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『ゴジラ展 特撮映画のヴィジョンとデザイン』

2016-09-18 09:17:15 | Weblog

 蓮舫が二重国籍で反論しなかった。台湾国籍を持っていたことがあたかも悪いことのように伝えられたが、反論できなかった。この国には多くの多重国籍の人がいる。この国には、奇妙で嫌な空気に包まれている。日共の藤野前政策委員長(更迭)が、人を殺すための予算と発言したときも、軍隊と言うものの本質的な議論は無く、ただ言葉尻を捉えられ、日共も世論に迎合し処分をしてしまった。この国には、物言えぬ空気が漂っている。

 

 『ゴジラ展 特撮映画のヴィジョンとデザイン GODZILLA at Museum : Vision, Art & Design in Japanese Sci-Fi 1954-2016』(北海道立近代美術館 2016.9.9fri-10.23sun) 2016.9.18

 僕が知らなかっただけなのだろうが、お馴染みのゴジラの主題曲を作曲した伊福部昭氏が、釧路出身だったことが初めてわかった。

 ゴジラも今年11月3日(公開日は1954年11月3日)で62歳になる。僕と同学年だ。その年の3月1日、南太平洋上のビキニ岩礁で米国が水爆実験を行い、第5福竜丸に乗っていて被ばくした久保山愛吉さんが亡くなった。これ以後、平和運動では、3月1日をビキニ・デーとした。ゴジラは、その水爆から生まれた。ゴジラには、原水爆禁止の願いと太平洋上で戦死した多くの兵士の魂が宿っていると言われる。

 ゴジラ展では、ゴジラスーツ、特撮セット、絵コンテ、デザイン画、映画ポスターとゴジラの制作に関わったあらゆるものが展示されており、マニアックな人もそもそもゴジラ映画をほとんど観たことの無い僕のような者でも楽しく興味深い時間を過ごすことができた。撮影現場の様子は、映画の撮影現場というよりも工場のようで職人によるモノづくり現場だ。精密機械を作るように、細部までこだわった細密な設計図、都心を再現したミニチュアセットの中に東京タワーを大型重機で釣り上げて設置、建物や兵器の細部までの作り込み、それぞれの分野で才能を持った人たちによる共同作業だ。

 脱線するが、僕には共同作業で苦い思い出がある。小学校4年生の図工の時間、6,7人のグループで段ボールを使って建物のミニチュアを作った。僕らは5階建てのデパートを作ろうと考え、僕以外の人は段ボールを切り貼りして重ね合わせていた。僕は各フロアーが外から見て何を打っているか見えるようにと、衣料品を吊るしたハンガーや、椅子・テーブルを作っていた。しかし、伊東君の考えは違っていた。皆は、伊東君の意見に同調し外壁は全部塞いで、壁に絵を書こうということになった。僕のそれまでの時間が無駄になったと感じた。僕は泣いて暴れた。先生になだめられたが、それ以来伊東君を許せなかった。今でもその時の悔しさが甦る。この時から僕にはチームプレイは向かないと思った。スポーツの団体競技もダメだ。自分の思い通りにできるなら、組織に居場所を作ることもできるが。僕は、我がままで負けず嫌いだという自分の性格がわかった。

 

 

 

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特撮
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