ブログ「教育の広場」(第2マキペディア)

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角田(つのだ) 市蔵

2011年01月10日 | タ行
           国枝 昌樹(駐カメルーン大使、当時)

 カメルーン共和国のビヤ大統領が〔2006年04月〕16日から公式訪日する。独立46年目にして初めてだ。カメルーンは日本ではサッカーで知られる程度だろう。実はフランス語と英語が公用語の邦。国内のタクシーはほとんどが日本製自動車。日本が小学校を無償援助で建設していることをカメルーンで知らない人はほとんどいない。

 首都ヤウンデは高原にある。その丘のひとつにある中央官庁街。ひときわ威風を放つ経済財務省の横にドイツ植民地時代の墓地がひっそりと残っている。そこに日本人の墓があると聞いたのは、三年半前に着任してしばらくたったときだった。

 妻と私は墓地を訪ねた。日本人の墓は象牙色の大理石づくり。ドイツ人の墓に比べ全く遜色のない立派なものだった。碑銘にはドイツ語でこうあった。「日本人ツノダ・イチゾここに永眠。箱根出身。ハーバラー教授の長年の従者。黒水病により死亡。一九〇七年九月二十五日」。

 「長年の従者」という言葉には、教授のツノダさんに対する信頼と感謝の念、そして愛情と悲しみが込められている。妻は教授の深い思いに打たれた。私はツノダさんがなぜ遠くアフリカの密林の中で落命しなければならなかったのか、彼の無念を思った。二人は一体誰で、どうしてここに来たのだろう。

 私は外務省の外交史料館に碑銘の内容を伝えた。二週間後に反応があった。神奈川県庁が明治39年9月14日に旅券を発給した記録があった。角田市蔵。明治21年5月生まれの18歳。旅行先ドイツ。外人従者。ここまでわかったが、もっと知りたい。

 カメルーンから箱根町の役場などに電話して調べてもらい、角田さんの家が昔の旅籠(はたご)が建ち並んでいたところから少し離れた街道筋にあったことを確認した。往還商売を営む家が多く集まっていたという。

 箱根は明治30年代になると外国人が多く来る避暑地になっていた。市蔵さんは外国人を身近に見て、子供のときから海外雄飛を夢見ていたのだろう。きっと実直、几帳面な性格で、商学の才もあった。箱根を訪れたハーバラー教授の目にとまり、信頼を得るのに時間はかからなかった。碑銘はそんなことを想像させるのに十分だ。

 それでは教授はカメルーンにどんなかかわりがあったのだろう。2年半前、当時カメルーンに駐在していたドイツ大使ブランデス君に照会すると、「教授は中部アフリカでゴリラの頭蓋骨を収集し、帰国後バイエルン州の大学研究所に寄贈した」など、情報があった。

 さらに、先日、カメルーンに公演に来たドイツの現代舞踏家の懇親会で知り合ったドイツ人若者のユング君が、市蔵さんの墓も写っている墓地の写真を古文書の中から発見した。撮影年は1908年ごろ。1908年とすると市蔵さんが亡くなった翌年だ。

 教授は1909年にドイツの植民地協会でカメルーンについて講演していることもわかった。年が前後する事実の発見に、私の中で何かがはじけた。

 私はドイツ語のインターネットを検索しまくり、ユング君はミュンヘン大学に連絡した。そして教授の経歴を研究していたバイエルン州立動物学博物館のルーテンシュタイナー氏についにたどりついた。

 カール・アルベルト・ハーバラー(1864-1941)。大学卒業後、バイエルン州の資金援助で東洋に資料収集に出かけ、日本では横浜に滞在して人類学を調査・研究。相模湾で魚類も収集した。横浜、相模湾は箱根に近く、市蔵さんとの出会いを想像できる。

 市蔵さんは教授のお供でアフリカに来て、資料収集を補佐しながら密林の中を移動したのだろう。ヤウンデに着いたとき、重い熱帯熱マラリアを発症。青春さなかの19歳で亡くなった。その知らせが故郷に届いたとき、町役場では「西亜弗利加(アフリカ)洲場所不詳ニ於イテ死亡」としか書けなかった。当時、アフリカはかくも遠かった。

 旅の途中で命を失わなければならなかった市蔵さんはさぞ無象であったにちがいない。しかし、ヤウンデで百年後も市蔵さんはしっかりと存在し続けている。

 4月6日、私はアバ・アバ経済財務大臣、ザイツ・ドイツ大使を誘い3人で市蔵さんの墓前で冥福を祈った。アフリカの太陽が燦々と降り注いでいた。

  (日経新聞、2006年04月14日)
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キーワード
カメルーン バイエルン州 1908年 バイエルン シュタイナー アルベルト ミュンヘン大学 1909年 神奈川県庁 外交史料館
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