思い出すたびに私をどこか遠くに
連れて行ってくれる。
その中に浸かる。

日々厳しい現実が続く。
いつ首になるやら、いつ生活が破綻するやら、どこまで次男を守れるやら、、。
と不安は果てない。
そんな中この心音がよみがえってくる。
良くここまで生きてきたなあ、、、。私
良く頑張ってきたなあ、、。私
いつ死んでも、いつおかしくなってもちっとも不思議ではなかったなあ、、。私

ただ生きてきたこと生かされてきたことの不思議さを感じるのみだ。

岩盤浴に行った時、うつ伏せで体を暖めると隅々まで暖かさが伝わる。
心臓、肝臓、すい臓、胆のう、と冷えきった体を暖めていく。
お腹に居るときから、ずっとずっと寒かったね。
私は私に話しかける。
暖めれば暖かくなる自分の体に感謝だな。

11/11に自分のセラピーだ。
又、あの「心音」に出会えるだろうか?



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