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戦後左翼史 その46 1966年② 文化大革命開始

2017-06-15 20:54:34 | Weblog

共謀罪成立。僕はもちろん異議あり!だ。理由は、審議が不十分だからでも無く、手続きが荒っぽいためでもなく、国家の権力が強まる方向は駄目だと考えているからだ。でも、引っかかっていることがある。それは、この国会で成立したヘイトスピーチ対策法だ。権力が強まる点では共通しているのだ。いや、もっと本質的な所で似ているのだ。何を考えどのような行動をしたら排外的な差別となるのか、何をもってテロとなるのか。僕らはどこかで、正しいと思っている自分と取り締まるべきと想定している対象との間に線を引いていないか。先日、中核派の大坂正明氏と思われる人物が40数年間の逃亡の末逮捕された。僕は、「長い間、お疲れさま」と思った。

 

戦後左翼史 その46 1966年② 文化大革命開始 

(★印は日共関係、◎中ソ対立関係、■文化大革命関係)

1966.4.1道新夕刊 論壇時評(下)寺沢一(東大教授)

・長洲一二「社会主義第二段階論―わたくしの見たソ連」(展望):「ソ連は、スターリンの死まで低開発国型であり、強制された封鎖体制型の第一段階にあった。現在は、高度工業社会の開放体制型社会主義を模索しているただ中にある。」

・相場正三久「ベトナムに対するソ連の姿勢」:「ブレジネフの現状維持、スターリンの民族解放運動支持の間をさまよっている。」

◎1966.4.1道新夕刊 ソ連党大会 チェコ(ノボトニー共産党第1書記)、ハンガリー(カダル社会主義労働者党第1書記)代表 中共を激しく非難

1966.4.2道新 党大会で公表(マリノフスキー国防相) ソ連原子力潜水艦隊 潜水のまま世界一周(1960.5米原潜オライオン世界一周に成功)、北朝鮮代表(崔庸健党中央委副議長)が演説 日韓条約は軍事同盟、べトコン代表(グエン・チ・ビン中央委)も演説 米国との戦いは必ず勝つ

◎1966.4.2道新 ソ連党大会 各国代表の演説から 反帝、ベトナム支援で一致 中共孤立化は明白

◎1966.4.3道新 中ソ和解望み薄 共産陣営の対立深まろう

1966.4.3道新 ソ連グロムイコ外相 党大会で演説 ベトナム援助は継続 侵略策動に反撃

1966.4.6道新 党大会 ソ連・ルーマニア会談 各国との接触活発化

1966.4.6道新 コスイギン報告要旨 5か年計画 調和ある発展の基礎に 生活水準高める

1966.4.8道新 ソ連党大会 きょう閉幕 新経済計画を採択 4,5月中に追加修正

1966.4.7道新夕刊 ソ連共産党大会 バイバコフ国家計画委議長が発表 経済成長率は低下 カザネツ鉄鋼業相らフ前首相を間接批判

1966.4.9道新 ソ連党大会の成果 定着したブレジネフ、コスイギン路線 対米関係凍結へ 統一回復に強い自信

1966.4.9道新 ソ連党大会終わる 書記長ブレジネフ氏 大会宣言 米の侵略行動を非難

1966.4.9道新夕刊 ソ連党大会 ブレジネフ書記長が閉会の辞 “平和共存”を確認

◎1966.4.10道新 世界平和評議会(3.17~21)ブタペスト ベトナム問題など中ソ代表が対立

1966.4.10道新 ベトナムでインドが見解 ジュネーブ協定厳守が必要

■1966.4.25道新 中国の文芸整風 1963.4党中央宣伝部周揚副部長「文芸戦線強化」を唱えて以来 劇作家協会主席田漢、北京市副市長呉晗(ごかん)、人民日報元編集局長鄧拓らが批判

*(*は僕の考え)「文芸整風」という言葉が初めて報道される。その後も名称は、整風運動、文芸整風運動、整風批判、文化革命、社会主義文化革命、文化大革命と定まらない。この段階では、何が起き始めているのかわからない。後知恵からは、これが大きな運動になる萌芽だったとわかるが、この時点で気付けるかどうかのセンスが重要と思う。これは現在にも通じる。

1966.4.26道新 リーベルマン教授 ソ連の経済改革説く 少数精鋭で高賃金を

★1966.4.27道新夕刊 公安調査局長会議開く 米、中、ソの緊張注視 日共の動向 1965暮れ「ベトナム支援のための行動の統一」を提唱して以来、中共との間に見解の相違 2月に宮本訪中も共同声明の発表なし 党員20万人、赤旗本紙30万部、日曜版100万部 民青同学生班を中心に全学連の過半を獲得 中共は、日共が反米反政府闘争を激化させることを期待

*さすがは公安。日共と中共の関係の変化を正確に把握している。

■1966.4.29道新夕刊 光明日報報道 郭沫若氏(全国人民代表大会常務委員会副委員長)が自己批判 4.14開催の同委員会で 私の全著作の焼却を 6か月前から整風運動

1966.4.30道新 仏のNATO離脱に思う

■1966.4.30道新 「郭沫若批判」の意義 大きい政治的波紋 知識層に自己改造訴える 決定的になった歴史学、文芸非難

■1966.5.2道新 周首相 文芸整風運動(社会主義文化革命)で演説 中国の運命かかる

(参考)「日本にとっての「文革」体験」(福岡愛子)『戦後日本スタディーズ②「60・70」年代』(所収論文 紀伊國屋書店 2009年刊)には、「発端となった報道は、1966.5.1周演説で、文芸整風運動、社会主義文化革命の言葉を使用」とある。

◎1966.5.5道新 中国外務省が声明 ソ連の対ベトナム援助 物資輸送妨害せず

■1966.5.5道新 中国軍機関紙呼びかけ 文化革命遂行しよう

1966.5.6道新夕刊 官房長官(橋本)が閣議で報告 中国第3回核実験は10日頃か

1966.5.6道新夕刊 訪日の途についたショーロホフ氏(ノーベル文学賞受賞)に聞く 自由化後退はない 不穏当なアラゴン(ルイ フランス作家)の批判

◎1966.5.8道新 鄧小平中国共産党総書記が演説 ソ連は裏切り者 徹底的な闘争あるのみ 

■1966.5.8道新 中共 “毛沢東以後”に備える 進展する学習活動 劉少奇国家主席 周恩来首相 鄧小平総書記兼副首相 林彪副主席兼副首相 彭真党書記の集団指導体制だが、彭真の姿が見えない 四清運動(政治、経済、思想、組織)

■1966.5.9道新 解放軍報 北京日報を非難 鄧拓北京市委員会書記(新聞界)を批判 右派かばう反党分子 

■1966.5.10道新 北京日報 前線両派 整風批判全面的に受け入れ

1966.5.11道新社説 中国の核実験に抗議する

◎1966.5.14道新 人民日報 シューロホフ氏を非難 裏切り 修正主義の文芸家 

1966.5.14道新 ソ連(ブレジネフ書記長)・ルーマニア(チャウシェスク書記長)両首脳間で微妙なやりとり 

1966.5.14道新 自民 AA研で“中国公聴会”終わる 政府批判の姿勢強い

◎1966.5.14道新夕刊 タス通信発表 ブレジネフ書記長 ルーマニアから帰国 中ソ対立などめぐり認識一致せず? 

◎1966.5.14道新夕刊 周首相 ルーマニアへ明日にも訪問 政府要人と会談 ルーマニア代表団、アルバニア代表団北京から帰国

◎★1966.5.16道新 中国(周首相)・アルバニア(シェーフ首相)共同声明 北京にて調印 修正主義と徹底闘争 公開論争やめず ルーマニア、北ベトナム・北朝鮮・日共は中ソ間で中間的な立場をとろうとしている

1966.5.16道新 チャウシェスク書記長・ブレジネフ書記長秘密会談 ルーマニア ソ連に確約か ワルシャワ条約守る 

1966.5.16道新 コスイギン首相・ナセル(アラブ連合大統領)会談 ソ連海軍の地中海港湾使用を協議か

◎1966.5.17道新 中国・アルバニア共同声明の背景 アルバニア:ルーマニアの動き心配 強い表現ためらう

1966.5.17道新 ワルシャワ条約諸国にルーマニアが通告 ソ連駐留は不要 仏の観測:NATO騒動東欧版 底流に領土問題 1955~197ソ連、ポーランド、チェコ、東独、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、アルバニア(1961脱退) 1957.5ルーマニア、東独、ハンガリー、ポーランドとソ連軍駐留協定 1958ルーマニアからソ連撤退 

■1966.5.18道新社説 中国整風運動をどう見るか

1966.5.18道新夕刊 フランスで500万人がスト ベアと時間短縮

1966.5.18道新夕刊 ルーマニア ワルシャワ条約改正案 対ソ拒否権要求か

1966.5.19道新 わが道をゆくルーマニア ソ連の干渉に反発 ワルシャワ条約機構再編迫る

1966.5.19道新夕刊 ソ連、ア連合共同声明を発表 帝国主義侵略を非難 イエメン問題には触れず コスイギン首相のアラブ連合訪問

1966.5.19道新夕刊 ルーマニア ワルシャワ機構必要 改定要求の報道否定 積極政策の機運

■1966.5.21道新夕刊 北京日報 党北京市委員会機関紙 反社会主義活動を批判 北京市長もやり玉 鄧拓(前北京市委員会書記)、呉晗(北京市副市長)、彭真(大北京市委員会第1書記兼北京市長)は、3月下旬から姿を見せない

★1966.5.21道新夕刊 日共代表がルーマニア訪問 春日正一参議ら5名 1か月の予定

1966.5.23道新 英誌 ルーマニア党書記長の演説紹介 軍事ブロック廃止提唱 領土問題に不満表明

★1966.5.23道新 社党の基本路線 佐々木派が統一見解 共産党含めて共闘

★1966.5.24道新 佐々木派の見解 反主流派、強く反発 社共統一論は誤り

■1966.5.28道新夕刊 中国の整風運動 党の中央にも及ぶ 宣伝部副部長がヤリ玉に 8人の中の誰か?

1966.5.29道新 キューバ 軍に警戒体制指示 米軍基地(グアンタナモ)で“交戦”事件

■1966.5.29道新 中国の呉晗・北京副市長批判 ついに“反革命”のらく印

■1966.5.31道新夕刊 中国軍機関紙 武力クーデター計画 鄧拓氏(党北京市委書記、元人民日報編集長)ら非難 

 

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