いいね~おいしいね~

自腹で買ったり食べたものなど実体験に基づき厳選紹介!ぜひ参考にして頂き、より良い人生や日本経済等活性化につながれば幸い♪

「チャンスをつかむ男の服の習慣(政近準子)」という本はとてもオススメ!

2017年04月28日 01時00分00秒 | 
「チャンスをつかむ男の服の習慣」の購入はコチラ

 「チャンスをつかむ男の服の習慣」という本は、イタリアで富裕層に対してファッションを提案し、日本に帰国後は人それぞれにふさわしい服装を提案できる服装のプロとして「パーソナルスタイリスト」という職業を確立させた著者が、ライフスタイルの習慣や自分にふさわしい服装、ランクアップした服装の選び方、具体的な毎日や週・月単位のスーツのブラッシング法や靴の手入れ等、具体的なフォーマル度やカジュアル度ごとのスタイリングなど分かりやすく説明されたものです♪

 私はファッションに関してはまったくのド素人で、本書に書かれているネービーやチャコールグレーって一体どんな色なんだ?、レジメンタルのネクタイって一体何?と、恥ずかしながらいちいちググりながらの読書でしたが、特に服装のルールや服装の価格や品質のライン、スーツの見るべきポイント、ブラッシングなどスーツの手入れ、具体的なスタイリングは勉強になりましたね♪

特にナルホドと思ったことは以下となります♪

・人は服装によって確実に格付けされる
・服だけではなく衣食住すべてが大事でつながっている
・TPOにプラスしてTPPOSが大事(Time、Place、Person、Occasion、Social)
・そもそも女性の服装は男性に準じて決めるものでその方が女性が輝く
・スーツの基本色は①チャコールグレーの無地、②ネイビー、③①の色違いの無地、④グレーかネイビーのストライプ
・丁寧に対応してくれる相性の良い販売員さんを見つけ、店が空いている平日の昼間にゆっくりコミュニケーションを取り、定期的に店に行くこと
・2週間に一度はスーツの襟やラペルの、ポケットの裏側もブラッシングすること
・日頃から洗練された空間に行く習慣を持つこと


「チャンスをつかむ男の服の習慣」という本は、ファッションや日頃のより良い習慣について勉強になり、とてもオススメです!

以下はこの本のポイント等です♪

・どうでもいい服装なら、レストランでほかの席も空いていのにトイレのそばに案内されてあり、ホテルで景色のよくない部屋を割り当てられ得たり、とくに配慮なく扱われてしまいます。人は服装によって確実に格付けされています。しかも装うというのは毎日のことですから、一生を考えるとどれだけの差になるか考えてみてください。本人は普通に暮らしているつもりでも、分からないままものすごく損をしている。まずそれに気づくことが大切です。

・私は服装のプロですが、服だけに気を使っていてもダメだと言い続けてきました。衣食住すべてが大事であり全部つながっているからです。ところが日本では衣食住の「衣」だけがあまりにもないがしろにされています。

・TPPOSは、TPO(Time:時、Place:場所、Occasion:場面)にプラス、Person(人)とSocical(社会)も意識して装いましょうという概念。これがファッションの習慣付けでひとつの軸になると5年前から提唱しています。

・そもそも服装は男性が主導権を握るもの。女性の服装は男性に準じて決めるものなのです。女性たちも男性が主導権を握るのを嫌がっていません。女性の服ばかり飾り立てるより、男性がエスコートしたほうが女性は輝くからです。まずは男性がそれなりにステキな洋服を手に入れ、日々服装について考えお手入れをして自分自身が輝くこと。それが結果的にパートナーを喜ばせ関係を改善することになるのです。

・これまで仕事を通していろいろな人を見てきましたが、幸せな人は仕事だけでなくプライベートも充実しています。家庭という基礎がしっかりしていれば、気持ちよく働けるでしょうし、そうしたものは必ず外見にもにじみ出てきます。

・たとえばストライプのシャツとスーツ。ストライプのピッチ(幅寸法)が同じくらいだと非常に野暮ったく見えます。そこにレジメンタルのネクタイとなるともううるさくて仕方がありません。「柄は2つまでかな、ネクタイは無地にしておこう」といったことは感性というより考えたら分かること。脚を組んだときに素肌がだらしなく見えると連想する能力があれば、ズルズルした分厚いソックスはやめようなんてわかるはずなんです。「みんなもそうだから」では完全に思考停止している証拠。逆に「考え」を反映させれば知的さが感じられ、装いは格段に洗練されて見えるものなのです。

・それではスーツの基本色。最初はスーツ自体のカラーから。
① チャコールグレーの無地
② ネイビー
③ ①のトーン(色の濃さ)違いの無地
④ グレーかネイビーのストライプ
間違いがないのは右の①~④のカラーをまず必要とするのが常識。これを知っておくことで実はビジネスシーンで自身がつくようになるのです。そう考えればまずグレーのスーツでの配色の基本、ネイビーのスーツでの配色の基本を知ることが大事。

・欧米のフォーマルシーンでは、まずグレーが主流。ネイビーよりも品格を感じ、好まれる傾向があります。実はチャコールグレーのVゾーンをマスターすれば落ち着いて貫禄を感じるだけではなく非常にエレガンゴなのです。若い新入社員に見えてしまいがちな方なら、グレーの強さを実感することでしょう。

・具体的な配色は以下の通り。
スーツ チャコールグレー ミディアム(中位の)グレー
シャツ 白 サックスブルー(薄い水色~多少濃いめの水色までOK)
ネクタイ ネイビーを主流に柄を揃える。
     無地 ドット 小紋 レジメンタル
     茶~ボルドーまでの赤ベースも相性がよい
     ただ若々しさは控えられるので老けがちな方は要注意
若く見えがちな人は信頼を得るためにボルドーという考え方も有効です。逆に老けがちな人は、グレーのスーツ×サックスブルーのシャツ×ネイビーベースのレジメンタル
攻めでやはり赤!黄!という方もただの赤ではなくもっと繊細な色選びに凝ってみてはいかがでしょうか?同じ赤でもいろいろあります。Vゾーンのバランスを考えたうえでの赤なら、単純に「自己主張できるから」と選ぶ赤とは信頼感がまったく変わってきます。

・慣れの一環として最高のサービスやおもてなしを体験してみるのもいいと思います。たとえばある海外の超一流ブランドのお店に行くと、どんなお客様にも丁寧に対応してくれます。もちろんお客様を値踏みはするのですが、それを見て態度を変えるような低次元なサービスはしません。一流のお店の販売員さんが総じてハイレベルなのは、やはりそういった一流の教育を受けているからです。これは洋服の業界に限りません。一流のレストラン、一流のホテル。どれを体験してもいいと思います。最高レベルのサービスを見て、実際に洋服を買おうとしているお店のレベルがどんなものかがわかれば、心の余裕につながるでしょう。また一流のサービスを受けようと思ったとき、あなたは少なからず服装にも気を使うはず。そうした総合的な勉強にもなるのでオススメです。

・オーダーメイドには、フルオーダー、イージーオーダー、パターンオーダーの3つがありますが、最初はパターンオーダーがオススメ。最近のパターンオーダーが、「こことここだけ」というピンポイントではなく、いろいろと融通を利かせて調整してくれるところが増えています。価格も幅広く、3万円台から提供があるので敷居は思っている以上に低いと考えて大丈夫です。

・大きめの体格の方で既成服がどうしても合わないという場合は、旅行を兼ねて海外に買いに行ってしまうという手もあります。「ええ~?」とおっしゃる方もいらっしゃるでしょうが、実はそんなに突飛な話ではありません。まずサイズでいえば間違いなく日本より海外のほうがそろっていて買いやすいはず。特にドイツやアメリカならあなたがどんなに大きめの方でも小さすぎて着られないということは絶対にありません。スーツの本場イギリスやイタリアで、サイズだけでなくデザインやシルエットなど豊富なラインナップを試せば勉強にもなります。金額面から考えても海外で買うのはオススメ。海外ブランドのスーツが現地では日本の売値の半額なんてざらにある話。30万円、40万円もする高級ブランドなら、旅費を入れてもまだお釣りがくるかもしれません。また海外に行くということは語学やブランドの情報も含めてそれなりに準備をしていくわけですから、知識はアップ。いい経験にもなりますし、変な話ですが海外で買ってきたという箔もついて着映えへの効果も期待できます。

・ではどうすればあなたは丁寧に扱われるようになるのでしょうか。販売員さんによっても対応が違いますから、まずは丁寧に対応してくれる販売員さんを見つけること。また空気が読め、相性がよい販売員さんならリラックスできますね。その前提で第一に忙しい日・時間帯に行かないこと。いくら丁寧に接してくれる販売員さんでも混んでいるときはムリがあります。いくら買う気があるといっても、「忙しいのに面倒な客」になってはいけません。確実にお店が空いているのは平日の午前中。多くの男性は仕事でなかなか行けないとおっしゃるでしょう。でも休みがとれるようなら、年に2回くらい有給休暇を使って行ってもいいと私は思います。販売員さんも暇を持て余すよりはお客様の相手をしていたいので、あまり売り上げを考えず丁寧にコミュニケーションをとってくれます。こういうときは質問もしやすくなるので、いいアドバイスが聞ける可能性が高いといえまs。そしてよい販売員さんに巡り合えたら、次回からは会社帰りでもよいのです。ちょうどシャツを着ていますし、いつもの靴を履いていますから実際の仕事スタイルとして試着できます。

・丁寧に扱われる方法はほかにもいろいろ考えられます。ひとつは定期的にお店に行くこと。それほど熱心に足を運ぶ必要はありませんが、ご案内がもらえるくらいの関係になっておけば、ある程度いいお客様というイメージをもってもらえているはず。当然、対応は丁寧になります。それに妙に緊張しないこと。とくに「ムリに買わせようとするんじゃないか?」と身構えていると、それは販売員さんにも伝わり対応がよくなるはずもありません。3つめはムリによく見せようとしないこと。予算がないならないで、はっきりと告げたほうがいいでしょう。知ったかぶりは、いちばんカッコ悪いのでやめましょう。知識だけ詰め込んでいって披瀝しても逆効果になるだけです。

・販売員さんに悪意があるわけではありません。本当にそれがいいと思ってオススメしているのです。でもお客様にとっていい買い物とはいえません。こういうことがないように、なるべくあなたの年齢や体型に近い販売員さん、もしくは「あの人のスーツの着こなし、いいな」「ああいうスタイリング、ステキだな」と思えるような販売員さんを選びましょう。特にスーツをオーダーする際は販売員さん選びで出来映えに差がつきます。

・あなたがいちばん「納得できるお金の使い方」は何かです。それを知るには、
①洋服を見るときに何を見るか
②洋服を着たときに何を感じるか
③購入後、気になることは何か
-を考え、購入に至る優先順位を自分なりに決めることです。たとえば①~③の中で一番気になるのが③で、しかも買ったあとの洋服の状態とすれば、優先順位は「耐久性」になります。洗濯に強くヘタりにくいものに価値を置けば、縫製を見てヤワではないものを選べば納得できます。着心地が優先なら「素材」。クオリティのよい天然素材を選ぶと良いでしょう。着たときの気分優先なら、デザインやシルエットに程良いトレンド感を感じるものを選びます。優先順位が決まったら、そこは妥協せず探し切り、お金の使い方の比重もその順位に沿ってください。

・3万円のスーツだったらシャツは1万円くらいのものを着ていたほうがスーツも多少高く見える可能性を生みます。バランスはよくなさそうでうが、スーツもシャツも平均的なお手頃価格では、全体に寂しい感じになってしまいます。靴はシャツ以上に価格で善し悪しが現れるアイテムです。ビジネスシューズとして革靴を履くなら、目安は3万円以上。たとえば予算が6万円でスーツを靴を買うとすると、5万円のスーツに1万円の靴の組み合わせではなく、3万円のスーツに3万円の靴のほうが断然見栄えがします。

・スーツのオーダーの流れはだいたい次のようなものになります。
打ち合わせ→生地を選ぶ→採寸→ボタンの選択などのオプション選び
打ち合わせではどんなスーツがほしいのかをお店の方と話します。ここのコミュニケーションで満足度も変わってくるので、要望はしっかりと伝えましょう。
フルオーダー:一人ひとりの体型に合わせて型紙から作り出すシステム。作り手の考えが洋服に如実に現れます。3つの中ではもっとも高額。発注から納品までは2、3ヶ月~半年。
イージーオーダー:既存の型紙を活用するシステム。さまざまな微調整が利きますが、採寸者とお客様で価値観が共有できないとイメージギャップが起きやすく、ある程度オーダーする側の知識も問われます。発注から納品までは約1ヶ月。
パターンオーダー:既製服と同じ型紙を使うため、安価でフィット感が得られる標準体型の人にオススメのシステム。ゲージサンプル(実際に着られるサイズサンプル)があるので、仕上がりが想像しやすいのもメリット。発注から納品までは1ヶ月前後。

・プロがスーツにブラシをかけると、実際見違えるように美しくなります。冗談のような話ですが、プロに預けたコートやスーツを返してもらって、自分のものではないと勘違いされる方も珍しくありません。そこまでは難しいとしても、ほんの数分の手間ですが、帰宅後、毎日スーツにブラシをかけることで洋服本来の輝きを取り戻し、着ている人も同じように輝きを放つことになります。ブラシはまず、ざっくりは外でかけるのがベター。花粉の季節は花粉を室内に持ち込む量を減らせますし、インフルエンザやかぜの接触感染予防にもなるといわれているからです。その後は室内で丁寧にかけましょう。

・一口に洋服ブラシといっても数百円から5万円もする高級品までさまざまですが、1万円以上するものなら、いい道具を使っているということでモチベーションが上がり、ブラッシングの習慣をつけやすくなります。「1万円は高い」と思う方もいらっしゃるかもしれません。でもクリーニング代を節約できること、そして毎日ピカピカのスーツやコートで働けることを考えたら、十分に元は取れるのではないでしょうか。オススメは、馬毛や豚毛など天然獣毛のもの。通販でも購入できますが、百貨店の洋品店や東急ハンズ、ロフトなどのホームセンターで、実際に手を取って確かめてみるのもいいでしょう。

・1日着たスーツは、結構な汗が浸み込んでいます。ジャケットは、風通しのいい場所に陰干しを。湿気を吸う木製ハンガーにかけるのがオススメです。パンツも同様に陰干しですが、裾のほうを上にして逆さに吊します。こうすると、パンツ自体の重みでシワが伸び、折り目のクリースラインが長持ちします。ジャケットの肘やパンツのひざ裏などにシワがあれば、そこに霧吹きをシュッと軽く吹き付けておきます。よく乾かせば、それでシワがほとんどとれてしまうはずです。

・スーツは生き物と書きましたが、それは靴も同じこと。ですから、履かれていないときもきちんと「休ませる」ことが大事。これが靴をいい状態に保ち、長持ちさせる大前提になります。まずはあなたの靴をしっかりと休ませるためにも、靴箱はいちばんいい場所を確保しましょう。すると展示品のように眺めるようになり、自然にお手入れしなくちゃなという気分にもなってくるものです。

・お手入れといっても、帰宅したらシューキーパーを靴の中に入れて靴ブラシをシュシュッと全体にかけるだけ。作業する時間はほんの10秒、20秒。靴クリームは2週間に1回程度で十分です。こうしたちょっとした毎日のお手入れで靴の見栄えはぜんぜん違ってきますし、断然長持ちします。

・木製である程度の価格のものを入れるのが理想ではありますが、それより何より、とにかく100円のシューキーパーでもいいから毎日入れることが大切。やるとやらないとでは、靴の傷み方がまったく違ってきます。それでも面倒という方は、100円のシューキーパーを毎日入れるのは、100円を毎日貯金しているのと同じと思ってください。これを続けていれば、やがて1000万円くらいの年収アップにつながります。これは私の経験上、絶対です。スポーツの世界では練習は裏切らないといいます。ファッションも同じで、やったことは裏切りません。やっただけの効果が確実に出ます。

・雨に降られたおき、帰宅してから靴の中に新聞紙を丸めて入れるということをやったことがある方もいらっしゃるでしょう。でも新聞紙を1回入れただけでは湿気は十分に取れません。15~20分くらい時間をおいて新聞紙を交換する必要があります。いちいち時間をはかるのが面倒という方は帰宅したら、まず新聞紙を丸めて靴に入れます。そしてあなたも雨で濡れていますからお風呂に入りましょう。お風呂から出て着替えたら、靴の中の新聞紙がちょうど湿気を吸った頃合いなので、新聞紙を交換します。

・日本の男性が鏡を見る回数は、女性の30分の1といわれるほどとんでもなく少ないのです。「あちこちの鏡で自分の姿をチェックするなんてカッコ悪い」「照れくさい」。そういう男性が多いようです。でも女性からすれば、鏡を見る男性の姿はカッコ悪くもなんともありません。むしろ相手の男性が鏡でネクタイのゆがみを直してくれたりすると「自分のために直してくれている」とちょっとうれしい気がするものです。鏡を見るというのは、自分の外見を気にするということ。大半の男性は年齢とともに外見を気にしなくなり、鏡を見る回数が減ります。鏡で自分をチェックする回数が減ると人は醜くなり、ある程度の年齢になれば絶対に老けます。特に一人暮らしや独身の方こそご用心。誰も見ていないということは、服装にとってそれだけでマイナスであることを知るべきです。一方、少数派ですが、常に鏡でセルフチェックしている方は確実にいます。そして鏡を見る人と見ない人では、年齢とともにどんどん外見に差が付いてしまうのです。逆に今、鏡を見る習慣を身につければ、大半の男性に差がつけられるチャンスともいえます。

・鏡を見る習慣をつけるため、ぜひ前進が映る鏡を手に入れてください。一度、外に出ると、あなたは周囲から全身を見られています。ですから、全身が映る鏡で頭からつま先までチェックするのです。毎朝、出勤前に全身をチェックすると、会社の同僚など周囲からの評価が変わってきます。寝癖がついていないか、洋服にシミがないか、ボタンがとれかかっていないかなど、清潔感を損なっていないかどうかのチェックになるという効果が一つ。もう一つは、鏡で自分を客観視できるという効果です。「今日の服装は、これでいいのか?」「もう少し、渋い色を取り入れたら信頼感が出るかもしれない」といったことを考え、改善するきっかけになります。そうして少しずつ変わっていくあなたを見る人は見ているものです。

・鏡は、頭の先からつま先までが入るのはもちろん、1メートルくらい離れたところか横幅が全部入るものを。置く場所は玄関が理想。靴まで履いた状態、つまり出勤スタイルすべてが一目で確認できるからです。玄関が難しいなら部屋の中でもいいので、とにかく毎朝チェックしましょう。また鏡の数は多くなるほど、自分のスタイリングについていろいろと気づくことが多くなり洗練されていきます。後ろ姿もチェックできる三面鏡があればなおよいですね。

・革靴の脱ぎ履きはあなたはどうしていますか?靴べらを使わずに足を入れたり、ひも靴なのにひもをほどかず脱ぎ履きしたりしていませんか?いい加減に脱ぎ履きしていると、靴が傷むだけでなく、所作としても醜いもの。逆にお座敷での飲み会でみんなが酔ってもたもた靴を履いているなか、さっと携帯用の靴べらを使ってきれいに靴を履くと、それだけでカッコいいと思われます。周囲、特に女性は、意外をそういうところをよく見ています。きちんとした人という評価を得るためにも、毎回靴ひもはほどいて脱ぎ履きし、靴べらは自宅だけでなく、携帯用のものを買って常に持ち歩くようにしましょう。携帯用の靴べらは百貨店よりも雑貨店やホームセンターのほうが種類はそろっています。高価なものというよりいざというときの所作として準備しておくことが大切です。

・スーツのブラッシングの手順
<毎日の習慣>
①ポケットの中身をすべて出して広げる(ハンガーにかけて作業してもOK)
②下から上へブラッシング(繊維に付いたホコリや汚れを書き出すために、洋服を押さえながらまずは下から上へとブラシをかけます)
③上から下にかけて整える(上から下に向かってブラシをかけることで、ホコリなどを取りながら、洋服の繊維を整えていきます)
※パンツは膝から下を念入りに(パンツもジャケット同様にまず下から上へ。次に上から下へブラシをかけます。汚れが特にひどい膝から下は念入りに。
<2週間に一度程度の習慣>
①襟やラペルの裏側は意外とホコリがたまるもの。定期的にブラッシングしましょう。
②ポケットの隅にたまったホコリやゴミを取るためにも、裏返してブラシをかけましょう。

・形状記憶シャツについては正直オススメできません。結局のところ、干し方にかなり気をつけなくてはならず100%アイロン不要とは言い切れない状態になるからですが、雰囲気が出にくいのも気になります。アイロンがけをまったくしないという選択は、クリーニング以外に難しい。それなら、ハンガーにかけたままスチームを当てるタイプのアイロンがオススメです。時間短縮でありながら、上出来な仕上がりになりますよ。このタイプのアイロンは生地を傷めにくいという利点もあり、ワイシャツだけでなくニットなどもふんわりした風合いを戻しながらいい感じに仕上げてくれます。

・会社に持ち歩くカバンは、日々の汗ジミやホコリで以外と汚れるもの。人の目によく触れるアイテムでもあるので、3日に1回くらいは、布でホコリを落としてあげてください。使う布は、柔らかくて少し厚手のもの。使い古しのTシャツなどがオススメです。やり方は革製は乾いた布、ナイロン製なら水で硬く絞った布でササッと表面を拭くだけで、見栄えがぜんぜん違ってきます。ベルトや腕時計の皮ベルトなどの皮製品は、月1回程度、皮のカバンなら半年に1回くらい乳化性クリームを塗ってあげましょう。

・オシャレなレストランに限らず、日頃から洗練された空間に行く習慣があれば、こういうときでも迷わず服装が選べます。洗練された空間には必ずステキな服装の方がいます。そうした空間に行く回数を重ねていくと、だいたいどういう服装がふさわしいかが分かってくるので、急なお誘いでも困りません。

・確かに定番と呼ばれるいつの時代に着てもおかしくないものもあります。でも多くの場合、良くも悪くも洋服は時代感を感じさせるもの。10年前のものを着ていると、たとえコンディションがよくても、古さを感じさせるものです。その古さというのは、以前はわりと大きめのジャケットが主流だったのに、ここ最近は細身がはやりなどといったサイズ感にいちばん出てきます。洋服がきれいに見える美しいフォルムというのは、体にフィットしているからです。そういう意味では少し体型が変わったのに何年も前のスーツを着ているのはあまり美しくないということにもなります。一般的に女性もので3年、男性ものスーツで5年たったものは時代感が出てしまうといわれています。5年を目安に処分を考えてもいいかもしれません。

・町の修理屋さん、修理チェーン店でも直せますが、習慣にするためにはユニオンワークスなど靴修理専門店に行くことをオススメします。腕がよいのはもちろん、気分が上がる店内の雰囲気や、そこにくる人たちの空気感を味わえば「洗練された空間へ行く」の習慣となり、靴修理の目的以上のセンスアップにもつながることでしょう。

良かった本まとめ(2016年下半期)

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「ブラッスリー・レカン(東京 上野駅)」のフレンチはとてもオススメ!

2017年04月26日 01時00分00秒 | 外食
 ZAGATに掲載されていて、しかも上野駅構内に昭和7年に建造された貴賓室を現代的に活かしたお店とのことで、その内装を見たいと思い、4人で予約してブラッスリー・レカンへ行ってきました♪


↑店の案内


↑店の入口

 場所は、まさしくJR上野駅構内で、改札の外側になります。
いわゆる駅ナカではありません♪

 入口の上の方にフランス語でブラッスリー・レカンと書いてある看板をくぐると右側がカフェで、まっすぐ奥がそのブラッスリー・レカンです♪
少し分かりにくいのでご注意ください♪

 あらかじめネットで食べログで予約していたので、一番奥の席を確保して頂けていました♪

 室内は綺麗で上質で、少し席の間隔は狭めですが、昭和7年建築当時の貴賓室らしい飾りなどもあり、素晴らしいです♪
 また客層も上品そうな方ばかりで驚きました♪
店の外の喧騒とはまったく逆の静かで上質な空気が漂っています^_^)


↑室内

 料理は4600円(税抜)のコースで、しかもスパークリングワインが4人で1本サービスというのは嬉しいです♪


↑メニュー

テーブルの上には、コース料理用のメニューが置かれていて、その中から前菜や魚料理、肉料理を選ぶこととなります♪


↑コースメニュー

また、最近自宅でも買ったライヨールのナイフが置かれていたのは嬉しかったですね♪
ミツバチマークがあり、格好よくて、そして切れ味が良くてとてもオススメです♪

さっそくスパークリングワインが注がれ乾杯します♪
グラスも美しく、すっきりとした味わいで美味しいです♪


↑スパークリングワインのボトル


↑スパークリングワイン

 それから前菜から色々と運ばれますが、今回は4人での会食だったので、話が弾み、またメモを取っていなかったので、申し訳ありませんが、どんな内容だったのかあまり覚えていません♪

美味しかったのは確かです^_^;)


↑前菜

パンは2種類あり、お代わりできました♪


↑写真撮影を忘れていて少し食べてしまったパン

サービスとして生ハムを頂けたのは嬉しかったです♪


↑サービスの生ハム


↑確か鴨肉?の前菜


↑魚料理


↑子羊のロティバジル風味 リンゴとポテトのコロッケ

最後にデザートを5種類から選べたのも嬉しかったですね♪
どれを選ぶか相当悩みます♪


↑デザートメニュー

 結局「バニラ風味のフランとイチゴのコンビネゾン」を選択しました♪
なお「本日のケーキ盛合わせ」は、かなり色んな種類がありながらもそれぞれボリュームがあってこれも良さそうでした♪

飲み物は紅茶も選べましたがコーヒーをお願いしました♪


↑バニラ風味のフランとイチゴのコンビネゾン

 デザートがさすが美しかったですね♪
しかもイチゴがジャムのような甘さがあり素晴らしいです♪
美味しいです♪


↑コーヒー

コーヒーも美味しかったです♪

ブラッスリー・レカンは、昭和7年建造の貴賓室をベースとした上質な店内で美味しいフレンチを堪能できとてもオススメです♪

美味しかったものまとめ(2016年下半期)

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「赤坂 菊乃井(東京 赤坂)」でのランチはとてもオススメ!

2017年04月25日 01時00分00秒 | 外食
 東京メトロ赤坂駅から徒歩約5分の所にある念願の「赤坂 菊乃井」へランチに行ってきました♪

 人気なお店で、事前に電話で予約しましたが、最短で行けたのは約2ヶ月先でしたね^_^;)
すごい!

 ランチのメニューは昼懐石の1万円と高台寺御膳5千円の二種類で、せっかくなので昼懐石をあらかじめ注文しました♪

 また12時から13時までの間に入店して下さいとのことで、12時で予約しました♪


 そして、当日は12時前に到着し店内に入りますが、門から玄関まではかなり長く、ビルとビルの間の道をてくてく歩きました♪
ビルの間とはいえ木々の緑が美しい♪
きっとこの空間は夜は幻想的なのでしょう♪


↑店の門

 その道に入ってすぐの左側に小さな祠があって何だろう?と思いましたが、後で訊くと蛇の神様を祀っているとこのことでした♪
しかも白い生卵が供えられている♪
蛇の神様は商売繁盛に御利益があるとのことで、祀っているということでした♪
蛇の神様は商売繁盛とは知りませんでしたね♪


↑玄関

店に入るとカウンター席に案内されました♪
カウンターの上には自分の名前の札が置かれていました♪
カウンターの先には庭が見え、石灯籠もあります♪
店内はさすが清潔で綺麗で明るいです♪


↑カウンター先の庭

テーブルにはナプキンと献立が置かれています♪
ナプキンには「菊乃井」と書かれていて、後でナプキンは持って帰ってくださいと言われたのには驚きました♪
ありがたく頂戴いたします♪


↑ナプキン


↑献立

そしてテーブルに赤い杯が置かれていて、お酒を少し注がれたのには驚きました♪
正月気分です♪
訪れたのは2月で、立春や初午を祝っているのでしょうか?


↑杯

 そして赤蕪蒸し海老餡かけ 山葵が運ばれます♪
アツアツの餡がたっぷりで中には車エビが入っていて、上のほうに山葵があり適度にツーンとして美味しいです♪
 お店の方が、丁寧に料理の説明をしてくれます♪


↑赤蕪蒸し海老餡かけ 山葵

それから八寸ということで、大きく「立春 大吉」と書かれた箱が運ばれます♪


↑八寸の箱

その箱を開けると、お多福の顔が見えて面白い♪
梅の枝もありますし、何だか明るくて、めでたさを感じます♪


↑八寸の箱のお多福


↑八寸

特に手綱寿司が美しく美味しかったですね♪
なぜ手綱かというと、初午(馬)のためとのことで、洒落ています♪
梅の花びらの形も2月の季節感を味わえ嬉しいです♪
それから黒豆もとても柔らかく上質さを感じましたね♪

そして向付が運ばれます♪


↑向付

本マグロの刺身と、あかし天然鯛とのことでした♪
築地で仕入れですか?と訊くと、なんと関西からトラックで運んでいるとのこと!
間に合わない場合は成田空港まで空輸しているとは驚きました!
醤油皿が二つあり、マグロは右側の生卵醤油を絡めて美味しく頂きました♪
マグロは生卵が合いますね!
またそのマグロが適度な柔らかさと温度で素晴らしい♪
そして真鯛もさすが良い歯ごたえでした♪
それから淡路島の新海苔が初めて食べる味で、新鮮さを感じてとても良かったですね♪

それから蓋物が運ばれます♪
これが今回のメインでしょうか♪


↑蓋物

百合根饅頭で、フォアグラ入りの鶏つみれで、上にはトリュフがあり良い香りが漂っていました♪
アツアツの餡がこれも美味しいですね♪

そして焼物は氷見の寒鰤とのことで脂が乗っていましたね♪
その隣に大量の辛味大根おろしがありました!
辛いですが美味しい♪


↑焼物

親切にも、その京野菜の辛味大根を目の前に置いてくれました♪
大根の原産に近いものとのことです。
結構丸いです♪


↑辛味大根

それから、くり貫いた三宝柑の中に鱈の白子や豆腐が入った強肴も葉付きで色も楽しめて素晴らしかったですね♪
美しい!


↑強肴

そして、初午御飯ということで、炊かれたばかりの御飯を食べられたのは嬉しかったです♪
しかも貝柱も入っていて美味しい♪
この残りは持って帰ることができて、それも嬉しかったですね♪


↑初午御飯

留椀としては、ゴボウすり流しで意外と塩気がなくて薄味なのには驚きました♪
薄味は好きなので、美味しかったです♪


↑留椀等

最後に水物は、焼きリンゴのバニラアイスクリームか白玉小豆の抹茶アイスクリームを選べ、抹茶アイスクリームにしました♪


↑白玉小豆の抹茶アイスクリーム

抹茶が想像以上に濃厚なのには驚きました♪
さすが京都のお店ですね♪

「赤坂 菊乃井」は、清潔で綺麗な空間の中で、お店の方は優しくおもてなしをしてくれ、そして美味しい和食を頂けとてもオススメです!

美味しかったものまとめ(2016年下半期)

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かっぱ橋道具街(東京 台東区)の「かなや刷子」の「毛玉取りブラシ」はとてもオススメ!

2017年04月24日 01時00分00秒 | 良い物・サービス
「毛玉取りブラシ」の購入はコチラ

 東京の浅草近くにある「かっぱ橋道具街」を歩いていると「かなや刷子(ぶらし)」という「ハケ」と「ブラシ」の専門店が、かなり新しく綺麗なお店だったので行ってみました♪

創業は大正3年4月とはかなりの老舗ですね!


↑かなや刷子

 前回このブログで紹介した馬毛の歯ブラシのほかにもう一つ毛玉取りブラシも気になって購入し、とても良かったので紹介したいと思います♪


↑毛玉取りブラシ

 この毛玉取りブラシはセーターや靴下などに発生する毛玉を簡単に取るというものです。

 今まで私の場合は、毛玉が出来るとハサミを布の表面に対して平行に接しながら少しずつ毛玉を取っていて、それはそれでかなり熟練して楽しくて良かったのですが、この毛玉取りブラシを使うと、あまりの楽さ加減に驚きましたね♪

この毛玉取りの使い方はカラー写真付きで商品と一緒に入っていたのですが、コツはブラシを少し斜めに傾けて毛玉を取ると良いようです。
ある程度面が広いので、かなり楽に毛玉が取れます♪


↑毛玉取りの使い方

さっそく私の防寒用の靴下で試してみました♪
靴下があまり綺麗ではなくて申し訳ありませんが、こんなに綺麗になりました♪


↑購入した毛玉取りブラシ


↑使用前の靴下


↑毛玉取りブラシ使用後の靴下

私の経験から少し気をつけなければないこととして、以下の2点かと思います。

(1)強く押してブラシをかけると毛玉以外の本体もほつれそう
(2)編み目に沿ってブラシをかけた方がほつれなさそう

それにしても、ブラシ部分にすぐに毛玉が集まりましたね♪
それだけ楽に毛玉が取れるということです。

 このブラシに集まった毛玉は専用ブラシで取り除くこともできるようですが、今回買わなかったので自分の指で取り除きます♪
(上記のAmazonでは専用ブラシ付きで購入できますね)
結構しっかりブラシに毛玉が付いていて取るのが大変でしたね♪
でもまあ大したことはありません^_^;)


↑ブラシ部分の毛玉

なお値段が3580円と2700円のものがあり3580円のブラシは豚毛のようで、2700円のものは化繊とのことです。
3580円の方がカシミヤなども対応できるようなので3580円の方を買ってみました♪
一生モノとして、この毛玉取りブラシは使いたいですね♪

「かなや刷子」の毛玉取りブラシは、簡単に毛玉が取れてとてもオススメです!

お勧めなお話(2016年下半期)

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「下流老人と幸福老人(三浦展)」という本はとてもオススメ!

2017年04月21日 01時00分00秒 | 
「下流老人と幸福老人」の購入はコチラ

 「下流老人と幸福老人」という本は、シニア調査から上流老人と下流老人の資産や男女別等で、何が幸福で不幸と思っているか、人生を振り返っての反省点、幸福老人はどういう考えを持っているか等について明らかにし、そして今後幸福老人を増やすにはどのような社会が望ましいかについて、実際に行われている良い例も含めて紹介されています♪

 意外と幸福度には男女や年齢、金融資産による差はあまりなく、金融資産が少なくても幸せな人は5割以上いるというのは驚きましたね。

 また幸福老人は自分だけでなく他人の幸福を考え、趣味の仲間や隣近所に友人が多い人であり、不幸老人はお金に執着し、夫婦や子供との関係が悪い人のようです。

 特に女性は隣近所に友人が多いほうが幸せで、既婚以外の一人暮らしの男性シニアは交際している異性がいると格段に幸福度が上がるとはナルホドと思いましたね♪

 また、シニア以外でも年収が高ければ幸福度が高いというわけではなく、年収800万円くらいがもっとも幸せというのは驚きましたね。

 それから人生の失敗は「もっと貯金や資産を増やしておくべきだった」というのがダントツで、そのほか「もっと遊び、恋愛をし、プライベートを大事にすれば良かった」という意見が多かったようです。

 人生は仕事を頑張り、仕事だけでなく遊びや恋愛、趣味も大切ということですね♪

 そして不幸の最大の要因は夫婦生活で、人生の成否のかなりは結婚で決まるようです^_^;)

また、お金持ちは断捨離をし、近所のカフェやレストラン等に行き、コンサートに行き、図書館で新聞や雑誌など本を読み、野菜をよく食べ炭水化物を減らした食事をしているとはナルホドと思いましたね。

 それから、今後の社会としては中古住宅をリノベーションすることによって不動産の価値を再創造し、シェアハウス、シェアオフィス、店舗、コミュニティスペースなど様々な用途に活用していくことが望ましいようです。

 特に高齢者が若い人に安くホームシェアするというのは、相互に助け合い、刺激し合って、また高齢者は少しながらも収入が増え、若い人は安く賃貸でき、お互いメリットがあって良いことではないかと思います♪

 それから巻末には「ひふみ投信」のレオスキャピタルワークス代表取締役社長の「藤野英人」さんのインタビューもあり、私も参加している「ツイッターピアノの会(略称「ツイピの会」)についても書かれていたのには驚きましたね♪

 「下流老人と幸福老人」という本は、これからの幸せな人生のためのヒントとなりとてもオススメです!

以下はこの本のポイント等です。

・60歳以上の方は自分が以下の項目に当てはまるか、60歳未満の方は60歳以上になったときを想像してチェックしてみてほしい。
□趣味の仲間などの友人が多い
□隣近所に友人が多い
□未婚、離別ではない
□子供がいて、たまに会っている
□孫の顔を見るのが楽しい
□夫婦仲が良い
□健康である
□異性の友達がいる
□お金や高級品に執着しない
□自分の幸せよりもみんなの幸せを考える
以上のうち7個以上当てはまるものがある人は、おそらく「幸福老人」である。

・「シニア調査」「シニア追加調査」によりシニアの幸福度を見ると、両調査ともに「とても幸せ」が7%台、「幸せ」が6割弱、合計すると7割弱が幸せである。男女差、年齢差はほとんどない。また金融資産別に幸福度を見ると「とても幸せである」という人は5000万円以上で13%だが、残りの資産階層でも5~8%くらいであまり差がない。そして「幸せである」は2000万円以上の階層では67%前後であり、500万円未満の階層で6割を切り、200万円未満では49%であり金融資産の多い少ないによる幸福度の差は確かにある。だが見方を変えれば、200万円未満しか資産がなくても半数以上のシニアは幸せなのだ。しかも資産200万円未満で「幸せでない」人は15%だけであり、31%の人は「どちらともいえない」と回答している。資産と幸福度には相関があるものの、資産が少ないことが決定的に不幸と結びついてはいないのである。

・金融資産500万円未満の階層の人々は、人口では29%だが、資産は2.1%しかない。1億円以上の階層の人々は人口では3%だが、資産では30%を占める。これが下流老人と上流老人の資産格差の実態である。

・過去1年の入院費、治療費、薬代、リハビリ費の合計をたずねたところ、金融資産の差による違いはなかった。つまり資産があってもなくてもかかる医療費は同じだということである。こうしたことが資産の少ないシニアが生活資金の不足でますます不安になる要因である。病気になったら収入のほとんどが医療関係にとられてしまうからである。

・「墓友」というのもあるそうだ。死後には共同墓地などといった同じ墓に入ることを前提としてつきあっている交友関係のことを言うのだそう。宗教団体に加えて企業やNPO法人などが共同墓地の運営に乗り出すようになってきており、そこで募集されている共同墓地に友達同士で共に応募をするという行動を取っている。このような墓友というのは老人同士のサークルなどで知り合った者同士という親戚ではない他人同士だそうだ。

・「仕事はしたいが、いい仕事が見つからない」「家事を自分にかわってやってくれる人がいない」といったより生活に即した項目も浮上する。収入、資産が少ない分、まだ働きたいというニーズはあるが、いい仕事がないのである。1億総活躍というのであれば、シニアが自分が面白い、自分を活かせると思える仕事を見つけられることが重要だ。単に労働力不足だから、年金を減らすから働けというのでは、精神的に貧しすぎる。それでは老人を財政難解消の手段として使い尽くそうとしているだけである。年をとってからは、より自己実現的な仕事、人の役に立っていると実感できる仕事をしたいと思うのが人情である。そのことが幸福老人の増加にもつながるはずである。また一億総活躍の風潮が仕事がしたくてもできない老人を役に立たない人間であるとみなす風潮を生み出すことは避けなければならない。老人というのは基本的には今まで長く生きてきて、苦労してきて今はもうそこにいてくれるだけでいいよと思われるべきコンサマトリーな存在であるべきだからだ。

・自分の人生を振り返り、後悔することは誰でもたくさんあるはずだ。そこで「これまでの人生で失敗した、もう少しうまくやるべきだったと思うこと」を選んでもらった。全体では「もっと貯金、資産を増やしておくべきだった」がダントツで38%。やはり老後にお金がかかることを気にしているのだ。次いで「もっと遊んでおくべきだった」「もっと恋愛をしておけばよかった」「もっと仕事中心ではなく、プライベートを大事にすればよかった」も1割を超えた。

・人生への後悔は今「幸せではない」人のほうが多いはずだから「幸せではない」人が「幸せである」人より多い順に並べてみた。すると「夫婦生活があまりうまくいかなかった」が1位に浮上した。「幸せではない人」では28%に対して「幸せ」な人では3%と大きく差が開く。やはり人生の成否のかなりは結婚で決まるのだ。次いで「もっと貯金、資産を増やしておくべきだった」が55%、「自分の学歴が足りなかった」が20%。少し下位で「事業を始めたがあまりうまくいかなかった」が12%、「転職、脱サラがあまりうまくいかなかった」が12%、「退職金の使い方が少しまずかった」が16%だった。さらに「子供のしつけがうまくいかなかった」が16%あり、「もっと遊んでおくべきだった」「もっと恋愛をしておけばよかった」はいずれも22%と若い頃の生活を後悔しているようである。

・人生の失敗を男女別に見ると、男性が女性より多いのは「もっと仕事中心ではなく、プライベートを大事にすればよかった」「もっと貯金、資産を増やしておくべきだった」「出世があまりできなかった」「もっといい家を買うべきだった」「職業選択を少し間違った」「もっと恋愛をしておけばよかった」「転職、脱サラがあまりうまくいかなかった」「事業を始めたがあまりうまくいかなかった」だった。やはり男性は、仕事、住宅というお金に関わることでの失敗を感じている。

・逆に女性が男性より多いのは「夫婦生活があまりうまくいかなかった」「自分の学歴が足りなかった」「子供の就職がうまくいかなかった」である。現在のシニアの女性はまだ見合い結婚も少なくなく、また学歴を制限され、大学進学率はまだ低く、学校卒業から結婚・出産までの期間が短く、結婚前に独身貴族時代を過ごした人は少ないからである。

・金融資産別に人生の失敗と感じていることを集計すると、当然ながら資産が500万円未満のシニアは「もっと貯金、資産を増やしておくべきだった」が57%もある。「退職金の使い方が少しまずかった」も15%で金融資産2000万円以上のシニアとの差が大きい。また金融資産別・幸福度別に見ると、金融資産2000万円以上の人で「幸せではない、どちらともいえない」人が「幸せである」人よりも失敗だと思っていることは「夫婦生活があまりうまくいかなかった」「もっと恋愛をしておけばよかった」である。特に「夫婦生活」は30%対1.6%という大きな差がある。また「子供のしつけがうまくいかなかった」も「幸せではない人」では15%あり、「幸せである人」の5%と差が大きい。資産があっても幸福でない人は、恋愛、夫婦、子供といった家族面での後悔が多いのである。

・上流老人は学歴もあり、仕事では成功したが、画竜点晴を欠くがごとく夫婦生活に失敗したり、子育てに失敗したり、あるいは健康を害して自由に動けなくなったりすると俄然不幸感が強まるということができる。

・個人の年収と幸福度の相関を見ると、基本的に年収が高くなるほど幸福度が上がる。ただし600万円を超えると幸福度は伸び悩む。「とても幸せ」に限れば1200万円以上で15%と増えるが「幸せである」と合計すると78%であり、800万円~1200万円未満のシニアの82%よりも少ない。600万円以上収入があることは幸福度にとってはあまり意味のないお金であり、1200万円以上あってもますます意味がないらしい。これはシニアに限らず見られる傾向であって、私の調査経験でも、30~40代の年齢層であっても年収が1000万円以上になると幸福度が下がることがしばしばある。また男性は年収が上がるほど既婚率が上がるのだがやはり1000万円を超すと既婚率が下がる傾向もほとんどすべての調査で見られた。詳しい理由はなぜなのかわからないが、どうも年収800万円というのが最も幸福なラインらしいのだ。また年収と幸福度が比例するとはいえ、年収が低いシニアでも幸福である人は過半数いる。200万円~300万円未満のシニアでもほぼ3分の2は幸せである。そしてこの年収階層のシニアが実数では最も多い。最も人口が多い年収階層のシニアの3分の2が幸せであると感じられる社会は、今のところはそんなに悪い社会ではないといえるのだろう。

・配偶関係による幸福度の差を見ると全体ではやはり既婚者の幸福度が高く、離別者と未婚者では低い。だが男女別に見ると男性の未婚者は「幸せ」が40%弱であるが、女性の未婚者は60%であり大きな差がある。また男性の離別者は「幸せ」が35%だが、女性の離別者は56%、男性の死別者は「幸せ」が41%だが、女性の死別者は68%でありやはり差が大きい。男性は一人では幸せになりにくいらしい。世代的に家事ができない男性がまだ多いことも大きな要因であろう。さらにそこに金融資産をクロスすると男性の離別者や死別者、女性の未婚者、離別者で、資産が多くなるほど幸福度が上がる傾向が顕著である。男性離別者の資産500万円未満では「幸せ」は40%弱だが、2000万円以上では57%だし、男性死別者の500万円未満では「幸せ」は30%だが、2000万円以上では62%と30ポイントも開きがある。

・女性離別者も、500万円未満では「幸せ」は53%だが、2000万円以上では82%とやはり30ポイント近くも開きがある。こういう女性は離別してキャリアウーマンとしてバリバリ働いて資産を形成したのか、それとも慰謝料をたくさんもらったのか?集計してみると離別し500万円以上資産があり、かつ幸福な女性のこれまでの主な職業で多いのは会社員である。現在のシニア女性としては珍しいキャリアウーマンが、離婚と引き替えに資産を得て幸福となったケースがあるということである。このように独り身の特に女性の高齢者の幸福度を上げるためには、資産を多くすることが有効である。今後、未婚、離別、死別の高齢者がますます増えるだろうから、そうなりそうな人々は計画的に老後までに資産を形成しておく必要があるということになる。

・女性全体では「子と孫の世代と同居」する人、つまり三世代同居で「幸せである」人が75%と多い。そして500万円未満の人では男女ともに「子の世代と同居」する人の幸福度は低めであり、「幸せである」が48%台である。おそらく収入の低いパラサイトシングルと同居するシニアの幸福度が低いということであろう。

・最近の生活に関する質問への回答を金融資産別に集計し、資産2000万円以上が500万円未満より多い順に並べてみた。すると、差が大きいのは「家のなかのいらないものをたまにゴミとして捨てている」「近所の喫茶店、ファミリーレストランにしばしば行く」「クラシックのコンサートにたまに行く」「図書館に行って新聞や雑誌を読んだりすることがよくある」「野菜をよく食べたり炭水化物を減らした食事をしている」「近所の居酒屋などによく行く」「近所のファミリーレストランなどで2000円以上の食事をすることがしばしばある」などであり、上流老人が断捨離、健康生活、文化生活を重視していることがわかる。

・対して500万円未満のほうが多いのは「宝くじをよく買う」「近所の公園によく行く」である

・男女別に見ると、女性は「友人の家によく行く」「近所の人の家によく行く」といったつきあい系が男性よりも多いことが特徴である。男性のほうが多いのは「宝くじ」「近所の公園」「近所のファミリーレストランなどで2000円以上の食事」「近所の居酒屋」「図書館に行って新聞や雑誌」「近所の喫茶店、ファミリーレストラン」である。つまり女性は人との会話を楽しむが、男性は公園、居酒屋、喫茶店、ファミリーレストラン、図書館といった近所の場所に移動することによって気分を変えるようである。

・男性は子供や孫がいても必ずしも幸せではない。むしろ子供がいない人のほうが「幸せである」が40%と少し多い。孫がいない男性は「幸せである」が43%と明らかに多い。これは現在のシニアでは経済力が男性の幸福度を測る基準として重視されたからであろうか。あるいはそもそも子供との関係が悪いために一人暮らしをしているのかもしれない。

・男女ともに知っている人の数が多いほど「幸せである」人はほぼ正比例で増える。しかし男女の差も非常に大きい。男性では知っている人の数が0人だと幸せである人は32%だが、知っている人の数が11~20人だと幸せである人は50%である。対して女性は知っている人が0人だと幸せである人は42%だが、11~20人だと8割近い。このように知っている人の数が少ない場合の幸福度は男女差は少ないが、女性は知っている人の数が増えるほど幸福度がどんどん増していく。女性と比べると男性の場合は隣近所の知っている人の数は多いに越したことはないが、女性ほどには幸福度を上げないようなのである。近所に6~20人知り合いがいる男性でも、0~2人しか知り合いのいない女性と同じ程度の幸福度なのである。ただし今後は高学歴の女性で外で働き続けた人が増えるから、女性にとっても隣近所の知人の数よりも、学生時代や会社の友人のほうが重要になる可能性は大いにある。

・一人暮らし(既婚以外)の男女シニアについて現在交際している異性がいるか・いないか別に幸福度を集計してみた。すると女性は、交際している異性がいる人で幸せな人は68%だが、交際している異性がいない人でも58%であり、それほど大きく幸福度は変わらない。対して男性は、交際している異性がいない人で幸せな人は32%だが、交際している異性がいる人は58%が幸せである。ガールフレンドがいことで格段に幸福度が上がる。ガールフレンドは、子供や孫がいることよりも、隣近所の知人の数が多いことよりもはるかに幸福度を上げるのだ!なるほど、だから渡辺淳一の小説が売れるわけだ。何歳のどんな異性とつきあっているかは質問していないが、とにかく男性は異性とつきあっていないととたんに幸福度が下がるのだ。

・「あなたが今、幸福だと思うのは主としてどういう時、どういう理由からですか」という質問では、全体では「好きなことをしている時」60%、「自分が健康だと感じる時」46%、「家族と楽しく話している時」43%、「孫の顔を見た時」41%、「家族全員が健康だから」38%、「配偶者がやさしくしてくれる時」37%(既婚者では43%)、「子供がやさしくしてくれる時」32%(子供のいる人では37%)、「友人と楽しく話している時」32%、「子供が仕事をちゃんとしていると思えた時」30%(子供のいる人では34%)、「人のために役立っていると感じられる時」24%などとなった。ただし孫のいる人に限ると、「孫の顔を見た時」は68%もいる。

・資産が多くなるほど「幸せ」な人は友人と余暇を楽しむ人が増える傾向がある。資産が多い人のほうが仕事を通じて広げた交友関係も広いだろうし、お金があるから様々な会合、パーティなどに出席して知人を増やしてきたのだろう。だから資産が多い人ほど余暇を友人と一緒に楽しむ機会が増えたとしてもおかしくない。一方、「幸せではない」人で友人と余暇を楽しむ人は資産の大小に関わらず2割弱しかない。逆に資産500万円未満で「幸せ」な人は友人と余暇を楽しむ人は30%である。お金があって友人がいないよりも、お金がなくても友人がいるほうが幸福度が増すのである。

・男性では、特に学生時代の友人の数が多いほど幸福度が高まった。具体的には学生時代の友人が0人だと「幸せ」な人は56%だが、11~20人だと79%に増えるのだ。ただし今の職場の友人数の幸福度への影響はあまり大きくない。一方女性は、学生時代や以前の職場の友人数と幸福度は男性ほどきれいに比例はしないものの、やはりある程度相関している。それよりもはっきりしているのは、趣味・教養・スポーツの友人の数である。友人が0人だと「幸せ」な人は56%だが、11~20人だと83%に増えるのである。

・一人暮らしのシニアにかぎると、各分野における友人の数が多いほど幸福度が上がるという傾向はあまり顕著ではなくなる。とりわけ男性の場合、地域の友人が1~2人でも6人以上でも「幸せ」である人は4~5割である。男性の場合、趣味・教養・スポーツの友人も、多いほど幸福になるとは言い切れない。むしろ友人が3~5人の男性で「幸せ」な人が54%と最も多い。

・金融資産別では、500万円未満でかつ「幸せ」な人は、「自分ひとりの幸せよりもみんなの幸せを考えたい」人が64%、500万円~2000万円未満の人では67%、2000万円以上の人では63%である。つまり「自分ひとりの幸せよりもみんなの幸せを考えたい」人は、金融資産が多いか少ないかに関わらず、「幸せ」な人の共通の価値観なのである。他人の幸せを考えるということは、必ずしも自己犠牲ということではないだろう。自分の幸せを拡大し続けることより、他者を信頼し、誰もが幸せになることに共感することを通じて自分の幸せを増やせる人だということであろう。

・資産の少ない下流老人であっても、幸福を感じるには、夫婦関係、子供や孫などの家族関係はもちろん大事だが、隣近所との人間関係も大事である。だが夫婦はいつか一人になるし、子供は遠くに住んでいるかもしれない。だから親戚づきあいや近所づきあいは生活の質を高める上で重要な意味を持つ。そしておそらく向こう3軒両隣を超えたいわゆる地縁とかご近所とかではないもっと広い人間関係づくりも重要になるだろう。昔からつきあってきた同世代の友人などだけでなく、若い世代とのつきあい、つながりも重要になっていくだろうと私は考える。

・私はかねてから、ささやかながら提案をしてきたつもりである。すでに「「家族と郊外」の社会学(1995)」において、郊外ニュータウンが同年代・同階層の核家族だけの均質な空間であることを批判し、より多様な世代、多様な属性の人々が混ざり合った住宅地の必要性を唱えた。そして「ファスト風土化する日本」(2014)では、高齢者比率が高まり、空き室も増えた古い団地では、空き室に若い人を安く入居させ、そのかわりに若い人に団地に住む高齢者の生活の見守りや支援をしてもらえばいいと提案し、このように運営される団地を私は「社会問題解決型団地と」と名付けた。もちろん団地でなくても一般の住宅地でも同じである。また「脱ファスト風土宣言」(2006)では、さびれた商店街の空き店舗に安い家賃で若者の店を入れることを提案した。「第4の消費」(2014)、「これからの日本のために「シェア」の話をしよう」(2011)ではシェアハウスに注目した。そしてシェアハウスの人気の理由から、今後の高齢社会の問題を解決する要素がシェアハウスの中にいち早く取り入れられていることを分析した。したがって、単にシェアハウスに住むだけがシェアなのではなく地域全体、社会全体が「シェアタウン」「シェア社会」になるだろうと予測したのである。

・子供が独立したなどの理由から、夫婦二人あるいは一人暮らし世帯で5室以上に住む世帯が大量にいる。これらの家はいずれは空き家になる。「住宅・土地統計調査」によれば2013年の空き家数は820万戸である。こうした空き室、空き家をもっと活用したらどうかという提案も「東京は郊外から消えていく!」(2012)などでしてきた。そして私は、これからは中古住宅をリノベーションすることによって不動産の価値を再創造し、シェアハウス、シェアオフィス、店舗、コミュニティスペースなど、様々な用途に活用していくことが望ましいと主張してきた。

・シェアハウスの利点は何か。まずみんなが一緒に住むから楽しく、特に女性が住む場合、防犯面でも安心感がある。また、家具、家電、食器などが備わっていうので引っ越しに伴うコストが少ない。したがって自由業、非正規雇用者、長期出張が多い人、外国人でも住みやすい。さらに中古住宅をリノベーションしたものが多いため、モダンなものからレトロな古民家まえ、外観も内装も個性的である。(「第4の消費」(2012))今後、中高年の一人暮らしが増えていくと、こうしたシェアハウスの利点に価値をおく人が増えるはずである。実際シェアハウスに住みたいという人は若い人だけでなく、中高年の未婚・離別・死別者、あるいは新婚や子供のいる人でも増えている。高齢者と若い世代が一緒に住むシェアハウスもできた。高齢者は若い人から刺激を得るし、若い人は高齢者から知識と経験を学べる、これからの時代に増えるべき住み方である。部屋数の多い家に1人か2人で住んでいる高齢者が、空いた部屋を貸しに出すホームシェアという活動も増えてきた。それにより家賃収入が入るだけでなく、若い人との交流、コミュニティが生まれることがホームシェアのメリットである。このようにこれからの日本の住まいは、超高齢社会、特に高齢の単独世帯が増えることを大前提としながら、狭義の福祉政策に依存するのではなく、家族以外の人々があまりお金をかけずに、相互に助け合い、刺激し合いながら暮らすための都市づくり、コミュニティづくりを考えていくべきなのだ。

・そのとき重要なのはお互いに手を貸す、知恵を貸す、という関係づくりである。これについては「これからの日本のために「シェア」の話をしよう」で「時間貯蓄」という試みを紹介した。これは上海の高層マンションでの取り組みであり、住民が自分のスキル(料理が得意とか、英語が教えられるとか、大工仕事ができるとか)を住民全体に公開し、そのスキルを時間単位で交換するのである。たとえば英語を1時間教えると時間貯蓄の通帳に1時間分が増える。その1時間を使って部屋の修理を1時間頼むという仕組みである。これと同じ取り組みは、茨城県の井野団地でも行われており、団地の住民が自分が得意なことを貯蓄するので「とくいの銀行」という。

・今後一人暮らしの老人が増え、空き家が増える郊外ニュータウンに、空き家を活用して「コムビニ」をつくることを提案した。コムビニとは全国一律の消費空間としてのコンビニエンス・ストアではなく、地域ごとに住民のニーズを満たすコミュニティ・コンビニエンス・プレイス(=コムビニ)である。学問的にはコミュニティリビングというらしい。家の中にリビングルームがあるように、地域社会の中にコミュニティリビングがあって、地域の人々が集まって話したり、食べたり、学んだりするのだ。コムビニは、駅前や繁華街にあるのではなく、またコンビニのように道路沿いにあるのでもなく、高齢者が簡単に行けるように、3分も歩けば着けるような住宅地の中につくられる。そこには日常最低限の必需品買える小さな店があり、その他にも特に用事がなくても住民が気軽に集まれる場所にするため簡単な飲食店が併設される。いつも一人で食事をしがちなおひとりさまが、気軽に立ち寄れる地域内の飲食店、簡単な定食屋のたぐいである。夜は少しお酒も出る。店舗は企業が経営しても住民やNPOが経営してもよい。コムビニの庭にはイスとテーブルがいくつか置いてあり、売っている食品をそこで食べるこおもできる。さらにマッサージを受けられるとか、インターネットを通じた簡単な診察ができるとか、ペットのトリミングスタジオがあるとか、理髪店、美容室などが出張に来るとか、カルチャー教室があるなどの各種のサービスが提供される。それから便利屋が必要だ。高齢者になると電球を替えるのでも、ちょっと重い物を動かすのでも一苦労である。だから家事を含めた日常生活全般の困ったことを解決する便利屋にコムビニからいつでも仕事が頼めるようにしておく。2階はシェアハウスかシェアオフィスにする。社会問題解決型団地と同様、シェアハウスの家賃を安くして、そのかわりに1階の店舗などで無償または安価で働くようにしてもよい。このようにコムビニは、単に物を買うだけでなく、むしろい生活に必要な最小限のサービスを提供する拠点であり、住民が老いも若きも一人暮らしも子供連れも一緒に集まり、一緒に食べ、くつろぎ、教え合い、学び合う場所である。「共食」と「共学」によってコミュニティの質が高まっていくのである。実際コムビニ的な活動は増えてきたし、シェアをコンセプトとする場所づくり、シェアタウンづくりも増えている。

・地元の仲間と一緒に商店街の活性化イベントという位置づけで助成金をいただき、2013年の夏に「阿佐ヶ谷もちより食堂」を開催しまsた。商店街の空き店舗を使わせてもらい、商店街で買ってきたものを持ち寄って食べるイベントです。キッチンはなかったのでテイクアウトのみでしたが、商店街で買ったものを持参してみんなで食べました。その後、商店街にたまたまキッチンスタジオがあったので助成金でスタジオを借り、トライアルとして4回、そこでみんなでつくって食べる「阿佐ヶ谷おたがいさま食堂」をやりました。なぜこうした活動を始めたのかといえば、「そういうものがある暮らしが楽しそうに思えたから」ということにほかなりません。助成期間が終わってからも「次はいつですか?」と問い合わせがあり、だったら続けてみようかということになりました。初回は私の知り合い12人でしたが、次第にみんなが知り合いを呼んできて参加者が増えていきました。活動をしてみてわかってきたことは、「多様性に出会うことは楽しいし、案外多様性を楽しむことができるもんだ」ということ。「仲良くなろう」とか「同じ仲間じゃん!」と考えれば考えるほど、居心地は悪くなる。それぞれが違っていていい。自分が思っている「楽しい」が、ほかの人と同じとは限らない。阿佐ヶ谷おたがいさま食堂の目的うんぬんではなく、参加者それぞれ違った目的で来てかまわないというのが居心地の良さになっていると思います。

・阿佐ヶ谷おたがいさま食堂の活動をした経験から、齊藤さんがポイントだと感じたことのひとつに「苦手」なことをやる。自分の得意なことからスタートしなくてもかまわない、「苦手」を差し出すと、誰かの「得意」を引き出せることがあるということがあるそうだ。これは私がかねがね考えてきたことに近い。高齢者、特に男性がリタイヤ後、地域社会に入りにくいことは明らかになったが、その理由のひとつも、男性が自分が一番得意なことを武器にして地域に入ろうとするからだろうと私は思う。男性は得意なことを自慢したがるので、煙たがられるのだ。そうではなくて二番目に得意なこと、好きだけどまだ得意ではないこと、関心はあるけどよく知らないことを契機にしたほうが他者とつながりやすいのだろう。

・okatteにしおぎは、本格的なキッチン・土間・板の間・畳のコーナーがあるコモンスペースを有する「食」をテーマとした会員制パブリックコモンスペースとして開業しました。ここは街の人が共に食卓を囲む「まち食:を常に行える場であり、食関連のスモールビジネス(料理教室、ワークショップ、ジャムづくり、東北食材ネット通販など)のスタートアップの場所でもあります。また2階はシェアハウスとして3組が入居し、1階の1部屋はオフィスとして使用されています。会員は月会費1000円。コモンスペースを予約利用(有料)してイベントや食事回を開いたり、平日の夕方には、皆で食事をつくって食べる”okatteアワー”に参加したりします。運営管理は自分たちでおこないます。また会員の中の小商いメンバーは、追加の会費を払うことで、毎月決まった時間、営業許可のあるキッチンを使うことができます。

・シェア金沢は2014年3月にオープンした。サービス付き高齢者住宅、障害児の入所施設のほか、一般学生向けの住宅、美大生のためのアトリエ付き住宅などからなり、テナントとしてデザイン事務所、ボディケアの店、飲食店、ライブ演奏のできるバー、料理教室、売店などが入居したひとつの「街」である。売店、飲食店、クリーニング取次店などでは障害者や高齢者が店員や仕入担当として働き、本館の中でも障害者がお菓子箱づくりなどの仕事をする機会をつくっている。学生や美大生は相場より安い家賃で住めるかわりに、障害者や高齢者のために月30時間働く。ある美大生の場合、やる気満々でみんなのお世話をしようと入居したが、実際はみんなからおかずをもらったりとかえって世話をしてもらっているという。

・結論は、「下流幸福老人」は、自分だけでなく他人の幸福を考える人、「下流不幸老人」は、お金が欲しいと言い続ける人、「上流不幸老人」は、夫婦や子供との関係が悪い人でした。

・本書を若い人に読んでもらいたいのは、会社だけですべて完結するという生き方になってしまったら、会社が終わった瞬間にすべて断絶するわけです。終身雇用で1社だけで働いてきた人ほど、その後、まったく使い物にならないということになりがちです。だから社内だけではなくて、広く社会にネットワークを持って、いろいろな関心を持ち、チャンスを広げていくという生き方でないとだめです。

・実際に僕自身がやっていることで一番成功したのが「ツイッターピイアノの会」、略称「ツイピの会」です。今や日本最大のピアノのサークルの一つになっています。私が発起人で始めたんですが、ツイッターで集まった数名でピアノの弾き合い会を始めたんです。僕は昔からピアノをやっていて、それで数名で始めたところ、だんだんそれが増えてきて、評判になっていった。名古屋ツイピから関西、福岡、札幌と今、全国20カ所ぐらいで定期的なピアノの弾き合い会をしています。今はツイッターよりもフェイスブックのほうが便利なので、フェイスブックのグループの中で10代、20代の子から70代の人まで参加しています。わりと年齢層の幅が広い。どちらかというと女性が多いですね。そういうネットワークができて、どんどん増殖しています。そうしたら、当初まったく意図していなかったんですが、そこで出会った男女がたくさん結婚したんですよ(笑)。ピアノをやっている人たちというのは、どちらかというとシャイな人たちなのですが、こういう人たちが集まると、ベートーベンはこうやって弾くんだよとか、ショパンは小指が大事とか、そういう話で盛り上がる。一般社会ではちょっと痛い人になって(笑)、普段は隠していたりするのが、ツイピの会では尊敬の目で見られる。尊敬って愛情に変わりますから、それで少なくとも12組ぐらい結婚しました。

良かった本まとめ(2016年下半期)

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「ル・ロワズィール(東京 神楽坂)」のフレンチランチはとてもオススメ!

2017年04月19日 01時00分00秒 | 外食
 ミシュランガイド東京2016にビブグルマンとして掲載されていましたので、東京の神楽坂のメイン通り沿いにあるル・ロワズィールへランチに行ってきました♪
場所は東京メトロ飯田橋駅出口から神楽坂メイン通りを登って行くと右側にあります♪


↑通りからの店の入口


↑店の入口

 お店の前にランチメニューがありましたが、ランチコースが1100円からとリーズナブルなのには驚きました♪


↑ランチメニュー

 フランスで貨幣がユーロの前の「フラン」だった時代の100フラン定食のイメージを再現したビストロフレンチとのことです♪

 土曜の12時頃訪れたのですが、予想に反し、すぐに席に着けたのはラッキーでした♪
 店内は暖色系の壁で温かみがあり、さすが綺麗ですね♪


↑店内

一番手前の席に案内され、メニューを見て、前菜とメイン料理を選択します♪

 前菜は「岩手県産炙りタコのサラダ」、メインは築地より入荷の「真鱈のムニエル」を選びました♪

 「ズワイガニのアヴォカドのサラダ」も惹かれましたましたね^_^)

 瓶に入ったお水が運ばれ、コップに注いでくれます♪
お水は無料です♪

そしてすぐに「岩手県産炙りタコのサラダ」が運ばれました♪


↑岩手県産炙りタコのサラダ

おぉぉタコが軽く炙られて、さすが築地仕入れで新鮮で歯ごたえが適度で濃厚な味で美味しい♪
新鮮野菜がたっぷりなのも嬉しいですね♪
これは嬉しいです♪

温められたフランスパンも運ばれます♪


↑フランスパン

そして、メインの「真鱈のムニエル」が運ばれます♪


↑真鱈のムニエル

これまた上質な真鱈が適度に焼かれて、ふっくらと柔らかくて美味しい♪
ソースが二種類あるのも良いですね♪
温野菜などもいい感じです♪

ル・ロワズィールは、神楽坂の一等地にありながら、税込1100円とリーズナブルにスピーディに美味しいフレンチを頂け、とてもオススメですね!

美味しかったものまとめ(2016年下半期)

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「ジンジャー・ドット・トーキョー(東京 清澄白河)」というカフェはとてもオススメ!

2017年04月18日 01時00分00秒 | 外食
 古本カフェとして平日のみ開いているお店として気になっていて、たまたま平日に休みが取れたので、東京の清澄白河と門前仲町の間にあるジンジャー・ドット・トーキョーへ行ってきました♪


↑店の入口

 看板が小さくて店の入口が分かりにくく、しかも2階にお店があるので注意が必要です。
階段を上がってお店に向かいます♪

 このお店は普通のカフェではなく、店に入って左の通り側には、こだわりの本が中古で安く売ってあります♪


↑店の左の通り側の本

 店の右側のフロアには昔のCD以前のレコードがたくさんあって、そのレコードを奥のJBLの大きなスピーカーで聴けます♪

お店は新しく綺麗でオシャレですね♪
上の方に横に長い黒板があり。メニューが書かれています♪


↑店の奥側


↑店の奥のスピーカーとレコードが入った箱

 このスピーカーはお店の方によると、家庭用とのことですが、ものは良いようで、天板は大理石というのには驚きましたね♪

 しかも、他に客がいなかったせいもありますが、好きなレコードを選んで良いよという嬉しいお達しで、レコードを選ぶ自信はなかったのでジャズで適当に選んでくださいと頼みました♪


↑たくさんのレコードがあるレコードプレーヤー方面


↑レコードプレーヤー

 とにかく、このJBLのスピーカーのサウンドが素晴らしい♪
かなり音量も上げてくれ、音楽を十分堪能できましたね♪
お店の方によると、このスピーカーはロックが最も合うようです♪
また、どのアルバムも素晴らしい曲ばかりでしたね♪

 ランチはポークジンジャープレート800円にコーヒー200円を付けて頼みました♪


↑メニュー

ポークジンジャーは、タップリの生姜とハチミツ入りで豚肉が焼かれ想像以上に美味しい♪
ソースがたっぷりなのが嬉しいです♪
またレタスもたっぷりなのも嬉しいです♪


↑ポークジンジャーやスープ

 コーヒーは豆から挽いてくれているようで、ほんのり甘く酸味がなくて飲みやすくて美味しいですね♪
ゆっくり音楽を堪能しながらコーヒーを楽しめました♪


↑コーヒー

なお、他のお客さんはプロのミュージシャンらしき方がいらっしゃいました♪
音楽がいいお店にはプロの方が来るんですね。
さすが東京だと思います♪

ジンジャー・ドット・トーキョーは美味しい料理だけでなく、古本や素晴らしいレコードをJBLのスピーカーで聴け、とてもオススメです!

美味しかったものまとめ(2016年下半期)

<今日の独り言>
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かっぱ橋道具街(東京 台東区)の「かなや刷子」の「馬毛歯ブラシ」はとてもオススメ!

2017年04月17日 01時00分00秒 | 良い物・サービス
「馬毛歯ブラシ」の購入はコチラ

 東京の浅草近くにある「かっぱ橋道具街」を歩いていると「かなや刷子(ぶらし)」という「ハケ」と「ブラシ」の専門店が、かなり新しく綺麗なお店だったので行ってみました♪

創業は大正3年4月とはかなりの老舗ですね!


↑かなや刷子

 特に気になったのは馬毛の歯ブラシで、若い女性店員が詳しく説明してくれますが、歯医者も勧める歯ブラシとのことで、歯垢がよく落ちるだけでなく、毛先が普通の歯ブラシと違って広がることもなく、そして3ヶ月は保つということで素晴らしいと思いましたね♪

3本あれば1年は保つということで、さっそくブラシが小さいものを選び3本セット900円のものを購入しました♪

なお、使い続けても毛先が広がることはないけど、毛先が少しずつ短くなるとのことでした♪
少しずつ切れていくのでしょうか。
なので短くなれば寿命とのことで、その時は新しいものと交換してくださいとのことでした。


↑馬毛歯ブラシ


↑馬毛歯ブラシ


↑馬毛歯ブラシ

家に帰ってさっそく試してみますが、歯垢の取れ方が凄い♪
歯触りがものすごくツルツル!
馬毛は凄い!
歯磨き後の歯触りが全然違います。
さすが歯医者が勧めるだけはあります♪
これはとてもオススメですね!

ただ、馬毛なので動物らしい馬の匂い?がするので、最初はちょっと慣れずに違和感があるかもしれません^_^;)
まあ私の場合は、翌日には慣れました^_^)

それにしてもこの匂いは懐かしさを感じましたが、どこで匂ったのかどうしても思い出せません^_^;)

なお、Amazonで同じものを購入すると3本1200円ですので、店頭で買うと1本100円安いですね♪

「かなや刷子」の馬毛歯ブラシはとてもオススメです!


お勧めなお話(2016年下半期)

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「トランプ自伝-不動産王にビジネスを学ぶ(ドナルド・トランプ)」という本はとてもオススメ!

2017年04月14日 01時00分00秒 | 
「トランプ自伝-不動産王にビジネスを学ぶ」の購入はコチラ

 「トランプ自伝-不動産王にビジネスを学ぶ」という本は、現在のアメリカ大統領であるドナルド・トランプ氏が41歳の時に書いた自伝で、当時既に資産30億ドルあり、マンハッタンに68階建ての超豪華ビル「トランプ・タワー」を建て、4つのカジノを所有して、しかも本書はベストセラーとなったようです♪

 本書では、昼食も食べずに一所懸命不動産業で働くその具体的な一週間の電話や取引等の内容、取引を成功させるための11のコツ、生い立ちや家族、父から学んだこと、トランプ・タワー建設、カジノ建設、USFLのアメフトチームオーナーとしての仕事、市に代わってのスケートリンク建設などについて書かれていて、その活躍ぶりがよく分かり、またその戦略や苦心さがとても勉強になると思います♪

 また、訳者あとがきでは、妻イヴァナのコメントとして「大統領選挙へ出馬することも絶対にないとは言い切れません」と書かれているのは秀逸ですね♪

本書にも書かれていますが、大きく物事を考えることは大切ですね。

 ただ、逆にソ連での取引についても書かれていて、大丈夫かな?とも思いました^_^;)

 それから当時のニューヨークは行政がうまくいっておらず、大変な街だったということもよく分かり、逆にそれを活かして活躍しているのは素晴らしいと思います♪

「トランプ自伝-不動産王にビジネスを学ぶ」という本は、真面目に事業を成功させるコツや粘り強さ、考え方など勉強になり、またトランプ大統領のこれからの政策を考える上でも参考になり、とてもオススメです!

以下はこの本のポイント等です

・私は金のために取引をするわけではない。金ならもう十分持っている。一生かかっても使いきれないほどある。私は取引そのものに魅力を感じる。キャンバスの上に美しい絵をかいたり、素晴らしい詩を作ったりする人がいるが、私にとっては取引が芸術だ。私は取引をするのが好きだ。それも大きければ大きいほどいい。私はそれにスリルと喜びを感じる。大方の人は私のビジネスのやり方を見て驚く。私は気楽に仕事をする。アタッシュケースは持ち歩かないし、会合の予定もあまりぎっしり入れないようにしている。可能性を多く残しておくのが私のやり方だ。組織化しすぎると、想像力や起業家精神を発揮する余地がなくなる。私は毎日オフィスに来て、今日はどんなことがあるだろうと期待するのが好きだ。私の生活には一週間の決まったパターンはない。朝は早く、6時頃に起きることが多い。それから1時間ほどかけて朝刊を読む。オフィスには9時頃行き、電話をかけたり受けたりし始める。その回数が50回以下という日は珍しく、大抵は百回を超える。電話の合間には、少なくとも12~3人の人に会う。前からの約束ではなくその場で決めることが多く、ほとんどは15分以内に終わる。昼食のために休憩することはまずない。6時半にはオフィスを出るが、夜中の12時まで自宅から電話をかけることが多い。週末の間はずっと家から電話する。仕事はこんな具合に切れ目なく続く。私はこのやり方が気に入っている。過去の経験から学ぶように心がけはするが、将来の計画をたてる際はもっぱら現在に焦点を合わせる。そこに仕事の楽しみがある。楽しくなければ、仕事などする価値はない。

・私の秘書役で、生活上の細々としたことをとりしきってくれるノーマ・フォーダラーに、昼食を持って来てくれるよう頼む。昼食といっても、トマトジュース一缶だけだ。食事をしに外に行くことはめったにない。時間がもったいないというのが主な理由だ。

・正直言って、私はパーティはあまり好きではない。世間話というやつが苦手だからだ。しかし残念ながらこれも仕事のうちなので、心ならずもあちこちのパーティに顔を出すことになる。だがその場合も、なるべく早く引き上げることにしている。幸いなことに、なかには心から楽しめるパーティもある。何ヶ月も先のパーティの招待にはつい応じてしまうことが多い。あまり先なので、その日は永久に来ないような気がするのだ。だがいよいよその日が近づいてくると、一体なぜ承諾したのだろうと、自分自身に腹が立つ。でも時すでに遅しなのだ。

・昨年私はヒルトン社から二つ目のカジノを買い取ってトランプ・キャッスルと改名したが、その時妻のイヴァナにここの経営を任せることにした。彼女は生まれつき管理能力に長けており、どんなことでも完璧にこなしてしまう。イヴァナは一人っ子としてチェコスロヴァキアで育った。電気技師の父親は優秀なスポーツマンで、イヴァナがごく幼い頃からスキーを教えた。6歳になる頃には、彼女はあちこちの試合でメダルをとるようになっており、1972年の札幌冬季オリンピックには、チェコ代表スキー・チームの補欠として参加した。一年後、プラハのカレル大学を卒業してからモントリオールへ行き、ほどなくカナダのトップ・モデルになった。私たちは1976年8月のモントリオール・オリンピック大会で知り合った。私はそれまで数多くの女性とデートしていたが、そのだれとも本気でつきあったことはなかった。だがイヴァナはいい加減な気持ちでつきあえる女性ではなかった。それから8ヶ月後の1974年4月に私たちは結婚した。結婚後すぐに私は当時手がけていたプロジェクトのインテリア・デザインをイヴァナに任せた。彼女は見事にそれをやってのけた。イヴァナほど能率的に物事をこなす人はあまりいないだろう。彼女は三人の子供を育てるかたわら、私たちの三軒の家をとりしきっている。トランプ・タワーの中のアパートとマール=ア=ラーゴ、そしてコネチカット州グリニッジにある家だ。その他に現在は約4千人の従業員がいるトランプ・キャッスルの経営も手がけている。キャッスルは順調に業績をあげているが、まだナンバー・ワンではない。私はそのことを厳しく彼女に指摘する。君が運営しているのは町で最大のカジノなのだか、当然最高の収益を上げていいはずだ、と言ってやるのだ。イヴァナは私に劣らず負けず嫌いなので、今の状態でそれを達成するのは無理だと主張する。もっとスイートをたくさんつくる必要があるというのだ。スイートの建設には4千万ドルかあるのだが、彼女はそんなことにはとんちゃくしない。とにかくスイートが足りないことが商売に響いており、そのためにナンバー・ワンになることが難しいといい張る。彼女に任せておけば何事も間違いないことは確かだ。

・ソ連を相手にビジネスをしているある著名な実業家から電話がある。モスクワで私が手がけようと考えている建設プロジェクトについての情報を教えてくれるためだ。私がこのプロジェクトに興味を持ったのは、エステー・ローダーの息子である有能な実業家レナード・ローダー主催の昼食会で、ソ連大使ユーリ・ドゥビーニンの隣に座ったことがきっかけだった。話しているうちに、ドゥビーニンの娘がトランプ・タワーについて読んだことがあり、それについてよく知っていることがわかった。そんなことから話が発展し、私がソ連政府と共同で、クレムリンから道路を隔てたところに大きな豪華ホテルを建てるという案が生まれた。私はソ連政府の招きで7月にモスクワに行くことになっている。

・2年前友人が別の取引のことで電話してきたことがある。金のある連中を何人か説得して、ある小さな石油会社を買収しようとしていたのだ。「ドニー、5千万ドルほど出してほしいんだ。絶対に損はさせない。投資した金は数ヶ月で2倍、あるいは3倍になる」と彼は言った。詳細を聞くとなかなかいい話のように思える。私はすっかり乗り気になり、書類の作成なども始めた。ところがある朝起きてみると、何か妙な気がする。そこで友人に電話して言った。「この話はどうもしっくりこないんだ。石油は地下に埋もれてて目に見えないからな。あるいはこの件には創造的なものが何もないからかもしれない。どっちにしてもやっぱりやめとこうと思う」友人は言った。「いいよ、ドニー、好きにしてくれ。だがせっかくのチャンスをふいにすることになるんだぞ」もちろん、その後どうなったかはすでに過去の話だ。数ヶ月後に石油価格は暴落し、友人のグループが買収した会社は破産した。そして投資者たちは出した金をすべて失ったのだ。この経験から、私はいくつかのことを学んだ。第一に書類の上でどんなに良さそうに見える話でも、自分自身のカンに頼って判断すること。第二に総じて自分のよく知っている分野でビジネスをする方がうまくいくこと。そして第三は時には投資を思いとどまることも利益につながるということだ。その取引に加わらなかったおかげで私は5千万ドルと友情を失わずにすんだ。

・画家として成功し、名が売れている友人が電話をかけてきて、美術展のオープニングに招待してくれる。私はこの友人が大好きだ。というのも、彼は私の知っている何人かの芸術家と違って、全く見栄を張らないからだ。2、3ヶ月前、彼がアトリエに呼んでくれたことがある。そこで話していると、彼が唐突に言った。「昼飯前に、僕が2万5千ドル稼ぐのを見たいかい?」「見たいとも」何のことか訳がわからないまま、私は答えた。彼は絵の具の入った大きなバケツを持ち上げ、床の上に広げたキャンバスの上に、絵の具を少しかけた。それから別の色の絵の具が入ったバケツをとって、それもキャンバスにはねかけた。これを4回繰り返したが、その間2分とかからなかっただろう。終わると私の方を向いて言った。「これでいい。たった今2万5千ドル稼いだんだ。さあ、昼飯に行こう」彼はにやにやしていたが、本気でもあった。彼が言いたかったのはつまり、美術品収集家の多くは、彼が2分間で仕上げた絵と、本当に大事に思っている絵との違いが分からないだろうということだ。収集家たちは、彼の名前を買うことにしか興味がないのだ。私は前から現代美術の大半はいんちきだと思っている。名をなしている画家の多くは、芸術家としての才能よりむしろセールスと宣伝の才に長けているのだ。あの日の午後の友人の作品について、私が知っていることを収集家たちが知ったらどういうことになるのだろう、と時々考える。画壇というのはまことに奇妙な世界だから、そのことがわかると彼の絵はますます価値が上がるかもしれない。もっとも友人ははたしてそうなるかどうかあえて確かめてみようとは思わないだろうが。

・私の取引のやり方は単純明快だ。ねらいを高く定め、求めるものを手に入れるまで、押して押して押しまくる。時には最初に狙ったものより小さな獲物で我慢することもあるが、大抵はそれでもやはりほしいものは手に入れる。取引をうまく行う能力は、生まれつきのものだと思う。いわゆる天賦の才だ。別に自慢して言っているわけではない。これは知能の高さとは関係ない。多少の知力は要するが、一番大事なのはカンだ。知能指数170、成績はオールAというウォートン・スクール一の秀才でも、これがなければ起業家として成功することはできない。なかにはカンをもっていることに気づかない人もいる。自分の潜在能力を知ろうとする男気がなかったり、チャンスに恵まれなかったりするためだ。ジャック・ニクラウスよりもゴルフの才が、あるいはクリス・エバートやマルチア・ナブラチロワよりもテニスの才がある人も世間にはいるはずだ。しかし一度もクラブやラケットを振ることがないので一生自分の才能に気づかない。スター選手の活躍ぶりをテレビで見るだけで終わってしまう。

・私は物事を大きく考えるのが好きだ。子供の頃からそうしてきた。どうせ何か考えるなら、大きく考えたほうがいい。私にとってはごく単純な理屈だ。大抵の人は控えめに考える。成功すること、決定を下すこと、勝つことを忘れるからだ。これは私のような人間には、まことに都合がいい。

・大きく考えるためのカギは、あることに没頭することだ。抑制のきく神経症と言ってもよい。これは起業家として成功した人によく見られる特質だ。彼らは何かにつかれたように、何かにかりたてられるようにある目的に向かって進み、時には異常とも思えるほどの執念を燃やす。そしてそのエネルギーをすべて仕事に注ぎ込む。普通の人は神経症で動きがとれなくなるが、彼らはそこから活力を得るのだ。このような特質がより幸せな、あるいはより質の高い人生をもたらすとは限らない。だが自分がめざすものを手に入れるうえでは、これは大いに役に立つ。ニューヨークの不動産業界という百戦錬磨のつわものを相手にする世界では特にそれがいえる。こうした手強い連中を向こうにまわし、彼らを打ち負かすことに私はたまらない魅力を感じる。

・私はギャンブルが好きだと思われている。だが私はばくちを打ったことは一度もない。私にとってばくち打ちとは、スロット・マシンをする人間にすぎない。私はスロット・マシンを所有するほうを好む。賭博場の経営は儲かる商売なのだ。私は積極果敢な考え方をすると人は言う。だが実際には私は消極的な考え方を良しとする。商売ではきわめて慎重なほうなのだ。常に最悪を予想して取引にのぞむ。最悪の事態に対処する方法を考えておけば、つまり最悪を切り抜けることができれば、何があっても大丈夫だ。うまくいく場合は、放っておいてもうまくういく。肝心なのはあまり欲の皮をつっぱらせないことだ。毎回ホームランを狙うと、三振する確率も高くなる。私はあまり高いリスクを犯さないよう心がけている。たとえそのために三塁打か二塁打、あるいはごくまに短打に終わってしまうことがあってもだ。

・私は融通性をもつことで、リスクを少なくする。一つの取引やアプローチにあまり固執せず、いくつかの取引を可能性として検討する。最初は有望に見えても、大抵の取引には何か不都合な点が出てくるからだ。さらに一つの取引にのぞむ場合、これを成功させるための計画を少なくとも5つ6つは用意する。どんなによく練った計画でも、途中で何が起こるかわからないからだ。

・市場に対するカンの働く人と働かない人がいる。たとえばスティーブン・スピルバーグはこのカンをもっている。クライスラーのリー・アイアコッカもそうだ。ジュディス・クアンツも彼女なりのカンをもっている。ウディ・アレンも自分が選んだ観客に対するカンをもつ。彼とは対極に位置するシルベスター・スタローンも同じだ。スタローンを批判する人もいるが、彼の実績は認めるべきだ。41歳という若さで、ロッキーとランボーという映画史上に残る偉大な人物像を二つも作り上げたのだから。彼はいわば磨いていないダイヤモンド、つまりカンがすべてという天才でもある。彼は観客が何を望んでいるかを心得ており、それを提供する。私にもそのようなカンがあると自分では思っている。だから複雑な計算をするアナリストはあまり雇わない。最新技術によるマーケット・リサーチも信用しない。私は自分で調査し、自分で結論を出す。何かを決める前には、必ずいろいろな人の意見を聞くことにしている。私にとってこれはいわば反射的な反応のようなものだ。土地を買おうと思う時には、その近くに住んでいる人々に学校、治安、商店のことなどを聞く。知らない町へ行ってタクシーに乗ると、必ず運転手に町のことを尋ねる。根ほり葉ほり聞いているうちに、何かがつかめてくる。そのときに決断を下すのだ。

・私は有名なコンサルティング会社より自己流の調査によって、はるかに多くのことを学んできた。コンサルティング会社に依頼するとボストンからコンサルタントの一団がやってきてニューヨークのホテルの一室い陣取る。そして長々と調査を行って莫大な料金を請求する。しかし結局何の結論も出さない上、調査にひどく時間がかかるので、有利な取引を逃してしまうことになる。その他に、私が本気でとりあわない相手は評論家だ。私の計画の邪魔になる時以外は連中のことは気にしない。

・取引で禁物なのは、何が何でもこれを成功させたいという素振りを見せることだ。こちらが必死になると相手はそれを察知する。そうなるとこちらは負けだ。一番望ましいのは優位に立って取引することだ。この優位性を私はレバレッジ(てこの力)と呼ぶ。レバレッジとは相手が望むものをもつことだ。もっといいのは、相手が必要とするものをもつこと、そして一番いいのは、相手がこれなしでは困るというものをもつことだ。しかし常にこちらがそうしたものをもっているとは限らない。したがってレバレッジを利用するためには、想像力とセールスマンシップを働かさなくてはならない。つまりこの取引は得になると相手に思わせるのだ。

・不動産に関するもっとも大きな誤解は、成功のカギは一にも二にも立地条件にあるという考えだ。これを口にするのは不動産をよく知らない人間である。成功するためには必ずしも特等地は必要ない。必要なのは第一級の取引だ。レバレッジを作り出すことができるのと同様、宣伝と人間心理の応用により、場所のイメージも高めることができる。

・立地は流行とも関係がある。二等地でも一流の人たちを集めれば、それだけで価値が上がる。トランプ・タワーの後で、私は3番街と61番通りにある土地を安く買って、トランプ・プラザを建てた。はっきり言って、場所としては3番街は5番街にはとても及ばない。しかしトランプ・タワーのおかげでトランプの名前にネームバリューが生じており、私はここに人目を引く豪華なビルを建てた。トランプ・タワーの最も条件の良いアパートが売り切れてしまって手に入らなかった金持ちやVIPがここを求めたので、思いがけず高い値で売ることができた。今日3番街は格の高い土地になっており、トランプ・プラザは大人気を博している。要するに不動産業では、金を山と積んで最高級の土地を買う必要はないということだ。たとえ安くてもろくでもない土地を買えば失敗するのと同様、良い土地を高く買って失敗することもある。土地に金を出しすぎてはいけない。たとえそのために優良な土地を見送ることがあってもだ。立地というものを単純に考えることは禁物なのだ。

・どんなに素晴らしい商品を作っても、世間に知られなければ価値はないに等しい。必要なのは人々の興味を引き、関心を集めることだ。広報専門家を雇い、多額の金を払って商品を売るのも一つの方法だ。しかし私にとってはこれは市場を調査するのに外部のコンサルタントを雇うのと同じだ。自分でやったほうがずっと効率がよい。マスコミについて私が学んだのは、彼らはいつも記事に飢えており、センセーショナルな話ほど受けるということだ。これはマスコミの性格上しかたのないことで、そのことについてとやかく言うつもりはない。要するに人と違ったり、少々出しゃばったり、大胆なことや物議をかもすようなことをすれば、マスコミが取り上げてくれるということだ。私はいつも人と違ったことをしてきたし、論争の的になることを気にせず、野心的な取引をしている。また若くして成功をおさめ、ぜいたくな生活をしてきた。その結果マスコミは好んで私の記事を書くようになった。私はマスコミの寵児というわけではない。いいことも書かれるし、悪いことも書かれる。だがビジネスという見地からすると、マスコミに書かれるということにはマイナス面よりプラス面のほうがずっと多い。理由は簡単だ。ニューヨーク・タイムズ紙の一面を借り切ってプロジェクトの宣伝をすれば、4万ドルはかかる。そのうえ、世間は宣伝というものを割引いて考える傾向がある。だがニューヨーク・タイムズが私の取引について多少とも好意的な記事を一段でも書いてくれれば、一銭も払わずに4万ドル分よりはるかに大きな宣伝効果をあげることができる。おかしなことに個人的には不愉快に感じるような批判的な記事でも、ビジネスには大いに役立つこともある。

・私が心がけているのは、記者たちとは正直に話すということだ。相手をだましたり、自己弁護しないように気をつける。こういう態度をとると、マスコミを敵にまわすことになるからだ。記者に意地の悪い質問をされた時は、見方を逆にして何とか肯定的な答えをするよう努める。たとえば世界一高いビルがウェスト・サイドにどのような好ましくない影響を与えるかと聞かれたとしよう。私はこれを逆手に取り、ニューヨーク市は世界一高い建物を持つにふさわしい町であり、再びこの栄誉を手にすることは市のステータスを高めることになると答える。なぜ金持ちだけを相手に建てるのかと訊かれれば、私の建設工事の恩恵を受けるのは金持ちだけではないと説明する。失業手当を受けている何千人という人々に仕事を与えることになるし、新たなプロジェクトを建てるたびに納税者の数も増えるからだ。またトランプ・タワーのような建物はニューヨーク再興に一役かっていることも指摘する。

・肯定的な面を強調するのが好ましいのは確かだが、時には対決するしかない場合もある。私は決して気むずかしい人間ではない。良くしてくれた人にはこちらも良くする。けれども不公平な扱いや不法な処遇を受けたり、不当に利用されそうになった時には徹底的に戦うというのが私の信条だ。そのためにますます事態が悪化することもあるので、このやり方をみんなに勧めるわけにはいかない。だが私の経験では、自分の信念のために戦えば、たとえそのために人と仲違いすることになっても、結果的には良かったと思うことが多い。

・世間をだますことはできない。少なくともそう長くは無理だ。期待感をあおり、大々的に宣伝してマスコミに取り上げられ、ひと騒ぎすることはできる。しかし実際にそれだけのものを実行しなければ、やがてそっぽを向かれてしまう。

・ジミー・カーターのことを思い出す。大統領選でレーガンに敗れた後、カーターは私に会いにやってきた。ジミー・カーター図書館への寄付を募っているのだという。どれくらい入り用かと訊くと、彼はこう言った。「ドナルド、5百万ドルほど出してもらえるとありがたいんだが」私は仰天して返事もできなかった。しかしこの経験はあることを教えてくれた。それまで私はなぜジミー・カーターが大統領になることができたのかわからなかった。その答えは、彼は大統領としての資質には欠けているが、普通の人には考えられないようなことを要求する度胸と図々しさ、そして根性をもっているという点だ。大統領に選ばれたのは何よりもこの能力のためなのだ。だがカーターが大統領には不適任であることに国民はすぐ気づき、再度立候補したときには完敗した。

・私は必要なことには金を出すが、必要以上には出さない主義だ。低所得者用住宅を建設していた時、最も重要だったのは安く、迅速に適切な家を建てることだった。それを賃貸しいくばくかの金を儲けることができるようにだ。私がコストに敏感になったおは、この時からだ。いい加減に金を使うことは決してしなかった。ちりも積もれば山となるから、1セントでも粗末にしてはいけないことを父から学んだ。今でも下請業者の請求額が高すぎると思うとたとえ1万ドルでも5千ドルでも電話でクレームをつける。「わずかな金のことでなぜ騒ぎ立てるのだ?」という人もいる。だが私は25セントの電話代をかけて1万ドルの金を倹約することができなくなったら、そのときは引退すると答える。

・私は自分を偽らない。人生はもろいもので成功したからといってそれが変わるわけではないことを承知している。変わらないどころか、成功すると人生はいっそうもろくなる。予想外のことがいつなんどき起こるかわからない。だから私は自分が成し遂げたことにあまり執着しないようにしている。私にとって金はそれほど大きな動機ではなく、単に実績を記録するための手段に過ぎない。本当の魅力はゲームをすること自体にあるのだ。ああすればよかったと後悔したり、これから何が起こるだろうと心配したりはしない。今までの数々の取引は、結局のところどんな意味をもつのかと問われると返事に窮する。ただそれをやっている間、楽しかったと答えるしかない。

・成長する過程で私に最も重要な影響を与えたのは、父フレッド・トランプだ。父からは非常に多くのことを学んだ。この厳しい業界でいかにたくましく生きるか、どうすれば人を動かせるかといったことだ。また効率のよい仕事のやり方も教わった。つまりいかにして取りかかり、やり遂げ、しかもそれをうまくこなし、そして手を引くかについてだ。しかし同時に、私は父の仕事には関わりたくないという思いも、早くから植え付けられた。父はクイーンズとブルックリンで、家賃の統制管理された住宅の建設を手がけていた。仕事は順調だったが、利益を上げるのはかなり大変だった。私はもっとスケールが大きく、華やかでエキサイティングな仕事をしてみたかった。それにフレッド・トランプの息子としてではなく、自分自身として世に知られたければ、結局は外に出て成功しなければならないことにも気がついていた。父が自分のよく知っているそして得意な仕事を続けることに満足していたのは私にとって幸いだった。そのおかげで、私はマンハッタンで自由に身を立てることができたのだ。とはいえ、私は父のもおで学んだ教訓を決して忘れることはない。

・父はホレーショ・アルジャーの物語に登場するような腕一本でたたきあげた人物である。フレッド・トランプは1905年、ニュージャージーに生まれた。その父親は子供の頃スエーデンからアメリカへ渡ってきた移民で、そこそこに繁盛しているレストランを経営していた。しかし大酒飲みで荒れた生活をしており、父が11歳の時に世を去った。父の母エリザベスは3人の子供を養うためお針子として働きだした。当時、母親と同じ名の長女エリザベスが16歳、末っ子のジョンが9歳だった。父フレッドは真ん中の兄弟だったが、長男として一家の大黒柱となった。そしてすぐに地元の果物屋の配達から靴磨き、建設現場での木材の運搬などありとあらゆる半端仕事を引き受けるようになった。父は建築に興味をもち続け、高校生の時、夜学に通って大工仕事と図面の見方、見積もりを学んだ。建築のことを学んでおけば、いつでも生計を立てられると思ったのだ。16歳の時には最初の建築を行った。隣人のために造った車2台を収容できる枠組構造の木造ガレージだ。当時、中産階級の人々が車を持ち始めていたが、ガレージのある家はほとんどなかった。まもなく父は1軒50ドルでプレハブのガレージを建設する新商売を始め、順調にこれを軌道に乗せることができた。父は1922年に高校を卒業したが、家族を養わなければならなかったので、大学へ行くことあ考えもしなかった。父はクイーンズの住宅建設業者のもとで、大工の助手として働きだした。父は他の職人より腕が立ったし、その他にも有利な資質をもっていた。まず第一にめっぽう頭がきれた。今でも5桁の足し算を間違わずに暗算することができる。父は夜学で学んだ知識と基本的な良識とを組み合わせて、ほとんど教育を受けていない仲間の大工たちに、仕事の手っとり早いやり方を教えた。たとえばスチール製の直角定規を使ってたるきを組む方法などだ。こうした資質に加え、父は常に向上心を持ち仕事に没頭した。仲間の職人たちはおおむね仕事があるというだけで満足していた。だが父は働きたいと思うだけでなく、良い仕事をしたい、腕を上げたいと思っていた。そして最後に父は仕事が大好きだった。物心ついた頃から、私は父によく聞かされたものだ。「人生で一番大切なのは、自分の仕事に愛着をもつことだ。何かに熟達するにはそれしかないんだから」

・父は高校を卒業してから一年後に、クイーンズのウッドヘイヴンに初めて一戸建ての家を建てた。建築費は5千ドル弱だったが、それを7500ドルで売却した。父は自分の会社をエリザベス・トランプ&サンと名付けた。当時はまだ未成年だったため、法律上の書類や小切手にはすべて母親のサインが必要だったからだ。父は最初の家を売るとすぐに、その利益をもとにまた家を建てた。そして同じようにしてウッドヘイヴン、ホリス、クイーンズ・ヴィレッジといったクイーンズの労働者階級の住む地域に次々に家を建てていった。それまで狭い窮屈なアパートにしか住んだことのなかった労働者たちに父はまったく新しい生活様式をもたらした。つまり郊外風のレンガ造りの住宅を低価格で提供したのだ。それらの家は建設が追いつかないほどの早さで飛ぶように売れた。直感的に父は事業を拡大することを考え始めた。1929年にはより富裕な人々にねらいを定めてこれまでよりはるかに大きな住宅の建設にとりかかった。小さなレンガ造りの家の代わりに3階建てのコロニアル様式、チューダー様式、ヴィクトリア様式などの邸宅をクイーンズの一地区に建設した。やがてこの地区はジャマイカ・エステーツとして知られるようになり、父はここに自分の家族の家も建てた。やがて大恐慌が始まり住宅市場も打撃を受けると、父は他の事業に目を転じた。倒産した住宅金融会社を買い取り、一年後にそれを売って利益をあげた。次にウッドヘイヴンにセルフサービスのスーパーマーケットを建てた。この手のスーパーとしては最初のものだ。肉屋、洋服屋、靴屋といった地元の小売店がみなここの売場にテナントとして入った。1カ所であゆるものが手に入る便利さが受けて、この事業はたちまち成功をおさめた。しかし父は建築業へ戻りたいという思いが強く、1年足らずで店をキング・カレンに売り払い、大きな利益をあげた。1934年頃には大恐慌もようやくおさまり始めていたが、金融は依然として厳しかった。そこで父は再び低価格の家をつくることにした。今度はブルックリンの貧困地区フラットブッシュを建設場所に選んだ。土地が安く将来性があるとみたのだ。この時も父の直感は当たった。3週間で78戸の家が売れ、続く12年間に父はクイーンズとブルックリンの全域にさらに2500戸を建設した。父は大成功を収め始めたのだ。

・1936年に父は私のすばらしい母メアリ・マクラウドと結婚し、家庭を築いた。父は成功したおかげで、自分が受けられなかった大学教育を弟に与えてやることができた。父の援助のもとに叔父ジョン・トランプは大学へ通い、マサチューセッツ工科大で博士号を得た。そしてその後、物理学教授となり、わが国有数の科学者の一人に数えられるようになった。

・私は昔風の家庭で育った。父が一家の稼ぎ手として権力をもち、母は主婦に徹していた。といっても母はブリッジに興じたり、電話でおしゃべりをして日を過ごしていたわけではない。5人の子供の世話をするほか料理や掃除をし、靴下を繕い、地元の病院でボランティアとして働いた。私たちは大きな家に住んでいたが、自分たちを金持ちだと考えたことはない。みな1ドルの価値を勤労の大切さを知るように育てられた。一家の結束は固く、今でも私のもっとも親しい友は家族である。両親は全く見栄を張らない。父はいまだにブルックリンのシープスヘッド・ベイ地区のZ街にある奥まった質素な狭いオフィスで働いている。オフィスのあるビルは父が1948年に建てたものだ。父はどこかよそに移るなどとは考えたこともないのだ。

・第一子である姉のメアリアンは、マウント・ホーリオーク大学を卒業後、しばらくは母と同じ道を歩んだ。つまり結婚し、息子が成長するまで家庭にいたのだ。しかし姉も父の積極性と向上心とを大いに受け継いでいた。そこえ息子のデイヴィッドが十代になると学校へ戻り、法律の勉強を始めた。そして優等で卒業すると、まず民間会社に勤め、その後5年間米連邦地検で連邦検察官として働き、4年前に連邦判事となった。わが姉ながら、なかなか大した女性である。妹のエリザベスはやさしく聡明だが、姉ほどの野心はなく、マンハッタンのチュース・マンハッタン銀行で働いている。

・私は小学生の頃からすでに自己主張の強い攻撃的な子供だった。二年生の時、音楽の先生の目に黒あざをこしらえたこともある。音楽のことなど何も知らないくせにと思って、パンチをお見舞いしたのだ。このためにもう少しで放校処分になるところだった。このことを決して自慢には思っていない。だが私が小さい頃から物事に敢然と立ち向かい、非常に強引なやり方で自分の考えをわからせようとする傾向があったことを、この一件ははっきり示している。ただし今はこぶしの代わりに頭を使うところが違っている。

・私は幼い頃から、近所のガキ大将だった。人から非常に好かれるか、非常に嫌われるかのどちらかで、これは今も変わっていん。けれども仲間うちでは大いに人気があり、みなのリーダー格になることが多かった。思春期には、もっぱらいたずらに精を出した。なぜか騒ぎを起こしたり、人を試したりするのが好きだったからだ。校庭や誕生パーティの席で水の入った風船や紙つぶてを投げて大騒ぎを演じたものだ。攻撃的だが、悪質ないたずらではなかった。弟のロバートはあるエピソードについて話すのが好きだ。弟はこの時に私が将来どの道に進むかがはっきり分かったという。

・13歳になると、父は私を軍隊式の私立学校へ入れることにした。軍隊式訓練が私のためになると思ったのだ。私はあまり気が進まなかったが、やがて父の考えが正しかったことが分かった。私はニューヨーク北部にあるニューヨーク・ミリタリー・アカデミーの8年生に編入した。そして最上級学年までここで過ごし、その間に規律を身につけ、自分の攻撃性を建設的に使うことを学んだ。最上級学年の時には、士官候補生の隊長に任命された。

・私は士官学校ではかなりいい成績をとっていたが、あまり一所懸命に勉強したとは言えない。授業にさほど興味をもっていなかったことを思うと、比較的楽にいい成績をとれたことは幸運だった。私は早い時期に学校で学ぶことはすべて本番のための下準備にすぎないことを悟っていた。本番とは大学を卒業してから私が手がける何かである。

・私はよちよち歩きができるようになった頃から、父と建築現場へ出かけていた。ロバートと私は一緒についていって、ソーダ水の空き瓶を探して時を過ごす。その瓶を店に持って行って金をもらい、預金するのだ。十代の頃は休暇で学校から帰省すると父のあとをついてまわり、商売のことをつぶさに学んだ。業者との交渉、現場めぐり、新たな建設用地を手に入れるための交渉などだ。家賃が統制管理された住宅を建設するという父の商売では、たくましく冷徹でなければ成功することはできない。利益をあげるためにはコストを低く抑えなければならないので、父は常に価格に気を配っていた。モップや床用ワックスを買う場合でも、プロジェクトのより大きな製品を扱う業者に対するのと同様に、手抜きのない交渉をした。父の強みはすべてのもののコストを熟知していたことだ。どの業者も父をだますことはできなかった。たとえば配管工事が40万ドルかかると分かっていればどの程度まで値切れるかがわかる。つまり30万ドルにするよう交渉しようとは思わない。この値段では向こうは商売にならないからだ。しかし業者の言いなりに60万ドルで手を打つようなこともないわけだ。

・安い値段で仕事を請け負わせるための父のもう一つの手は、業者に自分を信頼させることだった。父は相手に低い価格を提示したあとこう言う。「いいか私は必ず支払う。それも期日通りにだ。だが他のやつらでは金が入るかどうかわからないぞ」さらに父は自分との取引では迅速に仕事が終わり、すぐに次の仕事に移れることも力説した。そして最後に、自分は休みなく建設を行っているから将来の仕事も保証できると話した。相手は父の言い分に説得されることが多かった。父はまた、信じがたいほど厳しい現場監督だった。毎朝6時には現場に姿を見せ、作業員たちにはっぱをかける。その仕事ぶりはまるで一人芝居のようだった。父の期待どおの仕事をしていない者がいると、自分が代わってそれをする。父はどんな仕事でもこなすことができた。

・私はまずブロンクスにあるフォータム大学に入学した。家の近くにいたいというのが主な理由だ。大学を運営しているイエズス会修道士たちとはとてもうまくいった。だが2年後、どうせ大学教育を受けるなら、最高のとことで自分を試すほうがいいと思うようになった。そこでペンシルバニア大学の大学院ウォートン・スクールに願書を出し、入学した。当時は実業界で身を立てようと思う者は、ウォートンへ行くべきだと考えられていた。ハーバード・ビジネス・スクールは多くのCEO、つまり大企業の経営者を輩出してはいる。だが本物の起業家にはウォートン出身者が圧倒的に多い。

・ウォートンで学んだ一番重要なことといえば、学業成績にあまり感動してはいけないということだろう。クラスメートたちは特にすぐれたあるいはおそるべき人たちではなく、私が十分張り合うことができる相手であることがすぐにわかった。ウォートンで得たもう一つの重要なものはウォートンの学位だった。私に言わせればそんな学位は何の証明にもならない。だが仕事をする相手の多くはこれをいたく尊重する。この学位は非常に権威あるものと思われているのだ。というわけであらゆることを考えあわせるとやはりウォートンへ行ってよかったと思っている。

・父が建設途中のトランプ・タワーの現場を見に来た時のことはいまだに覚えている。タワーの正面は一面のガラス壁だったが、これはレンガよりはるかに高価だ。その上、手に入る一番高いガラス、ブロンズ・ソーラーを使っていた。父は一目見るなり私に言った。「こんなガラスを使うことはないじゃないか。4、5階までこれを使って、あとは普通のレンガを使ったらどうだ。どうせ上を見上げる者なんかいないよ」これはまさにフレッド・トランプ的発想だった。父は55番通りと5番街の角に立って、数ドルを節約しようと考えているのだ。私は心を打たれたし、もちろん父の気持ちもよく分かった。だが同時になぜ自分が父のもとを離れたかという理由もはっきり認識した。父の商売を継ぎたくなかった本当の理由は、私にはもっと遠大な夢とビジョンがあったからだ。これは父の仕事が肉体的にも経済的にも厳しかったという事実より、はるかに重要だった。ブルックリンやクイーンズに家を建てていては、この夢を実現することは不可能だったのだ。考えてみると、私のショーマン的な性格は母から受け継いだもののように思う。母はドラマチックで壮大なことが好きだった。ごく平凡な主婦だったが、自分を越えた大きな世界観を持っていた。エリザベス女王の戴冠式の時、スコットランド人である母はそれを見るためにテレビの前に釘付けになり、一日中動かなかったことを覚えている。母は式の壮麗さと王室の華やかな雰囲気にただ心を奪われていたのだ。その日の父のこともやはり記憶に残っている。父はいらいらと歩きまわり、母に言った。「メアリ、いい加減にしてくれ。もうたくさんだ。消しなさい。あんなものニセ芸術家の集まりじゃないか」母は顔も上げなかった。この点では二人はまったく対照的だった。母は華やかさと壮大さを好む。だが父はきわめて現実的で能力や効率のよさにしか心を動かされないのだ。

・学生時代、同級生たちが新聞の漫画やスポーツ欄を読んでいる時、私は連邦住宅局の抵当流れ物件のリストに読みふけっていた。抵当流れになっている政府融資による公営住宅のリストを研究するとは少し変わっていると思われるかもしれない。だがこうして私はスウィフトン・ヴィレッジのことを知ったのだ。これは私がまだ在学中に父と共同で手がけた仕事で私にとってははじめての大きな取引だった。

・私は団地全体が清潔で、管理が行き届いているよう気をつけた。私はとてもきれい好きだ。また清潔にしておくことは投資の際にも有利だと思っている。たとえば車を売りたいとする。5ドルをかけて洗車し、ワックスをかけ、少し念入りに磨きあげると、それだけで400ドルは高く売れる。うす汚れた不潔な車を売ろうとしている人を見ると、これはうまくいかないとすぐ分かる。ほんの少しの手間でぐんと見栄をよくすることができるのだ。不動産でも同じことが言える。手入れの行き届いた物件は、そうでない物件よりはるかに高値で売れる。

・私は尊敬する人には素直に耳を傾ける。これもマーケティング研究のためではなく直感でそうするのだ。

・1971年に転機が訪れた。マンハッタンにアパートを借りることにしたのだ。3番街と75番通りにあるビルの中のワンルームのアパートで、窓から見下ろすと隣のビルの中庭の水タンクが見えた。私はふざけてこのアパートをペントハウスと呼んだ。たまたまビルの最上階に近かったからだアパートが広く見えるよう部屋を仕切ってみた。だが何をしても、そこは暗い薄汚れた小さなアパートであることに変わりなかった。それでも私はそこが大いに気に入っていた。このアパートへ引っ越した時は15年後にセントラル・パークを見晴らす5番街と56番通りにあるトランプ・タワーの最上部のトリプレックスへ引っ越した時より興奮したものだ。それもそのはずだ。クイーンズに住み、ブルックリンで働いている若者が突然アッパー・イースト・サイドにアパートを持ったのだ。もっとも重要なのは引っ越しのおかげでマンハッタンをよりよく知るようになったことだ。私はただ訪問したり、商用でやってきた時とはどことなく違う態度で通りを歩き始めた。やがてよい不動産物件もすべて知るようになった。クイーンズ出の若造ではなく、街の人間になったのだ。自分はあらゆるものに恵まれているような気がした。つまり若くてエネルギーにあふれ、マンハッタンに住んでいるのだ。仕事場はブルックリンにあり毎日通勤していたがそんなことは問題ではなかった。

・私がマンハッタンに住み最初にしたのは、ル・クラブへ加入することだった。これは当時ニューヨークでもっとも注目を集めていたクラブで、隆盛時のスタジオ54と同様、選考が厳しいことでも知られていた。東54番通りにあるこのクラブの会員には、世界で最も成功した男や最も美しい女がいた。75歳の富豪がブロンドのスェーデン美人を3人引き連れてやって来るという類のクラブだ。クラブへ入会したいきさつは忘れることができない。ある日私はル・クラブへ電話した。「ドナルド・トランプという者ですが、クラブの会員になりたいのです」相手の男は笑って言った。「冗談だろう」もちろんだれも私の名前など聞いたこともなかったのだ。次の日、また別の手を思いついてもう一度電話した。「会員名簿をいただけますか?知っている人がいるかもしれないので」「残念だがそれはできないんだ」男は答えると電話を切った。次の日また電話をかけた。「クラブの会長さんとお話ししたいのです。さしあげたいものがあるので」どういうわけか、男は会長の名前とオフィスの電話番号を教えてくれた。そこで電話をかけ、丁重に自己紹介した。「ドナルド・トランプという者ですが、ル・クラブに入会したいのです」「会員に友人とか家族がいるのかね?」と会長が聞いたので、「いいえ、だれもいません」と答えた。「ではなぜ入会できると思うんだね」会長が尋ねた。私はひたすらしゃべり続けた。しまいに相手が言った。「それじゃこうしよう。きみはなかなか好青年のようだし、若手の会員が入るのもいいのかもしれない。21クラブで一緒に一杯やらないかね」翌日の晩、私たちは飲むために会った。ただしちょっとした問題が一つあった。私は酒はやらず、何もせずにただ座っているのは苦手なのだ。ところが誘ってくれた相手は酒好きで、しかもやはり酒好きの友人を伴って来ていた。それから2時間、二人が酒を飲んでいる間、私は手持ち無沙汰で座っていた。しまいに私は言った。「そろそろお送りしましょうか?」「いや、もう一杯だけやろう」二人が答えた。私はこうした状況には慣れていなかった。父はまじめいっぽうの堅物だ。毎晩7時に帰宅し、夕食をとり、新聞を読み、テレビのニュースを見る、という判で押したような生活をしてきた。私も父に劣らず堅物だ。したがってこういう世界は全くなじみがなかった。マンハッタンで成功している人物はみな大酒飲みなのだろうか。もしそうなら、私は大いに有利だ、と思ったのは覚えている。10時頃になって二人はやっと飲むのをやめ、私は抱えるようにして二人を家まで送って行った。それから2週間経っても会長からは何の連絡もなかった。ついにこちらから電話すると、向こうは私のことを覚えてもいなかった。そこでまた振り出しに戻り、21からやり直した。ただし今度は会長もあまり飲まず、私を会員に推薦してくれることに同意した。ただ一つだけ気がかりなことがある、と会長は言った。君は若くてハンサムだが、年輩の会員には美しい若い夫人がいる者もいる。君がその夫人たちに手を出しはしないかと心配だ、というのだ。そんなことはしないと約束してくれ、と彼は言った。私は耳を疑った。母も父同様おかたい人物で、父を心から愛している-最近二人は結婚50周年を祝ったところだ。こういう環境で育った私に、この男は他人の妻を盗むの盗まないのという話をしているのだ。ともかく私は約束し、クラブへの入会を許された。これは社交生活の上でも仕事の上でも、大いにプラスになった。私は大勢の若く美しい独身女性と知り合いになり、毎晩のようにデートした。けれども真剣なつきあいにまで発展することはなかった。みな美人だが、まともな会話のできる者はあまりいないのだ。みなうぬぼれが強かったり、一風変わっていたり、わがままだったりした。そして大抵は見かけ倒しだった。たとえば、私はデートの相手をアパートには連れて来られないことにすぐ気づいた。彼女たちの基準からすると、私の家は人が住めるような代物ではないのだ。彼女たちの世界では外見がすべてだった。私が最後に結婚した相手は大変美しい女性だったが、彼女は父や母と同じく堅物でもあった。この同じ時期に、仕事に成功した裕福な人々ともル・クラブを通じて大勢知り合いになった。私は夜出かけるのを楽しんでいたが、仕事のことも忘れなかった。ニューヨークという町がどんなふうに機能しているかを知り、いずれ取引相手になるような人々と親しくなった。また懐の豊かな人々、特にヨーロッパや南米の金持ち連中とも知り合いになった。彼らは後にトランプ・タワーやトランプ・プラザの最も値の高いアパートを買ってくれた。

・条件のいい土地を安く買って損をすることはまずない、というのが私の信念だ。当時ウェスト・サイド一帯は住むには危険な場所と考えられていた。横丁という横丁には生活保護者対象の簡易宿泊所が建ち並び、どこの公園にも麻薬の売人がいた。セントラル・パーク・ウェストからコロンブス街にかけての84番通りの1ブロックがいかに物騒な地域かという記事をニューヨーク・タイムズ紙が何回にもわたって掲載していたことを覚えている。しかしあたりに目をやえば、この環境がたやすく改善できることがすぐわかった。西84番通りのような荒れた横丁でさえ、セントラル・パークの近くには褐色砂岩造りの古い堂々とした建物が建っていた。またセントラル・パーク・ウェストやリヴァサイド・ドライブといった通りには、すばらしい眺望が楽しめる広々としたアパートの入った美しい古い建物があった。人々がこの地域の価値に気づくのは時間の問題だった。

・私に言わせれば、これは全くの近視眼的発想だ。たとえば大抵の会社は売上げが落ちると広告費を削る。だが本当は売れない時こそ広告が必要なのだ。

・大事な取引をする場合は、トップを相手にしなければラチがあかないのだ。その理由は、企業でトップでない者はみな、ただの従業員にすぎないからだ。従業員は取引を成立させるために奮闘したりしない。賃上げやボーナスのためには頑張るが、上司の機嫌を損ねるようなことはしないよう気をつける。したがって取引を上司に取り次ぐ際に、自分の立場ははっきりさせない。取引相手には乗り気の様子を見せても、上司にはこう言うだけだ。「ニューヨークのトランプという人物が、こんな話を持ってきました。いい点と悪い点はかくかくしかじかです。どうしますか」上司がその話を気に入れば、自分もそれを支持するだろう。だがそうでなければ「私も同意見です。ただご報告したまでです」と言うだけだ。

・おかしなことに、私自身の母は生涯平凡な主婦だったにも関わらず、私は多くの重要な仕事に女性を起用してきた。それらの女性は、私のスタッフの中でも特に有能な人たちだ。実際、その働きぶりはまわりの男性をはるかにしのぐことも多い。私の会社の業務執行副社長を10年つとめたルイーズ・サンシャインは、闘志にあふれている点では誰にもひけをとらなかった。営業全般を担当し、私が手がける建物の内装をとりしきる業務執行副社長のブランシュ・スプレイグは、私の知るうちで最も優秀なセールスマンであり、管理者である。私の補佐役のノーマ・フォーダラーはチャーミングで優しい、すてきな女性だが、芯はめっぽう強い。彼女が人の言いなりになるなどと思ったら大間違いだ。妻のイヴァナもすぐれた経営手腕を持ち従業員にはとても親切だが、非常に要求が厳しく、負けず嫌いな面もある。従業員からはとても尊敬されているが、これは彼女がまわりの者を叱咤激励するだけでなく、自らも一所懸命に仕事をしていることをみな知っているからだ。

・まず第一に値段さえ適正ならなるべく立地条件のよい土地を手に入れたほうがよいというのが私の信条だ。第二につむじ曲がりのようだが、私は込み入った取引にひかれる。そのほうが面白いというのも理由の一つだが、難しい取引のほうが狙ったものが安く手に入るからでもある。

・他の業者たちはカジノの運営には慣れていたが、カジノの建設については経験がなかった。したがってこのような周到な準備は行わなかった。早く建物を完成させてオープンしようと急ぐあまり、多くの業者は最終的に許可がおりるのを待たずに、工事を始めてしまった。すると委員たちがやって来て、「だめ、この部屋は小さすぎる」だの、「このスロット・マシンはここでなく、あそこに据えないとだめだ」などと文句をつける。工事の途中で手直しをすると、非常に高くつくことは長年の経験からわかっていた。大規模なプロジェクトの多くが大幅に予算を超過するのはこれが一番の原因ではないかと思う。許可を申請する相手や従うべき規定が多いことについて、私たちが他の業者より有利な点が一つあった。それは私たちが官僚的組織ではないことだ。大規模な株式会社では一つの問題に返答をもらうまでには何人もの重役の手を経なければならない。そしてそもそもその重役は何もわかっていない場合が多いのだ。しかし私たちの会社では、誰でも質問があれば直接私のところに来て、すぐに答えをもらうことができる。多くの取引で私が競争相手よりはるかに敏速に行動することができるのは、まさにこのためだ。

・私はこと経営に関しては、きわめて簡単なルールに従うことにしている。競争会社から有能な人材を引き抜き、より高い給料を支払い、その手腕に応じてボーナスやさまざまな特権を与えるというものだ。こうすれば最高の経営体制を築くことができると信じている。

・いったん負けることによって、勝つための新たな戦術が見えてくることがある。そのとき必要なのは、十分な時間とちょっぴりの”ツキ”である。

・私は自分に対する非難が不当なものだと感じた時にはなおのこと、黙って引き下がりはしない。告訴を受けて立てば訴訟費用がかさむだろうし、こちらの戦術を考え直さねばならなくなるかもしれない。しかし脅しに負けて、ばかげた調停案をのむことだけはなんとしてもできなかった。

・大きな窓はそれだけで大変な価値がある。素晴らしい眺めはちょっとした財産にも匹敵するからだ。

・長年にわたる政治家との付き合いで私が学んだのは、彼らに確実に行動を起こさせるものはマスコミ-厳密にいうとマスコミに対する恐怖だけということだ。圧力をかけたり、哀願したり脅迫したり、彼らが行う各種の運動のために多額の寄付をしても、おおむね効果ははない。しかしマスコミにたたかれる可能性がでてくると、たとえそれが無名の雑誌であっても、たいていの政治家は震え上がる。マスコミに悪く書かれると票を失うおそれがあるからだ。大量の票を失うと再選されなくなる。再選されなければ、会社勤めを余儀なくされるかもしれない。政治家はそうなることを最も嫌うのだ。

・彼の主な批判は、ともかく高い建物は好きではないということのほかに、このプロジェクトが近隣地域と十分にとけあうよう計画されていないというものだった。しかし、これはまさにこのプロジェクトで私が最も気に入っている点だった。まわりの建物と一体となるようなものを建てるのは失敗のもとだと確信していた。十年前、コモドア/ハイアット・ホテル再建の際にも、同じ態度をとった。当時グランド・セントラル駅周辺は荒廃しつつあった。そこで、反射ガラスで覆った壮麗な新ホテルを建て、まわりのくすんだ古い建物と対照させるのが成功する唯一の方法だと考えたのだ。ホテルは大成功をおさめ、評論家たちもやがて態度を変えるようになった。

・1987年1月、ユーリ・ドゥビーニン駐米ソ連大使から、次の言葉で始まる書簡をもらった。「モスクワからのよい知らせをお伝えできることをうれしく思います」次いで、国際観光を司るソ連の有力な国家機関であるゴスコムインツーリストが、私と共同でモスクワにホテルを建設し、その運営を行うことを希望していると書かれていた。7月4日、イヴァナと彼女のアシスタントであるリーザ・カランドラ、そしてノーマと共にモスクワに赴いた。これは実に得難い経験だった。私たちは国営ホテルのレーニン・スイートに泊まり、ホテルの候補地を数カ所見学した。そのうちのいくつかは赤の広場の近くにあった。この商談に対するソ連政府の意欲には感銘を受けた。

・昨年の9月、トランプは10万ドル近い金を投じてアメリカの主要新聞に広告を出し、レーガン政権の対外政策を批判した。こうした動きから、彼が政界への進出を狙っているのではないかと推測する向きもある。トランプ自身は大統領選に出馬する意志は今のところないことを明らかにしている。けれども、元モデルでチェコのスキー選手だった美しい妻イヴァナは言う。「あと10年たってもドナルドはまだ51歳です。そう際限なくカジノを所有したりビルを建てたりするわけにはいきませんから、いずれドナルドは他の分野に目を向けるでしょう。それは政治かもしれないし、何か別のものかもしれません。大統領選挙へ出馬することも絶対にないとは言い切れません」いずれにしても、今年まだ42歳というこのエネルギーに満ちあふれた男が、現状のままにとどまっているとは思えない。トランプがこの先ニューヨークをそしてアメリカをどのように変えていくか、まさに興味津々といったところだ。

良かった本まとめ(2016年下半期)

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「金月(東京 門前仲町)」のランチはとてもオススメ!

2017年04月12日 01時00分00秒 | 外食
 大正時代からと創業100年の元料亭で、現在は石焼鍋等のお店である東京の門前仲町駅から徒歩約5分のところにある金月でランチを堪能しました♪

店の玄関には家紋付きの暖簾がかかり老舗を感じます♪


↑店構え

また「昼定食お献立」のメニューがあり、天ぷらorお刺身or焼魚から選ぶこととなり、それぞれ税込1100円となります♪


↑昼定食お献立

また、左側には石焼鍋のメニューが書かれていましたね。
一人前2500円で、石鍋で焼きながら熱々の野菜と牛肉の料理とのことです。
ゴマ豆腐や刺身などがセットとなったコースもあり、いつかは行ってみたいですね♪


↑石焼鍋メニュー

店内は古さは感じますが清潔感はあります♪


↑店内

天ぷら定食を頼むと、熱いお茶の後にお猪口ですが昼間から日本酒が運ばれたのには驚きました♪
さすが、元料亭!
そのつまみに漬け物や湯豆腐も運ばれます♪
日本酒が妙に美味しく感じますね♪
1月下旬に訪れたのですが、お正月の雅楽がBGMとして流れていて、何だかこの日本酒に合います♪


↑日本酒や漬け物、湯豆腐

そして、しばらくして天ぷらとご飯、味噌汁が運ばれました♪


↑天ぷら、ご飯、味噌汁

天ぷらがサクサクで美味しい♪
キスやエビ、サツマイモやピーマン、ナスなどがあります♪
生姜と大根おろしとタレが天ぷらに合います♪
築地で仕入れているようで、素材の良さを感じますね♪
とても美味しいです♪

また、ご飯は炊き立てアツアツで瑞々しくて美味しく、味噌汁も酸味が少しありながらも出汁がよく効いていて美味しい♪
さすが元料亭ですね♪

その間にも、新しい器で熱いお茶を交換してくれるのはさすがだと思いました♪
2度は替えてくれました♪

そして最後にアイスコーヒーのサービスもあったのには驚きましたね♪


↑アイスコーヒー

金月は、リーズナブルに老舗の美味しい天ぷら定食のランチを堪能でき、またお酒も飲めて^_^;)、とてもオススメです!

門仲での平日のランチには一押しのお店です!

美味しかったものまとめ(2016年下半期)

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