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懊悩した哲学者の150年前の遠吠えが現代に届いていた!

2016-09-15 21:15:13 | Weblog
そもそも哲学というのは人を苛立たせるものなんで、
ソクラテスが道端で殴られて、プラトンがキリスト全体からいじめられたように
常に体制いや、もっと超地上的なものに対して巨魁で恐怖を呼び起こすような戯画として地上を方向しなければならないと思う。と、ニーチェが言ってる。

じゃあ、俺は文学じゃなくて哲学者なんだ、何の体系的な知識もクズみたいな人間でも。
これに同調して、苦悩して、不信を抱き、忍耐を失い、耐えられず万年床に伏せているからしょうがないじゃないかってね。

ちょっと体調がよくなったんでましな文章が書けると思うんだが・・・

で、ニーチェの「善悪の彼岸」、これは名著だと言われたのでずいぶん前に買ったんだけども、読んだ瞬間辛くなってやめてしまった。上記の理由で。

同じ理由で読んでいて辛いのはニーチェとかサリンジャーとか太宰なんだけども(こういう人はかなりいるよね。と、同時に救われた人もいるんだろうけど)不思議とドストエフスキーに関してはなぜか辛くならないんだろうな。

確かトルストイの「アンナ・カレーニナ」の最初の文章で、大方幸福な家庭とは似たり寄ったりだが、不幸な家庭とは実に様々な様相を呈するものであるうんぬん的なことが書いてあったけども、それと似たような事なんだろな。

で、一応
ニーチェ「善悪の彼岸」
について
まぁ基本は既成の道徳概念を真っ向から批判していていくというような内容なんだけど
全部それなんだろ?という読み方だとこの本から得るものは何もない。
ネットに散らばってる感想が大体この手のものなんだが。
哲学者なニーチェは哲学(アカデミックなもの)に関してはまだなんとか感情を抑えているけども、あとは全部攻撃攻撃言いたいこと言いまくり言いまくり。
民主主義、キリスト教やらしまいちゃドイツ音楽とかまで危険だとか言ってるけど意味がわからないwあと女嫌い過ぎw

しかしそうはいってもそれが圧倒的な迫力でもって筆致されているのは何より魂が含んだ文章であるからだろうと思う。
さらに付け加えると構成が素晴らしい。この評論とも批評とも散文ともエッセイともいえるようなこの哲学書は間違いなくやはり文学だと思う。

と。お上品に感想を書いたつもりだが
実際はほとんど読めない。どのページを開いても全く持ってどうしようもない遠吠えだからだ。少なくともその遠吠えが現代まで届いている事が唯一の救いだ。
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