牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

平尾ミユキさんの思い出

2017-08-05 18:31:24 | Weblog
詩篇46:1-3 神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。それゆえ、われらは恐れない。たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。たとい、その水が立ち騒ぎ、あわだっても、その水かさが増して山々が揺れ動いても。

どんな時でも平安であることは幸せです。ラジオ放送が終わると。「聖書送っておくんなはれや」住所を聞くと、大阪市東淀川区「平尾みゆきでっせ」

一ケ月後、「来ておくんなはれや。さっぱりわかりませんんわ」 

すぐ車を走らせ住所の家を訪ね、神の愛、イエス・キリストの十字架と復活が、罪の身代わりで罪とがが赦され、病もいやされ、貧乏や呪い、死からの救いであり、アーメンとイエス・キリストを心にお迎えすれば救われると話ました。

「わてが信じるんでっか」そうですと導くと復唱ではなく、「イエスはん、わての心に来ておくんなはれや。アーメン」と自分のことばで祈り信じました。私はそれを聞くと、それ以上いると、「今のはつきあいでっせ」という雰囲気だったので、失礼しますと帰りました。2年後、その時のことを振り返って、若い牧師が顔を真っ赤にして、説明してくれたのに、信じませんとは言えず、付き合いだたと話してくれました。

けれども真夜中に心臓が悪く薬に手が伸ばしましたが、その手を心臓の上に置くと、「イエスはん、助けておくんなはれや!アーメン」といやしを祈り、動悸は収まりました。翌日、主治医に診察してもらうと完全に心臓疾患は直っていました。76歳のときで86歳まで10年間お元気で、平安にあふれた晩年でした。プレゼント用の新約聖書を50冊以上手元に置き、家族や入院中の方々、買い物の店にプレゼントし、信仰を証し、88歳で安らかに天国へ帰って行きました。

35数年前の思い出ですが、平尾みゆきさんの笑顔を思いながら、一人でも多くの方に本当の平安を伝えたい。イエス様をアーメンと受け入れるなら、救われ平安になり、天国行きの予約ができます。

ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝してます。
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