
子供のインプラントの手術にいき、待っている間に、京都御苑に入りました。
京都御苑は、前にも行ったことがありますが京都御所の一般公開の時に、見学しただけでした。その京都御苑の、丸太町通り側の南西側に「閑院宮邸跡」かんいんのみやていあと があり、無料公開されていることから入ってみました。
「閑院宮家」とは伏見宮家、桂宮家、有栖川宮家と並ぶ四親王家の一つで、1710年に東山天皇の皇子直仁親王を始祖として創立されて、公家町南西部のこの場所に屋敷を構えたとか。創建当初の建物は天明の大火(1788年)で焼失し、その後再建されていますが、現在の建物との関係など詳しいことはわかっていないとか。
この建物は、前は、京都御苑管理事務所などに使用されてものを、平成18年3月に改修工事を終えて、「閑院宮邸跡」として開放されています。建物内は、京都御苑の自然と歴史についての写真・絵図・展示品・解説を備えた展示がされていました。
また、庭園も見学しました。
あと、土曜日は、拾翠亭という茶室も100円で、公開されていました。
「拾翠亭」しゅうすいてい は今から200年ほど前の江戸時代後期に茶室として建てられたもので、今でもお茶会等に利用されている。
京都御苑は、前にも行ったことがありますが京都御所の一般公開の時に、見学しただけでした。その京都御苑の、丸太町通り側の南西側に「閑院宮邸跡」かんいんのみやていあと があり、無料公開されていることから入ってみました。
「閑院宮家」とは伏見宮家、桂宮家、有栖川宮家と並ぶ四親王家の一つで、1710年に東山天皇の皇子直仁親王を始祖として創立されて、公家町南西部のこの場所に屋敷を構えたとか。創建当初の建物は天明の大火(1788年)で焼失し、その後再建されていますが、現在の建物との関係など詳しいことはわかっていないとか。
この建物は、前は、京都御苑管理事務所などに使用されてものを、平成18年3月に改修工事を終えて、「閑院宮邸跡」として開放されています。建物内は、京都御苑の自然と歴史についての写真・絵図・展示品・解説を備えた展示がされていました。
また、庭園も見学しました。
あと、土曜日は、拾翠亭という茶室も100円で、公開されていました。
「拾翠亭」しゅうすいてい は今から200年ほど前の江戸時代後期に茶室として建てられたもので、今でもお茶会等に利用されている。










