牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

愛の水を注ぐ

2017-01-03 18:40:36 | Weblog
イザヤ書27:3 わたし、主は、それを見守る者。絶えずこれに水を注ぎ、だれも、それをそこなわないように、夜も昼もこれを見守っている。
植物を愛する人は、手入れを怠りません。だから農地は豊かに実を結び、果実は実り、庭の草木や花々は美しく咲きほこります。花を愛すると言いながら水もやらないのは、好きだ、愛していると言うのは口先です。だからどんな美しい花も早くしおれ枯れてしまします。
神は愛です。その証拠はイエス・キリストの十字架の死です。いのちを捨てて十字架の愛です。16歳の時、その愛を知りアーメンと信じてもう57年。平安のなかを見守られ、絶えず聖霊の愛の水を注がれ、さまざまなこともありましたが、向上するだけの人生を与えられ続けています。聖霊の愛に満たされると、愛はどんどん大きくなります。クリスチャンは地獄へは行きません。天国だけです。落ち込んでも下には永遠の愛の御腕があります。天国まで向上すると考えただけでも、落ち込んでいるひまなどなく、すべてのことに感謝だけです。
愛されているから、愛するだけです。愛します。天国へ持って行けるものは愛だけです。この地上に生かされているのは、朝ごとに恵みと愛に感謝するだけ、そしてその愛を流し出すだけです。
人と出会えば笑顔で挨拶。握手をすれば、その手を通して愛が流れ、口を開けば幸せを語り、健康と祝福をアーメンと祈る。愛が流れ続け、相手を損なわないように、ことばも態度も喜びに輝きながら、新しい年、聖霊によって注がれる愛を、出会う人出会う人に、愛の笑顔で、愛のことばで満たして行きたい。
その愛を自分にも、一番近くにいる人に、隣近所に、人類愛へと広げて行きたい。
ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
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