牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

ラクダが針の穴を

2017-08-10 18:44:09 | Weblog
マタイの福音書19:23-26 それから、イエスは弟子たちに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。金持ちが天の御国にはいるのはむずかしいことです。まことに、あなたがたにもう一度、告げます。金持ちが神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい。」
弟子たちは、これを聞くと、たいへん驚いて言った。「それでは、だれが救われることができるのでしょう。」イエスは彼らをじっと見て言われた。「それは人にはできないことです。しかし、神にはどんなことでもできます。」
らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい。城壁に囲まれた町には、門が二つあることが多かった。大きな門は商人や通行人が出入りする正門。正門が閉じられた後、見張り人がいる小さな門があり、この門は低くかがんでやっと通れる小さな門を針の穴と呼んでいた。イエス・キリストは、人でさえやっと通れるような門を、大きなラクダは通れない.そのように、富んでいる者が神の国に入るのは難しいとたとえました。
富が人を天国から締め出すのではなく、富が罪なのではない。しかし、富は危険である。イエス・キリストの救いは、自分に欠けたものがあることを認めることから始まる。どうしても富や財産が多くあり、お金にも困らず、地位や名誉や家柄を誇り、あるいは一代でおお金持ちになったら、神よりも金だと執着し、自分が罪人だとか、天国へ行く資格がないなどとは考えないで、傲慢になりやがて来る死の恐れに支配されこの世を去るのです。
では金持ちは救われないのか。イイエ。神にはどんなことでもできます。意地っ張りを突っ張るのではなく、へりくだって狭い門=アーメン信じますで救われ、神の栄光お為に、豊かな富を活用し、受けるよりも与える方が幸いである。ゴールデンルールの愛を実行するのです。
ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
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