牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

祈れる幸

2017-05-18 20:02:48 | Weblog
ゼカリヤ書8:15-16 しかし、このごろ、わたしはエルサレムとユダの家とに幸いを下そうと考えている。恐れるな。これがあなたがたのしなければならないことだ。互いに真実を語り、あなたがたの町囲みのうちで、真実と平和のさばきを行なえ。

親は何歳になっても子どもの幸せを考え、どうしたら幸せになってくれるか、それだけが願いの場合もある。

お会いした方は84歳。昨年9月不安定狭心症で、救急救命センター入院、九死に一生を得た。

11月に2本目の血管にもステント二個挿入。5月6日にまた入院ステントの挿入なく三日で退院。重い物を持ったり、走ったりすると胸に異常を感じるようです。自動車は近場だけ、大阪へは電車で行き、快調だと一駅くらいは歩きます。

46歳息子が施設暮らし。土曜と日曜は自分で帰り、礼拝にも一緒に行きます。なんとしてももっと長生きして、息子のことを見守りたいという切なる愛です。

奥様と3人で手をつないで、健康が癒され、息子さんが守られ、尊いご活動が守られるよう、イエス・キリストの癒しと守り、祝福を祈ることができました。

主は恵みに富み、憐れみ深く、忍耐強く、慈しみに満ちておられます。主はすべてのものに恵みを与え、造られたすべてのものを憐れんでくださいます.詩篇145:8,9

大阪の礼拝前、階下の喫茶店で75歳の隣席の客と話しになり、25年前リンパがんで手術。病んで人生観が代わり、短気で怒りの虫だった自分が、やさしく物わかりの良い人間に変わったと話してくれた。握手し幸せを祈ると喜んでくれた。

真の愛の神は、イエス・キリストの十字架により、全ての人を愛し、幸せを与えてくださいます。今日も、その幸せを出会う方々と祈る、幸せな牧師人生です。

ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
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