私を見つけに行こう。

寂しさと不安で弱虫の私が失敗や落ち込みを
繰り返しながらカウンセリングやセラピーを通して送る日々。

頭は使わない

2008-03-17 20:52:42 | Weblog
56際になって頭を使うことがすごく苦手になった。
いままで、この悪い頭をどんなに酷使してきたかと思う。
使わないというより使えなくなったというべきか?

気持ちがいい汗をかき、心地の良いにおいを嗅ぎ、おいしいと思う食事ができ、
自分自身に自由でいたい。
時間に追われず、決して急がず、自分のペースで歩く。
どんなにか、急かされてきたことか、一日一つ何かをやれれば良いではないか。
どんなにか、結果だけで、点数をつけられてきたことか、点数は自分でつければいいいではないか。満足か否か、それだけでいいではないか。
どんなにか自分をごまかしてできたか、所詮自分はその程度だ、何も、構えることも利口ぶることもないでないか、
世の中でやらねばならない、やるべきことなど何一つないのではないか?

こんなこと言うとそんなことを言えるのは甘えているとかなんとかいうんだろうなあ、、、。

今の私は何を失ってもこの自分を失いたくはない。
どんなにか回り道して、自分も他人も傷つけながら生きてきた私がみつけた
私だから、、、。
畑で汗を流し、土をさわり、エネルギーをもらう。畑の中で私は土と自分に向いあう。かつて母がそうしたように、、。
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急がなくても。

2007-08-17 10:36:38 | Weblog
人はいつも話していたいんだと最近、心底思う。
まるで、それが人と人とのコミニュケーションだとでも言うように、、、。
その話と言うのも、それはそれは表面で、面白くも、可笑しくもない。
今日は暑いですね、お天気がいいですね、それなら潤滑油ぐらいにはなるかな。

私も超寂しい人だが、話せば寂しさが少しは癒されるのか?
どこに行っても、誰といても、横でどうでもいいこと?少なくとも私にとっては
興味のないこと、それは貴方自身のこと、それは貴方の心のこと、私は
話してくれとは言ってない、頼んでもいない、それでも聞いてくれるのが当然の
ように、、。
本当に悩むなら、プロのカウンセラーに聞いてもらえ。本当に苦しいなら、
しっかりとその原因をみたら?と思うが、、。殆どの人はそんな気はない、
ただ、話をして垂れ流すだけだ。
それにうんざりして、それに疲れて、私はもう聞きたくもない。

私もいい顔をして聞く。その自分にうんざりしてきた。
聞くとは何だ、私には到底できない。

できないと声をあげて、聞かないことにしよう。
私の中でいい顔して、周りにあわせて、何かしら評価をもらおうとする
卑しい根性がある。
生きていく上で、自分では生きられないことからくる、その卑しさだ。

その自分も自分だ。
うんざりだが、その自分も確かに自分だ。
忙しく生きてきた。周りを追い立てて、一人でいそがしがった。
何が、そう急がせた、何がそうあわてさせた、どうしてそうその場にいられない。
理由など何もない。
「母」の「生きていたくない」それが私の中で見事に開花させている。

そのことを思い出すだびに、母のどんなに生きていたくないかと実感する。
一日たりとも母は生きていたくはない。
意識は死んだ子供のところにだけある。
死んだというその「事実」が意識をむけさせる。決して愛ではない・
91歳の母。  それでも今日も又生きている。
生きるとは何か?

根源の問題に一瞬、私は頭を抱え込む。
そして、又、いつものように答えがないまま、日常に流す。

急いで急いで、どこへ行く?
「ただ死へ向かっているだけよ、急いで急いで死にたいのね」
そんなカウンセラーの言葉に深く納得した。
それを思い出す度に、急ぐのは辞めよう、今ここで急ぐのは辞めようと
思う。急がなくても「死」は必ずやってくる。
あーあ、ブレスも何も、ずっとやってないなあ、、、。
20日で仕事が終わる。
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帰れるところ

2007-05-23 17:19:23 | Weblog
ずっとずっと帰るところが欲しかった。
田舎に家もあり、兄弟もいるのに、私には帰るところがない。
何も聞かずに、黙って受け入れてくれる暖かな心。

陽のにおいがする布団、暖かな味噌汁、手足がゆっくりと伸ばせて、
体も心のあったまるお風呂。
自分には何があっても帰るところがない。

田舎の家、兄、姉、親戚、そして母、みんないるのに、みんなあるのに
私には帰るところがない。

子供たちにいつ、どんな時にも帰ってこれる家が欲しい。
立派でなくても、豪華でなくても、いつでもどんな時も受け入れて
暖かく迎えてくれる母がいる、そんな家が欲しい。
心や体がとても疲れて、もう一歩も歩けない、そんな時もあるから、、。

ゆっくりお休み。
何も聞かないからね。なにもしなくて良いんだよ。
ただ疲れているから、、。元気になったら又、歩き出せるよ、きっと。

そんな家が、そんな場所があったらどんなにか、私、違っただろうか。
帰るところ。それは暖かな母のいる所。
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成長をまじかに

2007-04-13 14:19:08 | Weblog
二人の子供たちと3人で暮らすようになって1年が過ぎた。
もともといつも母子家庭のような家で、いつも3人だった。
私が離婚をして、家賃を3人で分け合いながら生活をしている。

この一年、様々なことがあった。次男はなれたアルバイト先をやめて
新しいバイト先に移り、又新しい人間関係で、対人恐怖のある次男が
慣れるのは大変だったことだろう。
いつも、仕事の大変さばかり言っていた、次男がそう言わなくなり、自分の中で
解決しようとし始めた。自分の弱点をクリアーしようとしているようだ。
自分自身への目標設定も自分でやり、できた日は○で、、、。と自分で自分を採点し、ノートに日記のように書いている。
何故、自分がこうも人間が怖いのか、折につけ話してきた。
それ自体は本人が自分の感覚で体験するしかないが、どこかで分かっているのだろう。落ち着いて対処できるようになってきたことが、その証拠だ。
来年は職業訓練校で、介護を勉強する予定だ。


長男は二度目の大きな失恋をした。
今度のは痛い振られかたをしたようだ。
一回目はボロボロになって帰ってきた。
体も心もボロボロのなって、しばらくは家に引きこもった。
今度も心はどんなにか痛いことだろう。ジットみてるしかないが、
友人たちの多くの励ましで、少しづつ立ち直っていく。
前回海外出張で駄目になった運転免許をとりに行き始めた。
心の痛手を痛手とし、何かに変換して、前を向きたいのだろう。
今度は現実を捨て去ることなく、悶々としながらも、静かに自分でいるようだ。

秋には一人暮らしを始める。
それも悪くはない。

情緒障害の二人の子供たち。
彼等の成長を目の前でまじかにみてきたような気がする、
自分自身の仕事や家事や肉体的に大変なことは多い。
しかし、その分目の前で悩んだり、苦しんだり、しながら成長していく子供たちを
見ながら、ハラハラしたり、頼もしく思ったりしながらの日々はかけがいがない。
成長を目の前でみる醍醐味。
これは一緒にいないとわからない。微妙な心の動き、表情、まじかにいて感じられる彼等の呼吸のようなもの。
 
私の背丈をはるかに越して、家には大きな恐竜がノシノシをジェラシックパーク
並みに家の中を歩く。
飯、おかーあさん、ママーと家の中を声が響く、
行ってきます。お帰り。今日飯いらない。明日は、、、。と声が響きあう。
人が生きてる、暮らしている。こんな日常が実はすごいこと、凄い醍醐味と
思う日々だ。
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生きることは、、、。

2007-03-14 09:47:02 | Weblog
前回のベイビィブレスから、いつも思うことは「私が勝手に思い込んでいる。」という事だ。

そうだ、もしかして私が勝手に思い込んで、いろんなことをやってきたのだという
事だ。思い込みをはずすということは、このセラピーやカウンセリングではよく
言われることだ。それが人生の初めに、生まれた途端にもうその思い込みをやるということだ。それも深く。命乞いの果てにやる事は生きる為にすべてをかけて
自分の存在がかかる。

あーあ、なんて事だ。
そんなことを考えたり、思い出したりしながらこの2週間が過ぎた。
最近はあの天敵のような職場の上司ともかなり自然体に近づいてきた。
9月で辞めるということもあるが、私があまり、意識しなくなってきた気がする。
もう良い。職場は相手の期待に答えなければならない所だが、私が私の存在をかけてやるほどのことではない。
少なくとも、この職場では。そんな私がわかるのか、相手もリラックスしてくる。

生きることは、そんなに難しいことだったのか?
生きることは、そんなに大変なことだったのか?

そうしていたのはこの私で、私がそうしていたのではないか。
朝起きて「今日も一日生きるの、あーあしんどい」という母親からの取り込みも
はずし、さあ、自分の存在をかけて、一日緊張して、肩に力を入れて、誰のために、何のために、、。そんな事も思い込みかあ、、、。

その思い込みが55年間。
そう簡単にはずれるとは思わないが、何だか空は青くて、食べ物は美味しくて、
気持ち良い。
やりたいことをやり、言いたいことは言い、気持ちの良い日々。
ガッカリはしたが、この気持ち良さは何だ。

生きることは、もっともっと、シンプルで、もっともっと気持ちの良いこと
だったかもしれない。

そんなことを探す人生が楽しい。
この感覚はまだ慣れなくて、すぐはずれて、元に戻る。
はずれる自分もみていられたらいいなあ、、、。
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久々ベイビィブレス

2007-03-08 11:34:45 | Weblog
久々にブレスをやった。
いつものように、赤ちゃんの私が母親を求める。「母ちゃん」「母ちゃん」何度も何度も、お決まりの入り口だ。

そのうちに初めにカウンセリングで問題になったところに触れる。
私は母親に言う。「何でもするから、ここにいても良い?」
「なんでもするから生きてて良い?」と。命乞いをする・
その命乞いが心底なんでもすると決心だ。

そのうちにどこからともなく、ムショウに腹がたってくる。
ジワジワと湧き上がってくる。
何でもすると思ったら、何にもしたくなくなっていく。
そのうちに叫ぶ。
「もう何もせんけんね。私」何かせねば、存在を認めてもらないと
言う、私の取り込み。母親はそんなことは意識にないのに、
私が勝手に思い込んでいる。
母親は何もない。役に立とうが、立つまいがそんなことすら関係ないほどに
意識がないと言うのに、、、。
私がなんとか生きようと、思い込むのだ。
何でもすると思い込んだ時のように、それを自分の存在をかけてやる。
でも、それが一体なんだったんだ。

どうしたいか?何をしたいか?ではなく、やらねばならないことで、自分の存在を
自分で確認せざるを得なかったのだ。
ネバーランドのベッキーさんは私には自分の存在がかかっていたに過ぎない。
だから本当の喜びがなく、エネルギーが自然ではなく、途中でキレる。
それにしても、私の勝手な思い込みだったとは、ガッカリだが、わかったことは
嬉しい。

さあ、、、どうする。
今年の暮れあたりから、義父との同居が始まる。
確かにある、役に立たねばという思いは、、。
しかし、それだけでもない気がする。
見送りたいのだ、誰かを確かに、できる限りのことをやって送りたい。
どんな状況でもそれはやりたいことなのだ。

寂しい父、自分の母親から愛情をもらえなかった父。
何ができるわけではない。父の母ではない私に。
しかし、その寂しさだけをわかってあげられる自分がいる。
何もできなくても、いつもどんな時も自分の母親を求めてやまない父の気持ちは
わかってあげられる。そして「それで良いんだよ。それが本当だよ。」と
言ってあげられる自分がいる。

そこしかない。

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世の中って。

2007-02-22 09:44:23 | Weblog
私の今の職場は公益法人なので、売上だの利益だのという感覚はまるでない。
ほとんどが官庁の天下りなので、利権をどう守るかの一点で、人間関係も
何が、真実で正しいかではなく、誰が権限をもつかできまる。
仕事を通じて自分をみたり、成長につながったりは難しい。
ただ、こんな職場もあるということが分かったし、ある意味ほとんどの社会が
多かれ少なかれ、似たり寄ったりということなのだろうと想像がつく。
そして世の中はこんな風に動いているのかもしれないと思う。
本音も言えない。何が正しいかではなく、誰が正しいかで、なにが真実ではなく
自分が信じたいものを信じる。

本当はみんな、言いたい事、本当の本音や自分の感情が素直に信じられたら、サラリーマンの自殺やうつや、家庭内暴力や崩壊や自分や他への虐待は、どんなにか
治まるだろう。
今の職場はそういう意味では私が世の中の現実をしる機会でもあった。
特に今の私の上司はその典型だ。
この一年随分と彼にあわせてきた気がする。
その代償がサラリーだった。そしてそれが当然だといわんばかりの世界だ。
これからもできなくは無いかもしれないが、つまらない、と一言だ。


最近思うことは、好き、嫌いをいうのは簡単だ。人はいろんな意見をもつし、考え方をもつ。
それは当然あっても良い。どんな意見もたとえそれが耳障りなことでも、
意見としてはあってもよい。それが自分に都合が悪かったり、耳触りだったりすると 自分の胸先30センチではねつける。
「そうかそんな感じかたもあるのか」とか「そんな見方もあるのか」という話に
ならない。
私も良くやることだ・
何かが自分の内側でその事に反応しているのだが、それにも気がつかないと
益々厄介だ。

やっぱり自分だ。
セラピーの時間が今回はとても空いてしまった。
長いなあ、、と思う。空けたのは自分だから、見たくなかったのだな。
ごまかしたかったのだな。いつもこの自分との闘いだな。

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岩盤浴と玄米ご飯とお弁当

2007-02-21 13:34:37 | Weblog
自宅のPCの調子が悪いので、会社のPCでお昼休みとか、仕事の手が空いたとき
に更新をしている。
やれるときはできるが、やれないと全くやれない。
書いていると、自分の心を文字でみることができて、確認する。

月曜日、日曜日の温度の低さで体がすっかり冷えて、頭もいたいまま
会社にでた。今日は帰りに岩盤浴で体を温めようと思い、帰りに寄った。
体をうつ伏せにして内蔵から暖めていく。
冷え切ってなかなか暖まらない。しかし気持ち良い。
眠くなる。疲れと冷えと緊張で硬くなった体が少しづつ暖まっていくのが嬉しい。
最近、冷えをとても自覚できるようになった。

体は冷えるとすぐ硬くなり、いつもの頭痛、肩こり、寒気へと続く。
特に太ももの上辺りが冷える時は最悪だ。
この一年風邪をひいて引き込んでいない。寒いと感じたらすぐ、岩盤浴と
葛根湯を飲んで早めに休む。
自分の心も体もわからない時はとことん悪くなっていった。
岩盤浴で出た汗はその日の夜まで続き、汗を何度もかいて眠れなかったが、
火曜日はぐっすりと寝た、途中で夢をみた。自分がボケていく夢だった。
ついこの間のことが思い出せないという怖い夢だった。
朝起きて、記憶をたどるとしっかり覚えていた。ホットした。

きょうはとても気分がよく、体調も良い。
夕方はフットネスに行って汗を流そう。
自分の恐怖を不安の詰まった「冷え」
愛情をもらえなかった自分の体の不調。
体への意識が表面の忙しさで飛んでしまうと、こうなるんだなあ、、、。
意識すると動けなくなるとでも思うのか、みないようにする。
そして、お決まりのコースにまっしぐらだな。

昨日から玄米ご飯とお昼を手製の弁当に戻した。
すっとんでしまった意識を日常生活に戻すことからはじめようか。
少しだけ、落ち着いてきた感じだ。

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役に立たなくは症候群

2007-02-20 12:34:23 | Weblog
最近週末は義父になる人と一緒に過ごすことが多い。
私が同居を決めて初めて会った時から、途端にそれまで寂しくて歩くことで
紛らわした足の痛みがきた。
ナイスタイミング!!だ。

安心したのだろう。痛さもどんどん増してくる。
私は私でなんとかせねばと必死で痛みをなんとかしようとする。
それはそれで、痛みが軽減されれば楽にはなるだろと思うし、今こじらせて
車イスになってもこれからの私が大変だ。これは現実だ。

それにしても自分の中に役に立たねばという気持ちがある。
役にたたないと、生きてることが許されないのだ。
役に立たねば、認めてはもらえない。
そのことを当然のように、誰にでも要求する自分がいる。
「私の役に立って頂戴、そうでなければいらないわ」
そんな私を見抜いて、子供たちが私の役にたとう立とうとしてきた。
最近は見抜いて反発や、無視も少しはできるようになった。

そんな自分を見ている。私がそうだもの、なんとか役に立たなければ、
なんとかその存在を認めてもらわなければ、力が伴わずにあせる。

生まれることを認めてもらえないのだから、それでも生まれてきちまった
のだから、なんでもやるしかないなあ、、、。
義父は役に立たねば症候群の私をありがたがる。
これは私の病気だし、寂しいからきっと嬉しいのだろう。

私がこうだからということを少しづつ説明していこう。
決して貴方のためではなく、私が私の病気を満足させているわけで
結果が少しは役にたっているかも。

何故、こんな自分なのかも。本当は自分の力以上の自分でいる必要などなく、
やれることをやれるだけやれば良いのだから、、。
気持ちだけが先走り、いつかは切れて放り出すことのないように、、。
この役に立たなければ症候群、やっかいだし、少し疲れてきた。




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いつもの朝

2007-02-14 10:57:08 | Weblog
朝起きる。コーヒメーカでコーヒを沸かす。
いい匂いが立ち込めて、朝が来たと思う。
朝、起きた瞬間は「又朝が来て又、今日も一日いきるの?うんざりだなあ、、、。」と瞬間思う。これが私の母も思っていただろう朝だ。

コーヒーを飲みながら、パソコンを開く。
最初にカウンセラーのブログを見る。昨日も一日生きてたんだなあ、、。と思う。
動いたり、体の調子が悪かったりする様子が良くわかり、電話をしなくても
身近にいる感じがして安心する。

今朝次男が眠そうに起きてきた。
いつもなら、まだ寝ている時間にだるそうに、眠そうに、起きてきた。
「どうしたの?」「お母さんの顔見たくて」と私の膝に甘えてくる。
そうだね。このところ、土日は藤沢に行くことが多くなり、時間のズレで顔を
みない日も多い。「ごめんね。寂しい思いをさせてるね。もう少しだからね。」
「うん、わかっているから、大丈夫」と健気に我慢する。

今朝、アコールのブログを見ながら胸が一杯になる。
そうだ、私もそうだった。もっとひどかった。
生活が必死で、私は自分のことばっかりで、いつも大変で、子供への意識など
何も無かった。子供たちはどんなに不安で寂しかったことだろう。
子供たちもそんな母親に何も言えず、ただ気持ちを押し込めるしかなかった。
結果がアトピーになった。心身症になった。
「お母さんの顔みたい」と言ってくれるようになった。
「寂しい思いをさせてごめんね。」と言える自分になった。
大きな大きな体を抱きしめる。
親も子もなんて安心な時間。

それでもあの時のあの時間は帰っては来ない。
どんなに悔やんでも悔やんでも、もう帰らない。

その時間のもったいないこと。甘えることの大切さ。
ほんの少しだけれど、甘えさせてあげられる自分。
体と体が触れ合い、抱きしめて、感じる安心感。
こんな時間があれば、子供たちはいろんな現実を乗り越えるていく。
ただ、ただ、深く、深く抱きしめることで、こんなにも強くなっていく。
書きながら涙がでそうだ。胸がいっぱいになりそうだ。
母親に強く、強く、抱きしめて欲しかった。
私も。心で深く深く抱きしめて受け止めて欲しかった。

そんな思いで、義父の手を握り、暖める。
不思議に元気になっていく父。足が痛い、痛いを訴えて私の意識を
向けさせる父。
触れて暖まると、心は元気になり、体は我慢していた痛みを出して、
体を治そうとするんだなあ、、、。

母親が触れることって大事なんだなあ、、、。
そういえば、私の母も私が寝ているとき、私の足を撫でていたっけ。
「大きくなった、大きくなった」と言いながら、日頃は意識がなくても
時々はいつの間にか背丈が大きくなった娘の体を触って、そこに居ることを
おもい出したのかなあ、、、。
私は嬉しくて、いつも寝たふりをしていた。母が唯一私への意識を向ける時だった。

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