ブログ「教育の広場」(第2マキペディア)

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私の教養教育(その1)

2008年03月15日 | カ行
     初めに

 最近、大学で教養教育の重要性が再認識されてきていると聞きます。昨年(2007年)10月22日の朝日新聞にも「広い教養を育め」といったような見出しでちょっとした特集がありました。

 1990年代の初め、大学設置基準が「大綱」とされて、各大学の自由度が高まると共に一斉に教養部が廃止されたり教養教育が縮小されたりして、一日も早く専門教育を受けたいという学生の希望に迎合した頃とは様変わりです。

 桜美林大学では今年度から、従来の文学部、経済学部、国際学部の3学部に代えて「リベラルアーツ学群」を新設したそうです。「社会が求めているのは専門性だけでなく、もっと自由に発想でき、コミュニケーション能力のある人間。それに結びつくのがリベラルアーツ」だという副学長の言葉も引かれていました。

 東京工業大学では2006年度に「世界文明センター」というのを新設したそうです。随分大げさな名前ですが、人文科学や芸術の教育を強化するのが目的だそうです。

 作家の猪瀬直樹氏による「日本の近代」や批評家の東浩紀氏による「ポストモダンと情報社会」など、特任教授に招いた著名人によるユニークな講義も多いそうです。

 センター長である井口時男教授は「理工系の大学なので、ともすると特定の世界に限定されがちになる。視野や可能性を広げてもらえたら」と期待しているそうです。

 東大では2005年度から「知」の体系を広い視点から横断する「学術俯瞰講義」というのを実施しているそうです。総長の発案だそうで、テーマは「物質の科学」「社会の形成」「学問と人間」などだそうです。

 教養教育で定評のあるとされる国際基督教大学は、2008年度からは6つある学部を廃止して、新入生は学科に属さないまま様々な分野の基礎科目を学び、2年の終わりに31ある専門分野から自分の専修分野を選ぶようにするそうです。

 早稲田大学は2004年度に、上智大学は2006年度に国際教養学部を開設して人気を集めているそうです。

 他方、大学の外での発言も目立つようになりました。「文芸春秋」の2007年12月号はあの「国家の品格」で名高い藤原正彦氏(お茶の水大学教授)の「教養立国ニッポン」を巻頭に掲げました。少し前の2004年には村上陽一郎氏(東京大学名誉教授、国際基督教大学教授)の『やりなおし教養講座』(NTT 出版)も出ましたし、その出版社はこの度刈部直(かるべ・ただし)氏の『うつりゆく「教養」』を出しました。

 私は大学の講師になった1971年当初から「小大学の思想」というのを唱えてきました。それは、大学の授業は看板に書かれている名前に拘らず、大学教育全体の縮図であるべきだという考えです。その言葉は、当該の大学の教育全体を意味する「大大学」との対になっています。これは昔の「大宇宙と小宇宙」という考え方を真似したものです。

 この30年あまりの間に大分変化しました。そこで現在の「私の教養教育」を紹介しつつ、上に紹介されたようなあり方や考えについて一言批評を述べたいと思います。教養の重要な1要素は議論でしょうが、それは互いの実践を紹介し合う建設的な議論であるべきだと思います。

   1、教科通信

 技術的な特徴から入りますと、私の担当した授業はドイツ語と哲学ですが、今ではどんな授業でも、公民館での哲学講座でも、必ず教科通信を出します。これが第1の特徴です。

 思うに、集団を精神的にまとめるものは「新聞」なのです。学校ではそれは学級通信であり、教科通信なのです。予定を書いただけの学年便りなどはほとんど無意味なようですが、教師がしっかりした考えを持って発行するなら、そういう通信にはクラスをまとめる力があります。

 大学で教科通信を出す人は少ないでしょうが(ゼミ通信ならあるかな?)、或る学生が最後のレポートに「教科通信があったからクラスがまとまっていたと思う」と書いていました。

 特に女子学生はこの種のものがとても好きで、「いつも教科通信の配られるのが楽しみだった」と書く学生は多く、「高校時代にこういうのがあったらなあ」という意見もよく聞かれます。

 材料はどうするのかと言いますと、哲学の授業の場合は毎回、最後の30分間でレポートを書いてもらいますから、それをまとめます。ドイツ語の場合は、月に1回くらいのペースで「レポート」(以前は「アンケート」と呼んでいたのですが、誤解があるので改名しました)を集めています。

 私は自治会長をした時には詳しい「自治会長の活動報告」を毎月出しましたが、これが学校での学級通信と同じ役割を果たしたようでした。「長」の活動報告は、それが本当のものになると、新聞の役割を果たす、と言えるようです。

 さて、この点で上に挙げました事例を見てみますと、刈部直氏の授業について一言せざるをえません。

 氏の東大大学院でのゼミの「要綱」のようなものを読んだところ、そのレベルの高さ、準備量の膨大さに感心しましたが、率直に思ったことは、ゼミ通信を出せばもっと良くなるのになあということでした。

 このゼミに集まっている学生くらいなると、学生に交代で編集をさせて出すといいと思います。もちろん教師もその順番に入ってたまには編集するといいと思います。教育効果は絶大だと思います。

   2、「休憩」

 私の教養教育の技術的特徴の第2点は、授業時間中に「休憩」という時間のあることです。だらんと休憩するのではありません。授業内容との関係の有無は問わず、必要と思うことをします。たいていはビデオ(DVD )を見ますが、話をすることもありますし、何かを読むこともあります。

 具体例を挙げておきますと、ビデオでは「絵画修復士」「和敬塾」「ドイツ放浪修業」「シュタイナー病院」「ディズニーワールド」「福祉オンブズマン」などです。

 新聞の切り抜きでは、俵万智氏の「恋の歌・百首」は(2篇)必ず読みます。アメリカ資本主義とヨーロッパ資本主義の比較の記事とかもあります。

 話のテーマは以下に取り上げるもののほかには、「世の中の事は金の動きと結び付けて理解しなければ本当の事は分からない」とか「学問の現実性と歴史性と体系性」とかです。もちろんビデオを見た後や何かを読んだ後には、それにまつわる簡単な話をすることも多いです。

 「休憩」を入れることの第1の意義は、授業に変化を付けるということです。元々私は1回90分の授業を1種類の授業方法(例えば読解だけとか)で押し通すことをせず、複数の方法を使いますが、その上「休憩」があると断然、変化が出ます。

 第2の意義はもちろんその内容によって「教養教育」が出来ることです。自分を反省して見ても分かりますように、学生時代の経験や知識や見聞は狭く浅いのです。それを広め深めるのにはそのための時間を確保しなければならないと思います。

 教養教育のために特別に外部講師を呼ぶ例が多いようですが、やはり基本はその大学の教員が自分の授業の中にそういう要素を入れることだと思います。

   3、宿題

 私の授業は宿題の多いことが1つの特徴ですが、特に前期と夏休みに多く出します。後期は専門の授業が大変になりますので、こちらは宿題を少なくします。

 その宿題の中でも教養教育的な要素が大きな割合を占めます。その種の宿題で最初に出すのはたいてい、「大学のホームページなどを調べて、自分の習っている先生の研究業績、教育活動、社会活動を調べ、その先生が偽装教授でないかどうか確認せよ」という課題です。

 大学教員は研究業績が十分でなければならないのはもちろん、授業のやり方も工夫しなければならず、又その他に学外での社会的な活動(発言を含む)も義務と言っていいでしょう。かつて、池田弥三郎氏はそう言って実行していました。

 そして、最後に、特にこのネット時代には、それらの活動についてしっかりした説明責任を果たしていることが必要です。大学教員には不言実行は不可です。有言実行だけだと思います。

 しかし、現実には研究業績の少ない問題外の教員も多く、どういう授業をしているかの報告は皆無に近い状態です。ブログを出して社会的発言をしている人も極めて少ないと思います。つまり、活動の内容も形式(説明)も失格の人が多すぎます。

 この点で残念に思うのは藤原正彦氏です。氏は研究業績は十分のようですし、社会的活動もしていますが、ホームページ上での説明が極端に少なく、特に授業についての説明がありません。

 氏は先の文春論文の中で「受験戦争から解放された大学生でさえ本を読まない」と言って、「私のゼミに所属する学生が3人とも新田次郎を知らなかった時はかなり腹が立った」とか書いていますが、これは評論家の態度だと思います。

 教師の仕事というのは、受け入れた学生の現状を把握した上で、生徒が向上するように指導するものです。藤原氏はその後、学生にどういう課題を出したのでしょうか。知りたいところです。

 私は夏休みの宿題の1つとして「 100頁以上の小説を読んでその粗筋を 800字程度にまとめる(感想を書きたい人は2000字以内くらいで書いても好い)」というのを出します。そして、夏休み明けの教科通信に学生の読んだ本の一覧を載せ、2~3の粗筋を掲載します。その後感想を聞くと、小説を読む面白さを知ったというのもあります。

 ちなみに、夏休みの宿題は3~4期に分けて出します。こうすることで沢山の宿題が出せます。最後の1回は後期の最初に提出ですが、それ以外は郵送です。メールでもいいのではないかという意見もありますが、封書を出す練習も必要だと分かりました。
 (つづく)
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